第71話 コロンゾン・クロウリー。


「よいしょっと」


 いつまでも下敷きにされたままというのも辛いので、ゆっくりとキッドを地面に寝かせる。

 私が使っていたローブを枕代わりにしているので頭が痛くなることは無いだろう。


「これ、私がやったのよね……」


 魔力を暴走させてしまった肉体的疲労と、魔女のいる空間に行ってしまった精神的疲労のダブルパンチで疲れてしまったが、なんとか立ち上がって周囲を見渡す。

 辺りには魔獣が一匹も残っておらず、円形に地面に生えた草木が枯れていた。

 記憶が途切れているけれど、私がこれをやったのだ。

 あれだけの数の魔獣を魔術ではなく、魔力だけで魔石に変えて消滅させる。


 メフィストはたまにガス抜きをしてくださいと言っていたけれど、時と場所を間違えたら大惨事になるのは確定ね。

 街中での使用は絶対にしないと私は心に誓った。

 とりあえず魔女の力についてはさっきの暴走で五年間溜め込んでいた分の大半を放出したおかげか、しばらく使わなくても良さそうだ。


「えっと……無事でござるかノア殿?」


 円形に生命が消し飛んだ範囲の外、草むらの中からヒビの入った瓶底眼鏡にアフロみたいな髪型のヨハン先輩が顔を出した。

 なんでアフロ!?


「キッドのおかげで何とか無事です」

「それは良かったですな。ノア殿を中心に爆発が起きてキッド殿が助けに近づいたら二段階目の爆発でこの様でござる」


 え、もしかして私のせいですか!?

 だとしたら何てことを……眼鏡を弁償しなくちゃ。


「ごめんなさい。怪我とかはありませんか?」

「心配ご無用ですぞ。この程度、魔術を使えばこの通り」


 ヨハン先輩は自身の髪に手を触れて何度も撫で回した。

 するとどういう仕組みなのか、アフロ髪がいつもの音楽家みたいなカールに早変わりしたではありませんか。


「遠征中にその髪型ってどうしているのかと思ったら、魔術でセットしていたのね」

「形状記憶魔術ですぞ。眼鏡もこの通り!」


 続いてヒビの入った眼鏡も修理してしまうヨハン先輩。

 ああいう系の魔術ってかなり繊細な魔力の調整が必要だって習ったけど、簡単そうに行使する辺り、この人も生徒会に選ばれるだけはあるんだと改めて実感する。


「そうだ。他の皆は!? フレデリカやコロンゾンさんは!」

「フレデリカ殿は助けを呼びに拠点へ向かいました。今頃は誰かに会っている頃でしょうな」


 良かった。フレデリカは無事みたいね。

 彼女なら確かにこの森の中でも迷わずに早く救助を呼びに行ける。的確な判断だ。


「コロンゾンさんは?」

「ピンピンしていますな。ほら、そこに」


 そう言ってヨハン先輩が指差した方に目をやると、地面に転がった泥だらけのコロンゾンさんがいた。


「コロンゾンさん大丈夫!?」

「……ふふっ……イヒヒ……」


 私は駆け寄って怪我が無いか確かめようとしたけど疲れて上手く歩けなかった。

 でも、地面に転がる彼女は笑っていた。

 これは無事……ってことでいいのかしら?


「……想像以上デスね」


 そう口にしてコロンゾンさんは


「……まさかここまでとは想像していなかったデスね。やはりこの目で確かめるのは必要デスよ」


 とても人体からしていい音ではない、骨がバキバキと鳴る音が聞こえてくる。

 もしやアレ、首も真逆になっていたりしない?


「ね? 元気そうでござるよ」

「いや、いくらなんでも元気過ぎるわ!! コロンゾンさん……貴方、一体何なの!?」


 人間の体はあんな状態になったら動けないし、普通は死んでいる。

 だけど彼女はそれが普通だと言わんばかりに人間離れした行動をしている。

 糸の切れた操り人形を吊るすようにコロンゾンさんの首や腕が元の形へと戻っていく。


「あー……これを見られたら隠す必要もないデスね。では改めて自己紹介を。ワタシは大悪魔コロンゾン」


 ぎこちない人形のように胸に手を当てお辞儀するコロンゾン。

 どこから取り出したのか、彼女は白い鳥のような仮面をつけた。

 その瞬間に私は前世の記憶、エタメモの情報を思い出した。

 ラスボスであるノア・シュバルツとその配下。ローグやヒュドラに並ぶ悪者の中に《鳩》と呼ばれる存在がいた。

 他の面子と比べたらあまり目立っておらず、個別のエピソードもなくて立ち絵しか存在していないマイナーな敵だった。

 でも、まさかそんなのがここにいるなんて思いもしないじゃない!


