第二十一章「若獅子祭」(21)

21


「ギルサナスよ……、よくぞ来た。そなたの成長、嬉しく思う」

「ハッ、もったいなきお言葉。城門に強力な闇の結界が張られておりましたが、暗黒騎士ダークナイトとなったこの身には通用せぬようで」


 王はデーモンロードジルベール大公と対峙したまま、ギルサナスは首なし騎士デュラハンと対峙したまま、言葉を交わす。


「だが……、良いのか? 私はそなたの父を討つ」


 王の静かな言葉が、だがはっきりと大広間に響いた。


「父とは、ここに来る途中で別れを済ませて参りました」


 ギルサナスも静かに答える。


「その魔物が父ではない、とは申しません。権力への渇望を捨てきれず闇に堕ちたその姿もまた、私の父なのでしょう。……お手数をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします」

「よい。そなたに父殺しをさせることも、そなたの友にそれをさせることも、余の望むところではない。此奴の心の闇を知りながら、救ってやることができなかった余の責任だ」


 王は少し寂しそうにそう言った。

 ギルサナスは少しためらうようにしてから、それに答える。


「私には友はおりませんでしたが、どうしても存在が許せない宿敵がおりました。闇に堕ちることがなかったのは彼のおかげです。父には宿敵も友も、誰もいなかったのでしょう。息子である私ですら父を恐れ、逆らうことをしなかったのですから」

「ギルサナス……」


 僕は思わず、彼の背中にその名をつぶやいた。

 完全に魔と同化し、すでに人でなくなったデーモンロードジルベール大公は息子の方を振り向きもしない。

 それとも……、まだわずかに残った人の心が、我が息子にその姿を見せまいとしているのだろうか。


「まつおさん、立てるか? もう一体も君を狙っているぞ」

「やれやれ……」


 僕はうんざりするように腰を上げると、ユキが馬の後膝を砕いた方の首なし騎士デュラハンを見据えた。

 その動きはわずかに鈍くなったようだが、まだ十分な戦闘力を有しているように思える。

 

「おまえら、なんで僕ばっかり狙うんだよ……」

「召喚体は意識を共有すると聞く。以前、君にしてやられたことを恨みに思っているのかもしれんぞ。それに……」

「それに?」

「君は人気者だからな」

「ふっ」


 ギルサナスが対峙している首なし騎士デュラハンは馬から降りたので、突撃の心配はない。

 そちらはギルサナスになんとか凌いでもらって、まずはもう一体の騎馬突撃を食い止めるのが先決だ。


「ユキ、僕らでどうにか足止めするから、隙を見て左の前脚の膝を折ってくれる?」

「あのね、骨といえばユキ、みたいな感じ、やめてくんない?」

「ミヤザワくん、アリサ、魔法詠唱お願い! さっきと同じ感じで撃って!」

「わかった」

「任せて!」

「メル、あいつがもし跳躍して僕に斬りかかったら、反対側から攻撃して!」

「でも……」


 心配そうにこちらを見るメルに、僕はにこりと笑った。


「大丈夫、次は食らったりしない」

「わかった。食らったら許さないわよ」


 銀縁シルバーフレームの眼鏡をくい、と押し上げて、メルがにこりと笑った。

 あ、メルからこういう言われ方するの、久しぶりかもしれない。

 どんな言い方も表情も魅力的だから困る。 


「やっぱりちょっと心配だから、春香さんの盾貸してもらっていい?」

「うん」


 メルから盾を受け取りながら、僕は言った。


「ゾフィア」

「いつもお側に」

「……」


 さっき殺されかけた時、思いっきり離れとったやんけとツッコミかけたけど、かわいそうだからやめた。


「たぶん、その太刀でゾフィアができるのは、捨て身による渾身の一撃ぐらいだよね」

「情けない話だが、殿の言う通りだ。私の筋力では振った後の隙が大きすぎて、二の太刀はない」

「うん。だからゾフィアは、メルの攻撃でヤツがのけぞったら、その一撃を狙って。前提条件が崩れたら攻撃中止」

「なるほど、了解した。殿はあやつが跳躍すると踏んでおるのだな?」

「うん。99%そうするはずだ」


 僕がそう言うと、ゾフィアはうなずいて風のように素早く配置についた。

 ユキだけが僕のそばに、メルが左、ゾフィアが右。

 偽ジルベールは……どこだろ。

 まぁ彼は任せておけば大丈夫だろう。

 そういう男だ。


「突撃、来るぞ!!」


 キムの声に合わせるように、ミヤザワくんとアリサが魔法攻撃を放つ。

 首なし騎士デュラハンは魔法の発動を認識した瞬間、手綱を大きく引き寄せ……。

 

