第二十三章「ジェルディク帝国遠征」(6)


 ギィィィィィ……。

 今にも朽ち果てそうな扉を開けると、お化け屋敷に入ったようなきしんだ音がした。

 珈琲の薫りをたっぷり吸い込んでいた鼻孔に、長年手入れがされていないような、ほこりっぽい家の匂いが広がった。

 

「これ、本当にお店やってるのかな……」

「ちょっと……怖いですね」

「……」


 右の腕にテレサが、左の腕にヴェンツェルがぴと、とくっついてきた。

 ゾフィアは仕方がないので、僕の服の裾をつまんでいる。


「もしかして、ヴェンツェルってお化けとか苦手?」

「苦手じゃない人間などいるものか……」


 ヴェンツェルが震える声で言った。

 強がらないだけ、ルッ君より器が上だと思った。


「お兄様はちっとも怖がらないんですね」

「殿は驍勇ぎょうゆうであらせられるからな」

「そういうわけじゃないんだけど……、もうお化けはおなかいっぱいだから……」


 それにしても、本当にこのお店は営業しているんだろうか。

 明かりは一切ついておらず、真っ昼間だというのに薄暗い。

 商品棚にもほこりがかぶってあって……。


「これ、大丈夫なのかな。奥でおばあさんが孤独死してたりとか……」

「誰が孤独死じゃ」

「うわあああああお化け!!!!!」


 いきなり真横からかすれた声が聞こえてきて、僕は思わず声を上げた。


「ヴェンツェル殿!! ヴェンツェル殿っ!!」

「あ、ヴェンツェルが失神しとる……」

「冷やかしなら帰っとくれ」


 そう言う老婆の方を振り返ると……。


「老婆じゃ、ない?」

「失礼な小僧じゃな……」


 すごくハスキーな声だから判断がつかなかったけど、見た目は化粧っ気のない妙齢の女性だった。

 知性的な赤い瞳。

 無造作にまとめた黒い後ろ髪が腰元まで伸びている。

 でも、美人すぎてちょっと嘘くさい。


「なるほど、すごい魔法だ……」

「ほう、見ただけで私の魔力がわかるのか……」

「老婆が化けているんでしょ」

「化けとらんわ! このばかたれ!」

「と、殿……、この御仁は……エルフなのでは……?」


 そう言われてみれば、女性の耳が少し尖っている。

 エルフやドワーフといった亜人をヴァイリス王国やジェルディク帝国で目にすることは少ない。

 以前は人間と同じぐらいその辺で暮らしていたらしいのだが、先の大戦でヴァイリスとジェルディクが大陸を二分するような争いになってからは、戦火を避けて、人里離れた故郷に戻ってしまった。

