第6話 魔術のレッスン開始です!
そんな風に考えていた時期が私にもありました。
どんな無茶難題が来ようとこの高性能美少女ボディなら楽ちんだって。
「どうして禁書は古代文字なのよ……」
シュバルツ家の地下空間。
魔術に関する道具が置かれた部屋の隠し本棚から下へと続く階段を降りた先にある秘密の場所。
ここで歴代のシュバルツ家当主があまり人に見せられないようなことをやってきた。
禁書庫もこの地下空間の一部屋にある。
「呪術は古くからある魔術でございます。それについて書いてあるのですから当然言葉も古いのでございますよ」
臨時の地下室教室で教鞭を執るメフィストは私に無慈悲なことを告げた。
「私まだ子供よ。難しい言葉わからない」
「学園に入学すれば古代語の授業もございます。その予習ということにしましょう」
うげぇ……とお嬢様らしからぬ汚い悲鳴を漏らすがここには私達しかいない。
他の人に見つかったり、当主であるお父様にバレてはいけない。
この授業はあくまでも私が勝手に行動してメフィストを主人命令で付き合わせているという体裁でおこなわれている。
その理由はこの悪魔がバレて責任追求されて減給されたくないとか泣きついてきたからだ。
悪魔に給料払ってるなんて……。
「しかしお嬢様。古代語が読めない以外に変化はございませんか?」
「ないわね。難しくて頭が沸騰しそうになるくらい」
「冗談を言えるなら問題ありませんね」
小学生に高校で習う古文やらせるレベルだよ。
おまけに魔術の説明書だから書き方がレポートっぽくて読み辛い。
かぐや姫のような物語形式ならまだかろうじて読めるというのに。
「メフィストは読めるの?」
「その頃は国内を旅していましたからね。バッチリですよ」
ゲーム内でも災禍の魔女が暴れていた時代を懐かしいとか言っていたし古い言葉を知っているのは当たり前か。
改めてこの悪魔が人間の寿命で測れる存在ではないと思い知らされる。
「翻訳してよ。それ読むから」
「ズルはいけません! そんなのでは将来ダメな子になってしまいますよ!!」
なにそのキャラ。真面目ちゃんなの?
悪魔なのにキッチリ仕事したり綺麗好きだったりするのなんなの?
「あとはそうですね。禁書というのはそれ自体が一種の魔術具なのでおいそれと他人が複製できないよう安全装置があるのですよ」
魔術具。
ゲームに出てくる用語で、魔術に用いられる装備や道具を指す。
メフィスト曰く、この禁書は
「メフィストは読めるのよね?」
「読めますがこうして書き写そうとすると」
私が持っていたペンを奪い、メフィストが字を書こうとするけど紙は白いままだった。
さっきまでしっかりインクが付いていたのになんとも不思議な光景だ。
「他にも口頭で説明しようとすれば音が出なかったりする場合もございます。中には読む人間を魔術書の中に引きずり込む物もありますので取り扱いにはくれぐれもご注意を」
ニッコリと悪魔スマイル全開なメフィスト。
よくノアは一人でこんなところに侵入して勝手に読んだよね。子供の好奇心って凄いけど怖い。
「しかしこの調子ではお嬢様が呪術について学び終わる前に夫人の命が尽きますね」
「それは困るわ!」
あんなに大見えを切って交渉したのに間に合いませんでした! ってかっこ悪い。
社畜時代に出来もしないことをやりますと宣言してダメだった時は上司に叱られた。日頃の恩返しですと後輩くんや同期ちゃんが手伝ってくれたからよかったものを。
今回なにより一番困るのは人の命がかかっていることだ。
ここで夫人が亡くなるとマックスにトラウマが刻まれるし、主人公と会ってから覚醒する流れが発生してしまう。
彼には私に勝てないくらいの実力でいてもらわないと万が一敵対することになった場合が怖いのだ。
グルーン公爵家に恩を売りつける大チャンスでもある。これを見逃す手は無い。
「そうだわ。メフィスト、この魔術書の中から呪いの解呪に必要な部分や対処法について書かれているページを探して。そこだけ集中的に解読するわ」
「一部分だけでは意味が理解出来ないのでは?」
「わからないものがあればその単語を探して前のページに遡るのよ」
「個人的には一冊丸々を読んで欲しいですが、時間もありませんし今回はそれでいきましょう」
悪魔教師もこのやり方に納得してくれたようで、躓いていた魔術書の解読が前進した。
結果さえわかればどうしてそうなったかを逆算出来るので方針を決めてからの作業はスイスイ進む。
地下なので具体的な時間は把握出来ないが、おそらく取りかかりから半日程度で呪いの対策についてはまとまった。
その結果としてわかったのが、どうもこの呪いについては優れた黒魔術師じゃないと対処出来ない。
そもそも黒魔術というものは世間的に恐れられる畏怖の対象として扱われている。
そんな危ないものを好き好んで使用して経験豊富な人材となると、それはもう犯罪者なのだ。
「シュバルツ家は元は王族を陰から守るための一族でございます」
「つまり、私がやる分にはお咎め無しってわけね」
五大貴族の一つ。それも家の成り立ちから特殊な家系ともなれば大目に見てもらえる。
ゲーム内でノアはそこにつけ込んで黒魔術を私利私欲のために使っていたが、今回は人命救助が目的だ。
褒められることはあったとしても糾弾はされない……はず。
「ところでお嬢様。魔術の実践や制御について一番の最短ルートはご存知でしょうか?」
「さぁ? 知らないわよ」
「体に叩き込むのですよ。反射的にほぼ直感で発動させることが出来るようになれば理想でございます。そこで、」
再びの悪魔スマイル。
絶対何も知らない子供が見たら腰を抜かして漏らしちゃうからねその顔。
なんだろう嫌な予感しかしない。
「お嬢様の体にお触りしますよ」
◆
「お母さん……」
僕は一人で膝を抱えていた。
その原因はグルーン公爵家夫人である僕のお母さんが病気になってしまったからだ。
五大貴族と呼ばれる公爵家の次期当主として生まれた僕は貴族として他の家の子達と親睦を深めるためにお茶会を開いた。
それ自体はちょっとドキドキしたけれど上手くいったし、初めて出会うとても綺麗なお人形さんのような子とも知り合えて楽しかった。
けれど、その途中でお母さんが倒れて運び込まれたと聞いて僕はショックを受けた。
いつも僕に優しくしてくれて頭を撫でてくれるお母さん。
公爵家の跡取りなんて嫌だって言うとちょっと怒るけどその分励ましてくれる大好きなお母さん。
家のみんなだってお母さんのことが好きで一生懸命に働いている。
そんなお母さんのお見舞いに駆けつけたけど、ベッドの上にいたのは僕の知らない人だった。
僕と同じ髪だった頭は所々が抜け落ち、焦点が合わない目をしながら苦しそうに悲鳴をあげていた。
お化粧でほのかに桃色だった肌もネイルがしてあった指先も変色していた。
だけどその声だけは間違いなくて、家のみんなもお母さんの名前を呼んでいた。
どうして僕のお母さんがこんな姿になって苦しんでるの?
