第三十一章「作戦名:ベルゲングリューンの井戸」(6)
6
「あ、あれが
「あの剣を見ろよ……。すげぇ
「でも、すっごくイケメンよね……、以前のキラキラしたお姿もステキだったけど」
若獅子祭で、ギルサナスとその父親、彼が
あの日の出来事で、彼は良くも悪くも、僕と同じぐらい有名になってしまった。
アヴァロニア全土で見ても、
得られる力に対する代償、犠牲が大きすぎるからだ。
……ギルサナスの失われた右目がそうであるように。
「でもよ……、なんでアイツがベルゲングリューン伯のパレードであんなに目立ってるんだ? アイツは伯の因縁の宿敵みたいなもんだろ……?」
「なんだ、お前、イグニア新聞読んでないのか? そんな簡単な話じゃねぇんだよ」
「そうよ! お二人の間には色々あるのよ!!」
観客たちがざわついている中、ギルサナスは何も言わず、抜き放った剣をゆっくりと天高くに突き上げた。
暗黒剣を包んでいた
「て、天が……、天が侵食されている……っ」
誰かが悲鳴のようにうめいた声が聞こえるが、それはすごくいい表現だと思う。
まるで水の中に絵の具を落としたように、剣の先から天空にまで広がった紫色の
「……一応聞くけど、これもあんたがやらせてんの?」
「うん」
あきれたようにささやくユキに、僕はうなずいた。
「すごいよね。いいなぁ暗黒騎士。僕もああいうのがよかった。……意外と素質あると思うんだけど」
「あ、あのねぇ……、さっきまでせっかく盛り上がってた観客がめっちゃビビってドン引きしてるんだけど……。完全に魔王軍みたいになっちゃったよ、このパレード」
「うん」
「いや、うんじゃなくて……」
光、法、秩序、善、純白。
僕たちの多くは、そうしたものが正しいもの、人としてあるべき、目指すべき姿だとどこかで思っている。
いったい、いつの時代からなのか、誰によってそういう
だから、ギルサナスのあの姿を見て、多くの人は恐怖を覚える。
澄み切った青空が、「光」にとって忌むべき「闇」の力によって覆われていく様子を、とても禍々しいものに感じてしまう。
「これでいいんだよ、ユキ」
「えっ?」
「僕たちが本当の『闇』というものをみんなに知らしめてやるのさ」
僕はそう言って、口元をニヤリ、と歪めた。
「ア、アンタ……どうしちゃったの?」
ユキがそう言っている間にも、空を紫色の剣気が覆い尽くし、やがて光が失われていくのと同時に紫の空がどんどん暗くなっていき……。
やがて完全な漆黒に変わると、すぐ近くで話していたユキの姿さえほとんど見えないほどの深い闇が辺りを包んだ。
よし、今だ。
僕はみんなに
『みんな、準備はいい? 今のうちに高台を降りて、馬車に乗り込むよ!! はい、スタート!!』
一瞬で明るい世界が失われたことのショックで、周囲の観客たちがどよめいている中、僕はみんなを誘導して、高台の前で停車している馬車に乗せていった。
「これで全員かな……、あれ?」
みんなが次々に馬車に乗り込んでいく中、誰かが足りない気がして戻ってみると、高台の周りでキョロキョロしている小柄な人影がうっすらと見えた。
「ルッ君、どうしたの?」
「い、いや、その、落としちゃって……」
「えっ、貴重品か何かを落としちゃったの?」
「……い、いや、そういうわけじゃ……その……」
真っ暗闇の中、ルッ君が言いづらそうにしながら、言った。
「……クッキーの入った小袋なんだけど」
「……」
「あ、やっぱなんでもない!! いいや、行こう!」
「……落としたのはこの辺?」
「お、おい」
僕は四つん這いになって、周囲の地面を確かめた。
「い、いや、いいーって! こんな時にそんなもんを探すなんてどうかしてるよな! ほら、行こうぜ! みんなが待ってる」
「人それぞれだろ」
「えっ」
僕は真っ暗闇の中、手探りで小袋を探しながら言った。
「大事なものってのは、人それぞれだろ」
「ま、まつおさん?」
戸惑うルッ君の声が頭の上から聞こえる。
「嬉しかったんでしょ。女の子に手作りクッキーを
「う、うん」
ルッ君が素直に言った。
「バカにしないのか? こんな時に、クッキーだぞ?」
「しないよ。その人が本当に大事にしているものを、僕はバカにしたりなんかしない」
僕はハッキリと言った。
真っ暗闇で、お互いの顔が見えないから、なんだかいつもより素直に話せる気がする。
「今はモテてないかもしれないけどさ、そういう気持ちを大事にできるルッ君は、そのうち絶対モテるよ」
僕は本心からそう思っている。
若獅子祭で僕が贈った懐中時計をルッ君が肌見放さず持っていることを、僕は知っている。
僕がいる時には決してそんなことはしないけど、事あるごとにハンカチでぴかぴかにしていることを、知っている。
「ほんとかよー」
「ほんとだって。このモテ
「ぷっ、そういうことを自分で言ってんじゃねーよ」
「だって、ひしひしと感じるもん。ルッ君から向けられる愛情を」
「お、お前、そっちなの?! 暗闇だからってヘンなことすんなよ?!」
ルッ君がささっと後ずさる音が聞こえる。
ちゃんと探してるんだろうか……。
「いや、僕は残念ながらノーマルだけど、ルッ君は色々こじらせた末に、ある日『オレ、もう男でいいや』とか言いそう」
「……や、やばい……。今さ、自分でもそんなこと言いそうとか思ってしまった。やっぱりオレ、さっさとまともな恋愛しないと……!」
「だから、焦りすぎなんだってば。心配しなくても、ルッ君は今、かなりいい感じに成長してきていると僕は思うよ」
「えー、全然実感できねぇよー。なんか実感できるようなこと、ないの?」
ルッ君の言葉に苦笑しながら、僕は考えた。
「そうだなぁ、たとえばさっき、アサヒからクッキーを貰った時に、『女の子からもらったのは初めて』ってみんなの前で言ったでしょ」
「う、うん」
「前のルッ君だったら、いいカッコしようとしてそんなこと絶対言わなかった」
「そ、そうかな……、そうかも」
「でもさ、素直にそうやって言ってくれたから、僕はその気持ちを理解して、共感できて、こうやって一緒に探そうって思ったわけ」
「な、なるほど……」
「相手に自分の気持ちを理解して、共感してもらうためには、まず自分が素直にならないとね」
「でもさ……、あの時、女子たちはドン引きしてたぞ……」
「そりゃそうだよ。だって女子は、『女の子に初めて手作りクッキーをもらった時の気持ち』なんてわかるわけないじゃん」
「おおっ、そういうことか……」
「ルッ君。相手に裸を見せてもらいたければ、自分も裸にならなきゃならないんだよ」
「……なんかそれ、えっちじゃね?」
「そうだよ。僕の身体はえっちでできているんだ……って、あ、なんかあったぞ……、見つけた!!」
「マジで!?」
駆け寄ってきたルッ君の顔に、僕はクッキーを投げた。
それをルッ君は、すばやく片手でキャッチする。
「ふふっ、オレは二度も同じ手は食わないんだ」
「この暗闇でよくわかったね……すごくない?」
「オレは
「なるほど、クッキーの小袋は動かないもんな……、ってヤバ! 急いで向かおう!」
「あ、そうだった!」
僕とルッ君は馬車に向かって駆け出した。
「その……、ありがとな、まつおさん」
背中にかけられたルッ君の言葉に、僕は「ん」とだけ答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます