第32話 魔術学校入学です。
魔術局から戻ったわたしを待っていたのは慌ただしい準備でした。
本来なら魔術学校に入るために時間をかけて準備をするそうなのですが、わたしのように突然魔力持ちだと判明した場合はその準備期間がありません。
一年待てば次の新入生と同じ学年として入学出来ると言われましたがこの光る体質のまま一年間も我慢出来ませんし、一つ下の子達と同じ学年だと居心地が悪くなりそうなので忙しくも同い年の子の入学に間に合わせます。
魔術学校のパンフレットを渡されていますが、読み込む時間もないままバタバタと入学の日を迎えました。
「すっごい……」
やって来たのは王都の北東部。王都の中でも一番広い敷地面積を占める魔術学校はアルビオン王国中から魔力持ちの子供達が集められて二年間魔術の勉強をします。
学校の外には魔術師見習いの生徒向けの店が数多く並んで賑わっています。
まさに学生の街とも呼ばれるこのエリアは若者が多く、制服を着た生徒があちこちにいます。
学校の正門をくぐれば巨大な校舎に魔術を使う演習場。学生が寝泊まりする寮や膨大な量の本がある図書館もあります。
そのどれもが国のお金で用意された最高質の設備でこの学舎に通う生徒にどれだけ期待がされているのかがわかります。
「今日からこんなすっごい場所で勉強するんだわたし……」
自分に似合わない場所でプレッシャーを感じて胃が痛くなりそうです。
わたしと同じ真新しい制服を着た生徒達は誰もが優雅で自信に満ちています。きっと貴族の人達なのでしょう。
重い足取りですが時間内に入学式の行われる講堂に入って自分の席に座ります。
それぞれ隣に座った生徒は近くにいた知り合いとのお喋りに夢中でわたしは話しかけることが出来ません。
わたしだって知り合いがいたら同じように興奮して盛り上がっていたでしょうが、近所には魔力持ちの友人なんていません。
同じ地区で学校に通った子達はもう一人前としてそれぞれの職場で働いているのです。
「えー、新入生諸君。まずはご入学おめでとう」
壇上ではこの魔術学校の校長である緑髪の男性が話し始めました。
グルーン校長先生は五大貴族と呼ばれるアルビオン王国の中で最高位の貴族の当主だと聞いています。
わたしからすればまさに雲の上の人で改めて自分が不釣り合いな場所にいる現実を突きつけられます。
そのまま入学式はつつがなく進行し、途中でグルーン校長先生が魔術を使って植物の種を急成長させて花を咲かせるという演出もあり会場は大いに盛り上がりました。
他にも来賓や生徒会の先輩方からの祝いの言葉があって入学式は無事に終了。
新入生は振り分けられた教室に移動してクラスメイトと顔合わせをするそうです。
「うぅ……緊張します……」
最初の一年のクラスはランダムで、二年次には成績に合ったクラスに格分けされて授業を受けるそうです。
つまりクラスメイトは友人であり蹴落とすライバルでもあるとか。
ママから教わったおまじないで心を落ち着けて教室に入ります。
机と椅子と黒板。基本的な作りは今まで通っていた学校と同じですが、備品の材質や床に敷いてあるカーペットが格の違いを表しています。
さっそく友人を作ることに成功していた子達は楽しそうにお喋りしていましたが、ここでもわたしは目立たないようにこっそり席に着きます。
三十人くらいがいる教室の中からわたしと同じような一般人出身の子を探しますが、中々見つかりません。
「あら。なんだか地味そうな子がいるわね」
「貴女お名前はなんていうのかしら?」
おどおどしていたのがバレてしまったのか、わたしに話しかけてくる女生徒がいました。
彼女達は数人のグループを作っていてわたしを囲むように近づきます。
話し方や身なりから貴族令嬢のようなので慎重に話しましょう。
「わたしはエリンといいます。実家がお菓子屋で趣味はお菓子作りです。よろしくお願いします!」
なんとか噛まずに自己紹介出来ましたが、令嬢達はわたしを見て唇を吊り上げます。
「へぇ、エリンさんっていうのね。なんだかパッとしない子ね。それに見た感じ平民かしら」
「選ばれた魔術師になる者が集う学舎に平民がいらっしゃるのね」
「お菓子を作りたいならここじゃなくてキッチンにいた方がよろしくて?」
なんだか刺々しい物言いでした。
彼女達は自分と同じ場所に一般人のわたしがいることが気に入らないようです。
パパやママにお客さんで貴族の方が来た時には大人しくするんだよと言われていたのでわたしはなんとか愛想笑いでこの場をやり過ごそうとします。
「えへへへ。そうですよね」
わたしだって好き好んで魔術学校に入ったわけではありません。
光る体質さえ改善してしまえば元の生活に戻って彼女達と会うこともありません。
だから今は嫌味を言われても我慢をしましょう。
「何を笑っているの? 私達を馬鹿にしているのかしら」
「お仕置きが必要なのかしら」
「折角ですし上下関係というものを教えて差し上げましょうか?」
どうやら愛想笑い作戦は失敗のようです。
というか、何をやっても彼女達の機嫌が悪くなるんですがどうしたらいいんですか!?
