第30話 これが私の生きる道。


「突然ですが家族会議を開きます」


 シュバルツ邸の食堂。

 お父様とキッドと共に夕食を食べている中、私は口を開いた。

 使用人であるキッドが同じテーブルにいるのをお父様は嫌がるかと思っていたけれど何も言われなかったのは意外だった。

 じゃなくて、


「どうしたんですかお嬢?」

「えー、メフィストがいなくなったということは屋敷の管理に人手が足りていません。その証拠がこの夕食ですお父様」


 親子が揃っている珍しい食事。

 だけどテーブルの上にあるのは焦げたパンと茹で卵、蒸した芋。あと適当に千切ってあるサラダ。

 とても公爵家の者が食べるようなメニューではない。

 そう。私達は誰も料理ができなかったのである。


「むぅ」

「まぁ、執事長がいる時は魚とか肉でしたもんね」


 メフィストという悪魔は性格こそ最低ではあったが、執事としての仕事は完璧にこなしていた。

 特に料理の腕はプロ級で毎日美味しい料理が食べることが出来て幸せだった。

 しかし、もう彼はいないので私達の食事の質は低下。

 お父様は勿論、キッドも自炊経験は無く、私も前世では一人暮らしをしていたけどコンビニ弁当や外食で済ませていたため料理スキルは残念なものだ。


「お父様。新しく使用人と料理人を雇いませんか?」


 この広い屋敷で生活するには三人だけじゃとても手が届かない。

 お父様は仕事があるし、私だって家事ばかりをするわけにもいかない。

 キッドも私の世話があるし、一人で他の全てをやることなんて不可能だ。


「ノアの言う事は分かった。しかし許可出来ん」

「何故ですかお父様?」

「この屋敷には多くの危険物がある。地下の禁書庫もそうだが国家の機密に触れるものもある。簡単に外部から人を招くのは困る」

「魔術局に置けないのですかそれ」

「危険物の保管に関する防衛魔術の仕掛けは魔術局よりもこの屋敷が高度なのだ。シュバルツ家の血筋かメフィストに許可を得たものしか地下には入れぬ」


 魔術局はその性質上多くの人間が出入りする。

 なので後ろめたいものや出回れば世間が混乱するようなものはシュバルツ家が管理しているとか。

 私ってば今までそんな危ない場所の上で暮らしていたのね。

 ゲーム終盤までノア一味の所在がわからないわけよ。


「でも、このままだと屋敷の維持すら危ぶまれますよ」

「うむ。こうなれば面倒などとは言えぬな。ノア、魔術の修行で死霊術を教える。屍人を使いこなしてみろ」


 蒸した芋を食べながらお父様はあっさりと言った。


「死霊術?」

「メフィストが使っていた魔術だ。死者の肉体に命令をして操る魔術である」


 またなんか悪役っぽい魔術だ。

 本当にこの家は国を守る五大貴族なんですかね?


「それを使えば屋敷内なら屍人が自由に動き回って家事をするだろう」

「あの、それについてですがお嬢、旦那様。料理についてはオレに任せてもらえませんか? 最初は下手かもしれないけど一生懸命頑張ります」

「どういうつもりだ?」

「旦那様から頂いた師匠……執事長メフィストから託された手帳には料理のレシピとか旦那様やお嬢の好みについて細かく書いてあって、オレはそれを受け継ぎたいんです。あの人に負けないような大人になりたい。戦力としてもイマイチですし、黒魔術も苦手なオレなんでせめて従者としての仕事くらい一流になりたいんです」


 私とお父様にむかって頭を下げるキッド。

 悩んだ様子でこちらを見るお父様に私は言う。


「いいんじゃない? そもそも屍人を厨房に立たせるのって衛生的じゃないと思っていたし、私が料理を覚えようとしたら何年かかるか。キッドは器用だし物覚えもいいからすぐに上達するわよ。いいですよねお父様?」