「……悪魔については説明不要デスね。同類が長い間世話になっていたようで」


 悪魔と言われると真っ先に出てくるのはメフィストだ。

 鳩の正体が悪魔だなんて驚いたけれど、それならさっきの人体を無視した動きも納得出来る。


「その器、死んだ人間の体を使っているの?」

「……ご名答デス。元々、ワタシを呼び出したのはこの娘でして。クロウリー家は召喚術を得意としていたのデスが、うっかり悪魔を呼び出すとは」


 悪魔という存在の召喚自体は可能だ。

 でも、それらの危険な存在を使役するのは魔術局が禁じていて、禁書として方法は封印されている。

 そんなもんをうっかりで再現してしまった肉体の本来の主は運が無かったのね。


「……相性が良いのでそのまま憑いているデス。でも、殺して乗っ取ったので娘はもう助からないデスよ」

「そのようね。それで、貴方が悪魔だってことは理解したけど目的は何かしら?」


 私は気づかれないようになるべく自然体を装ってキッドの前に立つ。

 万が一、戦闘にでもなれば意識の無い彼が危険だ。


「……目的デスか。そうデスね、折角現界したので楽しいものを沢山見たいデス」

「あら、観光なんて意外ね。観光名所巡りが終わっているなら帰ってもらって結構よ」

「……いいえ、違うのデスよ。ワタシが見たいのは地獄。どうしようもないくらいに破滅した人間の末路デス」


 あぁ、これは駄目だ。

 メフィストみたいに話が通じるタイプじゃない。

 そもそも悪魔というのは契約で縛り付けておかないと何をしでかすかわからない存在だ。

 でも、このコロンゾンを召喚したのは偶然で契約なんて知らなかったに違いない。

 召喚して対価を払って契約するのではなく、召喚自体が目的になっていて対価として体を奪われたんでしょうね。だから契約に縛られていないフリーの悪魔なんていう危険な存在だ。


「……かつてこの国に災いを招いた魔女。その力を間近で見れるなんて幸運だったのデス」

「そうなのね。だったら目的も済んだんじゃないの? 帰ったらどう?」


 悪魔というだけで私の警戒度は跳ね上がる。

 同じ悪魔だとしたらこのコロンゾンにはメフィストと同等の力があるかもしれない。

 そうなれば意識の無いキッドとヨハン先輩を守らなくちゃいけない……正直無理だ。

 魔女の魔力を使いこなせればいいんだろうけど、そんな余力は残っていないのだ。


「……もっと見たいデス。伝説の災禍の魔女の破滅的な力を!!」

「ああもう! 大人しく帰りなさいよね!」


 コロンゾンは懐から笛を取り出すとそれに口をつけた。


 ピョロロロ〜♪


 音による攻撃かと思って咄嗟に耳を塞ぐけれど変化は無かった。

 一体、何のつもりなのか? という疑問は森の奥から聞こえた低い唸り声と共に解決した。


「「ギャアアアアアアアアッ!!」」


 いずれもかなり体が大きな魔獣が数匹、ゆっくりと姿を見せた。


「まさか、この魔獣の群れは貴方の仕業だったっていうの!?」

「……半分正解で半分不正解デス。ワタシは誘導くらいは出来るデスが、生み出したり弄ったりするのは専門外なので……さぁ、魔女の力を!!」


 笛の音色に合わせて魔獣が集まる。

 これはもう出し惜しみをしている暇なんてない。

 それが悪魔コロンゾンの目的通りだとしても、キッドと先輩を助けるには魔女の力を使わなければと私は思った。


「そうはさせんぞ!」


 声がした。

 この場にいる私達じゃない第三者の声だ。

 咄嗟に空を仰ぐと、太陽のある西の方から何かが飛翔してくる。

 大きな翼を広げながら飛ぶ赤い炎の鳥、朱雀に跨る男女の姿。

 当然、男の方はグレンだった。

 しかし、彼と共に朱雀に乗っているのは全身を金ピカに光らせた見知った少女だ。


「ノアさま!!」

「エリン!?」


 間違いない。クラスメイトでルームメイトで私の友人のエリンがやって来た。


「姐さん!」

「ノアさん!」


 朱雀から遅れた少し後、障害物を跳ね飛ばしながら真っ直ぐこちらに来る白虎と玄武。

 その背にはティガーとマックスの姿があった。


「到着。魔獣を従えている姿を見るにお前がこの騒ぎの元凶か。【青龍】、顕現せよ」


 ティガーが乗る白虎の上にはロナルド会長もいて、青い鱗の東洋風の龍が現れた。

 青龍、白虎、朱雀、玄武。

 四匹の守護聖獣が一堂に会し、中心には神々しいまでの光のオーラを放つエリンが立つ。




《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》のメインキャラオールスターがラスボスを助けるために集まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る