「おい。貴様らは何を騒いでいる」
令嬢達に絡まれて萎縮していると男性の声がしました。
その声の少年は燃え上がるような赤い髪に宝石のルビーのような瞳から鋭い視線を放っていました。
「「「グレン様!」」」
赤い少年の登場で令嬢達の顔色が変わります。
誰もが整った顔立ちに恵まれた体格の美男子にうっとりとした声を出しました。
「この子が平民だったので上下関係について教えてあげていたのです」
「「そうですわ」」
先程までの不機嫌そうな雰囲気から一変。彼女達は身だしなみを整えながらグレンという少年に訴えかけます。
令嬢達とわたしを交互に見るグレン。
どうかこの場を治めてわたしを助けてくださいと祈りますが、彼の口から出たのは真逆の言葉でした。
「それは重要だな。俺はいずれこの国のトップに立つ男だ。貴族と平民はキチンと線引きをして相応しい振る舞いをしなくてはならない。貴様ら、その女にしっかりとルールを教えてやれ」
まさかの続けろ発言でした。
彼女達が骨抜きになっている相手からの指示です。
令嬢達は嗜虐的な笑みを浮かべて再びわたしを取り囲みました。
教室にいた他の生徒達もこちらを見てニヤニヤと笑っています。
ただ一般の家庭の出身であるというだけでこの待遇。やっぱりママとパパの言う通りに貴族の人は恐ろしい存在です。
家の権力もそうですが、まだ魔術どころか魔力の制御すら出来ないわたしとは違って彼女達は実家で手解きを受けているはずです。
力でも敵わないとなるとわたしには彼女達を拒む手段はなく、このまま悲惨な学生生活が始まるのだと怯えそうになります。
「ねぇ。そこ邪魔よ」
わたしへと向けられた嫌な雰囲気に割って入ったのは冷ややかな声でした。
「ひいっ!?」
声を聞いた令嬢の一人が固まります。
他の子達も声の主を見て顔色を真っ青にしていきました。
「私が席に座れないわ」
そこに立っていたのは漆黒の長い髪に吸い込まれそうなほど蠱惑的な紫紺の瞳の少女。雪のように白い肌は少女の存在を人ではなく人形のような印象を与えます。
今までの人生でも見たことの無いレベルの美少女が全力で不機嫌そうに口を開きました。
聞いた者を心の底から震え上がらせるような低い声。少し吊り目の紫紺の瞳に睨まれては何も言えません。
「申し訳ありませんわノア様! さっさと離れるわよ!」
「「はいっ!!」」
令嬢達は蜘蛛の子を散らすように去っていきました。
グレンという少年は気に入らなさそうにフンと鼻を鳴らして離れました。
ノアと呼ばれた美しい少女はわたしの隣の席に座りました。
どうしましょう。こんな凄そうな人が隣だなんて緊張します。
でも、彼女のおかげでわたしは助かったのでここはお礼の一つでも言いましょう。
「あ、あ、ああありあり、ありが……」
「何かしら?」
「なんでもございません!!」
ありがとうと言えずにわたしは全力で頭を下げて彼女から視線を逸らします。
無理ですよこの人! さっきの怖そうな態度もそうですけど、直視していたら食い殺されそうな雰囲気でした。
それからわたしの感が全力で彼女は危険だと警鐘を鳴らしています。何故なのかはわかりませんが、よくない悪いオーラを感じました。
「…………」
どうしてでしょうか。ノアという少女の視線がわたしに向けられています。それだけで背筋に冷たい汗が流れます。
蛇に睨まれた蛙のように身動きがとれなくなったわたしは少し後にやって来た担任の先生が来るまでひたすらに神様に助けを求めるのでした。
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