第70話 エリン班による救助作戦。
「くっ、数が多過ぎる!」
「なんだぁ? もう弱音吐いてるのかよトサカ頭!」
「誰がトサカだ!! 貴様こそ息が上がっているようだが?」
「ふざけんな! 気持ちが昂ってるだけだおらぁ!」
お互いを罵り合いながらも息の合ったコンビネーションで魔獣を討伐するティガーさまとグレンさま。
ここまでかなりの数を倒していますが、魔獣の群れはその勢いを緩めません。
「あれだけ話せるなら二人は大丈夫そうだね。エリンさんはまだ大丈夫かい?」
「はい。わたしは補助の魔術を使っているだけなので。マックスさまの方こそ皆さんの撤退する道を作ったりされていましたが、大丈夫ですか?」
「正直、ちょっとキツいかな。でも、僕は直接戦っていないし、他のみんなの方が負担は大きいよ」
最初にわたし達がこの場所に来た時は大勢の生徒がいましたが、班の皆さんのおかげで全員が無事に逃げ切りました。
怪我人は多数出ていますが、流石にそちらを気にしていられる余裕はありませんでした。
この場に人の死体が転がっていないのが救いです。
「撤退だ。この場に救助する相手がいないのであれば留まる理由はない」
「この魔獣共はどうすんだよ?」
「一気に蹴散らすのみ。【青龍】、顕現せよ」
ロナルド会長を中心に膨大な量の魔力が青い鱗を持つ龍へと変化する。
五大貴族の者にしか使えない守護聖獣が姿を現した。
「他の者は力を温存しておくのだ。拠点へ向かう途中に逃げ遅れている者を拾う」
龍が咆哮を上げながら魔獣を一方的に蹂躙する。
かつて魔女を倒したとされる聖獣の力は凄まじく、あっという間に魔獣はその数を減らしていきました。
そうやって、わたし達を囲んでいた魔獣の群れに穴が空いたので、そこから走って逃げ出します。
とどめとばかりにグレンさまとティガーさまの魔術で燃え盛る風の壁を発生させると魔獣達は追いかけることが出来ません。
「くっ。魔眼と守護聖獣の併用は負担が大きいか」
再び黒い眼帯を付けるロナルド会長ですが、顔色があまり優れません。
その事に気づいたマックスさまが走りながら会長へと小瓶を手渡します。
「僕が調合したポーションです。少しだけ魔力の回復を早めてくれます」
「助かる。流石はグルーン家の後継者だ」
会長は小瓶を飲み干すと、心なしか肌の色が戻ったような気がします。
強化の魔術を使って森を走るわたし達はそのまま拠点のある方角に進みながら、途中で逃げ遅れていた人達を助けていきます。
どうしても手遅れで息が絶えていた人もいましたが、そういう人達はグレンさまが魔術で燃やしていきました。
「死後に魔獣に食い荒らされるのはこいつらも望まんだろう」
「遺品を拾うだけで手一杯だ。くそっ! 暗き森にこんなに魔獣がいるなんて聞いてねぇぞ」
死んでいた人の荷物から個人が特定できるような物は回収しました。
燃やして消えた遺体の代わりに家族の元へと帰すためです。
今朝までは辛くても楽しい遠征だったのに、どうしてこうなってしまったのでしょうか。
「エリン。今は前だけを見ておけ。死者を弔うのは全てが終わってからだ」
「はい。ご心配ありがとうございます。グレンさま」
どれくらい走ったでしょうか?