「そうだよな? そうするしかないよなぁ?」


 僕はにやりと笑った。

 ユキに後脚の膝を砕かれた馬では、横方向に回避することはできないし、突進力も落ちる。

 前脚さえ無事なら、跳躍ならできる。

 だから首なし騎士デュラハンは跳躍して、突撃の余力を逃さずに僕に斬りかかってくるはずだ。


(イメージするんだ……次は絶対に食らわない。メルになったつもりで対応するんだ)


「わたしはメル。誇り高き剣士よ」

「あ、あんた……なに言ってるの……」


 ドン引きしすぎたユキのツッコミに、いつもの冴えがない。

 気持ち悪いものを見るように僕を見るけど、僕は気にしない。


「ベルのことがだぁいすき。わたしがベルを助けるんだから!」


 メルになりきって僕が言うと、左で配置についていたメルが予想外のダメージを受けたように大きくよろめいた。


「……あとでメルにぶっ殺されるわよ……」

「ユキ、今、わたしはものすごく精神集中コンセントレーションしてるの。邪魔しないでくれる?」

「そんな気持ち悪い精神集中コンセントレーションの仕方見たことないわよ!」

「しかたないでしょ! 王様にアレは使うなって言われたんだから! レベル1で戦うには手段は選んでられないのよ!」

「ウフフ、ついにまつおさんも、ワタシの世界に目覚めちゃったのかしらん」


 ジョセフィーヌが何かおそろしいことを言っている気がするけど、僕は精神を集中させる。

 

「跳躍した!! 来るっ!!」


 僕はメルになりきったつもりで、身を低くする。

 僕の身の丈をはるかに凌駕する黒馬が、首なし騎士を乗せて天高く跳躍する迫力はすさまじく、思わず目を閉じてしまいそうになるが、僕はそうしない。


「わたしはメル! お前なんて怖くないからまばたきしない! だって眼鏡があるから!」

「眼鏡してないでしょ……」


 首なし騎士デュラハンの跳躍が最高点に達し、騎士が両手剣を高々と振り上げる。

 

(来るっ!!!)


