第49話 わたしの尊敬する人。


「えっと、確かこの辺りに……」


 多くの人が行き交う魔術学校前の大通りから道を外れた路地。

 放課後で日がかなり沈んでいる時間にわたしは一人で道を歩いていた。


「早くおつかいを終わらせないと」


 学校の制服のまま歩くわたしは手元にある地図を頼りにとあるお店を探します。

 そのお店は生徒会でみんなが飲んでいる紅茶の茶葉を販売しているお店です。

 ノアさまとキッドさんが学校を早退した後、いつも通りにわたしは生徒会の活動をしていました。

 ノアさまやグレンさまと違ってあまり役に立てていないわたしは主にお茶汲み係をしていたのですが、その紅茶の茶葉が今日に限って切れてしまったのです。


『君に頼もう。茶葉の買い出しをね』

『貴様がいくなら俺もついて行くぞ?』

『グレン殿は駄目でござるよ。ノア殿がい分も働いてもらわねば。ここはエリン殿に任せて』


 そんなやり取りがあってわたしは学校の外に出ています。

 ロナルド会長から渡された地図によるとお店は隠れた名店らしく、こうして人気がない場所に店を構えているそうです。


「グレンさまは凄いなぁ。わたしよりも後から入ったのに抜かれちゃった」


 特別に生徒会の追加メンバーとして迎え入れられたグレン・ルージュさま。

 最初は生徒会と騒動のあった人ですが、彼の夢に対する向き合い方や人をまとめ上げる力は本物で、わたしは純粋に尊敬をしています。

 南部領の人達とはノアさまとの決闘以降はうまくいっていないようですが、生徒会の方々からその評価を見直されて頼りにされています。

 元々が五大貴族の後継者として英才教育を受けており、魔術の腕もそれに相応しいものを持っている人です。

 なのでわたしなんかが勝る部分はないのですが、それでも後から入った人に抜かれてしまうというのはちょっぴり悔しいものです。


「せめてお茶汲み係としては頑張ろう」


 生徒会室では頭を使う作業が多いので糖分補給は必須です。

 そうでなくても疲れている時にリラックスするために紅茶やコーヒーを飲みながら談話していると、詰まっていた会議の内容がすんなり解決したりします。

 たかがお茶。されどお茶なんです。

 わたしに出来るのはそれくらいで、たまにお菓子を作って持って行くくらいですから。

 生徒会に誘われたきっかけがロナルド会長の推薦のみで、わたしは最初に居心地の悪い視線を向けられていました。

 貴族のノアさまと違ってわたしは平民で、頭も大して良くないし、魔術なんてつい最近に習い始めたばかりです。当選のことでしょう。

 そんなわたしに役目を与え、生徒会の方達との距離を近づけてくださったのはやっぱりノアさまでした。


『エリンってお菓子屋さんの娘なんですよ。ほら、この手作りクッキー美味しそうでしょ? 会長にも分けてあげますよ』

『ノアさま! わたしが作ったものなんてとても会長達の口には合わないと……』

『私が食べて美味しかったんだから大丈夫よ。ほら、ヨハン先輩も他の皆さんも食べて食べて』


 そう言って彼女はわたしのお菓子を配ったのです。

 とても貴族の人に食べてもらえるようなものではないと思い込んでいたわたしでしたが、思ったよりも好評で次回も頼むとお願いをされる程でした。

 ヨハン先輩はわたしの実家を教えて欲しいと頼み込んでこられました。

 ノアさまのそのおかげでわたしは生徒会に少し溶け込むことができて、寮では魔術の練習にも付き合ってもらえたおかげで学校の授業もついていけています。


『どうしてノアさまは、わたしみたいなただの平民にこんなに優しくしてくださるのですか?』


 一度、そんな質問をしたことがありました。

 その時に彼女は迷うことなくこう言ったのです。


『それは勿論エリンだからよ。貴方は自分がただの平民だって言っているけれど私はそうは思わないわ。優しいし、お菓子作りは上手だし、貴族相手に啖呵を切ったりして、それって凄い事よ? だから私は貴方を信じているの。きっと貴方は特別な人なんだって。いや、マジで』


