第二部 原作ゲーム編

第31話 わたしの夢。


 初めてわたしが違和感を覚えたのは今から五年前のことです。

 その日はいつもと同じように両親の手伝いをし、店仕舞いをしている時でした。


「なんだろうあれ……」


 王都の中心。今は誰も住んでいないお城から天高く伸びる黒い光の柱。

 その光を見た時にぎゅっと胸が締め付けられたような感じがしました。

 あれはこの世にあってはいけないもの。早く取り除かなきゃ……。それなのに、


「あれ? なんでわたし泣いてるんだろう」


 わけがわからない。

 怖いものを見てしまったせいなのかわたしは泣き出してしまってそのまま店の中にいたママの胸に飛び込んだ。

 自分だけど自分じゃないような違和感を覚えたのはその時でした。




 ◆




 それから五年間わたしの身には特に変化もなく、あの黒い光もあれ以降目にすることがないまま平凡な日常が過ぎていきました。

 ママとパパが頑張って開いたお店も今では繁盛しています。

 わたしも二人に並べるようなパティシエになれるように毎日料理の勉強をしていました。

 読み書き算術を習う学校も卒業していよいよ一人前として働くのです。とびっきり美味しいお菓子でみんなを笑顔にするのがわたしの夢。


「すいませーん。これとこれお願いします」

「いつもありがとうございます」


 貴族のお屋敷で働く常連さんに箱に詰めたケーキを渡します。

 わたしとそんなに変わらなさそうな見た目の少年なのにとても礼儀正しくて凄い人だなと気になったりする人です。


「そういえば店の前に貼り紙があったけど、あれってどうしたんですかね?」

「お店の名前が変わるんですよ。パパが占い師さんに店の名前が不吉だから変えなさいって言われて。わたしは反対したんですけどね」

「はははっ。店主さんらしいっすね」


 常連さんが声を出して笑いました。

 厨房にいるパパは体の大きな熊みたいな人です。

 顔もちょっと強面で店に立つと小さな子が怯えてしまうような見た目なのに縁起ものやゲン担ぎに熱心なのが困り事です。


「ママはパパの好きにさせなさいって。名前が変わったら混乱する人もいるのに……」

「まぁ、それでもこの店のお菓子は美味しいっすからね。また買いに来ますよ」

「はい! よろしくお願いします。ありがとうございました!」


 いつも通り二つのケーキを買って常連さんは帰っていきました。

 その後も何人かのお客さんに同じ事を質問されてわたしはうんざりです。

 仕事が終わってお風呂に入ったら少しは気分が晴れたので今日はこのまま早めにベッドに入りましょう。

 明日も朝からお菓子作りをしないといけないし、疲れた体を休めるのも立派な仕事だってママも言っていました。


 しかし、ベッドに入って眠ったわたしは奇妙な夢を見たのです。

 何もない真っ白な空間に一人でいるわたし。

 ふわふわとした浮遊感に包まれているわたしの耳に声が聞こえます。


『早く。早く。覚醒するのです』


 凛とした女性の声。ですが姿は見えません。


『世界が支配されてしまう前に』


 声の主は焦っているようです。

 支配って誰に? どうしてあなたは急いでいるんですか? 

 わたしの思いに声の主は答えてくれません。ただ一方的に告げるだけです。


『これが最後のチャンスです。運命の子。世界の守護者と共に悪き使徒を討つのです。さもなくば──』


 そこで声は途切れてしまいました。

 とても不吉な夢でした。悪夢といっていいかもしれません。

 謎の声の主は結局わたしに何を言いたかったのでしょうか?


「うーん。変な夢だったなぁ……」


 目を開くと見慣れた寝室の天井でした。

 疲れを取るための睡眠だったのに、逆に疲れてしまったのは夢のせいでしょう。

 ベッドから起き上がって顔を洗おうとして違和感に気づきました。

 家の外はまだ薄暗く、日が登り出したくらいなのに室内は明るくてはっきりと物が見えます。まるで明かりがついているように。

 おそるおそる視線を下にやって自分の体を観察しました。


「わたし光ってるぅうううううう!?」


 ピカピカと輝きを放つ体。

 自分の身に起きた不可思議な現象に思わず大声を出してしまいます。

 娘が朝から叫んでいるのを聞いてママとパパが慌てて部屋に入ってきました。


「どうしたんだ!? ……は?」

「大丈夫!? ……え?」


 二人はわたしの姿を見て固まってしまいました。

 それもそのはず。娘の悲鳴を聞いて駆けつけたら発光しているのですから。


「とりあえず医者を呼ぼう!」


 しばらくしてもわたしの発光は消えてくれず、パパが呼んできたお医者さんも頭を抱えていました。

 朝起きたら急に光出すなんて病気は知らないそうです。

 念のために全身を診察してもらいましたが、光っていること以外は健康体で人体に害はないと言われました。

 だけどこのままじゃ普通に生活は出来ません。お店にも立てないし外を歩けません。


「娘は元に戻らないんでしょうか?」

「お手上げですな。これは医者の領分じゃなく魔術師の仕事ですな」


 魔術師。

 生まれ持った魔力を使って魔術を発動させる超人。

 その殆どが貴族だったりお金持ちの人です。稀に一般の家庭でも魔力持ちが生まれるみたいですが、


「今までこんなことなかったんです。急に起きたら魔力持ちだなんて有り得るんですか?」

「私にはなんとも。とりあえず魔術局宛ての紹介状を用意するのでそちらで検査を受けてください」


 不安な気持ちのままわたしは両親と一緒に魔術局を訪ねます。

 王都の南東にあるアルビオン魔術局本部。厳重な警備がされているとても大きな建物の中には多くの魔術師の人が働いています。

 ここで多くの魔術具が開発されてわたし達の生活に役立っています。

 光が漏れないように全身を布で覆って中に入り、局員の人に案内されて診察を受けました。

 いくつもの検査をしてわたしに告げられた診断結果は魔力持ち。つまり魔術師になる才能があるというものでした。


「この発光は魔力の制御が甘いことで起きています。魔術具を使えば抑えることも出来ますが、それよりも魔術学校で学んだ方がいいですね。理由は不明ですが折角魔力に目覚めたんです。そちらが得ですよ」


 診察してくれた局員の人はそう言ってくれました。

 来る時と同じように人目を避けながら自宅に戻ると日没と同時に光は消えました。

 しかし、魔術局で渡された診断書にはまたいつ光出すかもしれないと書いてあります。


「パパ。ママ。わたし……魔術学校に行きたい」


 こんな状態がいつまでも続いたらわたしは普通の生活が出来ません。

 パパやママと同じパティシエになってこの店を継ぐことも不可能です。

 だからわたしは自分の力をコントロールするために魔術学校に通うことにしました。

 幸いに魔力持ちであれば一般人でも学校に通えますし、必要な授業料や教材は国からの支援があります。

 裕福とはいえないわたしでもなんの心配もなく授業を受けることが出来ます。

 ただ、不安なのは魔力持ちは貴族の人が多くて魔術学校に通う生徒の大半は上流階級の人です。

 もしそこで他の人から反感を買ったりすれば……まぁ、普通に過ごせば問題ないと思います。

 ただの一般人なわたしが貴族の人と関わることも無いでしょうし、無事に卒業したら今まで通りの生活が待っているでしょう。


 それにしてもあの夢。あの声の主はいったい誰だったのかな?


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