「わたしはメル!! 来るとわかっている攻撃はすべて……」


 僕は春香さんの遺品であるメルの盾をぐっと自分の胸元に引き寄せ……。


盾回避パリィしちゃうわよっ!!」


 両手剣グレートソードが僕の首筋に振り下ろされる瞬間に、その盾を外側に振り抜いて、首なし騎士デュラハンの斬撃を弾き返した。

 それほど力を入れたつもりはなかったのに、カァァァァァン!!という金属音を立てて首なし騎士デュラハンの両手剣が吹き飛び、ヤツの体勢が大きく崩れた。


「……。ハァァァァァァッッ――!!!」


 こんなやり方で上手くいくなんて信じられないという顔をしながらも、好機を悟ったユキが、着地寸前で伸び切った馬の膝に必殺のローキックを放った。

 対角の膝を破壊された黒馬の身体がゆらぁ、とグラつくが、それでもまだ、かろうじて立っている。


「ぷくっ!! くくくくっ!! でかしたぞ、卿よ!」


 偽ジルベールは爆笑しながら疾走して、黒馬の首に飛びつくと、右手に持ったを黒馬の右目に突き立てた。

 ……半ばで折れた槍斧ハルバードの柄だった。

 屍馬に脳があるのかどうかはわからないが、槍斧ハルバードの柄が中枢にまで達した黒馬はビクビク、と身体を痙攣けいれんさせて、その巨体がガックリと崩れ落ちる。


「今!!」


 メルが左手で眼鏡を押さえながら跳躍して、無防備になった首なし騎士デュラハンに高速の連撃を放つ。

 青釭剣せいこうけんから放たれる青白い魔法金属ミスリルの光が、メルの美しい剣技によってまるで流星のように首なし騎士デュラハンに降りかかった。


「美しい……。流星剣だ……」


 僕はメルの連撃を、勝手にそう命名した。

 初めて決定的なダメージを受けた首なし騎士デュラハンの体躯が滅びゆく黒馬から投げ出され、落馬の衝撃を少しでも抑えようと着地姿勢を整える。


「好機!!!」


 その絶好のタイミングを捉え、ゾフィアが首なし騎士デュラハンの背後から小烏丸こがらすまるを振り下ろした。

 肩口から腰にまで至る完璧な手応え。

 だが、ゾフィアはそこで油断することなく、振り下ろした余勢で身体を回転させ、必殺の突きを繰り出した。

 鋒両刃造きっさきもろはづくり――。

 太刀でありながら刺突・切断両用に作られた両刃の切っ先が、首なし騎士デュラハンの背中から腹部までを貫通し……。


「な、なぜ……」

「なぜ、倒れない……」


 ゾフィアの声が、ギルサナスの声に重なった。

 もう一体を相手にしていたギルサナスの方を振り向くと、紫色の剣気オーラをまとった無数の暗黒剣で串刺しになった首なし騎士デュラハンが立っていた。

 若獅子戦のあの時、ギルサナスの暗黒魔法を食らっていたら自分もこうなっていたのかと思うとゾッとするが、首なし騎士デュラハンはそれでも動きを止めようとせず、ギルサナスに肉薄する。


(デュ、首なし騎士デュラハンって、こんなに強かったっけ……)


 僕たちが未熟だというのは、わかる。

 エリオット国王陛下のようにデーモンロードに太刀打ちはできないし、そもそも冒険者ですらない。

 でも、僕はともかく、他のみんなは今から冒険者になったとしても、各地で名を轟かせるぐらいの実力はあると思っていた。


銀星シルバースター冒険者クラスじゃないと太刀打ちできないような相手よ」


 かつて首なし騎士デュラハンのことを、アリサはそう言った。

 僕たちにそのぐらいの実力があると思っていたのは、思い上がりだったのだろうか。


(いや、待てよ……)


 首なし騎士デュラハンの強さがその程度だとするなら、アリサのあの怯え方はどういうことだ。

 それだけ廃屋敷の冒険がトラウマなのかと思ったけど、でも、アリサは暗黒騎士ダークナイトになったギルサナスと戦う時に、僕に「あの日の夜のことを覚えているか」と聞いた。

 僕はその時の問答を思い出す。


「忘れるわけないだろ……、デュラハンに本気で殺されかけたんだから」

「あはは、そうね。……でも、ちょっと懐かしいかも」

「そうだね」

「若獅子祭が終わって落ち着いたら……、また二人でどこかに行ってみない?」


 トラウマになった時のことを、「懐かしい」なんて思えるだろうか。

 あの時はまだ、んだ。


「んぐっ!!くっ……」

「ゾフィア!!」


 背中から切りつけたはずの首なし騎士デュラハンの腕が人間ではありえない動きで180度回転し、背中にいるゾフィアの首を締めた。

 ゾフィアの細い首に首なし騎士デュラハンの太い指がめり込み……、だめだ、死ぬ。


(もう考えている猶予はない!!)


 僕は小鳥遊たかなしを自分の左頬に寄せて首なし騎士デュラハンに向かって駆け出し……。



 ……


 シュパアアアアアア――ッ!!!

