第三部 第二章「ゴブリンとの死闘」(2)


「うわっ、うわわわっ!!」


 自分に向かって飛んでくる無数の矢に、台車に乗せられたちびキムが思わず悲鳴を上げる。


 だが……。

 腐ってもキム。


 キン、キンキンキン――ッ!!!


 身動きできないほど装甲の厚いキムの鎧と盾が、ゴブリンの矢をすべて弾き返していた。


「むははははは!! どうだゴブリン共!! キムタンクの鉄壁の防御は!!」

「その呼び方やめろ! なんかよくわからんが、違う意味な感じがする!」


 キムの周囲だけ、微妙に気流が変わっている。

 ちびエレインの風魔法で、前方から飛ぶ全ての矢がキムに集中するようになっているのだ。


 狭い場所だから矢の軌道を風でそらすのは難しいけれど、逆に魔法で風を吸収して飛んでくる矢を集めるのはうまくいった。


「「「火球魔法ファイアーボールッ!!!」」」


 キムの背後からちびミヤザワくんが火薬袋をゴブリンたちに投げつけたのに合わせて、ちびアーデルハイド、ちびオールバックくんがちびミヤザワくんと同時に火球魔法ファイアーボールを放つ。


 黒色火薬が爆発する音に、トンネルの壁に響くドゴォォォォォォン!!!という轟音が重なって、ゴブリンたちの悲鳴をかき消した。


「なっ、なんや今の威力は!?」

「あのミヤザワとかいう奴もヤクザや……」

「そ、そんなことよりもっと気を付けんかい……トンネル落盤したらどないするんじゃ……」


 ユキイ爺さんが脂汗を小さなハンカチで拭いながらうめいた。


「いっそ大落盤を起こしてノーム王国ごとゴブリンを生き埋めにしちゃったらいいんじゃないかなぁ。しばらくして瓦礫をとりのぞいたら、無傷で奪回できるかも」

「……親分……。なんちゅうおっとろしいことを言うんや……」


 僕の言葉に、ノームたちがドン引きした。


「でも、地底奥深くにあるっていうんじゃ、難しいか。地中で隕石群召喚魔法メテオストームを撃ったらどうなるんだろ……」

「……あの、一応言っておきますけれど、絶対に、絶対に実行するんじゃありませんわよ……?」


 ちびアーデルハイドが青ざめた顔で言った。

 不思議なことに、いつもツンツンしているアーデルハイドが、ちびっ子になると途端に愛らしく思えてくる。


「や、やだなぁ……。言ってみただけだよ。それに、出そうと思って出せるもんでもないし」

「あなたは出そうと思わなくて出るから心配なんですのよ!!!」

「いでぇっ!!」


 ちびアーデルハイドにすねを思いっきり蹴られた。

 普段のアーデルハイドなら絶対にやらないお転婆っぷりだ。


「……なぁ、爺さん。メテオストームってあれとちゃうんか……、魔王とかが隕石をアホほど落としてくるやつ……」

「……ええか? ヤバそうな話は聞こえんフリをするのが、ワシらノームが長生きするコツや」

「せ、せやな……」


 ひそひそ話すノームたちに、僕は言った。


「他にも色々考えたんだよ。ノームって、土中の酸素だけで生きていけるんでしょ? だったら、ファイアーボールを連発したり油を撒いたりして、トンネル全体を燃やし尽くして酸欠状態にしちゃえば、地底のゴブリンたちは全員窒息してラクに制圧できるんじゃないかな、とかさ」