 和平が成立して300年。少しずつ都会で暮らす亜人も見るようになったが、まだまだ街で姿を見ることは少なかった。

 人間よりもはるかに長寿な彼らにとっては、300年なんて星の瞬きのような時間なのかもしれない。


「おお、エルフ……、それで嘘くさいぐらい美人なのか」

「……今さら世辞を言っても、マイナス500から始まったお前の好感度ポイントが増えたりはせんぞ」

「まぁ、プラスから始まったことなんてない人生だから、それは別にいいんだけど……」


 僕は言った。


「埃をかぶったきったないローブばっかりで良くわからないんだけど、どれがオススメ?」

「自分の力量もわからんようなヒヨッ子に売るようなモンはウチにはないよ。さっさとお帰り」


 僕が聞くと、エルフの店主がすげなく言った。


「何いってんの。ヒヨッ子だからせめて装備だけでもマトモにしたいんじゃないか」

「こ、この……っ、おのが未熟を開き直りよるとは……」

「気位が高いエルフ相手に、初対面でこのふてぶてしい態度……、やはり殿は底が知れぬ……」

「底が知れないのはいいが、追い出されても私は知らんぞ……」


 ゾフィアと失神から立ち直ったヴェンツェルが小声で言った。


「……それで、予算はいくらあるんじゃ? 言っておくが、貧乏学生がおいそれと買えるようなものはウチでは……」


 僕はずっしりと金貨が入った袋をテーブルの上に、どん、と置いた。

 バイト代と財テクと、王女殿下から頂いた報奨金がここに詰まっている。


「僕の落第がかかってるんだ。金に糸目はつけない」

「おそろしく恥ずかしいことを、ちょっとかっこ良い感じで言うな」


 エルフの店主はそう言いながらも、僕のことを改めて、品定めするように見た。


「おぬし、何者じゃ? 貴族のバカ息子にしては肝が据わっておるし……、ほう、その腰に下げた軍刀サーベル、並の品ではないな……」


 そこまで言ってから、僕の魔法情報票インフォメーションに目を向ける。


「爆笑王? ぷぷっ、なんじゃその称号は……、何っ?! 若獅子グン・シール暗黒卿殺しダークロードキラーじゃと?! なっ!? 君主ロード?! 唯一職業ユニークスキルではないか!!」

「なぁ、ヴェンツェル、魔法情報票インフォメーションって非表示にできないの?」

「無理だろうな。なにげに魔法情報票インフォメーションは古代魔法の時代に作られたもので、その原理すら解明されていない。見ようと意識せねば見れない代わりに、その相手の存在を認識した時点で、誰にでも閲覧されてしまう」

「えー。ってことは、僕は今後の人生で、毎回魔法情報票インフォメーション見るたびにこういうリアクションされちゃうってこと?」

「名誉ある称号や職業クラスを得るというのはそういうことだ。君の負った責務だと思ってあきらめろ」 

「ってことは、『世を忍ぶ仮の姿』みたいなおとぎ話って、全部あれ、嘘だったってことか。『暴れん坊大公爵グランドデューク』とか、『いやぁ、オレは貧乏子爵の三男坊で……』とか街の人に言ってるけど、あれって実は魔法情報票インフォメーション大公爵グランドデュークってことみんなにバレバレだったんだけど、みんなだまされたフリをしてたのか……。痛々しい話だなぁ」

「殿、暴れん坊大公爵グランドデュークは庶民のロマンが詰まっておるのだ。許してやってはもらえんか……」

「あのな、暴れん坊大公爵グランドデューク批判がしたいなら店の外でやってくれんか……」

「いや、これは真剣に対策を考えとおかないとな……。ものすごく強くなっても能力を隠してアホのフリして、調子に乗った雑魚貴族をこらしめる、みたいな、いかにも僕がやりそうな作戦が使えないじゃないか。なんで君主ロードとか出ちゃうんだ……余計なことを……」

「おぬし、唯一職業ユニークスキルをそんなしょうもないことのために失くしたがっていたら、全国の冒険者からぶっ殺されるぞ……」

「いや、まてよ……逆の路線でいけばいいのか。めちゃくちゃ強そうに見えて死ぬほど弱い、みたいな」

「……とりあえず、買う気がないなら帰ってくれんか」


 ツッコミ疲れたエルフの店主が、ぐったりとしたように僕に言った。


「いや、さっきからしゃべりながらローブ見てるんだけど、全然違いがわかんなくて。全部同じに見える」

「違いがわからんのは、おぬしの力量の問題じゃ。私は知らん」

「しかも無駄に値段が高い」

「無駄ではないわ!ばかたれ!!」

「……ベル、ここに並んでいるローブはどれも古代エルフ糸エンシェントエルヴンヤーンで縫合されている。相当の一級品だぞ」

「古代エルフ糸? エルフから糸を作るの?」

「ぶ、物騒なことを言うでない! 古代エルフ糸エンシェントエルヴンヤーンは古代のエルフが失われた技法で魔法糸を生成して紡いだものじゃ。それだけで高い魔法防御効果があるだけでなく、どれも特別な魔力が込められておる」

