第53話 緑の守護者。


「大丈夫かい?」

「ちょっと体が痛むけど動けるわ。ありがとう」


 私の身を心配してくれるマックスお礼を言う。

 間一髪のところで助けに来るなんてまるでヒーローみたいな登場ね。


「早くあの男をなんとかしないと」


 マックスの魔術で空へと伸びた土柱の下でこちらを睨みつける老人。

 年老いてはいるけれどその魔術の腕前は超一流だ。


「ヒュドラ・ノワール……」

「ほぉ。ワシの名を知っておるか。じゃが、今はノワールの性は名乗っておらんのだ。ただのヒュドラと呼ぶがよい。かっかっかっ」


 笑い声を上げながらもこちらの隙を狙おうと構えているヒュドラ。

 この目で会うのは初めてだけど、私はあの魔術師を知っている。

 エタメモの中でノアの手下として暗躍し、王都を攻め入る際にヒロインであるエリンやその仲間達と戦う敵だ。

 そして、マックスを攻略するルートに出てくる宿敵でもある。


「その髪、その瞳、この大地を操る魔術はグルーン家の直系じゃな?」


 品定めするように下からマックスを観察するヒュドラ。

 この男が出てくるのはもっとずっと後だし、こんなゾンビ映画みたいな展開じゃなかったはず。

 私が知っているルートと違う? 

 グレンとの決闘もそうだけど予定外のことが多いわね。


「だとしたら何だっていうんだ」

「──最良の素体になると思ってな」


 ヒュドラがそう言った直後、土柱が崩れ落ちた。

 空中に放り出されてしまって慌てる私をマックスが抱き抱えて綺麗に着地する。


「危なかったわね」

「あいつはいったい何をしたんだ?」

「多分、重力操作の魔術よ。土柱の部分にだけ強力な重力場を発生させて押し潰したのよ」


 私が使う相手を拘束する程度のレベルではなく、更にその先の敵を殺す力。

 身体的な能力はかつて会敵したことのあるローグよりも非力だが、その魔術師としての実力は高い。

 特に黒魔術を使用してくるので弱体版ノア・シュバルツという立ち位置だったはず。


「ふむ。これで同じ高さじゃな。年寄りがいつまでも上を見上げていると腰にくるからの」


 弱いといってもそれはラスボスと比べてであり、今のままでも十分に強くて油断ならない相手だ。


「ほれ。ボサっとしとらんで奪ってこんか」

「「「ゔゔゔゔゔぁ!」」」


 ヒュドラが指揮者のように手を動かすとゾンビ達の動きが活発になり、こちらへ襲って来る。

 私はマックスの腕から抜け出して指先へ魔力を集める。


「ゾンビの足止めなら私が。 ガンド!!」

「じゃからそれは効かんと言ったじゃろ」


 亡者の動きを止めようとガンドを放ったが、またも跳ね返されてしまう。

 咄嗟にマックスが土の壁を作り出してくれたおかげで反射してきたガンドには当たらずに済んだ。


「ごめん。私の魔術が役に立たないかも」

「落ち込まないで。ノアさんは僕が守るからその魔術書を奪われないようしっかり握っていて」


 下手に動くと足手まといになると思ったので、私は少し後退する。

 袋小路で追い詰められているのは変わらないのですぐ後ろは建物の壁だ。


「小娘を守るために一人で戦うか。その心意気は良しじゃが、ワシに勝てるかの?」

「勝つさ。そしてお前を倒す。五年分の利子もつけてね」


 マックスの魔術が発動する。

 起立した土の壁が砕け散り、礫となってゾンビとヒュドラへと飛んでいく。

 呪術とは違う単純な物理攻撃を跳ね返すことが出来ないようで、ヒュドラはゾンビを肉壁にすることで礫を防いだ。

 人を死体にしておいてそれを盾にするなんて。


「五年前とな。もしやバレてしまったのかの?」

「お前が人の弱味につけ込んでおばさんに呪いを使わせて母さんを殺そうとしたんだ」

「おっと。唆したのはワシじゃが、金を払ってまで依頼して来たのはあちら側じゃよ」


 マックスが話しているのは五年前に彼のお母さんが呪いで亡くなりそうになったことか。

 そういえばあの事件の後に親戚に不幸があったって北部領に戻っていたんだっけ?


