第4話 死亡フラグとお茶会ですわ!

 

 悪魔のような……いや、本物の悪魔であるメフィストのせいで私は関わりたくもない別の五大貴族の子のお茶会に参加が決定した。

 他所の家に行くのだから貴族らしい服装をしようと思ったけど、クローゼットの中には黒のドレスだけが大量にあった。

 確かにノアの登場シーンでは彼女のカラーともいえる黒色のドレスを着ていたし、ラストバトルの時も魔女みたいな黒い格好をしていたけどもしやこの子って黒以外の服持ってないの?


「流石に新しい服は用意出来ないわよね」


 渋々と黒のドレスに着替える。

 姿鏡の前に立つと、そこには幼いながらに妖しげ色気を醸し出す美少女がいた。

 思わずその美貌に見惚れてしまいそうになるけど、中身は残念ながら私なので魅力は半減。

 初めて他の子供達と会うから少しは貴族のお嬢様っぽくしないとね。


「お嬢様。鏡の前で何の練習をなされているのですか?」

「相手に舐められないポーズよ」


 キメ顔で鏡と睨めっこをしていたら音もなくメフィストが現れて私に戸惑いの目を向けた。

 部屋に入るならノックをしてよと言ったら、お嬢様が全然来ないから急いで来たので失念していましたと言われた。

 どうやら着飾った自分にテンションが上がって出発時間を忘れていたらしい。


「それでは参りましょうか」


 屋敷の玄関前には既に馬車が用意されていて、シュバルツ家の家紋である黒い百合が描かれている。

 御者は流石に人間のようで少し安心した。


「流石に他の家に死体を連れては行きませんよ」

「当たり前よ。……悪魔もダメじゃないかしら」

「勿論。結界もありますので中へはお嬢様だけで行ってくださいませ」


 馬車に揺られる道中でそんな会話をする。

 やっぱり良くない存在の悪魔と契約をしているのは他所ではNGだし、そもそも見つけ次第問答無用で祓われるとか。

 どうしてシュバルツ家の先祖はこんなのと契約してしまったのか。

 ちなみだがゲームではメフィストはノアの従順な配下としてラストバトルにも参加したけど敗北し、死亡するのだ。


「ねぇ。やっぱり私と同年代の人間の従者を用意するべきじゃないかしら」

「お嬢様はこのメフィストが力不足だとでも?」

「悪魔連れて学園に行けないでしょ」


 嘘泣きしようとする悪魔をバッサリ切り捨てる。

 悪者であるノアの一派の狂言回しなのでメフィストの話は付き合うだけ疲れる。執事と優秀ではあるし、悪魔の力は護衛として強いのだけど。


「そういえばこれから会う公爵家の子供って誰なの?」


 私がノア・シュバルツについて知っているのはゲームのメインストーリーが始まる学園に入ってからの情報だけだ。

 それより以前については殆ど知らない。

 だから原作開始前のこんなお茶会の内容は未知の経験になる。


「マックス・グルーンという少年ですね」

「へぇ……」


 その名前を聞いた時、思わず頬がピクリと反応した。

 グルーン公爵家。緑色の盾を家紋にしている五大貴族の中でもおだやかな家系だ。

 最初に知り合う相手としてはこの上ない。

 グルーン家のマックスはエタメモの攻略対象で弱気だけど大切なものを守る時は揺るぎない精神を発揮し、ノアの使う魔術を跳ね返すほどだ。

 

