第二十章「若獅子祭前日」(5)
5
「閣下、どう?」
自陣の城後方にある小高い丘から広大な戦場を見渡している偽ジルベールに声をかけた。
「
そう言って振り返った偽ジルベールの顔は、かつて黄金色だった甲冑と同じく
「ぷっ……」
僕は必死に笑いをこらえた。
「構わん。自由に笑うがいい。許す」
「い、いや、ここは閣下の
「……卿は情の深い男だな」
「ごめん、笑っちゃうから、こっち向くのはやめてもらっていい?」
僕は偽ジルベールの顔を見ないようにしながら、彼の隣に座った。
「この戦場をどう見る?」
「そうだな。およそ勝つ気がある布陣とはとても思えん。逃げ場はなく、攻め手にも欠ける。森林に
さすが偽ジルベール。
「軍師」ヴェンツェルとまったく同じ見立てだ。
「だが、そうだな……」
偽ジルベールはまるで覇道を突き進む英雄のように、高々と前方に腕を突き出した。
大志を抱いた鋭い眼差し。
顔面が
「察するに、卿にとって、不利を負って川向いの手勢と戦うのは想定の範囲。むしろ同じ川南に陣取るD組の方が厄介に思っているのではないか」
「うわー、やっぱ閣下ってすごいんだなぁ」
僕は素直に感服してしまった。
「そうなんだよね。D組だけがどう動くか読めないし、不確定要素が強い。こっちの作戦を台無しにされる可能性もある。しかも、川南は森林地帯に覆われている。本格的に交戦すれば泥仕合となり、その間に他勢力の侵攻を許すのは必定」
「ああ」
偽ジルベールはユニーク過ぎる性格だから誤解されがちだけど、実はウチの学校でも限りなくトップに近い能力を持っているんじゃないかと思う。
「級長のアデールは女性の立場や尊厳を守りたいという意識が強い人なんだ。これは僕の予想だけど、彼女が指名した兵士は
「……ふむ、それはいささか安直な想像に過ぎるのではないか?」
ヴァイリス王国が誇る女性だけで編成された騎士団の名前を挙げると、偽ジルベールは
「こないだ閣下が貸してくれた本、あるでしょ。『女の騎士を女騎士と呼ぶのは騎士道にふさわしいのか』ってやつ」
「ああ」
「あの本、だいたいは女性の権利や尊厳に対する男性側の意識の低さについて痛烈に批判している内容だったんだけど、後半でちょっと女性側についても苦言を呈していたんだよね」
「ああ、『女の騎士は、男の騎士以上に男の騎士のようになろうとしている』っていう部分だな。女の社会進出を勝ち取るのに男の真似をすることの矛盾について嘆いていた」
あれだけつまらんって言ってたのに、僕が言及したらすぐに反応するところがすごい。
彼はどんな本もしっかり読み込んでいるんだな。
「そうそう。その中で、
「つまり、奴らは計略などは用いず、著者の言を借りるなら『男よりも男らしい』戦いをするということだな」
「そう。つまり、彼女たちは
「なるほどな。アデールとやらは、そこまで考えて
「そういうこと」
偽ジルベールは「実に興味深い」とばかりに、口元を歪ませた。
「となれば、D組は力勝負、正攻法で堂々と攻めてくる可能性が高いな」
「
「……ということは、アデールとやらは違うということか?」
「たぶん、ね」
僕は級長会議でのアデールを思い出した。
「あの人はたぶん、めちゃくちゃ理性的な人だよ。それこそ、女性として、女性のまま騎士道でもなんでも極めちゃいそうな人」
「……ほう。一度会ってみたいものだな」
「ちゃんと顔洗ってからにしてね」
顔面が
「
「ふむ、卿の考えは理解できるが、いささか見通しが甘いのではないか?」
偽ジルベールは言った。
「『男より男らしい』戦い方をする精鋭騎士団だぞ? 主を討たれれば『死兵』となり、我らの陣に突撃してくるのではないか? 精鋭部隊の突撃だ。多少の
「閣下、僕は『男らしくない男』の代表だよ?」
僕はにっこりと笑った。
「その時は森ごと焼き払うさ」
「それでは、こちらもDに攻め込めん」
「アデールが倒されて
「延焼して火の手が広がれば、我らとて、
「そこをどうにかできると思っているから、こうして閣下に会いに来たのさ」
「ふふ……なるほど……なるほどなるほど」
偽ジルベールの瞳に闘志の炎が宿る。
「私に、その者を討てというのだな?」
僕はにこりと笑って偽ジルベールにうなずいた。
「ふふふふふ!! それでこそ卿よ!! それでこそ将たる戦いよ!!」
「君とゾフィアに80人の兵を与える」
僕は言った。
「人数は少ないけど、みんな木こりとか猟師とか、野山や森林での行動に長けた人たちだ。きっと役に立つ」
「城を落とすには
「アデールの首ただ一つ」
「ふっ」
「女は斬れん、なんて言わないよね?」
僕は偽ジルベールに尋ねた。
試合で戦うのは召喚体だから実際に首を
「卿も知っての通り、私は騎士道を究めんとする者だ。戦う意思のない者は斬れぬ。女子供でも、男であってもな。例え剣を持っていても『持たされている』とわかれば、私は交戦を回避する道を選ぼうとするだろう」
「うん」
「だが、戦う意思と覚悟を持って剣を構える相手には、女子供だろうが老人だろうが決して容赦はせぬ。それは相手の騎士道に対する侮辱だと思うからだ」
「なるほどね」
「D組級長アデールは、私が必ず討ち取ってみせよう」
そう言って不敵に笑う偽ジルベールの顔は、
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