第54話 とりあえず一件落着?
「やっと解放された……」
魔術局の中にある仮眠室のソファーに力尽きるように私は寝転んだ。
全身が重くて歩くのもやっとな疲労が溜まっていたのだから多少のはしたなさは勘弁してもらいたい。
「お嬢。スカート」
「下に短パン履いてるからセーフ」
「アウトだっつーの! 横になるのは構わないっすけど、そのまま寝るなよ? 学校に戻るんすから」
同じように仮眠室に入ってきて壁に背を預けるキッド。
普段は当直の局員がこの場で眠るのだが、今日は誰もいない。
何故なら魔術局は休みなしにゾンビが残っていないかを探し回っているからだ。
一体でもいると増殖するから仕方ないし、例の閃光についても捜査が必要なのだ。
「今日くらい外泊でいいじゃない。王都の危機を救ったのよ?」
「それをやったのはマックス様でしょうが。魔力切れで気絶している人間とかすり傷でピンピンしている人間は別ですよ」
裏路地での戦いが終わり、魔術局へと向かう途中の馬車の中で彼は寝てしまった。
心配だからお医者さんに診察してもらったけれど、慣れない守護聖獣を呼び出したから魔力切れを起こしただけだと言われた。
今晩だけマックスは魔術局の医務室で泊まることになった。
「私も怪我したのよ。魔術を跳ね返されてお腹がズキズキするわ」
「オレも怪我してますよ。肩に矢が刺さったし」
「それ大丈夫なやつなの!?」
「ポーション飲んで薬塗って包帯巻いているんで大丈夫っすね。肩は上がらないですけど」
普段通りにしているからあの刺客を簡単にあしらったかと思っていたけれど苦戦していたようね。
「グルーン公爵がものすごい勢いで頭を下げていたわね」
「勘違いで襲われましたからねオレ達。状況的に仕方ないところもありますけど」
魔術局に戻った私達を待っていたのはお父様とマックスの父親であるグルーン公爵だった。
なんでもグルーン家はヒュドラを追っていたらしく、シュバルツ家とかつて関わりがあったヒュドラと私達が接触していないかを調べていたそうだ。
「初耳よヒュドラが元々シュバルツ家の分家の人間だって」
「その辺の話は旦那様もしないっすもんね。師匠なら知っていたんでしょうけど」
メフィストがシュバルツ家に仕えているのは何百年も前だから知っていたんでしょうね。
肝心な時にいないなんてやっぱり困った悪魔だ。
「ヒュドラって奴は生きているんですよね?」
「ええ。マックスが玄武の力で呪詛返しをしたから深い傷を与えたとは思うけど、あの撤退の仕方を見ると生きているでしょうね」
お父様に聞いてみたが、おそらく自分の分身体を作る魔術だそうだ。
あの手の魔術師はしぶといことに定評があるとまで言っていた。
「今は魔術局とブルー家が率いる騎士団が捜索しているわ。分身を操作する必要があるから王都のどこかに潜んでいるらしいわね」
「オレが会ったら剣で叩き斬ってやりますよ」
「期待しているわよ。言っておくけど、あの男の黒魔術の腕前は私以上だから気をつけなさい」
「……お嬢以上かよ。うへぇ」
急にやる気をなくしたキッド。
悔しいけど今回は私の完敗だった。
グレンにも勝てたし、ここ最近はゆったり過ごしていて気が緩んでいたのかもしれないが、この世界は生きるのが厳しい。強くなって自分の身を守れないと簡単に死んでしまうから。
「明日からまた鍛え直すわよ。暗き森なんて絶好の狩り場もあるし」
「へいへい。周りが五大貴族ばかりですし、オレももうちょい頑張りますかね」
今後の方針としてはこんなもので大丈夫だろう。
他に気になることがあるとすれば、あのゾンビを消滅させた閃光だ。
原因不明な力で王都を包み込んでゾンビだけをきれいに消し去ったあの力が何なのか気になる。
「さて。旦那様への報告も終わったし、ソファーで寝転んだおかげでお嬢も回復したことだろうっすから学校に帰りましょうか」
「もうちょっとこのままがいいわね」
「無理矢理抱き抱えて行きましょうか?」
ソファーから離れたくないと主張する私にキッドが意地悪なことを言う。
抱き抱えるという言葉に路地裏でのマックスとのやり取りを思い出した。
あの時に彼が覚醒してヒュドラを退けてくれたおかげで助かったけれど、彼は私のことを何と言っていたか?
