第2話 ノア・シュバルツという悪役
私が前世の記憶を取り戻したのは些細なきっかけだった。
シュバルツ公爵家はユグドラシル大陸最大の国家アルビオン王国の中で五大貴族と呼ばれる家である。
そんな超有名貴族の一人娘である私は幼い頃から英才教育を受けて育ってきた。
十才の誕生日を迎えた私は名家に生まれた魔術師としての才能を開花させ、順風満帆な生活を送っていたのだが、
順風満帆過ぎてつまらない。
こんなの面白くない。
そんな風に考えてしまい、何か刺激になるようなことはないかと子供特有の好奇心を爆発させて何を血迷ったのか立ち入り禁止の禁書庫に忍び込んでそこに書かれた魔術を試してしまった。
ここまで説明してあなた何やってるの! と言いたいけれど、子供のしたことなので許してやってください。心の底から反省していますから。
もちろん禁書庫に収められている危険なものは自分の実力を過信しているようなお子様には当然扱えないので失敗して魔力が暴走。ノア・シュバルツはその場で気絶してしまった。
そして目が覚めた時に前世の自分が灰色の青春を過ごし、寂しい人生を送っていたオタクの社会人だったことを思い出したのでした。
「いや、意味わからないから」
この独り言も何度目だったか。
意識が戻って日本の記憶とノアとしての記憶が溶けて混ざり合ってからずっとこればかりだ。
「貧乏くじもいいところよ……」
シュバルツ家といえばこの国では知らない者はいない超有名でお金持ちで権力もある家で、私の容姿はお世辞抜きで美少女。
さらには魔術だって使えるし、その才能は天井知らず!
ここまで聞くと転生して最高じゃん! と思いたくなる。
「でも悪役令嬢! しかも死ぬ!」
そう。一番の問題点はそこだ。
《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》ことエタメモはヒロインと攻略相手が仲を深めて魔術の腕を磨き、悪の親玉であるノアを討伐することで国を救う物語だ。
その流れはどのキャラクターを選んだルートでも共通していて、なんやかんや事件があって、ノアを殺してハッピーエンド! となる。
ラスボスともいえるノアと戦う前にはいくつも障害があるが、その時に出てくる悪役は逮捕されたり国外追放されたりが多く、処刑までいくのはごく僅か。
「ただしノアは死ぬのよね……」
悪の首領であるノアは凶悪な手下と共にヒロイン達と命をかけた戦闘の中で息を引き取る。
これまで散々な悪事を働いていたんだし死んで当然じゃね? とゲームのプレイヤーは思うかもしれない。
私だってその一人だった。
脅迫、恫喝、強盗、殺人、呪詛、文書改竄、脱税、洗脳、人体実験、拷問などなど。
ここまでやってたら当然の報いだし、ノアにはある秘密があってそのせいで生きてるだけで国を滅ぼしかねない事態になる。
だからヒロイン達は協力して悪に立ち向かうのだ。
「えー、死にたくないんですけど。どうしたらいいのよ」
布団の上で胡座をかいて眉間に皺を寄せて考える。
見た目美少女なのに仕草がおじさんくさいせいで台無しだ。
とりあえず生き残るためにはノアが殺されなきゃいけない理由を思い出そう。
一つ、あらゆる悪事の元凶だから。
さっき言った数々の犯罪の裏にはノアがいて彼女の命令で犯罪者達は動いていて攻略対象や主人公達はその被害を受けていたから。
うん。許されることじゃないから逮捕は確定だけど殺す必要は無いんじゃないかな?
二つ、配下と一緒にヒロイン達と戦ったから。
主人公補正は恐ろしい。土壇場で覚醒したり仲間と協力してパワーアップするんだから。
おまけにヒロインと恋に落ちる攻略対象達はどれも五大貴族の血筋だ。
魔術の才能はあるし、ノアと対峙する時には数々の悪事が明るみになっていて大勢の人間が彼らに協力する。戦いは数が多い方が勝つんだよ。
これについては一つ目に挙げたの悪事をしなければ敵対しない。戦わなければ死ぬこともない。
おぉ、いいんじゃないの? 明るい未来が見えてきましたよ?
