第7話 呪術☆発動!


 くそっ! あのスパルタ悪魔!!

 痛む体にムチを打って馬車を走らせる。

 まぁ、実際に馬車を運転しているのは傷だらけの少女に職を失いたくなければ急げと脅されて半泣きの御者だけど。

 うん。全てが上手く収まれば馬と御者にはボーナスを出してあげよう。もちろんメフィストの給与から。


「間に合ってよね……」


 地下で始めた呪いを解く訓練。

 その会得について最短距離だと選ばれたのは自分の体に呪い移して自分で解呪するというもの。

 半ばメフィストに体の操作権を奪われた私は大変苦しい思いをする羽目になった。

 死ぬ……とまではいかないけど、気絶しそうになるレベルの不快感が解呪に成功するまで続く生き地獄。

 体に傷が多いのはその苦痛で自分の身を引っ掻いたからだ。傷跡が残りでもしたら絶対に許さない。

 私は乙女ゲームのラスボスであって少年マンガの主人公じゃないのに、スパルタにも程がある!

 たがまぁ、そのおかげで魔術書に記載されていた呪いの解除についてのみ取得することができた。


『あー、もう無理。寝させて……』

『お疲れのところ申し訳ございませんが、見張りをつけていたグルーン夫人ですが今が峠のようです』


 三日間ろくに休めていない私に悪魔執事が告げたのはタイムリミットの時間だ。

 ふらふらしながら「嘘でしょ?」という私にメフィストは笑顔で首を横に振った。

 そして現在の、自傷による怪我と疲労による疲れでちょっと目が血走っている私の完成だ。


「おい! そこの馬車止まりなさい!」

「構わないわ。門ごとぶち抜きなさい!!」


 グルーン公爵家の屋敷にたどり着く時、一刻でも早く休みたかった私は御者へ無茶苦茶な命令を下す。

 本当にやるんですか!? と怯える御者に私はこう囁いた。


「シュバルツ家をクビになった人って不審死する者が多いらしいわよ。なぜかしらね?」


 我ながら適当なことを言ったが、その効果は覿面で馬車は門番を轢きかけながら玄関先に横付けした。


「おい! 何のつもりだ!」

「連絡もなしに失礼するわ! 公爵夫人の病室はどこなの!!」


 無理矢理な方法で屋敷内へ押し入る私を使用人達が取り押さえようとする。

 まだ一度しか顔を見ていない子供だし、前回のお茶と比べるとテンションがまるで違うからピンときていないのだろう。

 とはいえ彼らも仕事をやっているだけなので責めることは出来ない。

 けれど時間が惜しい。


「邪魔するなら貴方達を、」

「ノアさん?」


 魔術を使って意識を刈り取ろうかとした直後、私の名を呼ぶ少年の声が聞こえた。

 周囲の大人達も主人の登場で手が止まる。


「あの、どうしてノアさんがここに? それに怪我してて痛そうだよ」

「いいところに来たわねマックス。貴方のお母さんの居場所を教えて頂戴」


 その隙を見逃さずに私はマックスに近づいて頼み込む。

 それはもう有無を言わせないという勢いで肩を強く掴む。


「お、お母さんはもう……」


 翡翠の瞳から輝きが失われて閉じられていく。

 お茶会の場で私が目にしたキラキラしていた姿も今は影が差している。

 世界に、自分に絶望してあらゆるものを諦めてしまったその顔が

 


