第二章 「世襲組」(1)~(2)
1
ヴァイリス士官学校は、ヴァイリスで「冒険者」を目指す者は必ず入らなくてはならない、まさに言葉通りの登竜門だ。
卒業した者は、ヴァイリス王国の「士官」としての身分を得る。と同時に、「冒険者」としての資格を得る。
北の大国、ジェルディク帝国との和平成立以降、300年間の平和が続くヴァイリス王国の軍部は枠がほとんど世襲で埋まっており、王国にとって今一番需要がない職業が「士官」である。最低限の一般兵士さえいればいいのだ。
逆に、各地を荒らす魔物や山賊を制圧したり、未統治状態の峠や古代王国の地下迷宮などを探索したりしてくれる「冒険者」の需要は、ヴァイリス王国に限らず、このアヴァロニア大陸全土で高い。戦死者も多いので、需要が下がることもない。
そこで、ヴァイリス王国はそうした士官候補生を「士官兼冒険者」とすることで、「有事の際は緊急招集しますよ、それ以外は好きに稼いでくださいね。あ、でもお給料は払いませんよ」という、実に使い勝手のいいポジションに設定することにしたのだ。
また、冒険者にとっても、ヴァイリス王国が全面的にバックアップしてくれるのだから、非常にありがたい。
そんなわけで、ヴァイリス王国出身の冒険者は非常に多く、大陸の冒険者の6割以上を占めるという。
僕が割り当てられた学級は「C組」だった。
洞窟で一緒に実地訓練を行ったのは全員がC組。
どういう基準で分けられているのかはわからないが、C、D、E、F クラスは、すべて「冒
険者志望組」であるということは共通している。
一方のA、B クラスは、いわゆる「世襲組」だ。
このまま卒業すれば、ヴァイリス王家での地位が約束されているエリート集団。
Aクラスは主に王家やその繋がりが深い上級貴族が占め、Bクラスは下級貴族が占めている。
当然ながら、「下々の者たち」である僕たち「冒険者志望組」と、A、B クラスの「世襲組」には、鋼鉄のように硬く厚い壁があり、同じ校舎でも交流する機会などまったくない。
……はずだった。
「まつおさん、何やってんだよ。次の講習始まっちまうぞ?」
身支度を終えたキムが呆れたように僕を見た。
「えー、次ってどうせあれでしょ、魔法講習でしょ? いいよ僕は。素質ないもん」
僕は心底うんざりしながら言った。
僕の戦闘能力が並以下だということは、こないだの実地訓練の時に嫌というほど思い知った。キムほどの体力も、花京院&ジョセフィーヌのような腕力も、メルのような技量も、ルッ君のような器用さや敏捷さも、僕には持ち合わせていなかった。
もしかしたら、僕には魔法の才能があるのかも……。
そんな一縷の期待を持って最初の魔法研修に挑んでみたものの、初歩中の初歩である「発火」の魔法ですら、僕は結局最後まで成功しなかった。
同じぐらい才能がなさそうなキムが、最後の最後にほんの小さな火花のようなものを指先から発生させた時、僕はついにやさぐれた。
「まぁまぁ、そう気を落とすなって。ホラ、オレだってちょっとは火が出せたんだからさ。お前だって、きっと、頑張ればうまくいくさ。オレだって火が出せたんだから」
「それが言いたいだけじゃないか……」
火が出せたことがよっぽど嬉しいのか、僕が出せないことによっぽど優越感があるのか、
キムがしきりに参加を呼び掛けてくる。このまま勘違いして魔法を専攻すればいいのに。
「くっくっく!! まぁいいや。オレは先に行ってるぜ? お前もちゃんと出た方がいいぞ。これ以上減点されたら危ないんじゃないか?」
「わかったわかった。後でちゃんと行くから」
ニヤニヤ笑うキムを追い払うように手をひらひらさせると、僕は机の上に突っ伏した。
「はぁ……、僕はいったい、何のために生まれてきたのか……」
実地訓練が終わった直後は、大勝利の高揚感と洞窟を制圧したという達成感、それから皆で団結して目的を果たした連帯感で誇らしい気分だったが、そんなものは翌日からの基礎講習で一気に吹き飛んだ。
格闘技講習……………評価 C センス無し
剣技講習………………評価 B-、中の下。スジは悪くないが、筋力不足
槍技講習………………評価 C、筋力不足。
斧技講習………………評価 D、すっぽ抜けて教官が負傷。
