第二十七章「クラン戦」(7)
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「すごい。花京院の絵のまんまだ……」
いじけていたメッコリン先生を必死になだめすかして一緒に転送魔法陣に乗った僕は、転送先の光景に思わずそうつぶやいた。
右奥の高台にそびえる大きな城。
その周囲を固める大勢の冒険者たち。
高台に繋がる唯一のルートにはいたる所に用水路が張り巡らされていて、細い通路が東方王国セリカから伝わったくじ引き「あみだくじ」のように入り組んでいた。
その要所要所も冒険者たちが封鎖していて、手前と中央部にガーディアンが配置されている。
ガーディアンは若獅子祭の時ほどの大きさではなかったけど、それでも僕たちの3倍ぐらいは背が高い。
「どう思います? メッコリン先生」
「どう思うって……絶対勝てないんじゃないか?」
身も蓋もないことを先生が言った。
「どうして教師って頭が薄……、頭が硬いんですかね」
「……これ、どうやって帰れるんだ?」
「冗談です、冗談ですってば」
そそくさとクランホールに帰ろうとするメッコリン先生を僕は慌てて引き止めた。
「実際、そんなに薄くないじゃないですか。気にしすぎですよ」
「薄くなってからではもう手遅れなんだよ! 今のうちに手を打たなければ……」
その性格が一番毛根にダメージを与えている気がするけど、黙っておくことにした。
「にしても、ちょっと敵軍の数が多すぎないか?」
メッコリン先生が言った。
メッコリン先生の言う通り、高台の下にいる冒険者軍団だけでも、こちらの兵力のざっと三倍はいる。
若獅子祭の時の精鋭軍は同じ装備で統一していたけど、冒険者軍団はそれぞれがそれぞれの装備で個性を出しているので、ものすごくカラフルだ。
そのそれぞれがそれぞれの得意とするスキルや魔法、武器を使ってくるのだから、戦況の予測を立てるのが非常に難しい。
「ヴェンツェルから聞いたんだが、お前はあの手この手を使って敵軍の数を減らしたんだろ? それでもこの数なのか?」
「ええ。3分の1ぐらいは減らしたんですけど。さすが大手クランってところですかね」
「さ、3分の1って、何をどうやったらそんなに減らせるんだ……。偽ラブレターのエグい作戦はヴェンツェルに教えてもらってドン引きしたが……」
「そうですね、たとえば同盟ギルドの『弓手愛好会』はリーダーがケチで、分け前でよくモメてたらしく、仲の良いクランの連中にそのことをよく愚痴ってたらしいんですよ」
「ほう」
「そこで、その仲の良いクランの連中に、『『弓手愛好会』のリーダーは最近、気前の良いベルゲングリューン伯と
「……」
「その一方で、『弓手愛好会』のクランのアジトに、僕からリーダー宛に、トーマスん家の肉屋の特製詰め合わせギフトとか、あれこれ送り付けてみたら、なぜか今日、急に参加を見合わせちゃったみたいで」
「性格悪っ!! 悪っ!!」
「何言ってるんですか、敵に塩を送るってやつですよ」
「ぜ、全然意味が違うわ!」
「もちろん食べ物に毒なんて入れてませんよ? ……ふふ、『疑惑』という名の猛毒以外はね……」
「『先生も共犯ですよ』みたいな顔で笑うなよ……」
そんなことを話していると、前線付近で言い争う声が聞こえた。
「ええい、離せっ! 一番槍は殿の直属部隊であるワシらのもんじゃ言うちょろうが!」
「これは聞き捨てならんな、眷属として認められた我らリザーディアン族こそが、龍帝陛下の直属と呼ぶにふさわしい!」