途中で合流した先生達のおかげで森の中にいた大半の生徒はまとまって拠点に辿り着きました。
拠点のある場所も魔獣の襲撃を受けたようですが、こちらは森に入っていなかった生徒や緊急事態に備えていた先生達の頑張りもあって大きな被害はありませんでした。
「各班は点呼をして教師に連絡を! いない人間の把握を急げ!」
「誰か、回復魔術使えるやつはいないか! 薬と包帯が足りないんだ!!」
野戦病院のような慌ただしさに包まれた拠点。
そこには誰の笑顔もありませんでした。
今朝まで一緒にいた友人が亡くなった人、恋人が大怪我をして泣く人、班の仲間がはぐれて不安になっている人。
ここまでの事態を想定していなかったのか、先生達もいまいちまとまりがありません。
「おい。俺達はどう動く」
「オレらだけなら魔獣と互角以上に戦える。まだ森で彷徨っている奴らを助けに行くべきだろ」
拠点の中がパニックになっている中、わたしの班は集まって今後の計画を立てます。
ティガーさまの言う通り、守護聖獣の力を使役出来るこの班は少人数で動けます。
魔獣が多くいる森へ入って救助活動をすべきだとわたしも思いました。
「でも、拠点の防衛はどうするんだい? それと僕らがいくら強くても限界はある。守護聖獣を召喚したら魔力消費は多いから森を端から端まで捜索するのは不可能だ。ミイラ取りがミイラになるよ」
しかし、そんな救助へ急ごうとするわたし達にマックスさまが待ったをかけます。
彼が言う事はもっともでした。
ティガーさまやグレンさまの気力は充分ですが、体力と魔力の回復には時間がかかります。
「それについては考えがある」
「ロナルド・ブルー。ここに戻ってきて大丈夫なのか?」
「任せたのさ。拠点については教師達に頼むとな」
ロナルド会長は拠点に着いてすぐ、先生達に呼び出されて報告をして遺品を預けていました。
てっきりそのまま生徒会長として残られると思っていたので意外です。
「私の龍眼は魔力を見透す。なら、魔力持ちの人間しかいない森の中では最大限に能力を発揮出来る」
「ピンポイントで要救助者の位置がわかるんですね。だったら移動にかかるロスや無駄足で魔力を消費することもないか」
「オレの嗅覚も忘れんなよ。魔獣の数と距離ならもう把握出来るぜ」
「ふっ、頼もしい布陣だな。俺は全てを焼き払うとしようか」
やっぱりすごい、とわたしは思いました。
まだ学生でありながら皆さんは先生達よりも冷静で頼りになります。
自分達に出来る最大限の事をして少しでも多くの人を助けるというのはそう簡単に考えられる事じゃありません。
作戦は次々と決まっていきます。
「これが最重要だ。エリン君にも同行して欲しい。君のサポートがあるかないかで救える命は大きく変わるだろう。我々の活動時間もだ」
「はい。一生懸命に頑張りますのでよろしくお願いします!」
嬉しい事にロナルド会長がわたしを頼りにしてくれました。
ここまでやって来て、わたしだけ拠点で置いてけぼりになるのは嫌だったのでありがたいです。
誰かを救うためにこの力が使えるのなら、それが急に魔力に目覚めたらわたしのやるべき事なんです。
「最初はなるべく人が固まっている場所を目指す。森の入り口付近には動ける教師達が待機しているのでそこまで誘導するのが我々の役目だ」
余計な荷物を置いて必要最低限の装備を整えてわたし達は再び森へと足を踏み入れました。
ロナルド会長が見つけ、ティガーさまの嗅覚でなるべく魔獣との戦闘を避けます。
もしも魔獣との戦いを避けられなかった場合はグレンさまを筆頭に討伐していきます。
救助者を見つけたらマックスさまが怪我の手当てをします。
「はぁ、はぁ……」
「くそっ。いくらなんでも変だろ!」
「そろそろポーションの手持ちが」
「この辺りが限界か」
順調に進んでいた救助活動でしたが、予想以上に魔獣の数が多く皆さんの疲労が溜まる一方です。
しかし、拠点で把握した生徒の人数と途中で救助した数を足せば全生徒の大半の安否を確認したことになります。
ですが……。
「ノアさまの姿が見えません……」
「フレデリカの奴もいねぇ」
そう、これだけ大勢の人を救出しているのにノアさまがいる班の姿がどこにも無いのです。
拠点でクラスメイトの人に話を聞いたら昼過ぎに森へ入っていくのを見たそうですが、それ以降の足取りが掴めていません。
「まだ探していない場所があるとすると、森の奥地だね」
「拠点と真逆の方角だな。姉御達はそこにいるってか?」
「何を考えているんだあの女は」
とはいえ、残っているのはその場所しかありません。
少し休憩を挟んでノアさま達を捜索しようとした時でした。
遠くの空に黒い光の柱が伸びたのは。
「な、なんだアレは!?」
「……嫌な魔力が見える。酷く恐ろしい力だ」
「おいマックス。アレって、」
「うん。間違いないよ。五年前にも僕はあの光を見た」
わたしも思い出しました。
とある日に空を見上げて眺めていた黒い光の柱。
あの時と同じものが今見えています。
「あれ、は……」
その光を見ていると、わたしは急に胸の奥が苦しくなりました。
あれをどうにかしないといけないという焦燥感と深い悲しみがわたしの心の中をぐるぐるする。
自分の体なのに違う誰かの気持ちが混ざり込んだようなそんな奇妙な感覚がしました。
苦しくて、切なくて、気がつくと涙がこぼれ落ちていました。
「エリンさん。大丈夫かい!?」
「どうしたんだエリン」
マックスさまとグレンさまが心配してくださります。
でも、わたしは我慢が出来ないのです。
「早くあの光の元へ行かないと……」
「おいおい。オマエ、何か光ってんぞ!?」
まるであの黒い光の柱に呼応するように、最近は落ち着いていた体の発光が始まりました。
『早く覚醒するのです運命の子よ。世界が支配されてしまう前に守護者と共に悪き使徒を討つのです』
そうして久々に、わたしの頭の中に凛とした女性の声が響いたのでした。
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