「そろそろ着きます」


 マックスについてあれやこれやを考えているうちに目的地の屋敷が見えてきた。

 五大貴族の本家はどれも王都内にあるので家同士の移動がそれほど大変じゃないのが嬉しい。田舎に住んでいる子は数日かけてわざわざ参加するらしい。


「ではお嬢様。後でお会いしましょう」

「えぇ。また帰りに」


 馬車から降りるとグルーン家の使用人が待ち構えていて私を案内してくれる。

 こんな上客扱いされるのは初めてで緊張するし、ノアの記憶でもよその家にお呼ばれするのは初だから頼りにならない。

 グルーン家の印象は緑が多いことだろう。

 庭には多くの植物が植えられている。花壇の手入れもしっかりしてあってウチとは大違いだ。

 シュバルツ家の庭には毒草とか毒草とか毒草が生えているから気軽に土いじり出来ない。

 中には引き抜くだけで人を気絶させるマンドレイクなんてものも生えている。

 ちなみに植えたのはメフィストね。


「マックス様。ノア・シュバルツ様がお見えになりました」


 案内された先には既に他にお茶会に呼ばれた子がいて、その中心にいる少年がこちらを向いた。


「こんにちは。ようこそグルーン家へ」

「ご、ごきげんよう。ノア・シュバルツですわ。本日はお誘いいただきありがとうございます」


 爽やかな緑髪に翡翠色のきらきらした瞳。

 イケメンというより癒し系の子犬みたいな生き物がそこにいた。

 あまりの顔面偏差値の高さで殴りつけられて最初に言葉が詰まってしまったが私は大興奮した。

 だって私の知っているマックスより幼い! 元から童顔キャラではあったけどこれは天使じゃん! きゃわいい!

 グヘヘへへっ。


「今日は楽しんでいってください」

「えぇ。そうさせていただくわ……じゅるり」


 微妙に内心を隠せない気持ち悪さを胸に案内された席に座る。


「「「…………」」」


 しかし、マックス以外の他の子の視線が気になる。

 どの子も私の方を見て固まっているのだ。

 これはあれかな? 私から滲み出るラスボスっぽさがそうさせているのか。それともシュバルツ家の悪名高さのせいか。


「さぁ、みんなも座ってお菓子を食べようよ」


 場の空気が固まっているとマックスがみんなを椅子へと案内する。

 そうしてやっと子供達は動き出した。


「えっと、じゃあ僕はノアさんの隣ですね」


 私から遠い位置から席は埋まり、マックスが最後まで残った私の横に座る。

 彼らから距離感を感じるけど、これから頑張って縮めていこう。

 子供達が全員揃ったところでお茶会は始まる。

 とはいえ、まだ幼い子供ばかりなので会話の内容はギスギスしない世間話だった。

 ゲームでノアがお茶会をするシーンがあったが、集まった人間が悪党しかおらず物騒な作戦会議をしていた。

 私はみんなの話を聞きながら相槌をうつ。

 前世の話をするわけにもいかないし、ノアとしての記憶には子供相手に話すには危険な内容が多いから黙っていよう。

 私の家、人間のフリした悪魔とか死んだ人間を使用人にしているの! なんて言った日には処刑すらありえる。

 ここはひとまずテーブルの上に並べられたお菓子でも食べて乗り切ろう。

 クッキーにマカロン、シュークリームまであるなんて嬉しい。私ってばお菓子大好きだからね。

 お菓子といえば、ラブメモの主人公は料理上手でお菓子作りもプロ顔負けって設定があったから一度食べてみたいけど、それにはシュバルツ家のアレコレをどうにかしないといけないんだけど。


「ノアさんは飲み物のおかわりどうかな?」

「え? 私?」


 どうやら無意識のうちにカップの中を飲み干していたよう。


「あー……同じのでいいです。砂糖無しで」

「苦いのも飲めるなんてノアさんは大人だね」


 純粋に褒め言葉としてマックスは言ったのだろうが、中身は二十代の駄目人間なので外れてはいない。

 体はまだ幼い子供だけど、ノアの舌は子供舌じゃないようだ。昨日食べた料理も辛そうなのがあったけど平気だったもんね。

 それからお菓子を食べていると口の中がくどくなるから苦味が欲しかったのも理由だ。


「ノアさんはもう魔術の練習はしているのかな?」

「ふぁふぉう(魔術)?」


 グリーン家の使用人がおかわりを注いでくれて、気に入ったシュークリームを二つ口に詰めていると急に話の矛先がこちらへ向いた。

 モグモグと急いで口の中を空にして私は具体的ない内容を濁しながら話す。


「しているわね……そこそこには」

「凄いなぁ。僕なんてついて最近許可がおりたばかりなんだよ」


 周囲の子達も同じようで私の発言に注目していた。

 魔術は失敗すれば大怪我に繋がるからどこも慎重になっているらしい。

 その点、シュバルツ家は物心つく頃には魔術の鍛練がみっちり始まる。もしも怪我したらどうするんだよと文句を言いたくなるが、魔術の師でもあるメフィストがいる以上はそうはならない。

