第二十九章「士官学校ギルド」(6)


「後ろ!! アンデッドコボルド5体! いやもっとだ!」


 ヴェンツェルの言葉と、背後から聞こえるカラカラとした骨の音に、僕はすぐには後ろを振り向かず、一度前にステップして距離を取ってから左腕をかざした。


 パシャ――ッ!!


 左腕で実体化した水晶龍の盾からまばゆい光が発生して、屍鬼グールと化した犬頭鬼コボルドたちに照射される。


「「「グゥゥゥアアアアアッ!!!」」」


 光を浴びたアンデッドコボルドたちは絶叫し、その身体がみるみる焼けただれていく。


「……なんと美しい光だ……。それが噂の、水晶龍の盾か……」


 ヒルダ先輩が僕の左手に突然出現した水晶龍の盾を見て、感嘆の声を漏らした。


 アンデッドコボルトは、古代迷宮の中層によくいる不死者アンデッドだ。

 迷宮の上層階で活動する犬の頭をしたゴブリンのようなモンスター、コボルドが過酷な中層に迷い込み、命を落として白骨化する。

 それが古代迷宮の呪われた力によって不死者アンデッド、つまりゾンビのようになり、動き回るようになったものがアンデッドコボルドだ。


 不死者アンデッド化した魔物モンスター――そこには人間も含まれる――は一部の例外を除き、知性や知能が低下する反面、その戦闘能力は軒並み高くなっていて、初級冒険者にとって手頃な相手であるコボルドだけど、不死者アンデッド化すると格段に手強い相手になる。


 僕たちも、不死者アンデッド退治のエキスパートであるアリサがいないと苦戦するところだったんだけど、水晶龍が放つ光は、生ける相手にも目くらましとして役立つけど、このコボルドのような不死者アンデッドや死霊相手には強力な攻撃手段にもなることがわかったのだ。


 そういう効能があるなら、教えてくれればよかったのに。

 アウローラは相変わらず、こちらが尋ねない限り、冒険攻略には一切ノーヒントだった。


 僕はそのまま前進して、アンデッドコボルドの集団の中央まで飛び込んでいく。

 ぎりぎりまで鞘を抜かず、引きつけて、すり足で大きく右足を前に運んだ瞬間、足を踏みしめるのと同時に剣を振り抜いた。


フン!!」


 赤い閃光と共に、横薙ぎに払った小鳥遊の刃がアンデットコボルドの集団を一気に殲滅する。


(えっ)


 予想以上の剣技の冴えに、自分でも驚いた。


「ふ、やはり貴様は謙遜が過ぎるようだ」


 それを見て、ヒルダ先輩が満足そうに目を細める。

 そんなヒルダ先輩の足元にも、すでに複数体のアンデッドコボルドの骨片が散らばっている。


「今のは居合いあいだな? 素晴らしい剣技ではないか」

「い、いや、今のは……」

「おおっ、さすが先生じゃー!! おまえら、先生を応援するんじゃー!! フレーッ、フレーッ!! ベ・ル・ゲ・ン!!」

「「フレーッ、フレーッ!! ベ・ル・ゲ・ン!!」」


(戦えよ!!)