「お前らいい加減にしろよ! オレはまつおさんから先鋒を頼まれてんだよ!」
ソリマチさんとこの木こり、漁師の荒っぽい連中とリザーディアン槍兵の一部を率いる長老の側近、ルッ君が言い争っていた。
「おい、見ろよ。あいつら、始まる前からモメてやがるぜ……」
「リザーディアンがいるのにはぶったまげたけど、所詮は新造クランの寄せ集め。一枚岩じゃないってことだろうな」
風に乗って、敵陣営の冒険者たちの声が聞こえてくる。
「あ、貴方、何をぼーっと突っ立っていらっしゃるの?! 彼らを放っておいていいんですの!? 貴方が指揮官なのでしょう?」
アーデルハイドがこちらに寄ってきて抗議した。
「まぁ、見てて。ここからが一番の見どころなんだから」
「見どころって……」
僕が必死に笑いをこらえながら彼らを眺めているのを見て、アーデルハイドが怪訝そうな顔をする。
「ええーい! こうなったら、どちらが殿の一番槍にふさわしいか、勝負じゃぁ!!」
「望むところだ。今後は、より兵を倒した方の下に付く。ルクス殿もそれでいいな?」
「そんなことはどっちでもいいんだよ! オレはもう行くぞ!!」
「なっ!? 小僧! 抜け駆けは許さん!! 総員突撃ィィィ!!!」
「行くぞ者共!! 殿の晴れ舞台に錦を飾るんじゃぁぁぁぁぁ!!!」
呆然とやり取りを見守る味方陣営をよそに、ルッ君と木こりと漁師の軍団、リザーディアン軍団が雄叫びを上げて突撃する。
水路によって枝分かれする道の中央を塞ぐのは、巨大なガーディアン。
「お、おいおい、マジで突撃してきたぞ?」
「どうする?」
「放っておけ。ガーディアン相手にあの人数で何ができる」
斧と槍、あとなぜか金網を持った軍団とルッ君がガーディアンに向かって肉薄する。
鋼鉄の巨人が侵入者を察知し、ゴゴゴ、と上体を起こして、拳を振り上げた。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」
斧と槍、ルッ君の短剣がガーディアンの身体に当たろうとするその瞬間。
ブンッ!!!!!!
ガーディアンの腕がすくい上げるように薙ぎ払われる。
「うわあああああああああああっ!!!!!」
ガーディアンの腕の一撃で、ルッ君や木こり、漁師、リザーディアンたちはひとり残らず吹き飛ばされ、用水路の中にボトボトと落ちていった。
「なっ?!」
「ぷっ……、あっはっはっはっは!!!」
僕はとうとう笑いがこらえきれなくなってしまった。
不機嫌なアリサが、クラン戦への協力を拒否し、ソリマチ隊長たちと行って来いと言った時に僕が想像した光景……。
そう、これはまさに、あの時に想像したことの再現なのだった。
「あ、あなた正気ですの?! それでなくとも敵より兵数がはるかに劣っているのに、あなたの仲間と二部隊が、開戦早々に一瞬で壊滅したんですのよ?!」
アーデルハイドが僕に掴みかからんばかりの勢いで言ってくる。
その瞬間。
「見えたわ」
ズダァァァァァァァァァァァン!!!!
「っ!?」
鼓膜をつんざくような轟音と共に、一筋の青白い光線がガーディアンに向かって放たれて……。
ガーディアンの
「なっ?! ガ、ガーディアンが……一撃で倒されただと……っ!?」
「い、今のは何だ?! 魔法か!?」
今まで余裕
「
ルドルフ将軍の真似をしたのがわかったのか、ゾフィアがフッ、とこちらに笑いかけた。
「よっしゃー、やったるぞー!!!」
「ウフフ、まつおちゃんってば、いっつも最高の
花京院とジョセフィーヌが斧を振り回して、動揺する敵陣を切り開いていく。
「ハッ!!