「ふーん。……でも、その割にはどれも、あまりピンとこないんだよなぁ。黒いパーカー専門店って感じ」

「く、黒いパーカー専門店……」


 店主の眉間がピクピクと震える。

 僕のあまりにもな言い方にドン引きしたのかと思ったら、テレサが肩を震わせて笑いをこらえていた。


「これでわかったじゃろう。ここはお主が来るような店ではない。さっさと……」


 そう言いながら、店主の視線がほんの一瞬、ほんの一瞬だけ、別の方向を向いた。


(なるほど、そっちなんだな)


「いいや、違うな」

「……なんじゃと?」

「さっきから僕に『語りかけてくる』んだ。自分を選べって言ってる」

「お、おい、ベル……、そろそろ……」

 

 追い出される不安が募ったのか、ヴェンツェルがそう言って引き留めようとするのにかまわず、僕はずいずいと店主の視線が向いた方向に進んでいった。


「な、何をしておるのじゃ。そっちにはお主が必要とするようなものは何も……」

「いいや、ある。この辺で僕を『呼んで』いるんだ」

「よ、呼んでいるじゃと……、お、おぬし、まさか……」


 店主が視線を向けたあたりを探してみると、他の衣服と比べて明らかにほこりだらけの、古びたマントが吊るされていた。

 よく見てみると、軍服のような灰色の服とマント、手袋、ブーツがセットになっているらしい。

 

「ゴホッ、ゴホッ、あった。これだ!」


 僕が雪のようにホコリが積もった一式を取り出すと、今度こそドン引きしたテレサとヴェンツェルがささっと後ろに退避した。


「べ、ベル……正気なのか……?」

「……殿、こんなホコリだらけってことは、ものすごい売れ残りということなのではないか?」

「お兄様、手が汚れますから、お触りにならないほうが……」

「そ、そうじゃ……、そんなもんじゃなくて、他にええもんがいっぱい……」


 僕の考えを改めさせようとする三人と店主に向かって、僕はかたくなに首を振った。


「いいや、これだ。これ以外はいらない! あとはこんなもん、ただの黒いパーカーだ」

 

 僕はそう言うと、さっき取り出した金貨袋を店主に放り投げた。

 ずっしりしたその袋を、店主があわててキャッチする。


「その中から代金を好きなだけ持って行ってくれてかまわないから、これに合った杖を見繕ってくれない? 全部買うから」

「と、殿?!」

「べ、ベル?! き、君はいったい……」

「ふふ……ふふふふふっ……アーッハッハッハッハ!!!」


 それまで不機嫌そうにしていた店主が、突然大笑いをしたので、ヴェンツェルとテレサ、ゾフィアが目を丸くした。


「見事じゃ、小僧。どんな大魔導師ハイウィザード大賢者ハイセージが見出すかと思えば……、かような若造が……、それも躊躇ちゅうちょなく見出すとは……。長生きはするもんじゃ……」


 店主はそう言うと、僕に金貨袋を投げ返した。


「いくら入っておるかはわからんが……、それは、そこに入っているぐらいの金貨程度で買えるようなものではないぞ」

「えっ?!」


 僕の代わりにテレサが声をあげた。

 ……王女殿下からいただいた報奨金が入ってるから、イグニアの離れにちょっとした家が建てられるぐらいのお金なんだけど……。


「それは、魔女アウローラの遺物じゃ」

「ア、アウローラだと……」

「ゾフィア、知ってるの?」


 慄然と身体を震わせたゾフィアに、僕は尋ねる。

 どうやら、ヴェンツェルとテレサも知っているらしく、衝撃を受けている。


「知らぬ殿のほうが驚きだ。3000年前、世界を一度滅ぼしかけた混沌と破壊の魔女……。時の魔王ですら彼女には一度も逆らわなかったという、伝説の魔女の名前だ……」


(マ、マジか……)


 とりあえず、いい感じに挑発して店主の目線を追って一番売りたくなさそうなのを買ってやろうと思っていたんだけど、予想の斜め上すぎるアイテムに、僕自身がドン引きしてしまった。


(と、とりあえず、そんなヤバめなもんはさっさと戻しておこう。そしてテキトーな黒いパーカーを買おう)