 何も存在しないはずの首の場所に感じる、ハッキリとした手応え。

 古代魔法金属ヒヒイロカネの赤い閃光を放ちながら、小鳥遊たかなしがソレを完全に両断する。


「アアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」


 この世のものとは思えぬ絶叫と共に、首なし騎士デュラハン……と思われた魔物が馬ごとボロボロと崩れ去っていき、やがて消滅した。

 と、同時に、魔法詠唱後でできた大きな隙に乗じてギルサナスの首を刎ねようとしていたもう一体も

消滅する。


「はぁ……はぁ……、殿……助かった……」

「君に一つ貸したつもりが、あっという間にチャラになってしまったな」


 なんとか一命をとりとめた二人に、僕も胸をなでおろした。


「ベルくんっ!!」


 アリサが駆け寄って、今度こそ僕の肩口に回復魔法ヒールをかけてくれた。


「アイツの弱点がどうしてわかったの……?」

「アイツはデュラハンじゃなかった。首なし騎士じゃないのに首なし騎士に見せているってことは、何か意味があるんじゃないかと思って」

「たぶん、首から上だけ透明化魔法インビジブルをかけていたのね……。でも、どうしてデュラハンじゃないって思ったの?」

「アリサが怖がっていたから」

「私、こわがってないもん」


 アリサが自分の頬をふくらませて、僕の頬を軽くつねる。

 それから、にっこりと微笑んだ。


「そうね……。たしかに、首なし騎士デュラハンに感じるような怖さ以上のものを感じていたかも」

「うん、見ていてそんな感じがしたんだよ」

「嬉しい。メルだけじゃなくて、私のこともちゃんと見ていてくれるのね」


 そう言ってアリサがつねった僕の頬にキスをすると、駆け寄っていたメルが盛大にすっ転んだ。


「まっちゃん……」


 ユキが肩をわなわなと震わせながら、僕を指差した。


「な、なに……、殴られる覚えないんだけど、もしかして殴ろうとしてる?」

「バカ!違うわよ! 自分の魔法情報票インフォメーションを見て!」


 ユキに言われて、僕は魔法情報票インフォメーションを確認する。


 氏名:まつおさん・フォン・ベルゲングリューン

 爵位:伯爵

 称号:爆笑王

    買い物上手

    若獅子グン・シール

    暗黒卿殺しダークロードキラー

 職業:士官候補生1年

    君主ロード


「ん? おかしいところは特に何も……」

「称号のとこ!ちゃんと見て!」


 ユキに言われて、僕はあらためて魔法情報票インフォメーションを確認する。


暗黒卿殺しダークロードキラー? 暗黒卿ダークロードってのが、さっきの偽デュラハンの名前?」

「偽デュラハンってあんた……、暗黒卿ダークロードってのは魔王麾下きかの将軍よ。暗黒卿ダークロードと比べたら、デュラハンなんて鼻くそ以下よ!」

「ルッ君の鼻くそみたいなもんか」

「なんでオレの名前を出すんだよ!」


 ルッ君のツッコミが後ろから聞こえた。


「どうりでむちゃくちゃ強いと思ったぜ……。オレ、正直、こんなのがゴロゴロいるなら、もう冒険者目指すのやめようかと思ったからな」


 キムが盾を下ろしてそう言った。

 僕もまったく同感だ。

 実際に交戦せずに済んだキムでさえそう思うのだから、僕たちの絶望感ったらなかった。


暗黒卿ダークロードだったとは……。そなた、よく死なずに済んだな」

「陛下ぁぁぁ!!」


 死なずに済んだな、とか無責任なことを言う陛下に僕はしがみついた。


「わはは、すまんすまん。デュラハンぐらいなら、頑張ればそなたたちでどうにかなるだろうと思ってな。どうにもならんところだったな。わはは!」


 エリオット国王陛下が僕の肩に手を回して、バシバシと叩きながら豪快に笑った。

 

(え、肩に手を回して……?)


「へ、陛下……、その、デーモンロードは……?」

「ああ、お前が暗黒卿ダークロードを倒す少し前に倒したぞ。加勢していいところを見せてやろうと思ったら、お前が仕留めて落胆しておったところだ」

「そ、そうすか……」


 なんでもないことのように言うエリオット陛下に、C組のみんなとギルサナスがぽかん、と口を開けた。


「そういうわけだ、ギルサナス。そなたの父は成仏したぞ」

「あ、はい……」


 ヴァイリス国王に思わず素で返事してしまってから、ギルサナスがあわててひざまずいた。


「エリオット陛下御自らに討たれたとあらば、気位の高い父も浮かばれましょう。心より感謝いたします」

「そなたがそう言うてくれるのがせめてもの救いじゃ。無能な王を許せ」


 エリオット陛下の表情がいつもの陛下に変わり、少し寂しげに笑った。


「死に際の大公の言葉を伝えておく」

「っ――」


 陛下は我が子に伝えるように、優しくギルサナスに告げた。


「鷹のごとく生きよ。翼をはためかせ、大空に羽ばたけ」

「……父上……」


 跪礼きれいするギルサナスの表情は見えない。

 だが、その床にぽた、ぽた、と水滴がこぼれ落ちた。


 第三十四回若獅子祭の、長い……、とても長い一日が、こうして終わった。

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