 ノアさまは本当に心からそう思っているようでした。

 それまでは慣れない環境でわたしなんて……と卑下していましたが、今はノアさまの期待だけは裏切りたくないと思えるようになりました。

 例え彼女がわたしなんかが届かない遠い存在だとしてもその隣に立ちたい。ずっと側に居たいと思ったのです。

 わたしの夢はとびっきり美味しいお菓子でみんなを笑顔にすること。

 でも、最近少し考えるのは──。


「ゔゔゔゔぅ……」


 裏路地の突き当たり。一人の男性がしゃがみこんでいた。


「大丈夫ですか!?」


 男性は苦しそうに呻き声を出していた。

 わたしは何があったのかを確かめるために男性の元へと近づきました。

 どこか体の調子が悪いのでしょうか? だとしたらお医者さんを呼ばないと。


「ここで待っていてください。すぐにお医者さんを呼んできま──」




 ♦︎




「それでお嬢。どうしてオレ達はシュバルツ邸へ?」


 他の馬車よりも急ぎで走る黒百合の紋章が付いた馬車。

 お父様が用意していたシュバルツ家専用の馬車に私とキッドは乗っている。


「ゾンビを調べた結果を聞いたけどアレは死霊術の一種みたいなのよね。だから死霊術関連の魔術書を探すのよ」


 増え続ける被害者の方はお父様と魔術局の人間に任せる。

 私達はシュバルツ邸の地下にある禁書庫で情報収集だ。


「とりあえずゾンビの居場所を見つける方法でも倒す方法でも何でもいいから情報を集めないと」

「わかっているのはコレだけっすからね」


 手元にある追加で渡された書類に目を通す。

 幸いなことにゾンビ自体は普通の人間よりちょっと怪力でタフなだけだ。魔術師であれば対処可能な範囲で助かった。

 一番厄介なのはその感染力で噛まれたらアウト。

 全てのゾンビを捕まえて封じ込められたらそれが最善だけど、手遅れになったら人手が足りずにこちらが噛まれて終了になる。


「こんな事して犯人は何が目的なのよ」


 ゾンビからは魔術の気配を感じた。

 なので自然発生ではなく何者かが魔術をかけて生み出したのがわかったが、なんのためにこんなことをしたのか。

 下手すれば王都が、アルビオンという国そのものが壊滅しかねない。

 エタメモは乙女ゲームにしては戦闘要素が強いけれど、決してアメリカンなゾンビゲームってジャンルじゃなかった。


「お嬢様。キッド様。まもなく着きます」

「わかったわ。目的のものを回収したらまた魔術局に戻るから馬を休めておきなさい」


 日が沈み出した頃、お化け屋敷のような場所に着いた。

 入学して以来初めて実家に戻るわけだけど、相変わらず我が家は不気味よね。

 御者に指示を出してキッドと二人で地下室を目指す。


「掃除していないから埃っぽいわね」

「すいませんお嬢。流石に休日だけだと地上の屋敷部分の清掃だけで手一杯だったもんで」

「やっぱり人を雇いたいわよね」


 そんなやり取りをしながらシュバルツ邸の地下へ降りた。

 メフィストから魔術の授業を受けた場所や私が前世を思い出したきっかけの禁書庫がある。

 五年の間にここで何冊もの禁書を解読して魔術の修行をしたけれど、その全てを閲覧したわけではない。


「この中から探すのは骨が折れそうね」

「オレも手伝いますけど、途中でダウンしたらすいません」

「無理はしなくていいわよ」


 禁書庫にある魔術書はそれそのものが魔術具でもある。

 読むだけで精神にダメージを与えたり、人によっては白紙にしか見えなかったりとバリエーション豊かだ。

 オマケに書き写したり口頭で伝えるのが不可なんてものもあるからさぁ大変。

 ラスボスの素質を持ったノアだからこそ読むことが出来るが、そうでなければキッドが言ったように途中で意識を失って倒れてしまう。


「これでもない……こっちも違う……」

「相手のハートを見抜く読心術……ふむふむ」

「何してるのよキッド。関係ないものはパスしなさい」


 魔術書を開いてペラペラ捲っては次の本へ。

 そうやって手当たり次第に死霊術についての情報を探す。

 数十分経過した頃だろうか。私はそれらしき本を手に取った。


「……これね」

「ありましたかお嬢」

「ええ。書き写しと口頭での説明は問題なさそうだけど読める人間を選ぶ物みたいね」

「あー、オレには白紙に見えますね」


 おそらくは黒魔術への適性が関係しているのだろう魔術書を何冊か持って来た鞄に入れる。

 本当はこの地下にある禁書は持ち出し禁止なのだが、緊急事態なので特例だ。お父様にも許可は貰っている。


「さぁ、早く魔術局に戻るわよ」


 私達は再び馬車に乗り込んでシュバルツ邸を後にした。

 しかし、この時の私の頭の中はゾンビの対処方を考えるのに一杯で、こっそりと屋敷を出てからついてくる怪しげな馬車に気付くことは出来なかったのだった。



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