「そ、それじゃ、これは元の場所にもどしておこうかな、ハハハ……」


 僕はそう言って、お店の棚に戻そうとするが……。


「あ、あれ、……戻せない?」


 僕が衣服を棚に置こうとすると、あれだけ軽かった衣服が岩のように重くなった。


「無駄じゃ。言わばソレは呪われた装備も同然。おぬしがそれを選んだように、それもおぬしを選んだのじゃ。脱ぐことはできても、今後一生、おぬしのそばを片時も離れることはないじゃろう」


(そんなヤバいもんお店に並べるなよ!!)


「生きているうちにソレを選ぶ者と相見あいまみえることが私の長年の夢じゃった。ソレを選び、選ばれた者から金を取ろうとは思っておらん。持っていくがよい」

「いや、やっぱこれ、いらないです……」

「ふっふっふ、潔くあきらめるのじゃ。そうなってしまっては、もう私にも解呪はできん。というより、失われた魔法じゃ。この世で解呪できる者などおらん」

「そ、そんな……」


 僕が半泣きの表情で三人を見ると、ヴェンツェルとゾフィア、テレサ姉妹が気まずそうに顔をそらした。

 こんなホコリだらけの衣服と一心同体なんて不幸すぎる……!!


「……まぁ、とりあえず、そこの試着室で着替えてみるがよい」

「い、いや、その前に洗濯してよ……これ……」

「ふっふっふ。まぁ、だまされたと思って着てみるがいい」


(もうじゅうぶん、だまされた気分だよ……)


 僕はげんなりしながら試着室で服を脱ぎ、ごほごほと咳き込みながらほこりだらけの灰色の、上着部分が軍服のコートのような衣服の上下と、古びた手袋、何かの金属で作られたブーツを履き、やけくそな気分でマントも羽織ってから、外に出た。


「こ、これは……!!」


 試着室から出た僕をヴェンツェルが見て、大きく目を見開いた。

 少し顔を赤くしている。


(その後爆笑するんですよね。よくわかります)


「なんと凛々しいお姿……。殿……惚れ直したぞ……!!」

「か、かっこいい……。めちゃくちゃ似合ってます……お兄様……」


(は? かっこいい?)


 うっとりとした顔のゾフィアとテレサを見て、僕は試着室の姿見で自分の姿を確認して……驚いた。

 

「な、なんじゃこりゃ!!!」


 あんなにほこりが積もっていた衣服やマントにはちり一つなく、灰色だと思っていた衣服や手袋は、まるで仕立てたばかりのように、漆黒の闇を思わせるような深い黒い生地へと変わっている。

 生地のふちにあたる部分や、上着の前を閉じる留め具には目にも鮮やかな金色の刺繍と金具が施され、襟元だけに入った金縁に濃紺のラインがとても色鮮やかに見える。

 何の魔法金属でできているのかすらわからない、先がやや尖った黒光りする金属が折り重なったような形のブーツは、驚くほど軽い。

 軍服の上に黄金のピンで留めるようにして装着したマントも同様に、ふちに金の刺繍が施され、その肩には、帝国の将軍が装着するような豪華な黄金の肩章が付いている。

 右肩の肩章から上着の中央に向かって、黄金の飾緒かざりおが垂れていて、胸元にある蒼玉サファイアのブローチで留められている。


 はっきり言って、むちゃくちゃかっこいい。

 かっこいいけど……。


「こ、こんなもん着て歩けるか!!!!!」


 僕はゾフィアたちがいるのも構わず、慌てて衣服を脱ぎ捨てようとするが、どれだけ力を入れても留め具が外れない。


「あっはっは! 無駄じゃ無駄じゃ。言ったじゃろ? この服に掛けられた魔法はほとんど呪いみたいなものじゃ。例えば『風呂に入りたい』と思えばその服を脱ぐことはできるだろうが、『着替えたい』と思っても決して脱ぐことはできん。……無理して抵抗して他の服を着れば、お主は混沌と破壊の魔女アウローラの呪いで殺されてしまうやもしれんぞ?」

