第二十五章「水晶の龍」(11)
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「ふぁぁぁ……、ねっむ……」
「……」
起きてから何十回目かのあくびをしている僕の顔を、まるで観察対象か何かのようにテレサがじっと見上げると、ささっと、お茶を飲んでいるユキ、メル、アリサの方に駆けて行き、小声で何かを言っている。
(なんなんだ……?)
怪訝に思った僕は、テレサたちの集まっている場所に近づいてみた。
今度はテレサが荷物をまとめているミスティ先輩を指差している。
「〜♪ ふんふ〜ん、ふふ〜ん♪」
「鼻歌を歌ってる……」
「たしかに、変だわ……。いつも明るい方だけど、ミスティ先輩が冒険中、あそこまで上機嫌だったことってなかったわ……」
「……なんか、お肌がツヤツヤになってない?」
「それ、私も思った。先輩、元からお肌キレイだけど、今日は光沢が違うっていうか……」
「ミスティ先輩とお兄様、若いエキスを吸ったほう、吸われたほうって感じがしません?」
「あなたね……、若いエキスって、先輩と私たちは1つしか違わないんだけど……」
「私は2つ違いますから!」
「い、いや、だから……」
ユキ、メル、アリサ、テレサの会話が聞こえてくる。
「それに私、見ちゃったんです。明け方に、お兄様の天幕からミスティ先輩が出てくるところ……」
(よし、何も見てない、何も知らない、何も聞こえない)
僕は心を無にすることにして、そそくさとその場を離れようとする。
「お、殿っ! 今日はずいぶん寝坊をされたのだな!」
「わっ、バカ!」
後ろからゾフィアに大声で声を掛けられて、四人の視線が一気にこちらに向けられた。
「はい、連行!」
ユキの号令で、アリサとテレサが僕をずるずると奥の部屋に引っ張っていった。
「……というわけなんだ。つまり、何もないよ」
「嘘おっしゃい」
アリサが僕の頬をつねった。
「いでででっ、う、嘘じゃないってば!」
「しらばっくれるんじゃないわよ! 調べはついているんだからね!」
頬をつねられている僕のこめかみを、ユキがさらに、拳でグリグリしてくる。
……どうにもみんなの反応がおかしい。
なんで僕が嘘をついている前提なんだ。
「どうやら、お兄様はご自身の変化に気付いていらっしゃらないようですわ。メル様、教えて差し上げたらいかがですか?」
「え、変化……?」
冷ややかに言うテレサの言葉に、僕は思わず自分の股間を見下ろした。
「バカッ、そういうことじゃないわよ!」
ユキに「スパーン!」とスリッパで頭をはたかれた。
い、いや、寝起きで変化とか言われたら、ちょっと気にしちゃうだろ。
「ベル、自分の
いつも僕にだけは優しいメルの氷のような言葉にビビりながら、僕は言われるままに自分の
氏名:まつおさん・フォン・ベルゲングリューン
爵位:伯爵、龍帝
称号:爆笑王
買い物上手
リザーディアンの統治者
職業:士官候補生1年
「爵位、龍帝?! リザーディアンの統治者って……」
統治者っていうか、束ねたのは集落の1000体ぐらいだけだと思うんだけど……、もしかして、
彼らには横に繋がるネットワークみたいなものがあったりするんだろうか。
これまであまり深く考えていなかったけど、そもそも、神龍信仰というのは、この集落のリザーディアンだけじゃなくて、リザーディアンという種族全体で行われているんだろうか。
だとしたら……、ちょっとこれは色々マズいことに……。
「そんなとこはどうでもいいのよ! その下よ下!! すっとぼけてんの?!」
「こ、こわっ!! どうでもいいって、結構重要だと思うぞこれ……えっと、下ね……」
僕はまだ眠いまぶたをこすりながら、ユキに言われるままに
……
「な、なんじゃこりゃああああああああ!!!!」
「さぁ、聞かせてもらおうかしら!? 私の憧れのミスティ様に、ど・ん・な風に愛されたのか!!」
ユキはそう言うと、自分の左足を僕の左足にからめてフックさせ、僕の右腕の下に身体を入れて自分の左腕を首に巻き付けた。
「コ、