 心の中で毒島ぶすじま応援団にツッコミを入れつつ、僕はアンデッドコボルドの集団後方にも魔物モンスターが控えているのを確認する。


「ルッ君、ちょっと敵が多い。挑発してそっちで何体か引き受けてくれない?」

「わかった!」


 今回は壁役タンクのキムがいないので、敵をまとめて戦うような戦法は難しい。

 ルッ君にいくつかの気を引いてもらうことにした。


「ヒルダ、背中を預けます。ヴェンツェルは支援を頼む。ガンツさんとおっつぁんは退路の確保をお願い。包囲されるのだけは避けたい」

「フッ、任せろ」

「了解じゃ!! ワシのくわでぜーんぶ蹴散らしちゃるわー!!」

「ゆっくり後退して、後ろの広間で戦う認識でいいか?」


 ガンツさんが作戦を確認する。


「そうそう。ここは相手の数に対して狭すぎる。広場まで戻れば、ユリシール殿の棍棒ぶん回しも使えるから」

「もうユリーシャでよいわ!」

「い、いやダメですって……。そこはオレらのためにも『ユリシール殿』で通してくだせぇ……」


 ガンツさんがドン引きしながら言った。

 そりゃそうだよね。


 王女殿下は結局、びついたエクスカリバーの刺さった岩をそのまま武器として利用していた。

 スネようが錆びようが聖剣は聖剣。ポキっと折れるようなことはないらしい。

 動きの遅い相手や、今のように大量の敵が相手の時には無類の強さを誇る王女殿下の聖剣棍棒だけど、小回りが利かないので、僕たちがいるような狭い場所では十分な力を発揮できない。


 ……それにしても……。


 ドン!ドン!ドドン、ドン!!!


「「「フレーッ、フレーッ!! ベ・ル・ゲ・ン!!」」」

「「「もっ・えっ・ろっ・ヴェンツェル!! ヴェ・ン・ツェ・ル・ファイヤー!!」」」

「す・す・め!! ヒルデガッルッド!! よぉーっ、ラタターラタターラッタッタ!! セイ!!」

「「ラタターラタターラッタッタ!!」」


 古代迷宮に太鼓の音と毒島先輩たちの大声が響き渡る。

 かつて、この迷宮がこれほど騒がしかったことがあるのだろうか。


「応援することにもう何も言わんが……、せめてその、『ラタタ』というのはやめてくれんか……、力が抜ける……」


 ヒルダ先輩が本当に脱力しながら言った。

 

 でも、意外だったのは、毒島先輩たちの応援の効力だ。

 最初は戦闘中に笑ってしまって大変だったけど、慣れてくると不思議と身体の調子がいい。

 さっきの剣技にしても、僕の実力以上の力を発揮できたのは、毒島応援団のおかげなような気がする。


 ……気がするだけかもしれないけど。


「ちっ、数が多くてさばききれん!! 貴様ら非戦闘員は下がれ!!」

「否!! ヒルデガルド生徒会長様!! ワシらは戦闘員じゃぁあ!!! ここが死地と言うなら、ワシらは死ぬまで応援するんじゃあ!!」

「ブス先輩!! 後ろ!!」


 なだれ込んだアンデッドコボルド数体が、毒島先輩とその取り巻きに斬りかかった。

 ザシュッ!!!


「先輩ッ?!」


 太鼓を叩き、応援を続ける無防備な背中を、アンデットコボルドの剣が引き裂いた。

 他の二人は比較的軽傷だが、毒島先輩の右腕から肩口に走った傷から、鮮血が噴き出している。


 だが……。


「よぉーっ! ラタターラタターラッタッタ!! セイ!!」

「「ラタターラタターラッタッタ!!」」


  毒島ぶすじま先輩たちはそんな苦痛に顔を歪ませることもなく、また反撃することもなく、ただひたすらに応援を続けていた。


「き、貴様ら……正気か?!」

「ぷっ……、ふふっ」

「ベル……?」


 急に笑い出した僕に、ヒルダ先輩が怪訝そうに顔を向ける。

 だめだ、笑いが止まらない。


 しかも、「ラタタ―」の動きがめちゃくちゃおもしろい。

 まっすぐに伸ばした両手を左下にビシッと下ろして「ラタタ―」、次に右下に下ろして「ラタタ―」、最後の「ラッタッタ」で、左下、右下、左下と両手を下ろしながら叫んでいるのだ。