「マレンゴッ!! 行くわよ!!」
「
(みんな、自分の馬に名前を付けたのか……)
まともに武器も構えていなかった冒険者たちが次々となぎ倒される中を、ジルベールとゾフィア、メルの三騎が突撃し、狭い通路をものともせずに防衛戦を突き崩していく。
その後に続くように、リザーディアンの槍兵部隊やガンツさんたち冒険者軍団、若獅子祭以降、練度が目に見えて上がってきたソリマチさんとこの若い連中が進軍する。
「あ、ユリーシャ……じゃなくてユリシール殿まで……」
ユリシール殿も後に続こうとしたが、鎧が重いのか、ガシャ……、ガシャ……、と
……それはそれでかなり強い。
「ユリシール殿、完全な固定砲台になっとる……」
動かないユリシール殿に無数の矢が飛んでくるが、完全防護された甲冑に当たってもキン、キン、と音を立てるばかりでまったくダメージを受けることなく、飛んできた魔法もマントが無効化している。
ハッキリいってむちゃくちゃだ。
「ハッ! フンッ、まだまだッ!!!」
「おおー、やっぱユキはすごいなぁ。混戦になるとめちゃくちゃ強い」
冒険者の剣を右手で
右手に握るカランビットナイフの外向きに湾曲した刃が、ただの防御行動を攻防一体のカウンター攻撃にまで昇華させている。
手首から出血しているだけで、人間の戦闘能力は一気に低下する。
だからユキはあえて負傷した相手にトドメを刺すことなく次々と負傷させていき、後続の兵たちに仕留めさせている。
……実にうまいやり方だ。
「後輩たちばかりに、いい所を取られるわけにはいかないわ!」
ミスティ先輩が水路を隔てた向こう側からユキを狙っていた弓兵の首を
(はは、相変わらずめちゃんこ強いな、ミスティ先輩は)
敵陣営で獅子奮迅の活躍をするミスティ先輩を見て、暁の明星のメンバー達は今どんな顔をしているんだろう。
僕はちょっぴり、そんな意地悪なことを考えていた。
「こういう作戦でしたのね……」
破竹の勢いで進軍していく味方陣営を見て、アーデルハイドがつぶやいた。
「でも、
「そういう風に、不満に思うことやガッカリしたこと、幻滅したことをハッキリ言ってくれるとこ、僕はけっこう好きだよ。アーデルハイド」
「からかうのはよして。
「僕も真面目だよ。……いいかい、用水路に落ちたら、死体はどうなる?」
「どうって……、浮かび上がって……あっ……」
そこまで言って、アーデルハイドはハッと僕の顔を見上げた。
「……用水路に浮かんでるのは敵の死体だけだと思わないかい?」
「まさか……本当の狙いはガーディアンではなく……」
「ううん、ガーディアンも大事。ただ、より大事なのは、ルッ君も漁師もリザーディアン達も泳ぎの達人だってことさ。特に
僕の言葉にアーデルハイドは細いあごに手を添えて考える仕草をして、またハッとしたように顔を上げた。
「ま、まさか貴方……、あの三部隊の
「ぷっ……、みんながあそこまでの名演技をするとは思わなかったけどね……。その通りだよ。みんなやられたフリをして水路に落ちたんだ」
「……貴方……生まれる時代を間違えたんじゃなくって……。300年前に生まれていたら……」
「お、おい、すごいじゃないか!」
メッコリン先生が駆け寄ってきて、さっきまでと打って変わったハイテンションで僕の肩を叩いた。
「メッコリン先生、もうすぐ出番が来ますから、そろそろスタンバイお願いしますね」
「それは構わないが……、これだけの優勢で、本当に出番が来るのか?」
「いえ、部隊は間もなく撤退させますから」
「撤退? 完全に攻め勝っているじゃないか」
メッコリン先生が興奮した様子で僕に言った。
ありがたい存在だ。
こういう人が側にいてくれるだけで、僕は冷静になれる。
「先生は優勢って言ったけど、まだ戦局は10対1が9対1になったぐらいで、我々の不利に変わりないんだよね。前線にいたのは格下の連中ばかり。引き時を見誤ると、悲惨なことになります」
僕はそう言って、高台の方を指差した。
後方に控えた熟練の冒険者たちが、冷静に戦況を見守っているのが見える。
各クランや傭兵のリーダーたちが何か指示を出すと、隊列や編成がすばやく切り替わっている。
その様子を見るだけでわかる。
その数も質も、前線部隊の比ではない。
「お前……、それだけのことがわかるのに、なんで俺の授業の成績はあんなに悲惨なんだ……」
「戦闘中に萎えるようなこと言わないでくださいよ」
「萎えるのは俺の方だ! 俺の指導法が間違っていたのかと思うと悲しくなってくるよ」
「わかりましたから! 次からはまじめに授業受けますから!」
浮き沈みの激しいメッコリン先生をそのままにして、僕は広域
『全軍、後退!! そろそろ敵の本軍が攻めてくる。3分の1地点まで後退するよ! ギュンターさん、どこにいる?』
