第55話 誰かの夢。


 ──夢を見ている。


 なぜそう思ったのかというと、わたしはとある景色を見ていたからです。

 絵本を読むように、演劇を鑑賞するように誰でもない第三者としてその場面を眺めている。


『あはははは』

『まってよ〜』


 二人の幼い少女が追いかけっこをしている。

 周りを建物に囲まれた小さな庭が彼女達の遊び場だった。

 活発で元気な少女と、内気で大人しそうな少女。

 よく顔の似た彼女達は楽しそうに笑いながらその小さな庭で遊ぶ。

 歌を歌ったり、木に登ったり、花を摘んで冠を作ったりしながら仲良く幸せそうだ。

 見ているわたしの心もポカポカして温かい気持ちになります。

 いつまでもこんな日常が続けばいいのにと思えた。


 ──でも、そうはならなかった。ならなかったのだ。


 暗転して場面が変わる。

 空高く登る黒い光の柱。

 燃える都市と響き渡る悲鳴。

 あらゆる命が奪われ、大地が朽ちていく。

 邪気を纏った獣の群れが押し寄せてくる。


『集え女王の名の下に。これより守護者と共に悪き使徒を討つ!!』


 気丈に振る舞いながら軍を率いる女性。

 彼女と共に災い立ち向かう四人の魔術師。


 そして──。


『怨めしい。こんな世界、消えてしまえばいいのに』

『魔女よ。貴様は私が討つ』


 天が破れ、大地が裂ける。

 まるで神話のような激しい戦いが繰り広げられて、最後に立っていたのは金色の瞳をしていた女性だった。

 仲間達が笑顔で彼女を称える中、その女性は泣いていた。


 そこで物語は終わり、舞台の幕が降りた。




 ♦︎




「ノアさま?」

「おはようエリン。目が覚めたかしら?」


 わたしが目を開けると至近距離に人形のような美貌を持ったルームメイトが寝ていました。

 宝石のような紫紺の瞳に吸い込まれそうになったところでわたしの意識は現実に戻った。


「な、な、なんでノアさまがベッドの中に!?」

「覚えてないの? エリンから誘って来たのよ」


 息がかかりそうな距離に憧れの人がいて驚くわたし。

 昨日……。そういえば昨晩は一人でいるのが怖くて人肌が恋しいなんて考えていました。

 自分では夢だと思っていたのに現実だったなんて。

 うぅ、恥ずかしい。


「ほら。手も握っているし」


 にぎにぎとわたしの手に指を絡ませるノアさま。

 細い!指先きれい! あと何かいい匂いがします!


「ふふっ。あんなしおらしいエリンを見れたのは初めてかしらね。まるで小さい子供みたいで、朝方なんて抱きついて絶対に離さないって感じで、」

「それ以上は言わないでください! 想像するだけで恥ずかしいですぅううう……」


 わたしは自分の顔を手で覆った。

 ルームメイトであるとはいえ、友人のノアさまにそんな真似をしてしまった自分が恐ろしい。

 朝だというのに全身が熱くて火照ってしまう。


「冗談はこれくらいにして支度をしましょうか。今日も学校に行かなくっちゃね。……行きたくないけど」


 まだ今週は始まったばかりだ。

 わたしは名残惜しさを感じながらもノアさまのベッドを降りて登校の支度をする。

 一つのベッドに二人で寝ていたせいか体が硬くなっていてちょっぴり疲れてしまったが、気力だけは満タンです。


「んー、やっぱり二度寝したい」

「だめですよノアさま。遅刻したらキッドさんに怒られちゃいますよ?」

「仕方ないわねキッドったら」


 軽いやり取りをしているといつも通りの調子が戻って来ました。

 でも、自分でも驚いています。

 急に人肌が恋しくなってノアさまに添い寝を頼むなんてわたしはどうしたんだろう? って。


「エリン? 食堂に行くわよ。早くしないと席が混んじゃうわ」

「は、はい! 今行きます!」


 制服姿でわたしを待ってくれているノアさまはいつもと変わりありません。

 この魔術学校で出来た最初の友人でわたしにとって憧れの特別な人。

 いつまでもこんな穏やかでささやかな幸せが続けばいいのにと思いました。


『早く覚醒するのです。──世界が闇に閉ざされてしまう前に』


 部屋を出るわたしの耳に誰かの声が聞こえたような気がした。



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