第72話 遠征の終わり。
「……これはちょっと悪い意味で想定外デスね。魔獣達、時間稼ぎしてろデス」
再度、コロンゾンが笛から音色を奏でると魔獣が襲いかかって来た。
「焼き尽くせ朱雀!」
「切り裂け白虎!」
「踏み潰せ玄武!」
「食い千切れ青龍!」
五大貴族の後継者達の合図で守護聖獣と魔獣とが衝突する。
そして、一方的な蹂躙が始まった。
朱雀の炎は魔獣達を灰になるまで焼き尽くし、白虎の爪に切り裂かれた魔獣は真っ二つになる。玄武が近づけばどこからか植物の蔓が動きを拘束し、全体重を乗せたのしかかりで地面に染みを作る。青龍に関してはクッキーでも食べるかのようにサクサクと魔獣が息絶える音がする。
「……やっぱり、これっぽっちじゃ勝てないデスね。また出直して来ますか」
「逃がさない。青龍よ、撃ち抜け」
自分が不利だと判断したコロンゾンは撤退を選ぶけど、ロナルド会長がそうはさせないと青龍に指示を出した。
青龍の口から滝のような勢い圧縮された水が大量に放出されて地面を砕いた。
ズガガガガガガガガッ!! と大地を抉った攻撃が終わり、飛び散った水飛沫によって薄っすら虹がかかった。
「やった……のかしら?」
「いや、逃げられてしまった。手ごたえが無い」
ロナルド会長が残念そうに言った。
近くいた魔獣をまとめて排除した凄まじい一撃だったというのにコロンゾンは逃げ切ったようだ。
一瞬でいなくなるなんて、瞬間移動のような魔術があったのか、それともヒュドラの時のように本体ではなく分身を作り出す魔術で行動していたのか。
「こっちは片付いたぜ」
コロンゾンが逃げたのとほぼ同時に、ティガー達が戦っていた魔獣を全て討伐し終わった。
周囲には魔獣だったものの魔石が大量に転がっている。
「あの女、魔獣を使役していたようだが何者だったのだ?」
「異形の類いだ。この龍眼で見た時に不気味な魔力を捉えた。死体に何かが寄生しているような、そんな得体の知れなさがあった」
戦闘が終了して守護聖獣の現界が解除され、ロナルド会長も黒い眼帯を付け直した。
「ノアさん! 大丈夫? 怪我はない?」
「ありがとうマックス。大した怪我は無いわ。ちょっと疲れただけで……」
不安そうな彼に心配をかけないよう元気に振る舞おうとしたが、急に眠気に襲われる。
みんなが助けに来てくれたおかげで緊張の糸が切れたのだろう。
「ノアさま!」
「ごめん。ちょっと寝るわね……」
その場に倒れそうになった私をエリンが抱き止めてくれる。
泣きそうになっている彼女に身を委ねて、私の意識は深い眠りについた。
そういえば、エリンの体から出ていた光のオーラに見覚えがあったけど、何だったっけ?
♦︎
「……知らない天井ね」
こんなことを口にしたけど、実は何処なのかを知っていたりする。
普通に私達が拠点で使っていたテントの中だ。
「お目覚めみたいっすねお嬢」
寝転がった状態で隣を見ると、包帯でぐるぐる巻きになったキッドが同じように寝転がっていた。
「あらキッド。素敵なファッションね」
「そんな冗談が言えるなら無事みたいだな」
お互いの顔を見て笑う。
生きていてくれて良かった。
「私が意識を失ってどのくらい経ったのかしら」
「さっきマックス様が様子を見に来た時に聞いたら森での騒ぎから四時間ってところですね」
なるほど。
テントの中にランプが吊るしてあるのは外が暗くなっているからね。
「キッド。その、ごめんなさいね」
「気にしなくていいっすよ。オレが死にそうになってパニックになったんでしょ? オレが弱いのが悪いんだよ」
「いいえ。私が悪いのよ。同じような状況でも取り乱さないようにしようって思っていたのに、また暴走させちゃうなんて……」
「じゃあ、お互い様ってことで無しにしましょうよ。このままだと葬式ムードだ」
キッドはそう言って私に笑顔を見せた。
そうね。気持ちを切り替えないと。反省よりも先にやることがある。
「外の状況ってどんな感じかしら?」
「拠点も酷いもんですよ。救護用のテントがいっぱいいっぱいなんで、処置が済んだらオレらみたいに無事なテントに放置。動けるやつは薪を集めたり炊き出しの用意をしたり。休んでいる暇があると気分が滅入りますんで」
わざと忙しく動くことで考える時間を減らす。
この騒動で友達や恋人を失った生徒は少なくないだろう。
教師にだって被害は出ていたし、みんなが受けた精神的なショックは大きい。
「エリン達は?」
「あの人達は魔力と体力の消耗以外は大きな怪我も無いんで、少し休憩したらまとめ役として働いてましたよ。強くて守ってくれる存在がいると安心感が違いますからね」
流石はメインヒロインと攻略キャラ達だ。
同じ五大貴族でも私とは雲泥の差だ。私はただ魔女の力を暴走させて気絶しただけだ。
「フレデリカ様やヨハン先輩もそっちを手伝っているそうっすよ」
フレデリカには感謝しなくちゃね。あの子がエリン達を呼んて来てくれたのだろう。
ヨハン先輩は……巻き込んでしまったお詫びをしておこう。
「これからどうなるのかしらね」
「足の速い班を作って王都に救援を送るみたいっすよ。怪我人が多いから魔術学校の人間だけじゃ動けないんで。そんで、王都に戻ったら暫くは休校でしょうね」
