第48話 休み明けに限って問題は起こるのよね。
「あー、やっぱ家より学校の方が落ち着くぜ」
「普通は逆じゃないの?」
休み明けの朝。担任教師のホームルームが始まる前のちょっとした空き時間にティガーが変なことを言っていた。
「あのな姐さん。家にいると次から次に書類の束が運ばれてくるんだぜ? 学校だったら教師の話を聞くだけだし、体も動かせるじゃねーか。こっちのがマシだぜ」
西部領の方へ行った父の代わりに公爵家の当主代理をしているティガーは疲れた顔でそう話す。
せっかくの休日だったが、彼は全然休めていなかったみたいだ。
「騙されるなよ姉御。その書類を半分以上片付けたのはアタシだからな兄貴!」
私とティガーの会話を聞いていたのか、同じくヴァイス邸に戻って兄の補佐をしていたフレデリカが抗議をする。
「兄貴は途中で下のやつら連れて庭で遊んでたじゃねーか!」
「あれは稽古をつけてやったんだよ。サボりじゃねぇ! こういうのは適材適所って言うだろが」
「アタシは頭使う作業なんて適してないんだよ!」
兄妹で顔を近づけながらお互いを威嚇する二人。
仲は悪くはないけれど、こういう小さな兄弟喧嘩は日常茶飯事だ。
「貴様ら朝からうるさいぞ。俺の仮眠の邪魔をするな」
「いや、もうすぐ授業だって。何を寝ようとしているのよ貴方は」
不機嫌そうな声の主はグレンだ。
彼は自分の腕を枕代わりにしながら恨めしそうな顔でこちらを睨んでいた。
「俺はずっと寝ていないんだ! 寝かせろ!」
「駄目に決まってるじゃない。……というか目の下に凄い隈があるわね。休日に何してたのよ」
「伯母上に呼び出されたのは知っているな? 貴様らに勝つために伯母上直々の稽古を受けていたのだ。あとついでに経営学の勉強も。ただ、あの人は超がつくスパルタで……」
ルージュ家の女帝による鬼の特訓を思い出したのかグレンの顔が真っ青になる。
自信家で我儘なグレンだけど、どうやっても当主である伯母には敵わないようだ。
「どこも大変そうね」
同じ五大貴族でもシュバルツ家の方がマシなようだ。
そう思いながら教室の入り口の方を見るとマックスがやってきた。
「あらマックス。おはよう」
「あ、うん。おはようノアさん。みんなも」
挨拶をして席に座るマックス。
彼とは休日の間に図書館で会ったけれど、どこか元気が無さそうな様子だった。
他の子と同じように彼も家庭の用事で疲れているのかしら? そういえば校長であるグルーン公爵に呼び出されているって言ってたわね。
何があったのかを聞こうとした私だったが、タイミング悪く担任の教師がやってきたので聞くことが出来なかった。
◆
午前の授業は特に何事もなく進んでいった。
間伸びする話し方で有名な歴史担当の教師の授業中にグレンが居眠りして怒られてはいたけどね。
昼休みを知らせる鐘が鳴って、私はいつもと同じようにエリンやみんなと昼食にしようとした。
しかし、それは慌てて私の元に来たキッドによって叶わなかった。
「お嬢。今さっき学校側から連絡があった。旦那様がお嬢をお呼びです」
「お父様が?」
お父様からの連絡なんて学校に入ってから初めてだ。
しかもキッドは走って来たのか額に汗が流れている。
「至急、魔術局に来いと。午後の授業は欠席すると教師には伝えてあります」
「只事じゃなさそうね」
至急、というの気になった。
わざわざ私を呼び出すだなんて何があったのだろう?