 僕が言うと、ノームたちがさらにドン引きした。


「爺さん……、こいつヤクザっていうか、鬼や。鬼やわ」

「親分……、頼んますさかい、トンネルを破壊せん方法で考えてくれまへんやろか……」


 ドン引きしたノームたちに言われてしまった。


「まぁ、予想以上にトンネル内部の通気がいいし、広そうだし、あと、魔法使用による消耗がかなり激しいし、ちょっと現実的じゃないかなぁ」


 僕は苦笑して、実行するつもりがないことを説明する。


「というわけで、実力行使しかないわけさ」

「親分たちのお力で、しょうもないゴブリンのアホ共をしばき回したってくだせぇ」


 ノームたちは、僕の行動をヒヤヒヤして見守りながらも、あれだけ脅威だと感じていたゴブリンたちが一瞬で黒焦げになっているのを見て、少し活力を取り戻しつつあった。


「ユキイ爺さん、トンネル内の地図とかってあるのかな?」 

「ありまっせ。よっと……、これですわ」


 ユキイ爺さんが自分のズボンの股間に手を突っ込んで、モソモソしてから取り出した地図を、僕は受け取るのを拒否した。


「……なんでそんなとこに入れてるの……」

「他にどこにいれまんねん! ゴブリンに奪われたら一大事ですやん!」


 ユキイ爺さんがドン引きする僕を逆に非難するように言って、地図を突き出してくる。


「……いや、いいや。いらない。この先に何があるか、口で説明して」

「なんでですのん!! 言っときますけどノームのちんちんは世界一キレイなんでっせ!? わしらノームの男は子供ジャリの頃から『ちんちんの汚れは心の汚れ』ってオカンからさんざん言われて育つぐらいで……」

「どんなにキレイでもちんちんはちんちんだろ!!」

「ふむ……、どうやらノームと我々人間の文化の間には、ちんちんに対する認識に大きな隔たりがあるようだな」

「……オールバックくん、今はその冷静な感じいらないから」

 

 ちびオールバックくんはちびになってもいつものままだった。


 ちびアーデルハイドは……。

 ちんちんの話題になってから、能面という、セリカの伝統舞踊で使うお面のような無表情になっていた。


「……それで、この分岐路の先にノームの工房があるんだね? もう一方の道が王国の方に続いている」

「あっ、こら! てめぇっ!!」


 僕は台車に固定されて動けないキムの鎧のマントで地図をごしごしと拭きながら、ユキイ爺さんたちに尋ねた。


「せやねん。そこがワシらの武器庫にもなっとるんやけど、今はゴブリン共に完全に占拠されてもうて、連中の前線基地みたいになっとるわ」

「ああ、それで、あいつらの装備がやたら硬いのかぁ……」


 僕は地図を広げながら言った。


 普段、冒険で出くわすゴブリンたちの装備は、もっとボロボロの短剣を装備していて、服装はまちまちだけど、同じくボロボロの服を着ている。


 ゴブリンリーダー格になれば魔法金属製の短剣だったり、豪華な革鎧を着ていることもあるけれど、知能は高くても鍛造技術や縫製といった文化水準を持たない彼らの装備は、だいたいが死んだ冒険者やコボルド、オークの遺品を用いていることが多い。


 弓による攻撃を得意としているけれど、木の枝を削った簡素なものでやじりもなく、まれに毒が塗ってあることはあるものの、万が一当たったとしても、致命傷を負うことは滅多にないだろう。


 だが、このトンネルに入ってからのゴブリンたちの装備は、どれも金属製の鎧を付けていて、とにかく硬い。

 

 しかも、飛んでくる矢も金属製で鋭利なやじりで作られていて、小型化した僕たちにとっては恐怖でしかない。


「となると、とりあえずはその工房の奪還が先決だね。この間取りだと、ずいぶん広いみたいだけど」


 工房は、トンネルをここからまっすぐ行ったところにあり、大きな瓢箪ひょうたんのような形をしていた。


「あ、実際はもっと狭いでっせ。外周にワシらの工房設備が置いてありますさかい、ウロウロできるんは真ん中だけですわ。んで、奥の小さな丸いところが寝床で、今はゴブリン連中のねぐらになっとりますわな」

