第15話 シュバルツ公爵家の悪魔。


「屋敷の方はどうだメフィスト」

『こちらは何の問題もございません。旦那様』


 王都の南東にある巨大な建造物。

 多くの魔術師達が働いている魔術局の最上階にある局長室にその男は座っていた。

 ダーゴン・シュバルツ公爵。シュバルツ家の現当主にして魔術局のトップでもある権力者。

 そんな彼は職場兼仮住まいでもある場所で自身と主従契約を結んでいる悪魔メフィストと会話していた。

 ただし、会話といっても両者がこの場に揃っているわけではなく、魔術的な契約によるパスを利用した通信である。


『お嬢様はすくすくと成長中でございます。こちらの想定よりも早く。えぇ、喜ばしいことです』

「そうであろうな。だからこそ前倒しで任務を与えたのだ」


 ダーゴンの手には一枚の報告書が握られている。

 メフィストに命じてノアを同行させた孤児院の人身売買についてだ。


「あの年であれだけの魔術の行使。グルーン家での呪術の解除も含めてノアは只者ではない。……我々が望んでいた存在そのものだ」

『それはまだわかりませんよ。精神的にも大人びているところはありますが、冷酷さや残忍さはまだ低いです。お嬢様が例の存在と断定するのはまだ早いかと』

「らしくないな。我よりも貴様の方がアレを望んでいたのではないか?」


 その質問の返事に間があった。


『……それは勿論。それこそ私の悲願。存在理由です』

「情でも移ったか?」

『えぇ。あんなにイジり──可愛がり甲斐のある子はいませんよ』


 もしもノアがこの会話を聞いていれば、今なんて言ったこの悪魔? と怒りそうな発言だ。

 しかし長い付き合いのあるダーゴンはこの悪魔だから平常運転だなと聞き返さなかった。

 ノア以上に付き合いが長いのだ。それこそ生まれてからずっとこの悪魔が近くにいた。


「ノアの気苦労が知れんな。それとメフィスト。貴様が推薦してきたあの小僧はどうなっている」

『キッドのことでございますすね?』

「キッド?」

『お嬢様が名付けになられたのですよ。孤児院から押収した海岸に流れ着いた彼が唯一持っていたナイフに刻まれたイニシャルからキッドと』

「そうか。それでそのキッドについてだが、どのような感じだ」

『こちらもイジり甲斐がありますね。叩けば鳴くので打楽器のようです』


 まだ顔を見ていない少年が気の毒になったダーゴン。

 もはや取り繕うことすらしなくなった悪魔の声は実に楽しそうだった。


『魔術の才能に溢れていますし肉体も丈夫です。あれだけの衰弱から後遺症もなく日常生活に戻れたのは素晴らしい生命力のおかげでしょう』


 手元の報告書には孤児院から救出された子供のその後についても書かれている。

 多くの子供は一生消えない心の傷を持って親元に帰った。中には閉鎖空間や説教、罰という言葉に過剰に反応する子もいたとされる。

 院長と呼ばれていた罪人は恐怖による調教に長けていたようだとダーゴンは思った。

 そしてその場で誰よりも酷い仕打ちを受けていたのに平然としていたキッドに興味を持ったメフィスト。

 悩みの種は娘だけでは無いようだ。


『とはいえ黒魔術の適性は低いので主に肉体を使った戦闘技術を教えています。一番合っているのは剣術のようですね』

「とんだ拾い物であるな。次の貴様の憑依先にピッタリではないか」

『いいえ。それがどうも肉体の相性は最悪でして。まぁ、この体もまだ数十年は持ちますので心配はありません』

「憑依先でも無いのに引き取ったのか? てっきりそのために推薦してきたと思っておったぞ」

『お嬢様の願いを叶えたいと思っただけでございますよ。同年代のご友人が欲しいと仰っていましたので』


 ノアは他の貴族との交流が少ない。

 シュバルツ家に寄り付く人間が少ないのもあるが、用のある者は魔術局の方に直接やってくるからだ。

 ダーゴン自身も家に帰る頻度が少なく、グルーン家のように定期的に自宅に人を招くこともしない。

 そもそもの家の成り立ち上、仕方のないことではあったが、そのせいで娘に知人がいないことをダーゴンは知っていた。

 いずれ魔術学校に通うのだから問題ないと考えていたがまさかノアの方から友人を求めているとまでは思い浮かばなかった。


「メフィスト。何も友人にするのならば男ではなく同性の方が良かったのではないか?」

『おやおや? もしかして旦那様はお嬢様に悪い虫が近寄ることを心配されていますか? パパより仲がいいなんて嫉妬でしょうか?』

「通話を切る」


 イラッときたのでダーゴンは悪魔とのパスを切ろうとした。


『冗談です! だから切らないでください旦那様!」

「次にふざければ問答無用だ」

『冗談通じませんよね旦那様は。キッドを選んだのは才能ですよ。彼と同レベルの才能があれば女の子を雇いました。性別は関係ありません』

「それほどか。キッドという少年はどの程度の才があると貴様は考える」

『悪魔の観察眼からすれば準五大貴族。低くても魔術局員特殊捜査員クラスかと』


 魔術局には数多くの人間がいる。

 その中でも実働班、ダーゴンの命を直接受けて動くのが魔術局特殊捜査員。魔術師のエリートだ。


「面白い。ならばその少年を貴様の手で育て上げろ。ノアとその少年がいればシュバルツ家の名声はより高くなる。そうすれば他家も認めざるを得まい」

『かしこまりました旦那様。ところで話は変わるのですが一つよろしいでしょうか?』

「なんだ。申してみろ」

『お嬢様から洗濯物は私や旦那様のものと分けて洗濯して欲しいと言われたのですがどうしましょうか?』


 プツリ。


 ダーゴンは一方的にパスを断ち切った。

 そのまま着信拒否をして手元の書類に確認済みの印を押して机に仕舞い込む。


「……苦いな」


 いつも通りのブラックコーヒーを飲みながら呟く一児の父親。

 心なしか恰幅のいいその体が一回り小さく見えたような気がしたとのちに部下は語る。


「今度開発部門に消臭効果の高い薬品でも作らせるか」



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