「お姫様抱っこはちょっと……」
「えっ? はい。そうですか…………いつもならやれるものなら運んでみなさいって言うのに……」
ごにょごにょとキッドが何かを言ったが、私の頭の中はマックスがゾンビ達と勇敢に戦う姿が再生されていた。
あと少しでヒュドラによって魔術書を奪われてしまいそうなタイミングで颯爽と現れて私を心配してくれたマックス。
幼い頃から付き合いのある彼の普段は見せない一面にギャップを感じたのは認める。流石は乙女ゲームの攻略対象キャラだけあって頼もしいし、一般人なら歯の浮くような台詞を言っても違和感がないし、私を軽く持ち上げるだけの筋肉もついていて男性としての逞しさも────。
「ちょっとお嬢。何顔を赤くしているんですか?」
「はぁ? 私が顔を? ないないないない」
「──もしかしてマックス様が救助に来た時に何かあったんですか?」
「別に何もないわよ……。ほら、帰るならさっさと馬車に乗るわよ! もう夜だから私眠たくなっているのよ!」
脳内にマックスのことがチラつく。
そのイメージを振り払って顔が熱いのを誤魔化すように捲し立てて私はソファーから起き上がって仮眠室を出て行くのだった。
「絶対に何かあったな。あんな顔普段しねーくせに」
♦︎
お父様に見送られて私達は学校へと戻って来た。
無言だった移動中の馬車内は、私に冷静さを取り戻すだけの時間をくれた。
明かりも消えてみんなが寝静まった学生寮に入ってキッドとはそこで別れる。
ゆっくりと静かに廊下を歩き、私は自分の部屋の扉を開けた。
「ただいま……って、寝てるわよね」
昼間から学校を出て王都中を駆け回り、もう夜中と言っていい時間だ。
寮の消灯時間を過ぎているのだからエリンが就寝しているのは当たり前よね。
「ノアさま」
「あっ。ごめん、起こしちゃったかしら?」
音を立てないようにしたつもりだったが、扉を閉めるとエリンの声がした。
睡眠を邪魔してしまって申し訳ないと思っていると、なんと彼女はベッドから起き上がって私に抱き着いてきた。
突然のことに万歳の姿で固まる私。
「ノアさま……」
「な、なにかしらエリン? ……エリン。貴方泣いているの?」
ぎゅっと体を密着させる彼女だが、よく見ると目元が赤く腫れていた。
体もそうだが声も弱々しく震えている。
「ノアさま。わがままを一つ言ってもいいですか?」
「構わないわよ。私に出来ることなら何でも言ってちょうだい」
明らかに普段と様子が違う彼女のことが心配になったので望みを聞く。
するとエリンは恥ずかしそうにこう言った。
「……今日は同じベッドで手を繋いで寝てもらえませんか?」
どうしてそんな事を急に言い出したのかはわからないけれど、はっきりとわかるのはエリンが不安そうにしていること。
彼女は何かに怯えていて人恋しくなっているみたいだ。
「ええ。構わないわよ。ちょっと着替えるから待っててね」
何があったのか気になったけれどこちら側からは聞きづらく、無理に話させるのは違うと思ってそれ以上は何も言わなかった。
就寝の準備をして私のベッドに二人で横になった。
一人用にしては大きな造りになっていたが、流石に二人で寝るとちょっとだけ狭い。
「エリン。落ち着いたかしら?」
「ありがとうございます。ノアさま……」
真っ暗な室内。
ベッドの中で手を繋ぐと、エリンはひと言お礼を言ってすぐに寝息を立てた。
安心した直後に寝るなんて余程怖かったのね。
意識は無くても彼女の右手はしっかりと私の手を掴んで離さない。
「たまにこういう日もあっていいわね。私も人肌恋しいし」
今日起きた事を振り返ると、本当に濃い一日だった。
ボロボロになったゾンビや私を殺そうとしたヒュドラに襲われたりしたことが今になって怖くなったりした。
「もしも一人ぼっちだったら泣いていたかもしれないわね。……おやすみエリン」
精神的疲労と肉体的疲労の両方が溜まっていたのだろう。
私も彼女とそう変わらない時間で深い眠りに落ちて行くのだった。
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