お医者さんは僕を部屋から追い出した。このまま見せ続けるのは酷だろうと言って。
わけがわからなくなって僕の世話をしてくれるメイドに話を聞いたらお母さんはとても重い病気になったらしい。
お薬を飲んだら治らない? と聞いたらメイドは僕を強く抱きしめた。
「かわいそうな坊っちゃま。こんなに幼いのに……」
その言葉を聞いてなんとなく理解した。
お母さんの病気は薬じゃどうにもならないんだって。
グルーン公爵家は植物や自然に関する魔術に長けた一族で薬草の栽培やポーションの製造をしている。
そんな我が家の総力を集めてもお母さんは救えない。
悪い人がかけた呪いによる病はお母さんの命をただ奪うだけじゃなく徐々に苦しめて弱らせるらしい。
一般人より魔術に秀でた肉体を持つお母さんはその分他の人よりずっと苦しんで死ぬ。
お母さんが倒れて三日過ぎた頃には離れた僕の部屋にまでその苦痛に満ちた声が届く。
僕は大好きだったお母さんが何か別の存在になってしまうのが怖くて部屋にすらいけなかった。
そうして四日目の朝、屋敷のみんなが僕にお母さんの部屋に行くように言った。
それぞれ順番にお母さんに挨拶をしようという流れになっていたのだ。
僕が部屋に呼ばれたのも、このまま最期を愛した息子に看取られないのはかわいそうだという理由だった。
お母さんがいなくなるなんて考えたくない僕はそれを拒否したかったけど、せめて最後にお母さんに頭を撫でて欲しくて病室に入った。
「お、お母さ……ん……」
ベッドの上には僕の知ってるお母さんが寝ていた。
よく着ていた服で整えられた髪に帽子を被ってお化粧までしている。
でも目は閉じていて、浅い呼吸だけが聞こえる。
「奥様はもう暴れる力も叫ぶ体力すら残されていません」
心臓は動いているけどまるで死んでいる人みたいだった。
僕の名前を呼んでいた優しいお母さん。
弱気で泣き虫だった僕をいつも抱きしめてくれていたお母さん。
「嫌だよぉ。死んじゃ嫌だよぉ……」
ベッドにしがみついて僕は泣いた。
人前で泣いちゃいけないってお母さんと約束したけどそんなの我慢出来なくて泣いちゃった。
泣いて、泣いて、泣いて、僕の身体の中の水分が全部出尽くしてしまいそうなほど泣いた。
「今日が山場でしょう。旦那様は……間に合わないでしょうね」
お父さんは仕事が忙しくて二日目に戻って来たけどまた昨日の夜から仕事に行ってしまった。
行く前に僕を抱きしめて「すまない……」って泣いていた。
あんな弱ったお父さんは初めてだった。
僕はお母さんの隣で言いたくもないお別れの言葉を言わされて自分の部屋に戻った。
そして膝を抱えていた。
「お母さんがああなったのは誰かが呪いをかけたせいだ……どうしてお母さんが……」
あんなに優しい人なのに。なにも悪いことはしていないのにお母さんの命は奪われる。
お母さんを殺そうとする誰かが僕は何よりも恐ろしかった。
「僕が凄い魔術師だったらお母さんを助けられたのかな?」
僕のご先祖様。
昔話に出てくる悪い魔女から仲間や国を守った英雄。
その人の子孫である僕が凄い魔術を使えたら、ヴァイス家の子やあのシュバルツ家の女の子みたいに強かったらお母さんは助かったのか?
「ううん。僕は弱虫で臆病者だからきっと無理だよ。お母さんとの約束も守れずに泣いちゃったんだ。こんな僕は公爵家の当主なんて無理だよ……」
出し尽くしたと思った涙がまた零れ落ちそうになったそんな時だった。
屋敷の外が慌ただしくなったのは。
「連絡もなしに失礼するわ! 公爵夫人の病室はどこなの!!」
黒い百合の描いてある馬車が玄関先に停まり、中から傷だらけの少女が飛び出した。
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