「なるほどね……」


 僕は少し考えてから、地図を折りたたんでポケットにしまった。


「んじゃ、行こっか」

「へっ? 『ほな行こか』って言うたんでっか?」

「うん」

「い、今からでっか?」


 ノームの一人が、元から丸い目をさらにまん丸にして尋ねる。


「そ」

「『そ』、て……、そんな『茶ァでもしばこけ』みたいなノリで行くとこちゃいまっせ?! お仲間もケガだらけで、半分以下ですやん!! もうちょい休んでからの方が……」


 慌てるノームたちに、僕はにっこり笑った。


「だからこそ行くんだよ。向こうはこっちを追い込むつもりで兵を送ってきた。まさか自分たちが襲撃されるなんて思ってもいないだろうさ」

「い、いやいやキミ、しかしやね……正味しょうみの話……」


 一人だけ口調がおかしい、分厚い黒縁メガネのノームが人差し指の先でメガネを押し上げながら何かを言おうとするのを、僕は制止した。


「これ以上時間が経てば経つほど、君たちの工房にある装備がゴブリン達に行き渡り、戦況はますます僕たちに不利になり、負傷者がさらに増える。一方で、この場所は籠もりやすいけど、今聞いた話だと守るのには向いていない。……おまけに、考え得る限り一番無防備なのも今のタイミングだろう。つまり、今しかない」

「よっしゃ! わかった!! キミがそこまで言うんやったら、キミの責任の下でということでやね、ワシらも腹くくったるしかないわな!!」

「おいおい、ヤッサン、なんでお前が勝手に決めとるんや」


 ユキイ爺さんが、ヤッサンと呼ばれた黒縁メガネのノームをたしなめた。


「まぁまぁ、そう言いなやキー坊」

「誰がキー坊やねん」

「親分がやる言うてんねんから、ワシらはついていくしかあらへんがな!」

「それはそうやけど……、親分、ワシらはどないしたらええんや?」

「やることは簡単だよ。……エレイン、まだ魔法使えそう?」

「うん、もう少しならだいじょうぶ」


 僕が振り返ると、ちびエレインがにっこり微笑んだ。


 ……なんて癒やされる微笑みなんだ。

 女神のようだ。


 不思議と、それだけで活力がわいてくる。


「風魔法で、僕たちの進行方向に風を送ってくれない? 僕たちがコケちゃわない程度に」

「わかった。イヴァ、きをつけて」

「ありがと」


 僕が微笑み返すと、ちびエレインは少しはにかみながら詠唱を開始する。


「いいかい? あの女の子の魔法が発動したら、何も考えずにこのキムタンクを僕と一緒にわーって押すんだ。後ろの人は前の人を押して、その後ろの人はさらに前の人を押して、全力で走るんだ。工房に行くまで休憩はナシ。おっけー?」