「マックス! しっかりしなさい!」


 大きな声は私の口から発せられた。

 すぐ目の前で叱るような声を聞かされたせいだろうか、マックスはビクッと肩を揺らす。

 そして、伏せられていた瞳が大きく開かれて私と視線が合う。

 今この子の不安は頂点にある。だったらかけてあげる言葉は一つ。


「私が来たからにはもう大丈夫。貴方のお母さんを救ってあげるわ」


 縋り付くしかない希望の糸を垂らす。


「本当?」

「嘘をついてどうするの? 私は出来ることしか口にしない女よ」


 自信たっぷりに、偉そうな上からの目線の言葉を使う。

 こんな言い方をしても嘘っぽくにしか聞こえないはずなんだけど、そこはラスボス令嬢のノア・シュバルツ。

 中身が私のようなポンコツでも声色が、態度が、ノアを構成する全てがありもしない説得力を生み出す。


「こっちだよ!」

「「マックス様!?」」


 何かを決心したように短く息を吐き、マックスが私の手を引いて屋敷の中を走る。

 アポなしで半ば強引に乗り込んできた私をどうするか悩んでいた周りの大人達はその急な行動に驚きの声を出した。

 自分達の主人の考えがわからずに混乱している彼らの横を通り過ぎて屋敷の奥へ進む。

 最上階の、それも一番豪華な扉の前でマックスは足を止めた。


「ここだよ」

「失礼するわ」


 軽くノックをして扉を開く。中からの返事なんて待たないマナー違反な開け方だ。

 締め切られたカーテンのせいで薄暗い室内には薬品の匂いが充満していた。

 色々な薬を試したのだろう。テーブルの上に置いてあるトレーには空になったポーションの瓶が複数転がっていた。


「お母さん。僕だよ。マックスだよ」


 天蓋付きのベッドの上に寝かされているのが公爵夫人か。

 母を呼ぶマックスの横に立ってベッドを覗き込む。

 そこにいたのは生きた死人だった。

 服装や顔は整えられており、死化粧が施されていた。

 よほどひどい状況でせめて最後くらいは美しくしてあげたいって思ったのだろうか。

 まぁ、普通なら諦めるわよねコレは。

 メフィストのスパルタ訓練によって今の私には公爵夫人を取り巻く呪いが視認出来る。

 百足のようなイメージの呪いの塊が彼女の体を這い回って命を搾り尽くさんとしている光景があった。


「マックス。少し下がっていて」

「うん」


 万が一のことを考えてマックスをベッドから離れた場所にいるように指示した。

 改めて夫人の容態を確認する。あと少しでも到着が遅ければ手遅れだったので間に合ってよかったと安堵する。


「よし。始めましょうか」


 まずは自分の体内にある熱を感じ取る。生命力とも言い換えていいこの熱が魔力だ。

 そしてその魔力を自分という器全体に満遍なく広げていく。

 魔術を使う前準備がこれで完了したので、次は使用する術式を思い浮かべる。

 イメージするといえば簡単そうに思えるけど、発動させる魔術の規模や大きさ、持続時間や魔術が現実に及ぼす影響などの多岐にわたる情報を演算して処理しなくてはいけないのでかなり大変だったりする。