『あなたの右後方に控えています。ベルゲングリューン伯。樽の準備もできています』
『そろそろ準備をしておいてください。くれぐれも扱いに気をつけて』
『かしこまりました』
『おっつぁん、そろそろ例のブツを出すよ! 前線部隊が後退し終わったら、あれの出番』
「皆、聞こえちょったな?! ちゃっちゃと準備すっぞー!」
ソリマチ隊長の声に、呼応する雄叫びが続いた。
『キムとエタン、
僕がそういい終えた瞬間。
エレインの叫び声が聞こえた。
「イヴァ! 大魔法、来る! 三発! 目標、イヴァのあたり!」
言われて自分の足元を見てみると、範囲魔法の特徴である魔法陣がうっすらと浮かび上がっている。
「魔導師二人、弓で倒した。でも、三人、阻止間に合わない」
エレインは僕らの陣営で圧倒的に「眼」がいい。
超遠距離から狙いをつけて、大魔法を詠唱しようとする
ものすごく頼りになる戦力だ。
『撤退部隊、一時停止!! 僕の半径10メートル以内にいる人は僕の近くに集まって!! それ以外の人は逆に僕から離れて戦線を維持!! 大魔法が三発来る!!』
僕はアーデルハイドの後ろに立っている銀縁眼鏡の頼れる男に声を掛けた。
「オールバックくん、頼んだよ」
「フッ、君から頼られるのは実に心地よい。よかろう、『バルテレミーの盾』の真髄を見せてやろう」
オールバックくんはそう言うと、僕の前方に塞がるようにして立って、杖を振りかざした。
「
オールバックくんは無詠唱で
その刹那、高台の方から大きな発光が起こったかと思うと、僕らの足元から巨大な炎の渦が巻き起こり、竜巻のように広がっていく。
「っ!!
視覚的にはもう僕たちは死んでいてもおかしくないぐらいの炎を浴びていることになるのだけれど、大魔法はその性質上、実体化するまでにタイムラグがある。
そのタイムラグはほんの一瞬。
本来ならわかっていても避けられるような時間ではないのだけれど、オールバックくんにとっては十分な時間だ。
「
オールバックくんが指を鳴らした瞬間、
「ふふ、君たちに見せていたのはここまでだったな」
オールバックくんは黒革手袋をはめた右手で銀縁眼鏡をくい、と押し上げると、僕とアーデルハイドを見て、不敵に笑った。
めちゃくちゃかっこいいけど、めちゃくちゃおっさんくさい。
「
オールバックくんがそう言って指を鳴らした瞬間。
高台で魔法詠唱を行っていた魔導師の周囲に火炎の嵐が巻き起こり、阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだ今のっ……す、すげぇ……!」
ソリマチ隊長たちの進軍待ちで待機していたキムが叫んだ。
「メッコリン先生、オールバックくんのあれ、できる?」
「できるわけないだろう。先生の得意技は
「……なんか地味だなぁ」
「ふん、あとで役に立って、鼻水を垂らして感謝するがいい」
「ま、まさか先生まであの漫画読んでるの?」
「くくっ、よく描けてるじゃないか、『爆笑伯爵ベルゲンくん』」
「学校の禁止図書にしなさいよ! いじめの温床ですよ!」
そんなことを言っているうちに、
属性耐性のある装備を取り揃えている冒険者たちだらけの敵側陣営と違って、魔法金属の装備を持っている者のほうが少ないこちらの陣営は、本来なら、この波状攻撃だけで壊滅的なダメージを受けるのは確実なはずだった。
だが、『バルテレミーの盾』はそんな戦局をただ一人で覆す。
防御に回った時に彼ほど役に立つ人材は、そうそういないだろう。
「感謝しますよ、メッコリン先生」
「ん?」
「魔法学院でいい出会いがたくさんありました」
「……そうか」
メッコリン先生がふっ、と笑った。
こういうところは、なんか教師っぽくてかっこいいな。
『ヴェンツェル、前線部隊の撤退の統率を頼む。そちらの指揮は君に任せる』
『了解した。……だが、ベル、気をつけろ』
『ん?』
『厄介なことに
『……わかった』
召喚魔法か……。
もちろん聞いたことはあるけど、実際に見たことは一度もないな……。
そんなことを考えていると、僕のことをじっと観察しているリザーディアンがいることに気づいた。
「ん、どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないッス!」
(……?)
なんとなく違和感を感じたけど、今はそれどころじゃないと思い、僕は作戦に集中する。
ヴァイリス語を話せるリザーディアンは長老の側近だけだということも、水晶の龍の化身である僕を龍帝とあがめる彼らが気安く「なんでもないっス!」なんて言うはずがないということも、その時の僕は考えもしなかったのだった……。
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