「ど、ど、ど、どーすんだよ?! 学校の制服は……! 魔法学校はこれで仕方ないとして、士官学校どうやって通うの?!」

「ベ、ベル……、士官学校は、いちおう、私服でもかまわないんだ……」


 ヴェンツェルが笑いをこらえながら、慰めにもならないことを言う。


「知ってるよ! 知ってるけど、こんな軍服みたいなカッコで通うアホはいないでしょ!!」

「ぷくくっ! い、いや、でもとても似合っているから、きっとアホだと思われるのは最初だけ……おわっ」

「その最初に思われるアホの印象が卒業まで続くのが学校ってもんでしょ!? 僕の言ってること、わかる!? わかるよね?!」

「わ、わかった、わかったから、首をがくがくしないでくれっ……」

「その衣服にはアウローラのすさまじい魔力が込められておる。おぬしが堂々としておれば、それを見て笑うものなどおるまい……」

「じゃあなんでアンタは半笑いなんだよ!!」


 終わりだ……。

 僕は落第を免れればそれでよかったのに……。

 学期休暇の半分をしのぐだけのために、一生を棒に振ってしまった……。


「終わりだ……、こんな服でデートをするアホがいると思う……?」

「帝国将校が職務の合間に逢引するとかでしたら、あるのかも……」


 テレサが自分の妄想で顔を赤くしながら言った。


「その帝国将校も休みの日のデートにこんなん着ていったらただのアホでしょ……」


 僕はがっくりと膝をついた。


「まぁまぁ、安心せい。混沌と破壊の魔女アウローラは变化の達人と言われておった。そのマントを使えば必ずや、衣服の見た目を望みの姿に変えることもできよう」


 店主がそう言うので、僕はマントをぱたぱたとはためかせてみた。


「……何も起きないんだけど」

「い、いや、言い伝えじゃからな。おぬしも修練を積めば、いつか必ず……」

「いつかっていつだよ! くそーだましたなー! 金返せー!!」

「一銭ももらっとらんわ!! むしろ金払え!」

「ヴァイリス王国では一週間以内の契約は本人の意志で無効にできるんだぞ!」

「ジェルディク帝国にはそんなもんはないわ! そもそも文句があったら法ではなくてアウローラに言え!」 


 僕と店主が取っ組み合いになるのを、ヴェンツェルが必死に止めに入った。


「うっうっ……、なんてことだ……、こんな服で僕は一生を過ごさなきゃいけないのか……」

「いや、しかし殿の見立てはすごい……。私は断言するぞ。殿の魅力をこれ以上引き出せる服は、この世に存在しないと」

「私もそう思います。お兄様」


 ジェルディク帝国広しと言えども、こんな美人姉妹が他にいるとはとても思えない。

 だから、嬉しい。

 素直に喜びたい。

 だが……


(帝国元帥閣下の娘たちの評価は、決してアテにはならんのじゃ!!)


 ユキが腹を抱えて笑い転げる顔が目に浮かぶ。


「はぁ……、またイグニア新聞に何を書かれるか……。もうここではない、どこか遠くに……」

「その軍刀サーベルを貸してみな」

「はいよ……」


 失意のあまり、店主に言われるまま、僕は小鳥遊たかなしを鞘ごと手渡した。


「なんと……古代魔法金属ヒヒイロカネではないか……! 業物だとは思ったがこれほどとは……」

 

 店主は驚きに目を見張ると、お店の奥から袱紗ふくさに乗せられた、美しい蒼玉サファイアの埋め込まれた金の装飾品を持ってきた。


「お主の得物はこのサーベルじゃろう。柄の先にこれを付ければ、杖として使用することができる」


 店主はそう言うと、小鳥遊の柄頭に蒼玉サファイアの装飾品を取り付けた。

 カチリ、と小気味の良い音を立ててそれが取り付けられると、小鳥遊がまるで、最初からそうあるのが完全な姿であったかのような輝きを放つ。

 

