第二十七章「クラン戦」(2)


「ご、ごめん……。さっき戻ってきてたんだけど、仲間たちの雰囲気を邪魔しちゃ悪いと思って、つい……」


 ミスティ先輩が気まずそうに笑って、そそくさとその場を退散しようとする。


「待って、ミスティ先輩」

「ううん、私はいいから、続けて」


 ミスティ先輩がそう言って、足早にその場を離れようとする。


「ゾフィア、確保」

「心得た」


 僕がそう言うや否や、ゾフィアが音もなく樹木の間をかき分け、ミスティ先輩の進路に立ちはだかると、御免、と一言だけ言って先輩を抱きかかえてこちらに戻ってきた。


「さ、さすが『森の死神』……」


 キムがうめいた。


「……ミスティ先輩、もしかして泣いてる?」


 僕がびっくりしてミスティ先輩を見上げる。


「……」


 いつも元気いっぱい、余裕たっぷりのミスティ先輩に、いつもの生気がない。


「どうしたんですか?」

「私……、自分が情けなくて……」


 ミスティ先輩がぽつりと言った。


「私、昔から宝具アーティファクトのことになると何も見えなくなっちゃうの……。今回の水晶龍の盾の件だって、調査不足でリザーディアンの集落ではみんなを危険な目に遭わせちゃって……、冒険者の先輩だから、私が守らなきゃって思ってたのに、何もできなくて……、まっちー君がいなければ、みんな死んでたかもしれないのに……」


 ミスティ先輩は必死に涙をこらえているけど、次から次へと涙が溢れ出した。


「私、そんなことも気づかずに浮かれちゃって、水晶龍の盾を試したくて、夜中にこっそりまっちー君と対決して……、みんなを抜け駆けして、まっちー君にあんな称号がついて……」

「たしかに、あれはひどい抜け駆けでしたね……」


 テレーゼがきっぱりと言った。

 そこは許せないらしい。


「それで、クラン戦の話を聞いて……。その後にまっちー君のプレゼントで喜んでいるみんなを見ていたら、ああ、私はすごく大切なものを見落としていたんだなって気付いて……。みんなあってのまっちー君で、まっちー君あってのみんななんだなって思って。そうしたら、そんなみんなを置いてけぼりにしてはしゃいでた自分が情けなくて、なんか、悲しくなっちゃって……」


 僕は何も言わず、ミスティ先輩の話を聞いていた。


「私、暁の明星に戻る。それで、クラン戦の話はナシにしてもらうから。だから……」

「ところで先輩、その手に持っているのは何なんですか?」


 僕はミスティ先輩に言った。


「これは……」


 ミスティ先輩は、大事そうに抱えている大きな道具袋をぎゅっと握った。


「よかったら、見せてくれませんか?」


 ミスティ先輩は、僕に言われるままに、袋から中身を取り出した。


「これは……、紋章旗?」

「うん。『水晶の龍』の紋章旗を、知り合いのドワーフ職人に頼んでたの。今日の仕上がりだって聞いていたから、さっき帰りに受け取ってきて……」

「きれい……」


 メルがつぶやいた。

 アウローラ装備と同じ、黒地に金の刺繍が施された旗の中央に、美しい水晶の龍がとぐろを巻いて、大きく口を開けている威容が描かれている、実に見事な紋章旗だった。


「こんなカッコいい紋章旗、見たことないわよ……」


 ユキがつぶやく。


「それと、これがクランの指輪。人数分作ってもらったの」


 白袱紗しろふくさに|包まれた、十五個の銀の三連リング。

 蛇のように絡まり合う指輪の中央のリングは、水晶の龍を象った繊細で美しい彫刻ときらびやかなダイヤが埋め込まれている。


 これがクランの証であるリングか……。

 これを身に着けていると、魔法伝達テレパシーを使わなくても、身につけた者全員と会話ができるという……。


「一つ余っちゃうから、新しく来た人に……」

「……先輩、まだ入っているみたいですけど、それは?」


 ミスティ先輩の言葉をさえぎって、僕は尋ねた。

 ミスティ先輩の道具袋で、明らかに別格の存在感を放っている大きく細長い包みが、さっきから気になっていた。


「今日はね、朝からこれを取りに行っていたんだ」


 ミスティ先輩は、細長い包みを取り出した。

 それは、アヴァロニア大陸ではとても珍しい……。


「銃、ですか? にしてはずいぶんと大きい……」

「殿、これは螺旋銃ライフルだ……」


 ゾフィアがぽつりと言った。


「銃身に螺旋の溝ライフリングを入れることで弾丸を回転させ、命中精度を上げた銃でな。300年前、古代の文献を元にジェルディク帝国が開発・研究をしていたのだが、量産体制に入る前に戦争が終結した。当時の物を父上が一丁所蔵しているが……」


 明らかに魔法武器とわかる、黒光りする銃身に施された繊細な彫刻と美しいフォルム。

 赤褐色の光沢が美しい木製のストックは、無骨さよりもむしろみやびやかさを感じさせる。


「これはね、普通の人にはとても扱えない武器なの」


 ミスティ先輩が言った。


「弾丸に神聖魔法を込めて撃つ宝具ほうぐなんだけど、その辺の神職ではとても扱えない。生まれ持った神聖さと、敵を倒すという強い意志を兼ね備えた人じゃないと扱えないのよ。そう、『聖女』であるあなたのような……」