弓技講習………………評価 E、味方に当たるから使用禁止。
魔法講習………………評価×、そもそも評価の基準に達しない。
神官講習………………評価 B-、素質は多少感じられるが、信仰心が足りない。神をナメてる。
鍛冶技術講習…………評価 E、集中力が足りない。
薬草調合講習…………評価 C、理論は正しく理解できているが、まったく違うものができる。
これまでの評価を羊皮紙に記された成績表を一瞥して、僕はそれを、憎しみをこめてくしゃくしゃに丸めてやった。
僕が失敗するたびにクラスメイトから爆笑されるものだから、だんだん僕はみんなの笑いを取るために士官学校に通っているんじゃないかという気分になってくる。
あの時、洞窟で矢の雨が降っていた時に僕を見た、みんなのあの目はどこへ行ったのか。
次はどんな失敗をして笑かしてくれるんだ? みたいな目でこれ以上僕を見ないでくれ。
僕はどちらかというと図々しいというか、ふてぶてしい性格で、劣等感や自己嫌悪といった湿っぽい感情とは無縁だと思っていたのだけれど、さすがにこうも周囲との差を見せつけられると、嫌にもなってくる。
そんなわけで、すっかり意気消沈してしまって、僕はこうして、次の講習に参加する気を失いかけていた。
2
「君がまつおさん、かい?」
「え」
突然見知らぬ声に呼びかけられて、僕は机から顔を上げた。
「うわ」
窓から差し込む陽光がプラチナブロンドの髪に反射して、僕は思わず目を細める。
ま、まぶしい。なんだこのまぶしい奴は。
一瞬女性かと見まごうほどに端正で小さな顔。
身なりからすると同じ士官学校の、それも同学年の生徒のようだが、なんだろう、よく見ると制服が僕たちのものとは微妙に違う。
ひらひらした肩章が付いていて、腰には美しい鷹の彫刻が施された
間違いない。上級貴族だ。
ジルベールみたいなパチモンとはモノが違う。
金髪の髪質からして違う。この青年の髪が本当の金髪で、ジルベールのは……そう、黄髪だ。残念ながら、血統の品質が明らかに違う。
「A組の方……ですか?」
「ふふ、さすが、察しがいいね。でも、『方』はやめてくれよ。今は同じ士官学校の同期じゃないか」
「うっ」
さわやかに笑う仕草に、僕は思わずうめき声を上げた。
蓄積した劣等感でやさぐれている今の自分には、こいつの笑顔はまぶしすぎる。
「僕の名前はジルベール三世。A組の級長を務めさせてもらっている」
「えっ、ジルベール?!」
……僕は「C 組にいるジルベール」に心から同情した。
なんということだろう。見た目だけでもパチモンなのに、名前までかぶってしまっているなんて……。
「おや、私の名を知ってくれているのかい? それは光栄だ」
ちっとも光栄でもなんでもない顔で、「真ジルベール」は言った。
「私だけがキミの名前を知っているのでは、いささか不公平というものだからね。そうだろう?」
「え、ええ、まあ」
うーん、なんだろう。さわやかすぎるオーラに圧倒されそうになるが、彼からはなんとも言えない感情の波動を感じる。明確な言葉にするとすれば……、敵意、だろうか。
「教官たちが騒いでいるよ。実地訓練では大活躍だったそうじゃないか」
「いや……、僕は何もしていませんから」
僕は答える。そう、本当に何もしていない。実地訓練中に僕自身が撃破したゴブリンはたったの三匹。これは C 組で最下位どころか、全校で最下位の成績だった。
「ふふっ、謙遜も度を越すと嫌味に聞こえるよ? まつおさん」
真ジルベールがさわやかに笑う。怖い。こいつのさわやかさは、怖い。
「まぁ、今日はちょっと『噂のルーキー』にご挨拶をと思って参上したまでさ。またね、まつおさん」
真ジルベールは言いたいことだけ言うと、軽くウィンクしてから教室から出て行った。
その仕草があまりにも洗練されていたため、「あんたもルーキーだろ」とツッコむのをつい忘れてしまった。
さすが貴族の中の貴族、と言ったところだろうか。
同じ仕草をキムがやったら……、と想像したら、冗談抜きで気持ち悪くなってきた。
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