「やっぱりそうなるわね。授業どころじゃないもの」
私の知っている知識では、強力な一匹の魔獣が確認されてそれをエリン達が討伐。
王都近郊で魔獣の動きが活発になっているのを危惧した学校が自主的に臨時休校するという流れだった。
間違っても死者や怪我人が多数出て授業そのものが出来なくなる展開じゃなかった。
認めよう。私がラスボスじゃなくなったせいでこの世界は未知のルートに突入している。
それも、ゲームよりもずっと酷い方向へと進んでいる。
「……キッド。私、強くなるわ。今よりずっと強くなってもうこんな思いをしなくていいようにしたい。みんなが頑張っているのに何も出来ないなんて嫌よ」
「そうっすか。なら、オレも最後までお供しますよ。お嬢一人だと何をしでかすかわからないっすからね」
「そうね。ずっと側にいなさいよ。私に何かあったら今日みたいに助けて」
「約束だ。オレはアンタの隣にいるよ」
その言葉を聞いて私はホッとした。
もう魔女の力を怖がっているだけでは先へ進めない。
それを乗り越えて自分のものにするのはまだ怖いけど、こうして私を信じてくれる人がいる。
あの日、孤児院で助けたことにキッドは恩を感じていてくれるけど、私が彼の言葉に心が救われた方がきっと重いと思う。
♦︎
「ノアさま、無事みたいだ……」
日が落ちた夜の拠点。
わたしはテントの中から聞こえて来たノアさまとキッドさんの会話を偶然聞いてしまった。
盗み聞きはよくないと思っていたけれど、つい気になって最後まで聞いてしまって罪悪感が湧いてくる。
意識が戻ったのかの確認に来たけれど、報告はもう少し後にしておきましょう。
今は家族のような関係のお二人でいる時間が必要でしょうから。
わたしはゆっくりと物音を立てないようにノアさま達のテントから離れて拠点中央の教師用のテントへ向かいます。
この拠点の中枢がこのテントであり、今はわたしの班が使っている場所です。
「おう、夜遅いのにご苦労だな。姐さんはどうだった?」
「まだお休みになっていた方がいいと思います。明日にはお話出来ると思いますよ」
「そりゃあ良かったぜ。オレはこれから夜の見張りをするんだけど、オマエはしっかり寝とけよ」
「わたしも見張りをします。みんなよりもまだ動けますし」
「ダメだ。オマエ、自分で思っているよりも酷い顔してんぞ。今日はエリンのおかげで助かった命が多いんだ。休んでも文句は言われねぇさ。明日からまた頑張ってくれればいいんだよ」
ティガーさまはそう言ってわたしの肩を叩いてテントから出て行きました。
今日、誰よりも魔獣と激しい戦闘をしていたのに凄い人です。
それから西部領の人がティガーさまをよく慕っている理由がわかるような気がします。
頼りになるお兄さんって感じなんですよね。
テントの中ではロナルド会長が無事だった先生達と話をしていました。
グレンさまは炊き出し班の応援に、マックスさまは救護用テントでポーションの調合や治療のサポートをされています。
「おや。戻ったのかエリン君」
「はい。ティガーさまからは休むようにと言われたのですが、まだお手伝いすることはありますか?」
「無い。君はゆっくり休むといいだろう。今日は本当によくやってくれた。感謝する」
「いえ、わたしはみなさんの補助しか出来ていません。拠点に戻ってからもずっとお忙しそうにしているロナルド会長に比べたら全然ですよ」
「そんなことはない。私の方こそ何も出来なかったんだ。……私に勇気があれば……」
珍しくロナルド会長が落ち込んでいらっしゃいます。
あまり感情を表に出さない方でしたが、心の底から悔しいという思いが伝わって来ました。
「会長は勇気ある人だと思います! だって率先して動いてくれたじゃないですか。最後だって会長があの悪い人を追い詰めて撤退させたんですよ」
「違う! 私は──っ!!」
ドン! と仮設のテーブルを叩き壊すロナルド会長。
テントの中の視線が集まると、会長は気まずそうに謝りました。
「すまない。……少し頭を冷やしてくる」
俯いたままテントから出て行くロナルド会長。
その後ろ姿が普段の大人っぽい雰囲気とかけ離れていてわたしは心配になったけれど、声をかけることが出来ずに見送るだけだった。
「やれやれ。彼にしては珍しく取り乱しているでござるね」
「ヨハン先輩。やっぱり会長の後を追いかけた方がいいんでしょうか」
会長と同じように率先して生徒達をまとめていた先輩に質問する。
わたしよりも付き合いの長い人の意見が聞きたかった。
「いえ、放っておいても大丈夫でござるよ。明日になれば普段のしかめっ面に戻っているはずでござる。それより、エリン殿はしっかり休むんですぞ」
「……はい。わかりました」
後ろ髪を引かれる思いでわたしは就寝用のテントに戻ります。
静かにしていると、他のテントから啜り泣くような音が聞こえてわたしは自分の耳を塞ぎました。
昨日まではあんなに楽しかった遠征は三日目の終わりを迎え、わたし達の胸に大きな傷跡を残したのです。
こうして、今年の遠征は苦く悲しいイベントとなりわたし達は王都へと帰還しました。
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