「お、おい!! 待て!! ベル、お、お前まさか……」


 キムの僕に対する問いかけは、ノームたちの『オー!!!』という返事によってかき消えた。


「キム、大丈夫。僕を信じて」

「い、いや、大丈夫とかそういう問題じゃなくてな、あのな……」


 動揺を隠せないキムの耳元で、僕はささやいた。


「これがうまく行ったら、お肉たくさん食べさせてあげられるかも」


 身動きが取れないはずのキムの身体が、ピクリと動いた。


『メル、ジルベール、ゾフィア、ユキ、合流をお願いしてもいい?』


 僕が魔法伝達テレパシーを投げると、負傷した仲間の様子を見に行っていた四人はすぐにこちらに下りてきた。


「今から敵陣地に侵攻する。討ち漏らしたゴブリンの掃討をお願いしてもいい?」

「わかった」

「了解だ」

「承知した」

「わかったわ」

「全速力で行く。足が早いメルとユキ、ゾフィアは僕たちと並行で。討ち漏らしはジルベールが確実に」


 特にそれ以上の説明を必要とせずに、四人は了解する。

 そんな僕たちのやり取りを、ユキイ爺さんやヤッサンたちがぽかーんと眺めていた。


「ジョセフィーヌの毒は解毒できたみたい。ダウンしていたアリサも、一度元の体に戻ったら順調に回復していて、あと数時間もすれば、みんな復帰できるわよ」


 ちびユキの言葉に、僕はうなずいた。

 僕がそれを知っても作戦を続行するつもりなのをすぐに理解して、ユキも配置につく。


「よし。それじゃ、ゾフィア、いつものやつ、お願いしていい?」


 僕がちびゾフィアに尋ねると、ゾフィアが照れくさそうにコホン、と咳払いをした。

 

 こうして小型化しても、戦時になった時のゾフィアの表情は実にかっこいい。

 普段の優しいまなざしは切れ長の鋭い猛禽類の目に変わり、髪の色と同じ、アイスブルーの瞳の奥に闘志の炎が宿っている。


「全軍!! 突撃アングリフ!!!」

「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」」」」」」


 大陸最強といわれた帝国元帥の愛娘の号令は、ジェルディク語を知らないはずのノームたちをも奮起させ、トンネル中に響き渡るほどの喊声かんせいが起こった。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!


 ちびエレインの風魔法による風と僕と大勢のノームたちに押され、キムタンク――台車に固定され、馬上槍ランスを前に突き出し、重装鎧と大型盾で完全武装したちびキム――が、すさまじい勢いでトンネル内を滑走する。


「うわわわわっ、ちょ、ちょ、は、速い!! 速いって!!!!」

「わはははは!! チョー楽しいね、キム!!」

「ば、ばか、お前っ、これ、脱輪したら俺、30メートルぐらい吹っ飛ぶぞ!? 死んじまうぞ!?」

「うはは、その時はゴブリンたちにクッションになってもらおう」

「じ、爺さん、鉄砲玉や……。やっぱりこの親分はアカン……。自分の仲間を鉄砲玉にしとるぞ……」

「こらそこのキミぃ! ごちゃごちゃ言うとらんとガンガン押さんかい!! とろとろやっとったら怒るでしかしぃ!! それよか、ワシのメガネどこや!!」

「デコの上に乗っとるがな! ちゅうかこの速さで走ってなんでメガネ落ちひんねん!!」


 エレインの風魔法と、ユキイ爺さんやヤッサンがみんなに発破をかけてくれているおかげもあってか、ほとんど脱落者が出ることなく、トンネルをどんどん奥まで進んでいる。

 

「う、うわっ出た!! ゴブリンが出たぞ!! って、うわああっ!! すげぇめちゃくちゃいるじゃねぇか!!!」

「わはは、あのゴブリン共の顔を見てよ。めちゃくちゃびっくりしてる」

「お、お前……笑ってんのか?! この状況で?!」


『全員、動きを止めるなよ!! ゴブリン共を何匹轢き殺しても、全力で突っ込むんだ!!』

「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」」」」」」


 僕の広域魔法伝達テレパシー戦の咆哮ウォークライとなって、士気が最高潮まで高まったノームたちが狂戦士バーサーカーのごとく雄叫びを上げてキムタンクを押しまくる。


 キンキンキンキンキン、と一斉に飛来したゴブリンの矢がキムの鎧に弾き返される。


「がはははは!! そんなもんがキムタンクに効くかーい!!!」

「親分、めっちゃ嬉しそうや……」

「ホンマもんのヤクザってのはな、見た目じゃわからんもんなんや」


 ユキイ爺さんが、必死に押しながら、隣のノームと話しているのが聞こえる。


「う、うわー!!! いやだー!!! ぶつかるー!!!!」


 正直いって僕はそんなに笑うつもりはなかったんだけど、どちらかというと仲間のうちでも冷静なはずのキムが絶叫しているのが面白くて、笑いが止まらない。


「やめてとめてやめてとめてやめてとめてやめてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

「グギャアアアアアアアアアッッ!!!!!」


 ズッシャ――ッッ!!!!!