 ……肩から血を流しながら。


「くくっ……あっはっはっはっは!!!! ……ブス先輩たち、最ッ高……」


 僕はおかしくて仕方がなかった。

 そして、取り巻きたちがどうして、こんなむちゃくちゃな先輩に付いていくのかも少しわかってしまった。


「ブス先輩、僕はあなたたちのことが大好きになりました」


 ヒルダ先輩に前を任せ、毒島応援団を攻撃していたアンデッドコボルドを一掃しながら、僕は言った。


「わはは!! 先生に喜んでもらえたら、ワシらも応援の甲斐があるっちゅもんじゃぁ!!」

「ヴェンツェル、大広間に戻ったら三人に回復魔法ヒールをお願い」

「いらんいらん! こんなもんかすり傷じゃあああ!! 気合で治したるわい!!!」

「せやせや!! 団長の鉄拳制裁に比べたらこんなもん、はなくそにもならんで!!」

「我ら毒島応援団、地獄の果てまでお供させていただきます!!」


 そう言う毒島応援団の言葉は決して強がりでもなんでもなく、実際に毒島先輩の肩の出血が止まっていた。


「き、気合ってすごい……」

「そんなわけがあるか!! あれはアドレナリンヒールという蛮族戦士バーバリアンの回復手段だ。興奮状態における血管の収縮作用で出血を止め、苦痛を抑制しているのだ」


 ヒルダ先輩が解説した。

 なるほど。

 花京院やジョセフィーヌが多少の手傷など関係なしに突撃できるのもそのおかげなのか。


「というか、さっきから僕が全然疲れないのも、もしかして……」

「ああ、私もだ。……どうやら同様の効果が我々にも発揮されているらしい」


 さっきからずっと交戦が続いているのに、僕たちは息切れ一つ起こしていない。

 特に激しい動きをしているルッ君は、さっきから敵集団の攻撃をかわして背後奇襲バックスタブを何度も成功させている。


「貴様の人選は間違っていなかったということだな。剣士が一人二人増えたぐらいでは、この難局を乗り切ることはできなかっただろう」


 鉄球が転がっていった先の行き止まりには、案の定仕掛けがあった。

 予想と違っていたのは、それが落とし穴ではなく、下り階段だったということだ。


 古代迷宮の地下二階は、トラップだらけだった一階と違って、全体的に傾斜が強めであるということ以外、特徴のない部屋が多かった。


 本来は、鉄球が各部屋を転がりながら一階のトラップとして再利用されること自体が大きな罠だったのだろうが、聖剣エクスカリバーで鉄球を破壊してしまったため、僕たちは二階で鉄球から逃げ回る目に合わずに済んだ。


 ただ、その代わりに遭遇したのが、この大量の不死者アンデッドたちだ。

 不死者アンデッドの名の通り、燃やすか神聖魔法でトドメを刺さないと、またすぐに復活してしまう。


 おそらく鉄球の餌食になり、また不死者として立ち上がりという、間引きと再生を何度も繰り返したであろう連中は、間引きする鉄球の存在がなくなったことで次々と蘇生していき、こうして迷宮二階にあふれかえっているのだろう。


 そんな、とっくに撤退を決断していてもおかしくなかった状況で、ここまで交戦を継続できたのは、毒島応援団による支援効果が大きいことを、僕たちは今さらながらに実感していた。


「よーし!! ここはひとつ、わたくしもそなたらを応援してつかわそう!!!」

「へっ?!」


 錆びたエクスカリバー付き大岩を振り回せなくてやることがないと判断した王女殿下が、毒島応援団の隣に立った。


「お、王女殿下! そ、それだけはなりませぬ!! 王女殿下ッッ!!」


 まるで祖父の魂が乗り移ったかのように、ヒルダ先輩が叫んだ。


「よぉーっ! ラタターラタターラッタッタ!! セイ!!」

「「「ラタターラタターラッタッタ!!」」」


「おーい、こっちの敵はあらかた片付いて……う、うわっ……?!」


 戦闘から戻ってきたルッ君が、それを見て思わず後ずさって尻もちをついた。


「お、お前、王女殿下に何をやらせてんだよ!?」 

「や、やらせとらんわ!!」


 頼むから、「ヴァイリスの至宝」が両手をビシッと揃えて左下、右下、左下右下左下と動かしながら「ラタター、ラタター、ラッタッタ!」と叫ぶ姿を、僕のせいみたいに言わないでもらいたい。


「あああ……な、なんということを……」


 ヒルダ先輩がうめいた。

 

