第50話 ゾンビパニック。
「インクが擦れて字が所々読めないわね。書いた人の字も癖があるし」
魔術局へ戻る馬車の中。
私はシュバルツ邸から持ち出した魔術書を読み解こうとするが難航していた。
死霊術についてはかなり古くから研究されていたようで、女神や女王というワードが出てきた。
こんな時にメフィストがいたらすぐに解読できたのだろうが、いない人を頼っても仕方ない。
私だと少ししか読めないが、お父様だったら問題ないと思うので二人でどうにか解読作業をしないと。
「──馬車の速度を上げてくれ」
私が魔術書に集中しているとキッドが御者に命令をした。
「しかし、これでもかなり急いでいるんですが……」
「後方の馬車につけられている。振り切りたい」
思わず窓を開けて後ろを見ようとしたが、キッドに止められた。
「尾行がバレたら何をしてくるかわかりません。お嬢はそのままで」
「いったい誰よこんな急ぎの時に」
私達が乗る馬車に付かず離れずの距離で付いてくる一台の馬車。
「遠回りして振り切りましょうか。なぁに、道には詳しいので任せてください。ノア様。従者様」
御者から提案があり、それに従う形で遠回りな道を通っても付いてくる。
「キッド。このまま魔術局に逃げ込むわよ。流石に魔術局の本部に乗り込んではこないでしょ」
あそこには多くの魔術師がいる。
現在は王都内に散ってはいるが、それでも数十人の魔術師が仕事をしているはずだ。
相手もそう簡単には手を出せない。
「そうすっね。とりあえず──」
彼の言葉は続かなかった。
キーッ!! という音がして突如馬車が急停車した。
「きゃっ!?」
「お嬢大丈夫か!」
体制を崩して馬車の壁に頭を打ちつけそうになった私をキッドが抱き締めて庇う。
馬車を引く馬の悲鳴のような声が聞こえるけど何があったの?
「くそっ。何が起きた!」
何事かと今度こそ馬車の窓を開けると、私達の馬車の前に数名の人間がいた。
彼らが道を塞ぐように並んで立っていたので馬車は止まったのだ。
「危ないじゃないかお前達!」
「おっちゃん逃げろ!!」
御者のおじさんが声を荒らげながら馬車の邪魔をした人に怒鳴る。
しかし、それをキッドが制した。
「「「ゔゔゔゔ!」」」
立ち塞がる彼らが全員が正気の目をしていなかった。
口から涎を垂らしながらこちらへ向かってくる。
「先回りしてたのか!? お嬢、馬車から降りろ!」
慌てて魔術書を鞄に詰めて馬車から飛び出す。
幸いにもゾンビとなった人達は足取りゆっくりだ。
「御者さんは逃げて。キッド、あの人達を動けなくするわよ」
「ひぃいいいい!」
御者さんは悲鳴を上げて逃げていった。
ゾンビは彼に目もくれず私達の方へ迫ってくる。
疲れるからなるべく戦いたくなかったけれど仕方ない。
「いや、オレらも逃げたがいいみたいっすよ。後ろの奴らが追いついた」
逃げ場を塞ぐように後方に止まる馬車。その中から複数人のローブを纏った怪しげな人達が現れる。
前と後ろで挟まれた形になってしまった。
「どうすんだよコレ」
追跡者達の素性は分からない。
だけどこのタイミングで私達をつけていたとしたら、それはゾンビ事件の関係者だろう。
流石にこの数を全員相手にするのは悪手だ。
「キッド。しっかりついてきなさい!」
私が飛び込んだのはじわじわとこちらへ迫ってくるゾンビ達の方だ。
「ちょ、お嬢!?」
体内の魔力を集中させて魔術を発動させる。
ついさっきまで魔術書を読んでいて死霊術に関する情報を少しだけ解読した。
あとは私自身のラスボスとしての適性を信じて賭けに出る。
「【あっちを狙いなさい】」
ゾンビを動かしている魔術に干渉し、狙いを私達から追手に変える。