僕は寝起き早々、苦悶にのたうちながら、ユキ達が納得するまで何度も釈明を繰り返すのだった。
「私が知りたいのはそういうことじゃないんです! どうして、3000歳以上とか、年増の女ばかりの名前が載って、お兄様の称号に『テレーゼに愛されし者』って出ないのかっていうことなんです!」
「と、年増って……、あなた、もしかして私たちのことも年増だと思っているんじゃないでしょうね?」
テレサとアリサがぎゃーぎゃー騒いでいる中、ユキとメルは静かに検討を開始していた。
「やっぱり、『知名度』が関係しているということじゃないかしら」
「そっか。『混沌と破壊の魔女アウローラ』も『黒薔薇のミスティ』も、アヴァロニア大陸に名を轟かせるほどの人だから、称号になるのね……」
「うん。じゃなきゃ、私の名前が載らないのはおかしい……」
「ごめん、メル、今何か言った?」
「う、ううん、きっとそういうことだと思う」
(知名度って……。これからの僕は、
なんか、それだけでミスティ先輩ファンとかクランの人たちから命を狙われてもおかしくない気がする。
「そういや、アンタ、盾はどうしたの?」
「ああ、あるよ、ほら」
僕は左腕をかざした。
軽く意識を向けた途端、太陽の光を浴びた水晶がきらきらと輝く美しい盾が姿を現した。
「きれい……」
メルがつぶやいた。
「すごい……、透明になるってこと?」
ユキの問いに、僕は首を振った。
「ただ透明になるだけじゃなくて、実体化しなくなるみたい。こうやったら消える。便利だよね」
僕がそう言うやいなや、メルが音もなく
「う、うわっ!!!」
その瞬間、僕の腕から再び水晶龍の盾が出現して、メルの斬撃を食い止めた。
「本人の意思がなくても守ってくれるのね。すごいわ」
「び、びっくりした……死ぬかと思った」
本気じゃないのはわかってたけど、メルの剣は速すぎるんだよ……。
「くす、ごめんなさい」
メルが悪戯っぽく笑った。
とりあえず機嫌が直ってくれたみたいで、よかった。
(それにても、自己判断で実体化してくれるのか。……さすが
「お、なんの騒ぎだ?」
広場の方からワーワーと大きな歓声が上がったので、僕たちは荷物を持って外に出てみることにした。
「閣下とリザーディアンが戦ってる……」
広場でリザーディアンとジルベールがそれぞれ、先端に布を巻いた棒を槍と見立てて互いに打ち合っていて、その様子を周囲のリザーディアン槍兵達が見入っていた。
どちらを応援ということもなく、どちらかが良い動きをしたら歓声が上がっている。
どうやら練習試合のようだ。
「おお、龍帝陛下。陛下の従者の方々は皆さん素晴らしい
「い、いや、従者とかじゃないんだけど……」
ニコニコ微笑みながら駆け寄ってきた長老の側近が僕に話しかけた。
昨晩みんなで打ち解けたせいか、「へへー!」とか「ははー!!」みたいな感じじゃなくなってきたのは実にありがたい。
そんなものがなければ保たれない威厳など、実は大したことないと思うし、そもそも僕には最初からそんなものは備わっていないのだから、こういう感じがちょうどいい。
「今、ジルベール殿に若い連中の槍の稽古をつけてもらっているのです」
「へぇー」
たしかに、ジルベールは槍を使わせたらC組最強、というか、おそらく士官学校の1年でも最強だろう。
だが、相手をしているリザーディアンも相当の使い手のようで、ジルベールの動きによく付いてきている。
「フッ、素晴らしい練度だ。無駄な動きが少なく、腕の伸びも良い」
ジルベールはそう言いながら、リザーディアンの三段突きをかわした。
「だが、歩法の修行が足りておらんな。それではこうやって足をすくわれるぞ」
ジルベールはそう言うと、リザーディアンの腰を一突き、続いて頭を二突き狙い、リザーディアンの意識が上に向いたところで、再び頭を狙うと見せかけて今度は下段突きの要領でリザーディアンの膝の裏に棒を通すと、それを横に薙いでリザーディアの足を払い、転倒させる。
転倒から起き上がろうとするリザーディアンの喉元にジルベールが棒の先端を突きつけると、相手は降参し、周囲から大きな歓声と拍手が起こった。