 慣れれば自然と無意識のうちに魔術を使えるようだけどまだ私はその領域にはいない。


「───っ」


 呼吸を整えて覚えたての呪いに関する情報とメフィストに操られていた体の感覚をを思い出しながら魔術を発動させる。


【呪いを確認。起動する術式によって干渉を開始】

【呪いへの接続を確認。怨念の対象を変更】

【前対象者から呪いの切除を確認】


 眠っているグルーン公爵夫人の手を握り、心の中で一つ一つの工程をイメージしながら魔術を行使する。

 ゲーム最終盤に出てくるノアならばこんなの片手間に出来るんだろうけど、中身が乃亜なので

 全集中力を向けないと暴走しかねない。

 視界に映る百足のような形の呪いがモゾモゾと動き出す。

 呪いはそれまで苦しめていた公爵夫人への拘束を緩めると、次の宿主を見つけたと喜ぶようにこちらへと這い上がってきた。

 穢らわしい不快感の塊によって身を支配されそうになる感覚に気分が悪くなる。鳥肌が止まらずに歯がカチカチと鳴る。


「ノアさん!?」

「来ないで。今大事なところだから」


 私の異変に気づいたのかマックスが震えた声を上げるが、今は呪いを引き継いでいる途中だ。下手に干渉すればマックスの方に鞍替えしてしまう可能性もある。

 拒絶するように彼を呼び止め、魔術を発動させ続ける。

 たったの三日間しか練習していない私が出来る解呪の方法がこれだ。

 誰かの体ではなく、まず一度自分の身に呪いを移し替えてから解く。


「くううううううっ!!」


 メフィストのスパルタ特訓の時と同じように我慢出来ずに自分の体を強く抱きしめて地面に転がる。

 気絶しそうになるくらいの不快感が体を這いずり回って苦しめてくる。

 呪いが、百足が口もないのに笑っているような気がした。


“次はお前だ。お前を苦しめて弱らせて殺してやろうか? ”


 誰だかは知らないけれどこの呪いをかけた術者にはお礼参りをしてやりたい。


「マックス様!? これは」

「シュバルツ家の令嬢が倒れているが何が起きているんだ?」

「奥様は! 奥様のご容態は!?」


 振り切ったグルーン家の使用人達が次々と押し寄せて来て室内は混乱していた。

 さっきまで威勢よくしていた娘が青い顔で苦しんでいれば当然か。


「……おえっ」


 しまった。あまりの気持ち悪さに公爵令嬢にあるまじきものまで飛び出してしまった。

 だけど、そのかいもあってか呪いは私の中に定着したようだ。


【体内の呪いへ干渉。解析中】

【解析完了。呪いの分解開始】

【呪いの分解に成功。無害化します】


 イメージするのは私に纏わりつく百足。

 それがどんな効果を及ぼすものなのかを体を張って記録する。

 記録が終わることで百足に触れる方法がわかったのでこれでもかとバラバラに引きちぎっていく。

 呪いは原型を留めないくらいに細かくされたせいで効果を失い消滅した。

 呪いが消えたことで私の体内にあった不快感も消え去り、全身から力が抜ける。


「…………処置完了。夫人にかけられていた呪いは消えたわよ」

「「「何っ!?」」」


 私の言葉に驚いた大人達が恐る恐る夫人の元に近づく。


「奥様の呼吸が戻ったぞ!」

「脈も正常だ。血色は悪いが、これならグルーン家のポーションで治せる!」

「急いで旦那様に連絡しろ!」


 ついさっきまで死ぬはずだった主人の回復に使用人達は喜びながらも次の処置を施す。

 あくまで私は呪いを消しただけなので失われた体力についてはこれから時間をかけて戻すしかない。

 バタバタと人が入れ替わる慌ただしい室内で私は邪魔にならないよう部屋の隅に座り込む。


「おい。奥様が何かおっしゃろうとしているぞ」

「マックス様は奥様のお側に」


 公爵夫人の意識が戻ったのか使用人達がマックスを呼ぶ。

 私の方を心配そうに見ていた彼にお母さんのところに行くよう視線を送る。


「──マックス?」

「お母さん!!」


 名前を呼ばれたことで我慢出来なくなったのか、マックスは飛び込むように母に抱きついた。

 夫人の方もまた我が子の肌の温もりを感じることが出来るとは思っていなかったようで、噛みしめるようにマックスの名前を何度も呼ぶ。


「お母さんが死んじゃうって。いなくなっちゃうって思って僕は……」

「もう。グルーン家の息子がそんなに泣くんじゃありません。しっかりしなさい」


 泣きじゃくるマックスを注意している夫人だけど、その目からは涙がポロポロと溢れていた。

 感動的な親子の対面に貰い泣きをして使用人達も泣き出した。

 全員が泣いているのにさっきまでとは違う温かい幸せな空間。


「これは頑張った甲斐が……」


 私が知るゲームのストーリーを一つ変えることが出来た。

 そのことに満足しながら私はゆっくりと意識を手放す。三日間スパルタ続きだったせいでいい加減体力が限界だった。





 おやすみなさーい☆




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