「まさか呪詛返しを受けるとは思わなかったがの。とびっきりだったんじゃぞアレは」

「お前の呪いなんてノアさんが消したさ。だからこそこうして辿り着けた」

「グルーン家か相手ならバレないと思っておったが、そうか。シュバルツ家の小娘のせいか」


 私へと視線を向けるヒュドラ。

 あの時の犯人が貴方だったのね。マックスをあんなに泣かせて、私が死にそうになってまでメフィストからボロボロになるまで魔術を叩き込まれたのもこの老人のせいだった。


「呪いで殺すより呪いを付与した物で殺す方へ研究を変えて正解じゃったな。このままゾンビの数を増やして国を落とすのもありか」

「そうはさせない。お前を捕まえて魔術の解き方を吐いてもらう!」


 マックスが地面に両手を触れると土で出来た巨大な手が出現してヒュドラを捕まえようと伸びる。

 しかし、またもや重力を操作されて巨大な手は崩れ去る。


「無駄じゃ。その手の魔術はワシには効かんし、ゾンビに注意せんと後ろの小娘が死ぬぞ?」

「「「ゔゔゔゔぁ!」」」


 数が多いというのはそれだけで利点だ。

 肉壁にされたせいか血を流しながらグロテスクな姿で右と左からもゾンビが近づいてくる。

 見た目だけでもかなり怖いんですけど!


「そうじゃの。まずは小娘をゾンビにしてからおぬしを襲わせようか。守りたかった人間から殺されるのはさぞかし苦痛になるじゃろうな! かっかっかっ」


 嗜虐的な表情を浮かべてヒュドラが嗤う。

 使う魔術も外道なら趣味も歪んでいるわねこのジジィは!!


「そんなことはさせない!」

「じゃが今のおぬしにこの盤面をひっくり返せるかの?」


 ゾンビとヒュドラ。

 その両方を相手にしながら私を守ろうとするマックスは防戦一方だ。

 相手のゾンビは新しく補充されるかもしれないし、このまま戦えばジリ貧になるのはこちらだ。


「僕は誓ったんだ」


 そんな状況でもマックスの目には闘志があった。


「母さんが目の前で弱っているのをただ眺めるだけだった。ノアさんが呪いを引き受けて苦しんでいる時も見ているしか出来なかった。彼女が攫われた時も僕は何も出来なかった」


 彼は諦めていない。心は少しも折れていない。

 その声には力強さと決意が篭っている。


「ならばまた己の無力さを思い知るがよい!」


 ヒュドラの手から魔術が放たれる。

 黒魔術使いの私にはわかるけど、アレはガンドと同じ呪いの塊だ。

 正面から受ければ無事じゃ済まない。

 だけど彼は動かなかった。避けてしまえば後ろにいる私に被害が及ぶから。


 マックス・グルーンは大きく一歩前へ踏み出した。


「僕はもう愛する人を失いたくない!」


 その言葉と同時に彼の周囲が光を放つ。


「──力を貸してくれ【玄武】!!」


 マックスの体から溢れた魔力が集まって彼の前に巨大な緑色の亀が現れた。

 足は大木のように太く、鋼鉄のように堅牢そうな甲羅に尻尾は二又に別れていて尾の先には蛇の頭がついている。

 それは五大貴族にのみ許された守護聖獣の姿だった。


「バ、バカな!?」


 ヒュドラが表情を崩す。

 呪いの塊は玄武へと命中するが、そこには身じろぎひとつしない守護聖獣がいた。


「これは返すよ」


 玄武の尻尾にいる二頭の蛇が音を鳴らす。

 すると玄武の口からヒュドラの放った呪いの倍近い大きさの塊が吐き出された。


「ぎゃああああああああああああああああっ!!」


 攻め込むためにゾンビを散らせていたのが悪かった。

 肉壁は間に合わずに倍にして跳ね返された呪いがヒュドラを襲う。

 老人が血反吐を吐きながら地面をのたうち回る。そこには先程までの余裕など無く、ただ死に等しい痛みを受けているだけだった。


「凄い。これが玄武……」


 マックスはというと、自分が呼び出した守護聖獣に驚いていた。

 ティガー、グレン、ロナルドと他の五大貴族の後継者達は既に召喚していて自分だけ呼び出せないと思っていた守護聖獣の登場に呆然としていた。

 かくいう私も目の前にいる巨大な亀に以下の理由でポカーンと口を開けていたりする。

 この玄武の召喚イベントってここでいいの? 