 もはや、ゴブリンたちがどんな装備だろうと関係ない。

 圧倒的な速度と質量で押し込まれたゴブリンの集団は、キムの鋼鉄製の鎧の圧力と突き出された馬上槍ランスでみるみるうちに圧潰し、ただの肉塊へと変わっていく。


「わはははは!!! 最強タンク、キムタンクここに参上!!! ジョセフィーヌのとむらい合戦じゃーい!!!」

「だからジョセフィーヌは生きてるわよ!!!」


 必死に追いすがって、ゴブリンの生き残りを掃討しながらユキが全力でツッコんだ。


「クククッ!! 卿よ、今度、機会があれば、私にもその台車に乗らせてもらえないかね!」

「ジ、ジルベール?!」


 お腹を押さえてげらげら笑いながら追いついてくるちびジルベールに、ちびメルがびっくりしたような声を上げる。


「閣下もそう思う? 僕もこれ、ちょっとやってみたくなっちゃった」

「殿! ぜひ私も乗ってみたいぞ!!」

「だ、だったら今すぐ変わってくれぇぇぇぇぇ!!!!」


 キムの半泣きの絶叫に、僕たちは笑いが止まらない。


 ゆるやかなカーブの壁面すれすれを、車輪から火花を散らしながら、猛スピードの台車付きキムが全力疾走する。


「わははははは!!! 台車ってドリフトするんだ!! 馬車でしか見たことないぞ!!」

「親分、親分!! ちょっと速すぎるんと違うか?! 脱落者が出始めとる!!」


 ユキイ爺さんの提言を、僕は即座に却下した。


「ダメ! スピードは絶対に落とさないよ!! 落とした時が死ぬ時だ!! いいかみんな!! 死ぬ気で食らいつくんだ!!!!」

「し、死ぬ!! は、速すぎて死ぬぅぅぅぅぅ!!!!!」


 カーブが終わって直線に入ると、僕たちが目標とする工房が見えてきた。

 

 すさまじい轟音で襲来を察知したのか、それとも生き延びたゴブリンが伝令したのか、工房の入り口を無数のゴブリン軍団が固めていて……、その中心に、何か鈍い光を放つものが……。


「お、おい!! ちょっと待て!! あれを見ろ!!! ヤバいぞ!!!」

「アカン!! あれはワシらの弩砲バリスタや……!! 親分、撤退や!!」

「せやで!! いくらアンタの鉄砲玉も、魔法金属で作ったバリスタの矢は貫通してまうで!!!」


 ゴブリンたちの中央に設置された弩砲バリスタ

 普段の僕たちからすれば並の大きさだけど、小型化した今見ると、あまりにも巨大な槍のような矢が設置されている。


 なるほど、たしかにあんなものをまともに食らったらひとたまりもないだろう。

 