キッドも聞かされているのは呼び出しがあったというだけで内容は魔術局に着いてからじゃないと分からないらしい。
「ノアさん。ちょっと話があるんだけど一緒に、」
「ごめんなさいマックス。ちょっと急用でお父様に呼ばれているの。話は帰って来てから聞くわね」
せっかくあちら側から話しかけてくれたけど、残念ながらこちの方が優先だ。
申し訳ないとマックスに謝って私とキッドは教室を出て学校の玄関へ向かう。
お父様が手配してくれていたのか一台の馬車が停まっていたので私達はそれに乗り込んだ。
魔術学校から魔術局まではそう長い時間はかからないが、揺れる馬車の中で私のお腹が鳴った。
「お昼ご飯……」
「魔術局についたら職員用の食堂でも使わせてもらいましょうか。オレも授業で魔力を使ったから腹が減ったんで」
キッドも同じ状態なようで、私達は馬車の中でどんなメニューを頼むかを話しながら時間を潰した。
王都の北東にある魔術学校から大通りに出て真っ直ぐ南下すると魔術局が見えて来た。
国内最大の魔術研究機関であり、魔術具の開発や禁書の管理、魔術師絡みの事件を解決したりする魔術関連の何でも屋だ。
建物の前で馬車を降りて中に入る。
局長の娘であることと、私自身も何度か訪れたことがあるおかげで呼び止められることなく顔パスで進めた。
階段を登って最上階にある局長室に入るとそこにはお父様が椅子に座っていた。
この五年間で少し眉間のシワが増えて以前よりも悪役っぽい雰囲気が増したお父様だけど、私にとって大切な家族だ。
「よく来てくれたなノア、キッド」
「お父様が私達を呼びつけるなんて珍しいですわね。一体、何の用ですか?」
「実は先日、王都内である事件が起きたのだ」
お父様が書類を机に置いたので私達はそれを覗き込んだ。
「傷害事件? 被害者が裏路地を歩いていたら急に男に襲われたですって」
「内容自体はよくありそうっすね。酔っ払いだったんですかね?」
「それだけならば問題は無い。通報を受けた衛兵が現場に向かうと犯人が暴れていたそうだ。拘束して留置所に入れていたが様子が変だと連絡があり魔術局が動いた」
机の上の書類には衛兵からの証言が書いてある。
捕らえた男は話が通じなく、ただ呻き声を出しながら暴れるだけだった。それも捕まえた者が全員同じ症状で気味が悪かったので魔術局に相談したと。
「そして調査した結果、捕まっていた者は
「「っ!?」」
お父様の言葉を聞いて私達は驚いた。
先に喋ったのはキッドだった。
「死んでいたってどういうことっすか。留置所に拘束されていたんすよね」
「拘束されていた者はいずれも体温が低く、心臓も動いていなかったのだ。まるで死体と同じように」
「死体が動いていた? それってまるで……」
「シュバルツ家で使っている魔術と同じね。屍人を操っているんでしょう」
以前はメフィストが使っていて、今は私がお父様から教わった禁術である。
「あの魔術はシュバルツ家の地下の禁書に書いてあるものでしたよねお父様?」
「そうだ。死霊術はとても扱いが難しく、同時に危険なものである。ゆえにシュバルツ家が管理・保管している」
魔術局ではなくシュバルツ家の地下。
つまりは国家機密に匹敵する超危険な代物で世に出回っていいものじゃない。
「ただ気になるのが、術者らしき者が見つからぬ。あるのは暴れる死体だけだ」
「それで私達を呼び出したんですね」
「そうだ。死霊術については吾輩とノアしか知らぬと思ったからだ」
「残念ですけど私は知りませんし、誰にも教えていませんよ」
「そうか。では一体何者が……」
書類は複数枚あるようで一番上の書類を捲ると次のページには同じような事件が書いてあった。
こちらも急に知らない男が近づいてきて襲われたというものだ。
同じような事件が連続して起きているのね。
「お嬢。二件目の加害者のところ見てくれ」
「あれ? この名前って一軒目の被害者と同じね」
もう一度最初のページを見るが間違いない。
書類にはまだページがあったので次を見ると、類似した三件目の事件が起きていた。
注目したのは三件目の加害者の名前だ。これが二件目の被害者の名前だった。
「これって」
「偶然すかね?」
もしかして襲われた被害者が次の加害者になっている?
動く死体、生きている人間を襲って、被害者が次の加害者へ。
ここまで来ると私の頭にある存在が出てくる。
もしもコレが私の考えるものと同じだとすればこの王都が大変なことになるのは間違いない。
「ゾンビってご存知ですかお父様?」
「なんですかお嬢。ゾンビって」
「……おのれ。どこの馬鹿者だそんな危険な術を使ったのは!」
キッドは分からなかったようだが、お父様は目を見開いて拳を机に叩きつけた。
「ゾンビっていうのは一種の感染症みたいなものよ。噛んだ者から噛まれた者へと伝染していくの」
「へー……って、ヤバいじゃねーっすかそれ!!」
そう。ゾンビものの映画で不味いのは最初の発見と対応が遅れることだ。
気づいた時には対象不能な数にまで膨れ上がっている。
「至急、魔術局員全員に指示を出す。対象は動く屍人だ。ノアよ。お前とキッドも捜査に協力するのだ」
「わかりましたわお父様」
「了解です!」
私達の穏やかな日常は崩れ去り、なんの前触れもなく王都の危機がすぐそこに迫っていた。
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