第十九章「級長会議」(2)


「あ、貴方のローゼンミュラー子爵家ってジルベール公爵のお膝元でしょ。そんなことして大丈夫なの?」


 驚きに目を丸くしてアデールが言った。


「先程、我が祖先エルフリーデの名前が出ていたが、彼女はもともと専門は軍略ではなく、情報分析が本分だった。彼女の功績で軍略家の家系などと言われているが、聞こえがいいからそう名乗っているにすぎない」


 ヴェンツェルは柔らかそうな狐色の前髪を手で横に流しながら言った。

 大軍師といわれたエルフリーデも、こういう感じの女性だったのだろうか。


「私も専門は情報分析だ。その私の分析によると、ユリーシャ王女殿下誘拐による前宰相の失脚以降、ヴァイリス王宮での勢力図は大きく変わろうとしている。前宰相ベイガンは決して無能な男ではない。先の暴挙も、ジルベール公爵家とユリーシャ王女殿下の婚姻が決まればジルベール大公の権力が強大になりすぎることを恐れて起こしたものだと思われる」


 ヴェンツェルがすらすらと自論を展開する。


「本来であれば政敵であるベイガンが失脚してジルベール大公の権勢がさらに強まるはずだったが、ユリーシャ王女殿下はすぐに無傷で救出され、聡明な王女殿下は宰相の後任として、外交の天才と呼ばれたアルフォンス・フォン・アイヒベルガー閣下を復職なされた」


 外交の天才……。

 釣り好きの宰相閣下にはそんなカッコいい異名が付いていたのか……。


「もともと軍人で政務に疎く王宮での駆け引きでのし上がったジルベール大公と比べ、アルフォンス宰相閣下は官僚たちの受けも良く、王女殿下の信望も厚い。焦ったジルベール大公はどうやら強引な手を使って、王宮を意のままに動かそうとしている様子だ」


 ヴェンツェルは続ける。


「ジルベール大公の政策案に反対していた諸侯が、なぜか突然賛成派に回るようなことが頻発するようになった。どういう手を使っているのかはわからないが、ロクなやり方ではあるまい。宰相閣下が前宰相の尻拭いをしている間に派閥を強化し、息子を王位に就かせて絶大な権力を振るうつもりなのだろう」

「ヘッ、なるほど。似たもの親子ってわけか」


 リョーマが吐き捨てるように言った。

 それについては僕も同感。


「そのすべての渦中にいるのが、ベルゲングリューン伯。君だ」


 そう言って、ヴェンツェルは僕を指差した。

 

「最近、公務の合間に、ユリーシャ王女殿下や宰相閣下が馬車でイグニア北東部にお出かけになることが多くなっているらしい」


 僕の顔をまっすぐ見ながら、ヴェンツェルが言った。

 こいつ、すごい。


「私の予想が正しければ……」


 ノンフレームの眼鏡をはずして、目頭を揉むようにしながら、ヴェンツェルが答える。

 しぐさは初老の男性なのに、見た目が女の子みたいだから違和感がすごい。


「ジルベール公爵家はまもなく失脚する。トーマス、君の杞憂も消えることだろう」

「えっ?」


 トーマスが驚いて顔を上げる。

 僕も驚きだ。


「ベルゲングリューン伯がそうしてくれる。そうだろう?」

「……そのつもりだよ」


 僕は仕方なく、正直に答える。


「それが、僕がだまされたフリをして嘘の情報を流さなかった2つ目の理由だよ。僕はある理由から若獅子祭でA組を完膚なきまでに叩き潰して優勝する必要がある。今ではそれがC組の総意だ。共闘など最初からありえない」


 全員にその意思が伝わるように、僕は言い放った。


「理解したか? 彼は意地悪で君の告白に耳を貸さなかったわけではない。もうすぐ解決できる問題だと確信しているから、相手にしなかったのだ」

「そう……だったんだ」


 ……い、いや、そこはただめんどくさかっただけなんだけど……。


「で、でも、ジルベール公爵家を失脚なんて、そんなことが本当に……」

「私は入学時の実技訓練以来、ずっと彼に注目してきた。私は彼なら可能だと考える」


 トーマスの問いにそう断言すると、ヴェンツェルは座席から立ち上がり、僕の方に歩いてきた。

 コツ、コツ、と足音を立て、両腕を組んで背筋を真っ直ぐにして歩く姿はまるで洗練された老紳士のようだけど、見た目は美少女にしか見えない。


「勝敗が決する前に、いかに勝ち馬を見極めて乗るかが貴族家の生き残る道。私はローゼンミュラー子爵家当主として、我がクラスを捨て、君にくみしたいと思っている。そのためにここに来た」