 エリンがこの場にいないんだけど? 

 一番の見せ場終わっちゃうよ?


「ぐぅうううっ!! 許さん。許さんぞ小僧!!」

「マックス。まだ動いてるわよアイツ」

「もう諦めるんだヒュドラ」


 苦悶の声を漏らしながら立ち上がったヒュドラ。

 今も口の端から血を流しているし、目の焦点が合っていない。戦闘の継続は不可能だろう。


「まだじゃ! ワシは動けなくとも此奴らがおる。残る全てのゾンビ共よ! この小僧を殺せ!!」


 ヒュドラの命令を受けてゾンビが動き出す。

 残る全てって、この王都中にいる全部が集まってくるわけ!?

 玄武がいくら強いとはいえ、マックスの魔力がそこまで持つのかわからない。

 ヒュドラがダウンしている今なら私も戦えるだろうけど何百体とか集まられたら体力が持たないわよ。


「ひゃひゃ。全身を噛みちぎられて惨たらしく死ぬがよい! さぁ、ゾンビ…………は?」


 最後の悪あがきをしようとするヒュドラの言葉が途切れた。


 ──突然、王都の夜を眩い光の柱が照らした。


 何が起きたのかはわからなかった。

 ただ、光に照らされた瞬間にゾンビが跡形もなく消滅したのだ。


「……バ、バカな。消えた? ここにいる数だけではなく全てのゾンビのパスが途絶えた?」


 私とマックスはお互いに顔を合わせるが、別に私達は何もしていない。

 ただ閃光が照らしただけでゾンビが消えたのだ。

 ヒュドラの言葉正しいなら、これ以上増援はない。


「今度こそ観念しなさい」

「お前を拘束する。大人しくするんだ」


 絶体絶命の危機が急に消えたものだからちょっと動揺しているけれど、まずはこの騒ぎの元凶を捕まえないと。


「……かっかっかっ。この勝負預けるぞい」

「何を言って──なっ!?」


 マックスが拘束しようとした瞬間にヒュドラの体が溶けてしまった。

 後には骨すらも残らずに老人だったものの染みが地面にあるのみ。

 袋小路の路地裏には私とマックス以外誰もいなくなった。


「逃げられた?」

「多分そうだね。僕らが知らない魔術だと思う」

「あとちょっとで捕まえられたのに……」

「惜しかったけど、直前まで僕らが危なかったからね。危険が去って良かったよ」


 緊張の糸が切れたせいで疲れがどっと出る。

 そういえばなんだか体の痛みが今更になって辛くなってきたかも。

 戦闘の危険は無いと判断してマックスは玄武を引っ込めた。


「まずは魔術局にいるシュバルツ公爵に報告をして、それから父さんにも話をしなきゃ」

「大丈夫なの? 魔術もかなり使ったし、守護聖獣なんて召喚したら魔力がもう無いんじゃない?」


 ティガーやグレンでさえも呼び出した後は汗を流していた。

 私にはよくわからないが、あれだけ強力な力だと消耗も大きいらしい。


「……実は立っているので精一杯かも」

「ほら。肩を貸してあげるから大通りまで歩くわよ。それから馬車を捕まえましょう」


 痩せ我慢をしているマックスに近づいて体を密着させる。

 彼の方が背が高いので、肩を貸すというよりは腰を支える形なるけれどまぁいいや。


「……ちょっと。なんで少し離れようとするのよ」

「ごめん。急にノアさんが近くに来て驚いて」

「そんなこと言わないでよ。……こっちまで気まずくなるじゃない」

「「…………」」


 無言で私達は体を密着させた。

 そういえばさっきまでマックスにお姫様抱っこされたり、恥ずかしい事を言われていたような気がするんだけど、どうしよう。

 あまりにも彼がカッコいい事をするものだから私は顔を直視できないまま、マックスは疲れているのかそれとも別の何かがあるのか何も言わないまま、私と彼はゆっくりと歩き出したのだった。

 お互いの耳にはただ自分の心音だけが鳴り響いていただけだった。



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