ぶっつけ本番の魔術は成功したようでゾンビの動きが止まり、私達を無視してローブの追手を狙い始めた。
「うわあああああっ!」
「くそっ。邪魔をするな!」
後ろで追手達の悲鳴が聞こえたので作戦は成功したみたいね。
「何やったんすかお嬢!」
「普段家でやっているのと同じやり方で命令しただけよ。多分、簡単な指示なら出来るかも!」
走りながら私とキッドで会話する。
現在地は王都の西部なので、このまま南に進めば目的地だ。
日が完全に沈んでいる街中を全力で走る。
目的地までまだ数キロあるけれど、魔術を使って疲労を軽減してあげれば持つはず。
「お嬢。さっきの魔術を使えば無抵抗でゾンビを拘束出来るんですか?」
「分からないわ。だけど基本的な魔術式というか、ゾンビに使われている死霊術がシュバルツ家のものとよく似てるのよね。そこさえ改良出来れば多分いける」
「そりゃあ頼もし──伏せろお嬢!」
キッドの焦るような声で私は咄嗟にしゃがみ込んだ。
すると私の頭上を矢が通り過ぎた。
もしも彼が気づかなかったら私の体に命中していただろう。
「誰だ!」
キッドが腰から剣を抜いて、矢を放った刺客を牽制する。
さっきの追手と同じようなローブを纏った人物が近くにあった家の屋根に立っていた。
その人物は背中の矢筒から新しい矢を取り出すとニ射目を放つ。
しかしその矢をキッドの剣が斬り捨てた。
「答える気は無いってか。お嬢、アイツの相手はオレがするから逃げろ」
「任せていいのよね」
「当たり前っすよ。お嬢を守るのがオレの役目ですから」
その言葉を聞いて私は再び走り出す。
刺客が次の矢を放とうとするが、キッドが魔術で火球を放った。
「行かせるかよ。お前の相手はオレだ!」
近くの曲がり角を通る時にキッドが屋根に登って刺客と戦っている姿が見えた。
心配だけどきっと彼なら大丈夫だ。
何故なら普段の特訓相手がティガーやフレデリカといった五大貴族の直系だからだ。
一番近くで見てきた私はキッドを信じている。
「はぁ、はぁ……」
ゾンビだったり謎の刺客に狙われたりしたせいで精神的に疲れてしまった。
多少の荒事はこの五年の間でお父様から出された指令をクリアして慣れていたつもりだったけれど、命を狙われるのだけは慣れない。
それでも必死に、鞄の中身を落とさないように街中を進んで行く。
そうやって走る中で私は無意識のうちに狭い路地を通り、どんどん人がいないような場所を進んで遠くの魔術局を目指す。
──ふと、気づいた。
「あれ? なんで人気が無い道を通ってるの私?」
どうして大通りを外れた?
「だって関係ない人を巻き込まないために」
今はゾンビ対策で魔術局の人間が王都中にいるのに?
「……まさか」
袋小路になっている場所で私の足は止まった。
ここは行き止まりでどこにも逃げられない。
「いつから私は魔術にかかっていた?」
立ち尽くした私の背後で物音がした。
ペタペタと何かが歩いてくる音だ。
「「「ゔゔゔゔゔゔゔ……」」」
暗闇の中からゾンビ達がゆっくりと近づいてくる。
そしてその中に一人の男が立っていた。
「いやぁ、よく逃げ回ってくれましたね。その鞄を渡してもらいましょうか」
背筋が凍るような低い声で私を見つめるその男の顔が月明かりに照らされて浮かび上がる。
まるでゾンビを従えるような人物の顔を見て私は驚いた。
「嘘でしょ……」
いや、でも、確かにこの男だったら私に気づかれずに魔術をかけてこの袋小路へ誘導することは可能だ。細工する時間だってあったから。
「御者さん!?」
ゾンビに襲われて別れたはずの馬車の御者さんが悪い笑顔で立ってた。
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