第二十六章「ベルゲングリューン城」(1)
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「……」
ヴァイリスの首都アイトスでクラン設立の届け出を済ませ、ゾフィアを先に帰らせて久しぶりに自領に戻ってきた僕は、何度も目をこすって自分の屋敷を見直した。
「なにこれ……」
「へっへっへ、びっくりしたっぺ?」
リップマン子爵が得意げに笑って僕に近づいた。
「あんたが連れてきたソリマチさんたちがすんげぇ頑張ってくれてよ。したっけ、予定の工期をおもいっきり前倒しで完成しちまったんよ」
「い、いや……、ちょっと……、やりすぎじゃない?」
清流が勢いよく噴き出すジェルディク様式の噴水は豪華かつ壮麗で、ヴァイリスの王宮にもこんなものはない。
そんな噴水の正面に向かって美しく舗装された石畳の先、オンボロ屋敷があった場所に建っているのは……、もはや屋敷ではない。
「城じゃんコレ!! 完全に王城じゃないか!!」
「わっはっは!!」
「わっはっは、じゃないよリップマンさん。こんなお城の管理どうすんの?! 使用人も雇ってないのに!」
中央の本丸と4つの大きな塔で構成された美しいお城は、建築の天才、リップマン子爵が設計からデザイン、建築までを担当した力作らしい。
もはやなんの石なのかもわからない純白のブロックで積まれた外壁と、光の当たり方で紺にもグレーにも見える美しい屋根部分が組み合わさった荘厳華麗な宮殿が、まるで鏡写しのように湖面に映り込んでいる。
「い、いや、アカンでしょこれは……。時代が時代なら、こんなお城建てただけで王室から謀反を疑われてもおかしくないよ……」
「なはは、大げさなぁ! そんなに褒めたって
「ア、アルフォンス宰相閣下は何もおっしゃらなかったの?」
「いやぁ、ぶったまげてらっしゃったけど、ほれ、ソリマチさんとこの大工衆が優秀だもんで、もう取り返し付かないところまで組み上げちまってよ! 本当に予算内なのかご確認されて、きっちり予算内だってお伝えしたら、『私はもうどうなっても知らん』って。わはは!」
(逃げたな……宰相閣下……)
「っていうか、予算内なわけないでしょう?! ベルゲングリューン領の体裁を最低限整えるための予算だったんだから……」
「それがよ、アルミノ荒野……じゃなかった、ベルゲングリューン市でこれまた良質の石が採れるんだわ! 市の整備でも石をじゃんじゃん使うから、ソリマチさんとこの石工と石工ギルドの職人を片っ端から集めとったんよ。したっけ、材料はほとんど自給自足。予算のほとんどを人足に当てたんよ」
「は、はは……、い、いやでも、普通、石造りのお城って建てるのに何年もかかるんじゃ……」
「その解決法を発明したのはあんただっぺよ! ベルゲングリューン式
「……」
「若獅子祭でベルゲングリューン伯が城を作っちまったのを見た時によ、こう、来たんだわピーンとよ、インスピレーションちゅうのかな? こうなったらもう、止まらんわな。わはは!」
「へ、部屋数はいくらあるの?」
「本当は440個ぐらい作ったろうかと思うとったんだけど……」
「あ、もういいや……」
頭がくらくらしてきた……。
使用人なんて雇ってないし、今後雇う気もない。
ちっとも、なんにも、これっぽっちも偉くないのに、成り上がりの貴族だというだけで自分より年上の執事に「旦那様」とか言わせたり、メイドさんに「ご主人さま」とか言わせるのは、なんというか僕の主義に反する。
かといって、こんなお城を一人で掃除していたら、それだけで一日が終わってしまう。
いや、一日どころか、一年でも終わるとはとても思えない……。
「まぁまぁ、そんな顔せんと、とりあえず中も見てってちょうだいよ、ベルゲングリューン伯」
「そ、そうだね」
とりあえず、詳しいことは中身を見てから考えよう。
僕はリップマン子爵に連れられるまま、『ベルゲングリューン城』に足を踏み入れた。
「いやいや、絶対予算オーバでしょ!!!」
城内に入ってすぐの豪華なシャンデリアを指差して、僕は叫んだ。
「なはは、これはお屋敷に元からあったやつだっぺよ。状態が悪くないもんで、磨いてみたらこの通り、ピカピカに」
「ええー、本当に? むちゃくちゃでかいじゃない。……こんなの、元のお屋敷にあったかな……」