「あちらではエルフ殿が弓兵達に弓を教えてくださっております」
長老の側近が指差した。
エレインが自身の身長よりも大きな弓を構え、その様子をリザーディアン弓兵たちが
(エレインが弓を構えるところ、初めて見たけど、キレイだなぁ……)
一瞬のうちに
森の妖精というより、森の女神のようだ。
「呼吸、詰めない。心と体一つにして、放つ」
エレインがそう言って放った矢が、300メートルは離れた枝の上に乗せたリンゴに命中する。
弓兵達が惜しみなく拍手喝采を送ると、エレインが少し困惑したように顔を上げて、僕と目が合って恥ずかしそうに顔を紅くした。
「あれは……?」
エレインたちから少し離れたところで、リザーディアンの子供たちとその母親たちが盛り上がっていた。あ、長老もいる。
よく見たら、ルッ君とリザーディアンが木登り対決をしているみたいだった。
どちらもめちゃくちゃ木登りが速い。
「我々リザーディアンには、人間と違い、このように、指に
長老の側近がそう言って僕に手を見せてくれた。
さわってみるとギザギザしていて、ちょっとチクっとする。
「あの従者の方はそんなものを持たないのに、我々に負けない速度で木登りができるので、子供たちが驚いているのです」
「へぇー!」
ルッ君はなんだかんだ、木登りを教えてくれるのも上手いし、子供たちにも優しいし。
普段はヘタレだけど土壇場になったら根性あるし。
女子が見てくれそうなところで無意味に立って、30秒に一回前髪をフッて吹いたりしないで、ああやって普通にやってればモテると思うんだけどな。
「あー、ダメダメ、あなたはそんな大きいの付けてちゃダメよ~!」
ルッ君の木登り会場の奥からジョセフィーヌの声が聞こえてきた。
リザーディアンの女性が付けていた大きな耳飾りを外して、女性が持ってきていた小さいジルコンの耳飾りを右の耳に付けて、左の耳に同じものを2つ付けてあげると、リザーディアン女子たちから感嘆のどよめきが起こった。
(おお、たしかにすごく良くなってる! さすがジョセフィーヌ)
次は自分も、とリザーディアンレディたちからすごい人気だ。
その他にも、花京院はリザーディアンの屈強な男たちと腕相撲対決、キムは大食い対決をしていた。
ヴェンツェルは花飾りを頭に付けられ、リザーディアン女子の服を着せようとする女子たちから必死に逃げ回っている。
(みんな打ち解けたみたいで、よかった)
ここに最初に来た時にはどうなるかと思ったけど。
みんなのおかげで、リザーディアンと人間との間に生じた心の溝はすっかり埋まったようだった。
最初に来た冒険者が僕たちじゃなかったら……。
人間とリザーディアンの関係は、何百年と修復不可能なまでにこじれていたかもしれない。
(よし、決めた)
「ゾフィア、どこにいるかな?」
僕がそう言うと、僕のすぐ隣にあった樹の上から、ゾフィアがシュタッと音もなく降りてきた。
「いつもお側に」
「なっ……」
「たまたまそこにいたんでしょ? 側近の人がめちゃくちゃビビってるから」
「わはは、バレてしまっては仕方ないな。ちょっと王女殿下の『公儀隠密』に憧れていてな」
「ゾフィアならやれそうだとは思うけど……」
そもそも、ゾフィア自身が『森の死神』という異名を持つ
「帰りにさ、アイトスに寄りたいんだ。ゾフィアの馬は速いからさ、申し訳ないんだけど、馬車のみんなとは街道で別れて先にキルヒシュラーガー邸に帰っててもらって、ゾフィアの後ろに乗せてってくれないかな?」
「それは私にとってはむしろ褒美なのだが……、アイトスというと、ヴァイリスの首都に行かれるのか?」
「うん、そう。……僕はクランを結成する」
「っ――!? と、殿……っ!! ついにご決心されたのか!!!」
ゾフィアが大きく目を見開いて、僕を見上げる。
「うん、もう名前も決めてあるんだ」
僕はにっこりと笑いながら、言った。
「クラン名は、『水晶の龍』」
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