 あの悪魔は人間に寄生するのが上手いので人の体の一部を乗っ取り強制的に魔術を発動させ、体に制御の感覚を叩き込んでくる。

 操り人形として魔術を使ううちに無意識制御を覚えさせるという教育を何代も前のシュバルツ家の人間に施しているのだ。

 ノアもその教え子の一人であり、既にシュバルツ家の黒魔をいくつか使いこなしている。まぁ、そのせいで退屈になって禁書庫に忍び込んだりするから早めの教育よりも倫理の勉強が先だとは思うが口にはしない。


「マックス様であればさぞや高名な魔法使いになられるでしょうね」

「僕なんかがなれるかな……」


 ちょっと自信なさげに頬をかくマックス。

 謙遜なんかではなく、本心でそう思っているようだった。


「マックス様ならなれますよ。あのグルーン家の御子息なのですから」

「五大貴族であれば凄まじい才能があるはずです!」


 同じテーブルの他の子達が元気付けるように言った。

 しかし、マックスは依然としてテンションが低かった。


「でも、同じ公爵のヴァイス家の子は既に守護聖獣を喚んだらしいじゃないか。僕なんてまだなのに」


 彼の口から聞き覚えのある名前が出る。

 ヴァイス公爵家。シュバルツ家、グルーン家と並ぶ五大貴族の一つだ。

 どうもマックスは同い年で五大貴族の子供なのに他家より遅れているせいで弱気になっているみたいだ。


「ノアさんも魔術が使えるみたいなのに僕ってダメだなぁ」

「諦めるのは軽率ですわ。まだ学び始めたばかりなのでしょ? 早く成長する者が必ずしも頂点に立つわけではありませんわ」


 私は肩を落として落ち込む彼を軽くフォローする。

 童話のうさぎと亀のように最初が順調だからといっても最後には負けてしまうこともある。

 ラスボスのノアだって、魔術を使えるようになって日が浅い主人公に慢心して負けてしまうのだから。


「僕なんかでも強くなれるかな?」

「なれますわよ。私はグルーン家ではなく、マックス様だからこそ高みに辿り着けると思います」


 今はまだ弱くても、本編が始まる頃には有象無象じゃ歯が立たないくらいには強くなるのよ貴方。

 それはもう、マックスがいれば相手が強かろうと耐えられる耐久パーティーの要だ。

 精神的なムラはあるけど、終盤になると頼もしいことこの上ない。

 問題児が多いヒロイン一派の数少ない清涼剤だしね。


「君にそう言われるとなんだが自信が湧いてきたよ。そうだよね、僕だって誇り高い五大貴族の一員なんだ。頑張らなくちゃ」


 やる気が出てきたマックスは強く拳を握る。

 鼻息を荒くして頑張るぞーなんて言うものだから本当にかわいい。ショタコンかと言われたら間違いなく首を横に振る私だけど、この光景は微笑ましい。

 デュフフフ……いかんいかん。ここで本性を曝け出したら拘束されてしまう。


「マックス様! 大変です!!」


 しかし、和やかなムードを取り戻したお茶会は慌てた様子でかけつけたグルーン家の使用人によって中止されることになる。

 使用人から耳打ちをされたマックスの顔色がみるみる悪くなり、急いでその場から駆け出したからだ。

 主催者が不在になってしまい、屋敷の方も慌ただしくなってくればお茶会どころではなくなったので、そのまま解散の流れになってしまった。


 隣の席に座っていた私は、使用人が耳打ちした内容を繰り返す。


『奥様が呪いをかけられて屋敷に運び込まれました!』と。







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