第5話 生存のための最初の一手!


 グルーン公爵家でのお茶会が中止になったその夜。

 食事が終わった後、私はメフィストを自室に呼び出した。


「こんな夜にどうされましたお嬢様。夜更かしは肌の大敵でございますよ」

「睡眠いらずで真っ青な顔が基本の貴方に言われても説得力ないけど、今はそんなのどうでもいいわ」


 相変わらずふざけようとする悪魔をスルーして私は話す。

 この悪魔は隙あらば茶化そうとするので話を切り捨てるのが得策だって十年間で学んだ。


「今日、グルーン家の使用人が言っているのを聞いたんだけど公爵夫人が呪いをかけられたらしいのよ」

「なにやら屋敷から慌ただしい気配を感じておりましたが、そういうことですか」


 御者と一緒に馬車の中で待っていたメフィストもグリーン家の異変には気付いていたようだ。


「ねぇメフィスト。呪いってどういうものなの?」

「呪い……呪術とは魔術の一種ですね。誰かが誰かを恨む気持ちや憎しみといった負の感情を魔術として発動させて対象を弱らせて殺します」


 メフィストはいつの間にか懐から白い人形を取り出して私に見せる。

 彼が触れている部分から人形は徐々に黒くなり始め、最終的に真っ黒な人形に変わった。


「これが呪いを受けて体が蝕まれた状態でございます。ここまで強い呪いを受ければまず助かりません」

「それって防ぐ方法無いの?」

「ありますよ。生まれつき呪いが効かない者もいれば身代わりの魔術具に肩代わりさせたり出来ます」


 ごそごそと人形を戻してメフィストは説明する。

 なんだ、思ったより大したことなさそうだ。


「低レベルなものであれば対抗策もありますが、呪術への耐性も高いはずの公爵夫人が倒れたとなると高位の呪いでしょうね。おそらく即死はしませんが長く苦しんで死にますね。旦那様に近々葬儀があるとお伝えしなければ」


 さもそれが当然かのようにメフィストは話す。

 それどころか仕事が増えて主人が大変そうだと他人事のようだ。

 まぁ、この悪魔からすればたかが人間一人が死んだところでそれまでなのだろう。

 でも、私は違う。


『君にそう言われるとなんだが自信が湧いてきたよ。そうだよね、僕だって誇り高い五大貴族の一員なんだ。頑張らなくちゃ』


 弱気な彼が一歩踏み出そうとした瞬間の顔が蘇る。

 せっかくあの笑顔が曇ってしまうのはちょっと悲しい。


「公爵夫人は息子のマックス様を大変かわいがっておられましたから、残念です。……ところでお嬢様は葬儀に着ていく喪服をお持ちでしたでしょうか?」

「全く残念そうに見えないわよ」

「まぁ、人間いつか死にますので。勿論、お嬢様や旦那様が死ぬ時は盛大に泣きますよ。それはもう血の一滴まで流し尽くす程に」


 血涙を溢しながら干からびる悪魔を想像して目を細める。絶対嘘だ。

 けど、マックスという優しい少年はそれくらいの勢いで泣いて悲しむだろう。


 私がプレイしたエタメモのストーリーでも呪い関係の事件があった時にマックスが取り乱して使いものにならないということがあった。

 いつも温和で笑顔のマックスが塞ぎ込んでしまってヒロインが手を差し伸べるのだ。


『かつて呪いによって大切な人を失ってしまった。あの頃の僕にもっと力があれば身を引き裂かれるような喪失を味わわずに済んだんだ!』


 トラウマとして彼に刻まれた経験が再びマックスを弱気な少年に戻してしまう。

 そんな彼を救いたいヒロインは無茶をして事件を解決しようとするけど犯人から狙われて被害者に! 

 でもそこでマックスが今度こそは! と立ち上がり黒魔術を跳ね返してヒロインを助ける!


『僕はもう愛する人を失いたくない!』


 弱気なはずのマックスが覚醒!

 童顔おどおどキャラのキリッとした凛々しい顔に男らしい女の子を守ろうという態度。

 普段とのギャップに思わず私も悶えてしまったのだ。

 翌日からは部屋にある小物のカラーが緑色へと変わってしまうくらいには好きだよあのシーン。


 ――って、そんなことを思い出してる暇じゃない!


「ねぇ、メフィスト。まだ私に言ってないことはないかしら?」

「はて? なんでございましょうか」


 惚ける悪魔に私は告げる。

 さっきのゲームの内容で思い出したのだ。


「禁書庫の中に呪術について詳しく記載された本があるわよね? それもとびっきり高度な魔術のが」

「……いけません。いけませんよお嬢様」


 ニヤリと笑う私を見て初めて表情が動くメフィスト。


「よろしいですか? 禁書というのは禁じられているものだから、人目に触れてはいけないものだから禁書と呼ばれるのです。その危険さは読むだけで精神に異常をきたす可能性もあるのです」

「でもその禁書、うちにあるわよね。そんな危ないなら燃やせばいいのに。どうしてかしら? それもこんな小娘が忍び込めるようなセキュリティーで」


 今度こそメフィストの顔が崩れた。

 ニコニコとした軽薄な顔が真剣な表情へと変わり、黒白目の瞳が鋭く私を覗き込む。


「いけませんよお嬢様。悪い子になってしまいます」

「悪魔の弟子なんだから良い子なわけないでしょ」


 至近距離でモノホンの悪魔に睨みつけられるとかいう恐怖イベントだっていうのに私の声は震えるどころか低かった。

 こんな脅し、職場のパワハラ糞上司やモンスタークレーマーの客に比べたら生易しい。

 あとは……ノアとしての体が悪魔なんて恐れるに足らないと感じさせるのか。

 だとしたらやっぱりラスボスだよこのわたし


 しばしお互いの顔を見つめる。

 先に折れたのは悪魔だった。


「なるほど。お嬢様の意思が固いことは理解しました。ですが、それがなんになるのでしょう? グルーン公爵家夫人を救ったところで大した利益はございません。シュバルツ家は特殊な立ち位置ですので」

「悪魔っていう割には節穴よね貴方の目」


 肩にかかる髪を払い除けながら私は疑問符を浮かべる執事へと微笑む。


「マックス・グルーン。あのお坊ちゃんには期待しているのよワ・タ・シ♡」


 さぁ、自分の明るい未来と保身のためにこのノア・シュバルツちゃんが人肌脱ごうじゃない。

 黒魔術を極めた悪役令嬢にしてラスボス相当の強さを持つ災禍の魔女の生まれ変わりの実力を見せてあげるわ!



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