「王宮の資料で調べてみたんだけど、元のベルゲングリューン伯ちゅうのは結構なお金持ちだったみたいでよ。屋敷を解体すっ時に、調度品やら何やら、手つかずでいっぱい出てきたんだっぺよ」
「うーん……、広い……広すぎる……」
何の石なのかもよくわからない、白いつるつるした石が一面に敷かれた中央に、何の石かもわからない、真紅の美しい石が中央の広場まで広がっていて、それが各通路に向けて十字に広がっている。
歩くと、コツ、コツ、と小気味の良い音が城内に響き渡った。
「こんなに大きいお城なのに、日当たりがすごくいいね」
「かぁー! そこに気付いてくれるとは、さすが伯爵様だっぺよ!」
「かぁー、じゃないよ、まったく……」
リップマン子爵によって緻密に設計された窓や天窓によって、いたるところから採光されるようになっていて、シャンデリアの明かりと組み合わさって、中央の広場だけでもまるで大聖堂のように天然のライトアップがなされている。
夜は月明かりがいい感じに入ってくるんだろうな。
「でもさ、このお城、冬季はかなり寒いんじゃ……」
「ふっふっふ。このリップマン子爵、その辺もぬかりないのよ」
リップマン子爵はそう言うと、壁の下を指差した。
「ほれ、よく見ると、通風孔みてぇなのがいっぱいあるでしょう?」
「あ、ほんとだ」
「この通風口は、大広間にある大暖炉から各部屋に繋がっとるんよ。暖気っちゅうのは、下から上にあがるようにできとるから、お城全体が効率よく暖まるように設計しとる。冬場に素っ裸で廊下で寝ても風邪引かんちゅうことやね。わっはっは!」
「……一応聞くんだけど、王宮もこんな設計になってるの?」
「いやー、冬の王宮はとても過ごせたもんじゃねぇな。警備の兵も廊下で
「……」
王宮よりいいもん作ってどうするんだ。
リップマン子爵って天才なのは間違いないんだけど、もしかしてアホなんだろうか。
その後も、各部屋を見て回った。
……見て回るだけで足が疲れる。
「ちょ、ちょ、ちょっと!!!」
僕はとうとうリップマン子爵に掴みかかってしまった。
「あ、あれは何!?」
「何って……、玉座だっぺよ」
「なんで伯爵の城に玉座があるんだよ!!!」
大広間の両脇にある大きな階段を上った先にある、いかにも謁見の間っぽい部屋の一番奥にある、いかにも謁見の間っぽい椅子……。
これはアカンでしょう?!
「お城が
「ははは……」
もう笑うしかない。
士官学校から一人でここに帰ってきて、僕はどんな気持ちでこの椅子に座ればいいんだ。
他にも百人ぐらいで会議ができそうな円卓の間や、納屋やベルゲングリューン市に繋がる隠し地下通路、誰かとすれ違わずに行き来ができる二重構造の螺旋階段やテラス、士官学校や魔法学院よりも広い厨房や食堂、会食用のリビング。そして膨大な数の客室、大浴場、最上階の寝室、寝室に併設された浴室を案内すると、リップマン子爵は満面の笑みを浮かべて帰っていった。
(こ、これは……早急になんとかしないと……)
とてもじゃないけど一人で管理できるようなシロモノじゃない。
かといって、やっぱりどうしても使用人を雇うのには抵抗がある。
『リザーディアン達にやらせれば良いではないか。そなたは『龍帝』なのだから、命じられれば連中は喜んでやるだろう』
(アウローラ、兵として働いてもらうならわかるよ? 彼らは戦士だからね。でも彼らは奴隷でもなければ、人間より格下でもないんだ。僕はリザーディアンたちには、みんなと集落でワイワイやってたみたいに過ごして欲しいんだよ)
『……たしかに、あれは良い光景だった。そうか、あれがそなたの理想か』
(何かいい考えがあればいいんだけど……)
そこまでアウローラに言ってから、僕の脳裏にふと、天啓のようにいいアイディアが浮かんだ。
『ソフィアさん、こんにちは。今、お手すきですか?』
僕は
『あら、私の天使ちゃんじゃない。今日はどんな素敵なお話なの?』
地獄の馬車を僕が引き取って上機嫌のソフィアさんからすぐに返事が来た。
僕は、その後のソフィアさんの反応を予想してほくそ笑みながら、通信を続けた。
『いきなりなんですけど、転職しません? スカウトしたいんですけど』
『へっ?!』
『僕ね、ギルドを作ろうと思うんです』
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