「私?!」


 アリサが目を丸くする。

 ミスティ先輩は何も言わず、美しい螺旋銃ライフルと弾薬を手渡した。


「使ってみて」

「……ええ」


 アリサはほんの少し背筋を緩め、両肩をすぼめるようにしてから、妙に慣れた手付きでストックを肩に当て、頬を上に乗せながら螺旋銃ライフルを構える。


「アリサってもしかして、使ったことあるの?」

「おもちゃだけどね。昔、ジェルディク帰りの父にせがんで買ってもらったの」


 アリサはそう言って微笑んだ。

 聖女である娘に銃のおもちゃを買って帰る司祭。

 なかなかシュールだ。

 アリサは螺旋銃ライフルの上部にあるボルトを上に上げてから後方にスライドさせ、上部にあるマガジン部に弾薬を押し込むように一発ずつ、計5発を装填すると、今度はボルトを前方にスライドさせ、弾丸を薬室チャンバーに送り込み、ボルトを下に下げた。

 男物の外套コートをひるがえらせ、螺旋銃ライフルを構える聖女。

 紫に近い藍色のゆるいショートボブの髪を揺らし、目標を定める凛々しい姿は、見惚れてしまいそうなぐらいカッコいい。


「いくわよ……」

「ごくっ」


 ダァァァァァン――ッ!!!!


 耳をつんざくような音と共に、薬莢が飛び、神聖魔法を帯びた青白い弾丸が真っ直ぐに飛んでいく。


 ダァァァァァン――ッ!!!!

 ダァァァァァン――ッ!!!!

 ダァァァァァン――ッ!!!!

 ダァァァァァン――ッ!!!!


 轟音と共に続けざまに放たれた弾丸は、五発目でキルヒシュラーガー邸外のリンゴの木の実に命中し、リンゴが跡形もなく砕け散った。


「やっぱり、おもちゃのようにはいかないわね……」


 ボルトを開けて、薬室チャンバーに弾丸が残ってないことを確認してからアリサが苦笑した。


「いやいやいや、すげーじゃん!! めちゃくちゃカッコよかったぞ!!」


 ルッ君が叫んだ。


「ふふ、ありがと」


 アリサはルッ君に答えて、ミスティ先輩に銃を返そうとする。

 先輩は微笑んで、それをアリサの手元に返した。


「これは、あなたのものよ」

「えっ?」

「宝具の話を聞いた時に、これだって思ったの。若獅子祭でみんなが戦っている中、本当は攻撃に参加したいのに回復役ヒーラー役に徹して悔しそうにしているあなたを見てたから」

「そんなところまで……、見ていたんですか」


 アリサは呆然とした顔でミスティ先輩を見上げて、少し目をうるませてから、頭を下げた。


「ありがとうございます。……大切にします」

「弾薬も渡しておくわね。これは弾薬が買えるお店のリスト」

「弾薬自体は普通の弾薬なんですか?」

「そうなの。もちろん、弾薬自体が今はレアだから、取り扱っているお店は限られるんだけどね」


 ミスティ先輩が静かに笑った。

 

「ユキ、さっき言ってたガーディアンって、これで倒せるかしら。聖属性なら通るのよね?」

「アリサ……?」


 僕は思わず、アリサの顔を見上げる。

 ユキがくすくす笑ってから、アリサに答えた。


「頭にコアがあるの。そこに命中したら、たぶん、一発かな」

「そう」


 アリサはミスティ先輩の方を向いて、言った。


「先輩、あとで、この螺旋銃ライフルで練習をしたいんですけど、付き合ってもらえませんか?」

「えっ?」

「クラン戦で、きっとコレが必要になると思うので」

「そ、それって……」


 アリサはくす、と悪戯っぽく笑ってから、テレーゼの方を向いた。


「テレーゼも手伝ってくれないかしら? 森の奥で、人が通らないところで練習したいから」

「もちろんです、アンナリーザ様、ミスティ様」


 テレーゼもにっこりと笑った。

 なんだ、テレーゼもちょっと泣いてるじゃないか。


「さて……、渡しそびれちゃいましたけど、これ」


 僕はミスティ先輩に花を手渡した。

 先輩に渡す花は、これしか思いつかなかった。

 一輪挿しの、気高く、凛とした、真紅の薔薇バラ


「わ、私……、私……」


 嬉しい気持ちと、本当に受け取っていいのかどうか迷っているミスティ先輩のマントに、僕は薔薇バラを差した。


「それから、これもプレゼントです」

「……すごくきれい……、ヘアピン?」


 僕は何も言わず、ミスティ先輩の黒いショートカットの髪に触れると、左目にかかった髪を、ワンポイントで小さなダイアが輝く銀色のヘアピンで留めた。


「この間の試合で、水晶龍の盾が光った時、先輩の左目はすぐにそれを察知して目を閉じたんです。でも、前髪が邪魔で僕の突きが見えてなかった。……それがなかったら、僕は勝ててなかったと思います」

「そんなとこまで、見てたんだ……」

「ええ」

「それじゃ、どのみち勝ててないわよ……ぐすっ」

「……先輩?」

「ううっ、ぐすっ、ぐすっ……、泣かないって決めてたのに……っ」


 とうとう泣きじゃくってしまったミスティ先輩の頭を、僕は優しく撫でた。


「おかえりなさい。ミスティ先輩」

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