第74話 五大貴族会議 その1。
アルビオン王国の王都。その中央に建てられた王城は今現在、誰も住んでいない観光地兼行政の中心になっている。
しかし、この日は一般人の立ち入りは禁止になり、通常の倍以上の厳重な警備がされていた。
とはいえ、警備の担当になった騎士団員達は思う。
これからこの城で行われる会議に参加する者に警備や護衛は必要なのか?
だって、彼らは己の実力でこの国の頂点に立っている人物で同席している後継者達は魔女を倒した守護聖獣の力を持っているのだから。
♦︎
「お嬢。いい加減シャキッとしてくれよな」
「いやだー! 私は体調不良で参加出来ませんって今から言ってこようかしら」
「朝食をしっかり食べてパンのおかわりまでしたのを旦那様に見られているんすから無理に決まってるっすよ」
学生服からキチンとした他所行き用の執事服に身を包んだキッド。
背筋がピンと伸びて白い手袋もしていて、凄く絵になる正装だ。
彼は今日、お父様の従者として会議の場に参加する。
本来なら五大貴族以外は会議場にすら入れないが、なんとか頼み込んだそうだ。
「それに、エリンを一人で会議に出させるつもりですか?」
「それを言われたら逃げられないじゃない。わかったわよ。諦めて参加するわ」
椅子から立ち上がって制服についたシワを伸ばす。
私はあくまで会議に重要参考人として呼ばれたので、キッドのようなキチンとした正装ではない。
それに、一緒に呼ばれたエリンが一人だけ制服っていうのは可哀想だ。
一般家庭の彼女にこの会議に参加するためだけに高い服を用意しろというのも酷な話だからね。
「じゃあ行きますよ」
「はぁ……」
肩が重くて気分が乗らないけれど、私は待機部屋を出て五大貴族の待っている会議室へと向かう。
日本で働いている頃から思うけれど、知り合いがいるとはいえお偉いさんが待つ部屋に入るのってどうしてこうも緊張するのかしらね。
廊下を歩くと、別の部屋からエリンが出て来た。
こちらは後ろにフレデリカが付いている。
「ったく、緊張し過ぎだろエリン」
「無理ですぅ。わたしなんて……わたしなんて……」
フレデリカがぐいぐいと背中を押して、エリンは必死に抵抗しようとしていた。
あぁ、なんだかお仲間を見つけて気が少し楽になったかもしれない。
「ノアさま!」
「エリン。諦めなさい」
「ノアさまの顔が死んでる!?」
私はにっこりと微笑みながら彼女の肩を掴んだ。
もうね、死ぬ気というか死んだつもりで行くしかないのよ。
そのまま不安と緊張で泣き出しそうなエリンの手を引いて地獄の一丁目に進む。
警護していた騎士が会議室の扉を開けてくれたので、一度深呼吸をしてから中へ踏み込んだ。
お城の会議室なだけあってかなり広い部屋だった。
部屋の中央には長方形の机があり、五大貴族の面々がそれぞれ座っていた。
ヴァイス家、グルーン家、シュバルツ家については馴染みのある顔ぶれなので気にはならなかったが、こうして初めて会うのがルージュ家とブルー家だ。
グレンの隣に座る派手な赤いドレスにこれまた色の濃い口紅をしているのがルージュ家の当主ね。年齢は三十代中ばだけど実年齢より若そうな見た目で、ザ仕事出来るマンって感じだ。
ロナルド会長の隣には二人座っている。片方は会長に似た顔立ちの女性で、もう一人は白髪混じりの老人なんだけど、顔の彫りが深くて歴戦の戦士って雰囲気だ。この場にいる誰よりも年上だけど、体格がよくてヴァイス公爵にも引けを取らないんじゃないだろうか?
