第97話 絶対に死ぬラスボス令嬢。
短剣で刺された痛みは思いのほか無かった。
ただ、刺された箇所から何かを奪い取られるような感覚があるだけだ。
「な、んで……」
予想もしていなかったロナルド会長の行動に私は驚いた。
みんなで協力してガタノゾアを倒したというのに、どうしてこんなことを?
「私は最初から君を狙っていた。初めて君に会ったその時から」
お腹に刺された短剣を強く握りしめながら耳元で会長が告げた。
初めて私に会った時? 入学してからってことよね?
「私は君が憎い。五大貴族に生まれ、優れた才能を持って、友人にも恵まれている……」
今まで聞いたことのにい酷く冷たい声だった。
こんなの私の知らない会長だ。
とにかく何とかして彼から離れないといけないと考えたが、体が動かない。
とっくに私の体は限界だったのだ。砦を出発してガタノゾアを倒すまでは動きっぱなしで、魔力も体力も空っぽの状態だった。おまけに魔女の力を根性だけで使用していたので気力さえ残っていない。
「私が持っていないものを君は全て持っていた」
「貴方だって、私にないものを持っているじゃないの……」
「この眼か? それとも青龍か? そんなものは何の役にも立たない。むしろ邪魔なんだよ。これがなければ私は!!」
普段の冷静な彼の姿はなく、感情のままに叫ぶ様子は落ち着いた貴族じゃない年頃の少年のようだった。
こんな時に初めて彼の素顔を見た気がする。
「君には理解出来ないだろう。温かな居場所でぬくぬくと育った君には」
ぬくぬくですって?
私は反論したくなったが、刺された短剣のせいで力が入らない。今も彼にもたれかかるような姿勢でなんとか立っているのだ。
「だから私は君を殺す。この短剣には君から魔女の因子を奪うための魔術が刻まれている。魔女の生まれ変わりである君の魂を引き裂くのと同じだ。たとえ傷を塞いでも君は死ぬ」
なるほど。さっきから何かが抜けていくような気がしていたけど、魔女の力が狙いなのか。
でも、どうして会長が魔女の力を狙うのかがわからない。何が目的なの? こんなのはあっても危険で人に迷惑しかかけないのに。
「安心するといい。君の死体は彼等が回収する。きっと丁重に埋葬してくれるさ」
やばい。もう、意識が途切れそうになってきた。
「あとは彼等が大人しくしてくれたら……そうならなければ墓の数が増えるだけか」
聞き捨てならない言葉が飛び出す。
まさか私だけじゃなくてエリン達にも危害が及ぶというのか。
「そろそろお別れだ」
スッと刺された短剣が抜かれ、傷口から血が溢れる。
会長の持つ短剣は刀身を真っ黒で禍々しい魔力で染め上げていた。
同時に私は何かをもぎ取られた感覚に襲われて精神に、魂に激痛が走る。
「くっ……待ちなさいよ……」
痛みのおかげで落ちかけた意識が戻るけど、長くは持たない。
「抵抗すれば無駄に苦しむだけだ」
「苦しいのは貴方のせいでしょ! ……そうじゃなくて」
その場に崩れ落ちている私は歯を食い縛り、顔を上げてロナルド・ブルーを見つめる。
「私が憎いから殺すって言ったわよね」
体の端から熱が抜け落ちるのがわかる。
私は多分、助からずにこのまま死ぬだろう。
だけど、その前に言わなければならないことが一つだけある。
「……なんで、貴方はそんなに悲しそうに泣いているのよ」
声は冷たかった。憎いという思いも確かに本物なんだろう。
だけど、すぐ目の前にあった彼の目から流れ落ちた涙が私の肌に触れたのだ。
「っ!? これは、これは違う! 私は……」
初めて自分が涙を流していることに気づいた彼は動揺した様子で自分の顔を拭った。
殺される側じゃなくて殺す側が泣くなんておかしいでしょ。
それに彼が自分を偽っていたとはいえ、一緒に学校で過ごして、生徒会だけのお別れ会でプレゼントを受け取った時は微かに微笑んでいた。
今までの全てが嘘だとはどうしても思えない。きっと何か理由があるはずだ。
「ロナルド。私は────」
私は貴方の助けになりたい。
その言葉を最後まで言えずに私は地面に倒れ込んだ。
何よもう、あとちょっとだけ耐えなさいよね私の体ってば。
エリン、キッド、みんな。後は任せたわよ。
きっと彼女達ならロナルド・ブルーを止めてくれるはずだ。
それにしても、結局こうなる運命だったのね私ってば。今まで抗って来たのが無駄じゃない。
こうして、悪い魔女の生まれ変わりであるノア・シュバルツはシナリオ通りに死んでしまったのでした。
めでたし、めでたし。
◆
「次は〜○○駅。○○駅でございます。閉まるドアにご注意ください」
電車のアナウンスと発車を知らせるベルの音で目が覚めた。
「んなっ。寝過ごした!?」
行った事のない駅名を耳にして慌てて下車する。
ホームにぶら下がっている看板を見て察するにここは隣の県にある駅だ。
青ざめながらスマホを取り出して現在の時刻を確認すると、とっくに出社時間は過ぎていて職場から鬼のような件数の着信履歴があった。
「こんなの初めてよ……」
通知に気づかずに寝過ごすなんて普段なら絶対にあり得ない。
何か特別な原因でもあったのか。こんな長い時間寝ているなんて。
「確か出社しようと満員電車に乗ってそれから……」
私は必死に思い出そうとしたが、頭に靄がかかっているような感覚があって何も思い出せない。
「毎日仕事してて疲れちゃったのね。はぁ、夜更かしなんて学生じゃあるまいしするものじゃないわね」
仕事をサボろうという考えが無いわけではないが、今は後輩の担当している案件がかなり大変だと聞いている。
新婚だし、奥さんは私の同期でお世話になったから仕方ないけど手伝ってあげなくちゃ。
「面倒見がいい先輩ってのも辛いわね〜」
私は記憶の違和感を振り払い、重い足取りで反対側のホームへと向かうのだった。
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