第51話 闇夜に叫ぶ。
袋小路の入り口をゾンビ達によって塞がれてしまった。
行き止まりのこの場所から脱出するには目の前の邪魔なゾンビをどうにかしないといけないけど……。
「鞄の中身を貰いましょうか。そうしたら見逃して差し上げますよ」
御者をしていた男がそう言う。
さっきまで一緒に行動していたが、ゾンビから逃げるために別れたのに今はこうしてゾンビを従えているように見える。
その証拠にゾンビ達は男の方へ見向きもせずに私だけを狙ってはいるが、涎を口から垂らしながらも距離を詰めてこない。まるで号令を待っているようね。
「まさか貴方が裏切り者だなんて思わなかったわ。私がここに逃げ込むように魔術をかけたのは貴方ね」
「ええ、その通りです。ここは最終ポイントであって回収はもっと早くにするはずだったのに余計な邪魔が入りましたからね」
私にかけられた魔術はおそらく無意識の暗示だろう。だから光に集まる虫みたいにこの場所へと引き寄せられた。
それにしても余計な邪魔ですって?
一つだけ思い当たることがある。
「あのローブの連中は貴方の仲間じゃなかったの?」
「知りませんよ。ゾンビに襲わせている間に隙を見て奪い取るつもりが手間取りました。仕込んでいた他のも魔術局に潰されているし、早く帰りたいんですよ」
だったらあのローブの連中は何者なのよ!
ゾンビとこの御者はセットでローブは別ならば私は二つの陣営から狙われていたってこと!?
「全く。不運に好かれているわね私ってば」
じりじりとゾンビとの距離が縮まる。
この男の目的は私の鞄、その中にある死霊術について書いてある魔術書だ。
引き渡せば見逃すと言っているが、こういう悪者が見逃してくれるパターンはまずない。口封じに殺されてしまうのがオチだ。
それに、魔術書を渡せばゾンビ被害がこれ以上増えないようにするための方法がわからなくなる。
どのみち王都がゾンビだらけになって私も死ぬというなら……。
「でも、だからってそう簡単に諦めたりするもんですか!! ──ガンド!」
こっそり指を構えて用意をしていた魔弾を撃ち出す。
まずは術者の男を無力化してそれからゾンビを蹴散らすわよ。
「ほいっとな」
「──っあ!?」
短い悲鳴をあげたのは私だった。
男はただ手をかざした。その直後、弾丸は意図しない挙動で私の体に痛みを与えた。
「ガンドを弾き返したっていうの……?」
「呪詛返しですよ。呪いというのは防がれて失敗すれば術者本人へと返ってくる。強力だけどリスキーな魔術だとは知りませんでしたか?」
簡単なことです、と男は続けた。
確かに私もそういう作用は知っている。呪術についての魔術書は読み込んでいたからだ。
しかし、それはそんな簡単に成せる技術だっただろうか?
私の知る限りでは五大貴族であるグレンですら呪いに耐えるので精一杯だったはず。
「ならこれ──でっ!?」
次なる一手を打つために私が魔術を発動させる寸前、体の身動きが取れなくなる。
息が苦しくなって体が重たくなり、その場で踏ん張るだけしか出来ない。
私はこの魔術を知っている。
「重力操作……っ!」
「ガンドだけでなくこれも知っていたのか」
男の唇が上がる。
奴は素直な賞賛の言葉を述べたが、このコンボは不味い。
相手に何もさせずに一方的に蹂躙するための術だ。
「黒魔術に対する知識やそれを使用する腕前はあっても対策はイマイチ。何を教えているのやら」
首を左右に振って嘆かわしいと言わんばかりに男はため息を吐いた。
「悪魔が消えたと聞いていたが、ここまで落ちていたとはな。ダーゴンは何をしていたのやら」
これが本音なのだろう。丁寧な言葉遣いが消えていた。
男の口から出たのはお父様の名前だった。
「悪魔って言葉を口に出すなんて随分と我が家の事情に詳しいのね。お父様も呼び捨てだし」
「当たり前だ。お前が生まれるよりもずっと前から知っているぞ。何もかもを」
更に距離を詰め、私の眼前に立った男。
困ったことになったわね。
今の私の使える黒魔術ではこの人物に対応出来ない。
どこまでかは分からないが、手の内を読まれている。
「くだらない抵抗は止めるといい。こちらはいくらでもお前を苦しめる方法を持っているのだから」
「こんな危険な魔術を使って何が目的なのよ。王都だけじゃない、アルビオン全土が滅ぶかもしれないのよ!」
「それで?」
私は絶句した。
男の声には何の躊躇いも含まれてはいなかったのだ。
「死によって強化された肉体。指示を与えれば思いのままに動く操り人形。最初の一体がいればいくらでも数が増やせる生産性。素晴らしい! これがあれば死を恐れない亡者の軍勢の誕生だ!!」
観客もいないというのにうっとりした顔で演説のように語る男。
駄目だ。こいつはこのまま野放しにしていれば不幸を撒き散らす存在だわ。
「さぁ、素晴らしき死の魔術の完成のために禁書を寄越せ!」
鞄を抱き締めて渡すまいと抵抗する私へと狂気に染まった腕が伸ばされる。
これを奪われたらこの国が、王都が、学校が、私の仲間達の輝く未来が消えてしまう。
「誰か──助けて!」
それが精一杯出来る事だった。
私の情けない呼び声が暗く街を包む夜空へと消えていく。
「
──バキッ!!
地鳴りと共に誰かの声が聞こえて私の周囲が陥没した。
いや、違う。
私の足元だけが空へ急上昇したのだ。
「誰だ!」
「それはこちらの台詞だ! 正体を表せ!!」
ビュン! という音がして飛来した石礫は状況を把握できていない男の顔を切り裂く。
しかし血は流れず、破れた皮膚の下から少し色の違う肌が顔を出していた。
バレてしまっては意味がないと判断したのか、男の顔と体が溶け落ちて中から別人が現れた。
禿げ上がった頭にミイラのような骨と皮しかない肉体。顎から伸びた長い髭が真っ白な老人だった。
「ワシの邪魔をするか。忌々しいわ!」
あと一歩を阻まれたせいで老人が激昂する。
怒りに燃えた黒魔術師が睨みつけるのは空へと伸びた土柱の上で私を庇うように立つ人物。
「彼女には手を出させない。ノアさんは僕が守る!」
五年前のあの日、王城で目撃した小さな背中が重なって見えた。
緑色の後ろ髪。背が伸びてより逞しく、広く大きくなった少年がここにいる。
「マックス!」
助けに応えて現れたのはこの世界に転生してから最初に出来た頼れる友人マックス・グルーンだった。
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