 キムにはあえて矢が集まるように風魔法を掛けているので、外れる可能性は限りなく低い。


 だが、リーダー格らしきゴブリンが、弩砲バリスタの射手に向かって何事かを怒鳴っているのが見える。


「……いや、まだ装填準備は終わってない!! 今から後退しても、この人数じゃ射程圏内から逃れられない!! つまり、このまま突撃するしかない!!」


 僕は宣言する。


「キム、死ぬ時は一緒だ。行くも地獄、戻るも地獄。ならば行って地獄ごと叩き潰す!」

「お、おい!! 肉は!!! 俺の肉はどうなるんだよっ!!!」


 緊迫した状況なのに、僕は思わず苦笑する。


 自分の死がすぐそこに迫っているのに、明日の肉の心配をするキム。


 そうだ。

 この心のようこそが、一流の冒険者というものじゃないか。


『全軍ひるまず進め!!!! 突撃アングリフッッ!!!』


「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」」」」」」

「やったるぞー、オラぁぁ!!!」

「もうヤケクソじゃー!!! 地獄の果てまで親分についてくんやー!!!!」

「怒るでしかしぃ!!!!!」


 広域魔法伝達テレパシーで最後の号令を出して、僕たちはさらに全速力で敵陣深くに突撃した。


 弩砲バリスタの射手ゴブリンが、あわててつるを張るためのハンドルをくるくると回している。


「遅いわー!!!!! 行っけぇぇぇぇぇー!!!!!!」

「はわわわわわっ!!!! し、死ぬ、死ぬぅぅ!!!! おかあちゃん!!!! 肉!!」


 バゴオオオオオオオオオォォォン――ッッ!!!!  


 すさまじい衝撃音と共に、ゴブリン軍団の中央に設置された弩砲バリスタが、キムタンクの馬上槍ランスによって突き破られて崩壊する。


 だが……。


 ガンッッッッ!!!!!


 弩砲バリスタを固定していた台だけは壊れず、すさまじい勢いでキムタンクの台車と弩砲バリスタの台が衝突する。

 

 ぶちぶちぶちぶちっ!!!!


「うわあああああああああああああっ!!!!!」


 衝突した勢いでちびキムの身体を固定していたロープがぶちぶちと裂けて、キムタンクのキム部分だけが投石機カタパルトから放たれた砲弾のようにゴブリンたちの集団に飛び込んでいく。


「「「「「「「「「グッギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」」」」」」」」」」


 狭い工房内に密集していたゴブリンたちは、すさまじい勢いで飛び込んで、そのままごろんごろんと転がり続ける鋼鉄のキム砲弾に巻き込まれて、みるみるうちに周囲の景色を変えていく。


「……ホンマもんの鉄砲玉やん……」


 さっきまであんなにテンションマックスだったのに、絶叫して転がりながら虐殺していくキムの様子を、ノームたちがドン引きしながら見ている。


「ワシ、あいつの肉食うて悪かったって、今はじめて思ったわ」

「ワシもや……」


 そんなノームたちをよそに、メル、ユキ、ゾフィア、ジルベールが速やかに残存のゴブリンたちを掃討している。


 ここまで一方的だと、以前の僕たちなら、ちょっとゴブリンがかわいそうに思えたかもしれない。


 でも、彼らは決してそんな風にあなどってはならない相手なのだということを、僕たちは身を以て思い知らされていた。


 彼らは魔物。

 基本的には僕たちと相容れることのできない存在。


 そして、僕たちは最弱の生物なのだ。

 最弱の生物が魔物相手に情けを持つことほど、罪深いことはない。


 士官学校でも教えてくれないことを、僕たちは今回学んだ。


「……キム、もしかして、生きてる?」


 ゴブリンの死体だらけになった工房の一番奥の壁にささって動かないキムの前にユキが立っていたので、僕は駆け寄った。


「もしかして生きてるって何よ」


 ユキがぷっと笑いながら振り返った。

 ユキの顔からして、死んでいるわけがないと思ったから言ったんだけど。


「気を失ったわよ。ケガはないわ。……相変わらず、しぶといわね」

「すごいな。僕も肉いっぱい食べようかな」

「バカ」


 ちびユキに肘で小突かれて、僕は思わずよろめいて、キムの隣にへたりこんだ。


 小型化しているからいつもより衝撃が大きいのと、全速力で走り続けたから、ひざがカクカクして足に力が入らないのだ。


 それはノームたちも同じようで、後ろを振り返ると、工房奪還を喜んで勝鬨かちどきを上げるどころか、皆がその場にへたりこんでしまっていた。


「気を失う前に言ってたわよ。『ベル……ゆるさん……。肉、増量……』って」


 ユキの言葉に僕は苦笑して、キムの頭をぽんぽんと撫でながら言った。


「あとでたらふく食べさせてあげるよ。とびっきりのやつをね」

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