第二十一章「若獅子祭」(1)
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「うっ、すげぇ……」
会場の観客席を埋め尽くす人だかりを見て、キムがうめいた。
ヴァイリス国民がすべて集まっているかのような観客数に、僕も驚いた。
お、あそこでこっちに手を振ってるのは、
「あら、緊張してるの?」
「これを緊張するなって方が無理があるだろ……」
「オ、オレ、ちょっとトイレいってくる!」
アリサとキムが話していると、ルッ君が小走りに駆けて行った。
「メルも緊張してる?」
「う、うん、少しだけ」
僕が尋ねると、メルが笑った。
「でも大丈夫。今日はあなたを守るのが私の役割だから」
胸元ですー、と小さく深呼吸すると、決意したような表情でメルが言った。
「実地訓練の時みたいに、ケガなんてさせないから」
「……ありがと」
「……あんたたち……、よくこんな観衆の前で堂々といちゃつけるわね……」
「い、いちゃつくって……」
ユキの言葉に、メルが
「今日は私もまっちゃんを守るんだからね。二人でいちゃつくの禁止だから」
ユキがそう言って拳甲を握りしめると、ジャキッ!!と音を立てて鋼鉄製の爪が拳の部分から飛び出した。
「おお、カッコいい!!」
「ふふん、いいでしょー? 若獅子祭のためにお小遣いはたいて特注したんだから!」
「と、殿……あれを見てくれ……」
「ゾ、ゾフィア、どうしたの……、顔色が真っ青だよ?」
一番テンション爆上げだろうと思っていたゾフィアが、腐りかけの大根みたいな顔をして僕に何かを指している。
ゾフィアが指している方向を見ると……。
「お、ユリーシャ王女殿下だ。エリオット国王陛下も。アルフォンス宰相閣下まで……。本当にご覧になられるんだね」
あ、王女殿下と目が合った。
こっそり手を振ってくれた。
「そこではない……そこではないのだ殿……その隣の貴賓席だ……」
身体をぷるぷる震わせながら、ゾフィアが言った。
「おお、なんかすげぇ凶悪そうなおっさんがいる。白髪、黒ずくめの甲冑に眼帯って……、目が死ぬほどおっかないんだけど……、あのおっさん、絶対カタギじゃないぞ……っていうかあの人、僕のこと見てない?」
「父上だ」
「へ?」
「ジェルディク帝国元帥、ベルンハルト・フォン・キルヒシュラーガー……」
「げぇっ!!!」
し、しまった。
ゾフィアのお父さんを「凶悪そうなおっさん」とか「絶対カタギじゃない」とか言ってしまった。
そう思ってゾフィアの方をちらっと見上げるけど、ゾフィアは緊張してそれどころではないらしい。
「父上がおいでとなれば、不甲斐ないところはお見せできぬ。しかし、毒を盛られた殿は本来の100分の1も実力も発揮できまい……、そんな殿を見て父上はどう思われるだろうか……そして選んだ私を……ッ」
「あの、本来の100分の1の実力なんじゃなくて、僕の実力が君の想像の100分の1以下なだけなんだけど……」
僕がそう言っても、ゾフィアは聞いちゃいない。
なんでこの子は僕がショボいという話になると一切聞こえなくなるんだ。
「ユキ、そういえば、観客席に士官学校の制服を着た人がけっこういるんだけど……」
「ああ、上級生でしょ。修学研修から帰ってきたのよ」
当然だという風にユキが答える。
「修学研修?」
「そ。進学してから若獅子祭が始まるぐらいまで迷宮王国に遠征するのよ。宿屋に戻るか
「ああ、それで入学してから一度も上級生を見てなかったのか」
「疑問に持つの遅っ!!!」
「お久しぶりね、まつおさん」
ユキがドン引きしている後ろから、ショートカットのすんごいキレイなおねぇさんに声をかけられた。
「えっ……」
ユキがその顔を見て、口をぱくぱくさせた。
僕はその顔に見覚えがある。
士官学校の制服を着ていたから気づかなかった。
ユリーシャ王女殿下を救出した後に冒険者たちに酒場に連行された時にいた、真紅のマントに漆黒の革鎧で身を包んだめちゃくちゃカッコよかったおねぇさん。
「あなたはあの夜一緒に飲んだ……、ミスティさん!」
「あの夜……」
アリサの反応。
「一緒に……」
ユキの反応。
「飲んだ……」
メルの反応。
「なぜ父上が……」
ゾフィアの反応。
「覚えててくれたんだ。嬉しい」
「その制服……コ」
「コ?」
コスプレですかって言おうとした瞬間、なぜか命の危険を感じて、僕は頭をフル回転させる。
ものすごい大人びた印象だったから年上のおねぇさんだと僕が勝手に思い込んでいただけだ。
「先輩だったんですね。
「ミスティ先輩は9歳の頃から冒険者なのよ」
「えっ」
「お父様が高名な探検家で、ずっとお供してたんだって」
「詳しいのね。……あなたお名前は?」
「っ!? ゆゆゆ……」
「ゆゆゆさんね。これからは校舎で会う機会も増えると思うからよろしくね」
ミスティ先輩はそれだけ言うと、僕の肩に手を置いて、耳元に顔を近づけた。
ふわっとする薔薇の香りが鼻孔をくすぐって、それだけで心拍数が上がった。
なぜかメルが眼鏡を取り落しそうになって慌てて拾い上げている。
「……右を見て。他の連中も見に来てるわよ。みんな貴方に期待してるみたい。頑張って」
「右……?」
ミスティ先輩を見送ってから言われた方向を見上げると、僕を酒場に連行した冒険者の面々がこっちを見ていた。
「よお! 爆笑王!! 今日も盛大に笑かしてくれるんだろうな!!」
目が合った
「みんな朝っぱらから飲んでるのか……完全に出来上がってるじゃないか……ぐぇっ!!!!」
サカイさんたちに苦笑していた僕にユキのドロップキックが飛んできて、また観客席から爆笑する声が聞こえてくる。
「い、いっでぇぇぇぇっ、な、何すんだよ!」
「それは私のセリフよ!! 憧れのミスティ先輩に私の名前『ゆゆゆ』だと思われたじゃない!! どうしてくれんのよ!」
「それ、僕は何も悪くないだろ! 閣下もなんとか言ってやってよ」
偽ジルベールに振ると、彼は思案げな表情で腕を組んでから言った。
「ふむ……。
「名乗るかー!!!!」
ユキのドロップキックが偽ジルベールに炸裂した。
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