「ノアがそういうのなら好きにせよ」

「ありがとうございます。精一杯頑張ります!」


 こうしてシュバルツ家の台所担当はキッドになった。

 それにしてもメフィストが残した手帳に私の好みが書いてあるとは……他に変なことが書いていないか気になるわね。




 後日。お父様によるマンツーマンの魔術講義が始まった。

 自身が魔術局の長であるからなのかお父様の教え方はとても上手だった。

 メフィストは感覚派というか、実戦派で私の体に干渉して魔術を覚えさせるというやり方だったが、お父様はしっかりとした座学から入り、徐々にステップアップする形で魔術を教えてくれた。

 お父様が仕事の都合でどうしても講義が出来ない時は一人で禁書庫に入って魔術書を読んだ。

 あくまで読んで解読するだけで、実際に発動させるのはお父様がいる時だけという約束をしたのだ。

 もしも私が魔力を暴走させてしまえばまた魔女の精神が目覚めてしまうのでそれを防ぐためだ。


「お嬢。味見お願いします!」

「はーい」


 キッドも自身の魔術修行と並行して料理の勉強を始めた。

 刃物の扱い方はシュバルツ家に来た時から上手だったけど、更に磨きがかかってリンゴをどんな形にでも切れるようになったり大根の桂剥きまでマスターした。

 最初は焦げたり味が濃かったりもしたけど、飲み込みの早さであっという間に私の腕を超えていった。

 まぁ、私の料理の腕なんて野菜炒めが限界なんだけどね。


「ノアさん! ウチに遊びにおいでよ!」

「姐さん! オレと勝負だ!!」


 他の五大貴族の子供であるマックスとティガーともよく遊ぶようになった。

 我が家へ招待することはなく、私が彼らの家に遊びに行く形だ。

 グルーン家ではマックスのお母さんが私によく話しかけてくれて聞きづらかった貴族間でのマナーや社交界での話をしてくれた。

 ただ、何故か私の好みの男性像を聞いてきたり、婚約者はいるのかと質問されたのはどうしてだろう?

 ヴァイス家に遊びに行くと高確率でティガーとの模擬戦をさせられた。

 守護聖獣相手に勝てるわけないでしょ! とやけくそになりながら実戦の修行だと思うことにした。

 ガンドを使ってティガーを戦闘不能なトイレの住人にしたらその後はフレデリカちゃんと遊ぶ。

 アウトドア派な彼女の遊びはもっぱら外での球技や鬼ごっこだったけど、私が本を読み聞かせてあげるようになってからはそっちにも興味を持ち始めた。

 上手くいけば私のオタク友達を作れるかもしれないと思ったのでこちらは慎重に進めていこう。


「メフィスト。私、上手くやっていけてるわよ」


 シュバルツ家の裏庭にある一つの墓。

 その下には誰も眠っていないが、私とキッドの心の区切りとして用意したメフィストのお墓だ。

 私は毎日そこで手を合わせて話をする。他愛もない出来事を彼へ報告するために。


「まだ幸せっていうのがどんなものかは分からないわ。学生生活が終わるまでは気が抜けないもの」


 ゲームのシナリオ期間を過ぎなければ安心は出来ない。

 そしてその先だって私の中には未だに魔女の魂が眠っている。

 また魔女が目覚めてしまえば世界はピンチになる。

 マックスやティガー。そしてまだ見ぬ原作キャラ達が力を合わせれば勝てるだろうが、それは私の死と同じだ。


「貴方に守ってもらったこの命。決して諦めないわ」


 私をノアとして認めてくれた貴方のために。

 私を慕ってくれる友達のために。


「約束は必ず果たすわ。私は運命なんかに負けたりしない」


 誰もいない空っぽな場所に私は誓った。


「さて、そろそろ戻らないとお父様を待たせているから」


 背を向けて歩き出した時、どこからか悪魔のような笑い声が風に乗って聞こえた……ような気がした。


「ノア」

「お嬢」

「ノアさん」

「姐さん」

「姉御!」


 誰かが私の名前を呼ぶ。

 前世の平凡な社会人ではなく、この世界に生きる一人の少女の名前を。


 私はノア・シュバルツ。悪魔メフィストの弟子にしてこの世の頂点に君臨する女。

 さぁ、私の物語に注目しなさい。


「絶対死ぬラスボス令嬢に転生しましたが、なにがなんでも生き延びてやりますわ!」


 これが私の生きる道よ!





















 ──そして五年が経った。

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