「思った通り、古代魔法金属ヒヒイロカネから発する魔力がアウローラの目にうまく作用しておる。そんじょそこらの魔法杖では太刀打ちできまい」

「……ちょっとまって、今なんつった?」

「そんじょそこらの魔法杖では……」

「その前」

「アウローラの目」

「なにそのいかにもヤバそうな名前!」

「これは混沌と破壊の……」

「もうそのワードはいいよ! どうせそれもほとんど呪いのアイテムなんでしょ!」

「ま、まぁ、そうじゃが……」

「そんな物騒なモンを無断で付けないでくれる? もう全身呪いアイテム装備になっちゃったじゃん!」

「タダで宝具アーティファクト一式をくれてやるっちゅうのに『物騒なモン』とはなんちゅう言い草じゃ!! おまえなどアウローラに呪殺されてしまえ!」

「もうほとんど社会的に呪殺されとるわ!!」


 僕と店主が取っ組み合いになるのを、今度はゾフィアとヴェンツェルが必死に止めに入った。 


「お祖母様、騒がしい。何事」


 その時、店の奥から褐色のものすごい美女が出てきた。

 真っ直ぐに伸ばした銀髪からのぞく、エルフ特有の尖った耳。

 メルの青みがかった銀髪もすごくキレイだけど、この人の髪の色は白に近く、褐色の肌にとても合っている。

 胸元が大きく開いた身軽そうな服から、慌てて目を反らした。

 ゾフィアとテレサの中間ぐらいのしなやかな身体だけど、ユキに負けないぐらい豊満な胸がほとんど隠れていないのは、ちょっと僕には刺激的すぎた。

 エルフは胸が小さくて色白のイメージだけど、その真逆な人もいるんだな。

 そして、そんなエルフもすごく魅力的なんだと僕は知った。


「その服。あなた、選んだ?」

「うん」

「そう。似合ってる」

「ありがとう」


 褐色のエルフ美女は無表情でそれだけ言うと、店主の方を向いた。


「エレイン、なんでもないよ。あんたは支度してな」

「わかった」

 

 そのままこちらを振り向かず、店の奥に向かい……。

 やっぱり一度、こちらをちらっと見てから、去っていった。


「はぁー……、外の空気は美味しいなぁ」


 ぐったりと疲れた僕は、ほこりっぽい店の外に出て深く深呼吸をした。


「でも、ヴェンツェルの魔法服は買わなくてよかったの?」

「ああ。姉上のお下がりがあるから大丈夫だ」


 姉上。

 ヴェンツェルにお姉さんがいるのか。


「な、なんだ。私の顔をじっと見て……」


 この感じで、お姉さんなんだとしたら……、ものすごい美女なんだろうな。


「あんたたち、遅いわよー!!」


 僕たちを見つけたユキが声をかけてから駆け寄ってきた。

 防具店でいいものを見つけたんだろう。キムも大きな荷物を持って合流していた。


(い、いやだ……この格好を見られるのは超恥ずかしい……)


 僕がゾフィアとテレサの間に隠れようとすると、二人がぐいぐいと僕の背中を押した。


「大丈夫だ、殿。堂々としておれば、皆は殿の凛々しい姿に感動するぞ」

「そうですよ。ファイトです、お兄様」


(そ、そうだ。これは混沌と破壊の魔女、アウローラの宝具アーティファクト。堂々と、堂々たる姿を見せるんだ)


 僕は深呼吸をして、威厳のある表情を作る。


「ユキ、みんな、待たせて済まない。少し手間取ってしまってね」

「……」


 ユキ。


「……」


 メル。


「……」


 アリサ。


「……」

 

 キム。

 

「……」

 

 ルッ君。


「……」


 ジルベール。


「……」


 花京院。


「……」


 ジョセフィーヌ。

 

 みんなの一瞬の沈黙の後。

 リヒタルゼンの市街を、彼らの爆笑の声が裏路地まで響き渡った……。

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