「ヴェンツェル……、どこかでメアリーが見てたりしないよね……? こればかりは、この光景だけは世に知られるわけには……」

「君と知り合ってから、ユリーシャ王女殿下は楽しくて仕方がないのだろうな……。あの楽しそうなお顔を見ろ……」

「……そのかわいい見た目で、孫を見るおじいちゃんみたいなこと言わないでくれる?」

「オメェ、オレの娘が大きくなっても、絶対この踊り教えたりすんなよ……」


 いつの間にか戻ってきていたガンツさんが僕に釘を刺した。


「わはは!! ワシらんために応援してくれちょるんか!! 王女殿下がこげに市民に寄り添う御方じゃったら、ヴァイリスの未来は安泰じゃのう!」

「いやいや、寄り添いすぎでしょ!!」


 応援の効果もあってか、僕たちは順調にアンデッドコボルドの集団を掃討できていた。

 ……そんな中、さっきからちょっと動きがおかしくなっているのは、ヒルダ先輩だ。

 

 本人も言っていたけど、「ラタタ」が苦手らしい。

 

 今も見ていると、最初の「ラタタ」で左のトンファーで斬撃を受け止め、次の「ラタタ」で右のトンファーで受け止め、左右のトンファーを左手で掴み、ホルスターの特殊警棒を抜いて、「ラッタッタ」で炎属性の三連撃を放っている。


「ぷくくっ……、めちゃくちゃリズムに乗せられてる……」

「貴様……、今笑ったな……? 早くあれを止めさせろ!!」


 ヒルダ先輩が振り返って、僕を恨みがましい目で見ながら言った。


「いやぁ、でも、アレ、思ったより戦力になるというか……」

「せめて、王女殿下だけでもおめしろ!! なんというか……勘が狂うのだ……」

「む、無理ですって……。あんなお顔の王女殿下を止めるわけには……」

「なぜ応援なのだ!? ご自身が素晴らしい魔法の才能をお持ちなのだから、棍棒が振り回せなくとも無詠唱の火球魔法ファイアーボールを連射すれば良いではないか!! というか、さっきまでそうされておったではないか!!」

「飽きたんじゃないかな……」

「あ、飽きた……、この窮状で、飽きたと……」


 呆然としたヒルダ先輩が、とうとう肩を震わせはじめた。


「ふふっ……、ふふふふっ……。ベル、私が祖父殿に最初に与えられた本の題名はなんだと思う?」

「『働く男の汗』とか……」

「それはただの私の性癖だ。って何を言わせる」

「す、すいません」

「あのな、貴様の汗の匂いが嫌ではなかったからああ言っただけであって、実際は……」

「い、いや、戦闘中にその話を引っ張らなくていいですから……」


 実際、こんな会話をしながら、僕たちはアンデッドコボルドの掃討を続けている。

 圧倒的劣勢にあっても、恐怖するだけの知能がない不死者アンデッドがひるむことはない。


「私が最初に与えられた本の題名、それは『常識コモンセンス』だ」

「ああ……、アルフォンス宰相閣下っぽい」


 常識を重んじるアルフォンス宰相閣下が、古代迷宮の地下で「ラタタ」って言いながら踊っているユリーシャ王女殿下を見たら、きっとその場で泡を吹いてぶっ倒れてしまうに違いない。


「私と祖父殿とでは目指すべきものはまるで違うが、心の芯には幼少期に読んだその本の影響が根ざしている」


 振り上げた左腕のトンファーでアンデッドコボルドの白骨化した左アゴを叩き割り、右腕のトンファーをくるくると回して二体のアンデッドコボルドのこめかみを強打しながら、ヒルダ先輩が言った。


「だが、貴様との冒険をしていると、そこがグラグラと揺れるのだ……。それが……その感覚が……たまらなく……」

「たまらなく……?」


 ヒルダ先輩はこちらを振り向き、一歩僕に近付くと、はぁ、と息を吐きながら、ささやくように言った。


「たまらなく、私をうずかせるのだよ。ベル……」


 エキゾチックなイランイランの香りに混ざった、動物的な汗の匂い。

 毒島応援団withユリーシャ王女殿下による大声援が後ろから聞こえてこなかったら、きっと僕もドキドキしていたに違いない。


 ベルゲングリューン市のはずれにある古代迷宮。

 長らく放置されていて魔物モンスターたちの巣窟となっていた迷宮の二階層までを、僕たちは制圧しつつあった。

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