「前にも誰かに言った気がするんだけど、編入ってそんなぽんぽんできちゃうもんなの?」

「『帝国猟兵』と『聖女』が特例で許されるなら、『軍師』だって許されるべきだ。そう言ったらボイド教官が笑って許可してくれたよ」

「もう許可とったんかい!」


 僕は思わずツッコんだ。


「B組はC組より人数が多いし、そもそもA、Bを貴族組にしている時点で公平性はない。若獅子祭で与えられる兵士の数にも変わりないし、問題あるまい」

「そ、そりゃ、そうだけど……。平民出身のCクラスに抵抗はないの?」


 僕の問いに、ヴェンツェルは答えた。


「貴族家の当主であるからには、私は貴族として生きる。だが、相手が貴族であるかどうかということには興味がない」

「ククク……、おもしれぇ話だ」


 妙に静かにしていたリョーマが口を開いた。


「A組の連中にひと泡吹かせる話かと思えば、士官候補生が大公爵グランドデュークを伯爵家ごとぶっ潰すってか? そんな話、ホラにもならねぇ与太話だろうよ。……そこの爆笑王の言葉じゃなきゃな」

「君も一緒に来るかい?」


 ヴェンツェルがリョーマに言った。

 そんな「メシ食ってく?」みたいなノリでウチの編入を決めないでもらいたい。


「実に面白そうな話だが、やめとくぜ。こんなヤツと全力で戦える機会を逃すなんて、もったいないからな」


 目を爛々らんらんと輝かせて、リョーマが言った。

 どうやら、厄介な相手に火を付けてしまったらしい。


「アデールは?」

「とっても魅力的なお話だけど、私はパス」


 アデールは答える。


「ウチのクラスは気弱な女子が多いの。私が守ってあげないと、ちょっと心配」

「オメェの気が強すぎるんじゃねぇか?」

「あら、褒めてくれてありがとう」


 アデールがニッコリ笑うと、リョーマは小さく舌打ちをして顔をそらした。

 どうやらアデールみたいな女子が苦手らしい。

 意外と、この二人は紆余曲折うよきょくせつの末に付き合ったりしそうだと思う。

 そして絶対アデールが主導権を握る。


「さて……、トーマス」

「っ……」


 僕は肩を落としたままのトーマスの方を向いた。

 気落ちしたままだけど、謝罪してスッキリしたのか、ジルベール公爵の話を聞いてかすかに希望が湧いたのか、その顔にはさっきほどの卑屈さは感じない。


「たぶんだけど、ここにいる連中は君の裏切りのことなんてコレっぽっちも気にしちゃいない。だから、さっきの謝罪だけで君を許すと思う」

「オウ、ノド乾いたから、カフェテラス行って修道女の胡椒水シスターペッパー買ってこいや」

「リョーマ……」

「シャレ!シャレだよ! シャレに決まってんだろ……」

「君が言うとシャレになんないんだよ」


 僕があきれた顔を向けると、リョーマが笑った。


「僕も君を許そう。だから、もう今回の会はこれでお開きだと思うんだけど……」


 僕はトーマスの前に立って、言った。


「僕と友達になりたい?」

「っ……!」

 

 トーマスはびっくりして僕を見上げた。


「さっき嫌いで、軽蔑しているって……」

「うん、そうだね」


 僕はハッキリ言った。


「嫌いで軽蔑されていたら、友達にはなりたくない?」

「……」


 トーマスは僕の言葉を頭の中で反芻はんすうするようにしてから、小さい声で、でもしっかりした声で言った。


「……なりたい。君と友達に、なりたい」

「よかった。僕もそう思ったから」


 僕はにっこり笑って、トーマスの肩をぽん、と叩いた。


「今の君は、この会議に来て、はじめて自分の言葉で話したんだ。それができない限り、誰も君のことを本当に好きになることはないんだ」

「自分の、言葉……」

「だから、僕はちょっとだけ、君のことが好きになったよ」


 僕はそれだけ言って、会議室を後にした。

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