「ノア・シュバルツ、並びにエリンをお連れしました」
「ご苦労。下がっていなさい」
フレデリカとキッドが側を離れてそれぞれの当主がいる背後の壁際に立つ。
私達はそのまま入り口に近い下座に立つことになった。
「今日の会議の進行は私が務めさせていただく」
そう言ったのはマックスの隣に座るグルーン公爵だった。
今回は王都近郊の暗き森で起きた事件だったので、学校長でもあるグルーン公爵が司会進行をするようだ。
グルーン公爵はまず、遠征のスケジュールと被害者の数について説明をした。
一日目、二日目は特に何も起こらずに、三日目に突如として大量の魔獣が現れた。
そして、魔獣によって出た被害者数は全校生徒の半数以上だった。
怪我人こそ多かったけれど、死者の数があまり増えなかったのはエリン達の頑張りと私の身を挺した囮作戦のおかげだろう。
「報告のあった魔獣の規模や数だと生徒と教師だけでは全滅していた可能性もある。それを防いでくれたことを五大貴族の当主として、魔術学校の校長として感謝する」
グルーン公爵は私とエリンやそれぞれの後継者達に頭を下げた。
自分が不在だった間に大事件があって、その処理に追われて大変なのは間違いなくグルーン公爵だ。
「そして、魔術学校に凶悪な犯罪者が潜んでいたことに気づけなかったことを深く謝罪するよ」
「おいおい。それについては仕方ねぇだろ。人間に乗り移ってる悪魔を見つけろってのは無理な話だろ。奴らは人を欺くのに長けてんだからな」
謝るグルーン公爵にフォローを入れたのはヴァイス公爵だった。
学生時代の先輩後輩であり、子供同士の仲が良くて交流が深いからだろう。
お父様も同じ心境だと思うけれど、こういう時に表立って仲間思いな一面を見せるのはヴァイス家の性質だ。
「ほほぅ、悪魔とな。悪魔召喚については禁術に指定してあり、その方法が書かれた魔術書はシュバルツ家が管理しておると思うのじゃが?」
「勿論である。魔術書は今現在も秘密の場所でキチンと保管されている。今回、生徒に紛れていた悪魔は依代にされた少女が偶然呼び出したものと推測される。実の両親ですら成り代わっていたことには気づいていなかったようである」
質問を投げかけてきたブルー公爵にお父様は冷静に言葉を返した。
その調査結果は事前に私も聞いている。
魔術書が保管されている秘密の場所はシュバルツ邸の地下にある禁書庫のことだ。
禁書庫が地下にあるのは私とキッドとお父様のシュバルツ家の関係者しか知らない。
「ふん、どうだかね。実はシュバルツ家が悪魔召喚の方法を流出させた可能性があるんじゃないのかい?」
お父様の説明に意を唱えたのはルージュ公爵だった。
グレンの女性版で、更に顔つきをキツくしたような彼女は真っ直ぐにお父様を睨んでいた。
視線だけでバチバチしているけど、そういえば最初に会った頃のグレンもあんな目をしていた。
あれは何かを恨んでいるような、そんな目だった。
「人を誑かして騙すのが得意なダーゴンのことだ。妾はその説を押すぞ」
「ちっ、また始まったぜ。あの野郎」
敵意マシマシな言い方をするルージュ公爵を見てヴァイス公爵が呆れた顔で何かを言った。
「なんだいフーガ。文句があるならはっきりと言ったらどうだ」
「落ち着いてくれロゼリア先輩。フーガ先輩もいちいち茶々を入れないでくれ」
「だってよぉ、リュート。この女ってば顔を合わせる度にダーゴンと目の敵にすんだぜ? これじゃあ話が進まないだろうが」
なんだか五大貴族の当主様達が言い争いを始めたよ。
というか、それぞれの名前を初めて聞いたかもしれない。
フーガ・ヴァイス。
リュート・グルーン。
ロゼリア・ルージュ
ダーゴン・シュバルツ。
この四人は同じ時期に学校に在籍していたというのを前に学校で聞いたことがあって、黄金世代と呼ばれていたとか。
「オホン。いい加減にせんか馬鹿者共! お主らがいつまでもそんな調子だから儂が隠居出来ないのであろうが!!」
目をカッと開いてブルー公爵が怒鳴った。
大きくて覇気の篭った声に言い争いをしていた当主達も口を紡ぐ。
どうやら、この五大貴族会議は一筋縄ではいかないようだ。
……あとでお父様がルージュ公爵に何をしたのか聞いておこう。
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