第六章 「実地調査」(1)〜(2)
1
「たしかこの辺に……、あったあった、この屋敷だ」
「うっわ」
僕が指差すと、キムが気味悪そうに顔をしかめた。
昼ならおばけも出てこないだろうと、休日の昼間から嫌がるキムを無理やり付き合わせたのだ。
イグニア地方はヴァイリス王国にある各地方の中でも二番目に広く、首都アイトスのすぐ近くで僕たちの士官学校があるイグニア市はそこそこ都会だけれど、北東部と言われるこのあたりはのどかな片田舎が続く。
牧歌的な雰囲気が漂う街道を少し外れてしばらく鬱蒼とした森林をかき分けながら進むと、まさに「おばけ屋敷」といった様相の洋館が建っていた。
森に囲まれた廃屋敷。
かつては没落した貴族の領地だったが、100年以上前にその血統は途絶えて周辺一帯はすっかり荒廃してしまっている。
冒険者達が狩り尽くしたおかげで、この辺りにモンスターが出没することは滅多にないが、鬱蒼とした森林以外には泥炭地や沼地が広がっているため土地の買い手もつかず、今では子供たちの秘密の遊び場になっていたらしい……のだが。
「意外と悪くないよね」
「どこがだよ。……目がくさってるんじゃないか。森は不気味だし、カラスは飛び回ってるし、おまけに変な骨飾りまでところどころに置いてあったぞ」
キムのひどい言いように負けずに僕は答える。
「整地する人がいなかっただけで、森の植物は生き生きしてる。沼地って言ってたけど、ほら、すごくきれいだよ。屋敷がボロボロだからそう見えるだけで、これは湖といっていいんじゃないかな」
「そうかなぁ……そう言われてみれば……うーん、そうかなぁ」
キムがうなっている。
「子供の遊び場としては最高だね。探検気分を味わえるけど、そこまで危なくないし自然環境もいい。沼……湖がちょっと危ないけど、それでも川遊びよりはずっといい。水質も悪くない」
「それはそうかもな」
キムが湖の水をすくいながら言った。
陽光を浴びてきらきら光る湖面に魚影が見える。
……今度釣りに来ようかな。
「お、なんかあるぞ」
湖畔ぞいを歩いていると、小屋というにはかなり大きな建造物があった。
「これは……、納屋かな」
「ぼろっちぃ納屋だな。使われた形跡もないし、ここは関係ないんじゃないか?」
「まぁ、そうだね」
僕たちはそのまま、納屋の奥へと進んでいった。
2
「で、このへんかな。子供たちはここらで遊んでいたらしい」
湖畔と森林の間ぐらいに草原が広がっている。
元々は牧草地だったらしく、穏やかな風の流れとともに森林の木々や果実の香りが漂ってくる。
「子供たちはなんて言ってたんだ?」
キムの質問に、僕は事のあらましを説明した。
この湖畔から森林の内側のあたりは、あの子達の秘密の遊び場だった。
ところが、子供たちが遊んでいると、最近になって屋敷の方から変な物音が聞こえるようになったり、すえたような異臭がするようになったり、奇妙なうめき声が聞こえるようになった。
最初は怖がっていたのだが、やがて子供たちは湧き上がる好奇心に勝てなくなった。
「それでねー、こっそりおやしきのなかをのぞいてみたの。おばけはよるにでるから、いまならあんぜんかなって」
「ぼくはあぶないからおとなをよんだほうがいいっていったんだけど、ユータがさっさとなかにはいっちゃって」
「なんだよー、おまえたちもきになってただろー」
屋敷の中には、いたるところにごっそりとホコリをかぶった家具や調度品、絵画などがあった。
子供たちは外から入り込む陽光を頼りに、周囲を捜索したらしい。
「ヨマがちかしつをみつけたんだ。だんろのうえにある、あれなんだっけ、ろうそくをたてるやつ」
「しょくだいだよ」
「それ、ちょくだい」
「しょくだい」
「ちょくだい」
「こっちっかわのしょくだいをずらすとね、ごごごっておとがして、だんろがうごいたの!」
「あー!おれがいおうとおもったのに!」
「こっちっかわっていうのは、みぎがわのことだよ。みぎがわのしょくだいをこう、うえにずらすんだ」
その暖炉の奥には下に降りる階段があり、その先には大きな鉄の扉があったらしい。
「そこから、きこえてきたんだ……」
そこまで言うと、子供たちはその時のことを思い出したかのように肩をぶるぶるっと震わせた。
「いだいなる……なんとかのためになんとかをささげよ……、しかばねのなんちゃらをもってにえがうんちゃらかんちゃら」
「さいしょにひとりのこえがきこえて、そうしたらいっせいにほかのこえがおなじことをいっててて……」
「さいしょにユータがにげたの。それでわたしもこわくなってにげて」
「ば、ばか!ちがう!おれは……」
「いや、あそこでにげたのはけんめいだよ。ユータのはんだんはただしかった」
「だ、だろ?」
「ユータにしては、だけどね」
どのぐらい屋敷の中を探検していたのか、外に出た頃には、辺りはすっかり暗くなっていたらしい。
「そしたら、おいかけてきたんだ!!」
「もりをはんぶんぐらいぬけたあたりで、きづいたんだ」
「おうまさんがぶひひひーん!!っていって、どどどどどどってすごいおとでかけてきて」
3人は一目散に逃げていると、幸いなことに街道に出る辺りで追手の音が止まったらしい。
「それで、ほっとしてうしろをみたら……」
「みたんだ……」
「くびが……なかったの……」
青ざめた顔で、子供たちは語った。
首なしの騎士が、馬の手綱を引いて屋敷に引き返そうとしているところを……。
「そのガキ共は今どうしてるんだ?」
「とりあえず安全が確認できるまでは他所で遊んでいるようにお願いしておいた」
「ふむ……、でも、大丈夫そうじゃないか?」
キムが周囲を見渡しながら言った。
「ここに来るまでぬかるんだ道だったから、おそらくここ2日あたりの足跡がけっこう残っていたが、子供の足跡しかなかったぞ。馬どころか、
キムも気付いていたか……。
前から思ってたけど、脳筋っぽい感じなのに、意外と思慮深いところがあるんだよね。
「そうなんだよね。でも、もしそれが霊体だったなら? お化けって実体がないから物理攻撃が通らないんでしょ? ってことは、足跡もつかないんじゃない?」
「霊体? 本当にいると思うか?」
「まだわからないけど……、あとね、それだけじゃない」
「というと?」
「まだわからないけど……、ほら、あった、あそこにボートがある」
「それがどうかしたのか?」
「いいからいいから」
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