三つ、ノアの中には二百年前に国を滅ぼしかけた厄災である【災禍の魔女】の魂が宿っているので生きてるだけで有罪。
はい詰みました! 解散!!
えー……ノアにはとある秘密があるんだけど、それがこの【災禍の魔女】の魂です。
今からずっと前にアルビオン王国を恐怖のどん底に叩き落とした悪魔みたいな女がいまして、そいつが災禍の魔女です。
子供から大人まで誰もが知ってる悪い奴で、いい子じゃないと災禍の魔女に食べられちゃうぞと言われるクラスだ。
ノアはなんとこの魔女の生まれ変わりで、子供の頃に魔力が暴走した結果恐ろしい魔女の能力と魔女の自我が目覚めてしまうのだ。
いや〜怖いね。生まれた時点で厄物判定ですよ。
元からノアという少女には悪役になる素質があったのだが、この魔女の影響でそれが加速してラスボスになり、この世界は全て自分のもので人間は下等生物とか言い出す始末。
ヒロイン達はシナリオを進める中でこの魔女の存在に気づいて世界を守るためにノアを殺しにくる。
「三つ目がどうにもならん!」
ぼすっ。
考えるのが嫌になって枕に顔を埋めた。
前世で使用していた空気が抜けてせんべえのように硬くなった布団と比べてフカフカなので気持ちいいけどそれどころじゃない。
生きてるだけで、魔女の転生体ってだけで罪とかふざけている。
そりゃあ、ゲームしてたら魔女の生まれ変わりだからあんな悪い奴に育ったのね。了解しました。ってなるだろうけど当事者からしたらたまったもんじゃない。
「だけどまぁ……希望はあるか」
貧相な前世の記憶の中から一生懸命に引き摺り出すのは各ルートのラストバトル。
このゲームの醍醐味でもある魔術を使った戦闘だけど、なんと選ぶルートによってラスボスであるノアの強さが変動するのだ。
その基準となるのが魔女の侵食度。
これによってノアの精神がノア寄りなのか魔女寄りなのかが決まって難易度が変わる。
人間のノア寄りだと弱く、魔女寄りだと無慈悲なくらいに強くなる。
この侵食度を最低値に抑えれば流石に殺すまではしないでしょ。
一応は心優しい善良なヒロインとその一味だし。
結果として悪事も働かず、ヒロイン達と敵対どころか仲間入りしてなおかつ災禍の魔女からの魂の侵食の阻止する。
ノアが死んでしまう原因の三つを満たさなければどのルートでも死んでしまう運命を変えられるかもしれない。
「いける! いけるわよ私!」
前世でなんで死んでしまったのか、どうしてこんな罰ゲームみたいなキャラに転生してしまったのかが分からずに悩んでいたが、未来への光が見え始めたのなら話は別だ。
ここでは私は冴えない社畜ではなく才能と美貌溢れる美少女。
つまりは前世で失った青春時代を取り戻すチャンスがある!
しかもこれから何が起きるかの知識があるから難易度はイージーだ。
破滅フラグにさえ気をつけていればこんなチョロい人生は無いのだ。
「グフっ。私って優秀じゃないかしら? いえ、このノア・シュバルツは生まれながらの天才なのよ! おーほっほっほっ――ゲホっ!?」
ちょっと調子に乗って咳き込んでしまったけれど大丈夫……大丈夫……大丈夫よね?
自分で言ってちょっと心配になる。
「弱気にならない。私はやれば出来る子なの。汚名挽回、名誉返上するくらいの意気込みで頑張りましょう! えいえいおー!」
これから私の脱ラスボス系悪役令嬢としての物語が始まる。
目指すは破滅フラグを回避しての生存だ!
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