第三章 「称号」(2)~(3)


「というわけで、だ」


 僕は黒板をばぁん、と叩いた。

 黒板には僕がたった今チョークで書きなぐった字がデカデカと掲示されている。


 「まつおさんにまともな称号を獲得させる会」と。


「バカバカしい、やってられるかっつーの」


 ルッ君がヤジを飛ばした。


「もうお前には立派な『称号』があるじゃないか、『爆笑王』」


 キムの言葉に、クラスメイトがどっ、と湧いた。

 

 僕はそんな周囲に構わず、不敵な笑みになるよう、表情を作って二人を見据えた。


「さっちゃん」

「……っ」


 僕が放った一言に、キムがわずかに反応した。


「おや、この名前に聞き覚えがあるようだね、キムラMK2君?」

「なんのことだ……」

「なんのことだって? ふふ、君の幼馴染のさっちゃんのことだよ。『うんこもらしのキムラ君』」

「な、な、な……っ!?」

 キムはガタン、と座席を立ち上がって、僕を指さした。


「なんでお前が……、そのことを知っている……」

「『爆笑王』はなんでも知っている。僕を敵に回そうなどとは、ゆめゆめ思わないことだ……。それとも、続きを言った方がいいかな?」


 みんな知らないが、キムから情報を得るのは実にたやすい。

 キムの寝言はひどい。

 そんな寝ているキムに話しかければいいのだ。

 無意識化の意識というのは、普段本人が覚えていない記憶まで覚えているものだという。

 今の僕は、もしかしたらキム以上に、キムの秘密を知っている。


「ルクス君、君には上級生にお姉さんがいるね。ルーシーさん。おとなしいけど、三つ編みが似合う、なかなかキレイな人だ」

「そ、それがどうかしたのかよ」


 急におとなしくなったキムをちらりと見てから、ルッ君が怪訝そうにこちらを見上げた。


「彼女が君のことについて色々、教えてくれたよ……」

「はっ、何を言い出すかと思えば、やすいブラフだな!」


 安心したように、ルッ君が挑発的に笑った。


「あのな、まつおさん、知らないようだから教えてやるけどな? ウチの姉貴は緊張のあまり、新学級の自己紹介でぶっ倒れるぐらいの、病的な引っ込み思案なんだぞ? そんな姉貴が、ロクに知らないアンタにそんな話をするわけが……」

「ほう、ならば、ここで話しても平気だな?」


 僕はニヤリと笑って見せた。


「だから、ハッタリはよせって……」


 言いかけるルッ君をさえぎるように、僕は言葉を続けた。


「ある日、ご両親が旅行に出かけていて、彼女も出かける予定だったある休日」

「えっ」


 途端に、ルッ君の顔色がさっと変わった。


「い、いや、ちょっと待て……」

「彼女はその日、友人とランチをする予定だったのだが、友人が突然来られなくなり、仕方なく家に帰った」

「ちょ、ちょっとちょっと、ちょっと待て!!」

「待て……? それは爆笑『王』に対する命令かね?」


 僕はルッ君の制止も聞かずに、さらに続ける。


「自分の部屋に戻った君の姉は、そこに弟であるルクス君がいるのに気付き、その姿に衝撃を受けた。彼女はこう言っていたよ。『全裸ならまだ良かったんです。まさか弟が、自分の……』」

「うわー!!!うわー、うわああああ!!!!!」


 突然ルッ君は叫んで机から飛び上がり、教卓の前で土下座をした。


「大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁっ!!! あーオレなんで調子こいちゃったんだろうなぁ!! お願いですから、お願いですからぁぁ、もうそれ以上言わないでくださいぃぃ!!」

「くっくっく、わかってくれればいいんだよ、わかってくれれば」


 僕はルッ君に笑いかけた。


「……なぁ、まつおさんって、たまに恐ろしいところ、あるよな」


 花京院が隣の席のジョセフィーヌに言った。ささやいているつもりだろうが、声が大きい。


「ルクスくん、お姉さんの部屋で何をシテたのかしらね、ウフフフ」

「なん……でだ……」


 すでに話の 8 割以上をクラスメイトに暴露されてしまっているルッ君が、土下座の姿勢のままガックリとうなだれた。


「なんで、あんなコミュ障をこじらせたような姉貴が、コイツにそんなことを話すんだ……」


 たしかに、ルッ君の姉、ルーシーさんは手ごわかった。

 話しかけるどころか、誰かが半径 1.5 メートル以内に近づくとピューっと逃げていくのである。普段どうやって授業を受けているのか、不思議で仕方がない。


 だが、それはあくまで「人間相手」の話だ。

 ルーシーさんがクマのぬいぐるみ好きだと知った僕は、試行錯誤の末、クマのぬいぐるみごしでの会話ならいくらでも会話ができるということを発見した。


彼女の中で僕は「まつおさん」ではなく、「クマのマッツィーくん」なのだ。





「……それでは、会議を始めようと思う」


 キムが黒板をばぁん、と叩いた。

 僕は悠然と椅子に座って、会議の進行を見守っていた。


 黒板には、「まつおさんに『なんとしてでも』、まともな称号を獲得させる会」と書かれている。

 「なんとしてでも」と書き足したのはルッ君だ。

 そう、もはや彼らの会議への積極的参加などは当然である。


 彼らの秘密が次号のイグニア新聞に掲載されるかどうかは、僕がそれまでに新しい称号を獲得できるかどうかにかかっているのだから。


「うーん、『二刀流の使い手デュアルフェンサー』とかはどうだ、カッコいいんじゃね?」

「片手剣もロクに扱えない奴がどうやって取るんだよ。カッコいいけど」

「それもそうか、お前、頭いいな」

 

 花京院とキムが話している。

 ユキが図書室から借りてきた「称号辞典」を眺めながら、みんなで僕が獲得できそうな称号について、口々に議論を交わしていた。


「『買い物上手』なんてどう? 相場が安い時に買って、高い時に売ることを意識していれば、いつか獲得できるらしいよぉー」

「却下だ、却下」


 ユキの提案を、僕は即座に切り捨てた。


「『爆笑王』で『買い物上手』って、僕を通販番組に出させたいのか」

「ぷぷぷっ、そりゃそうだ」吹き出したルッ君を、僕はちらりと一瞥する。

「あ、い、いや、なんでもないです」


「……通販番組って何?」

「さぁ」


 ユキの質問に、メルが首をかしげる。

 そういえば、なんだっけ。


「ねェねェ、でもね、称号って、別に持ってるからって何か特殊な力が手に入ったりするわけじゃないンでしょォ?」


 ジョセフィーヌが言った。


「だったら、そんなのいくつ持ってたって、仕方ないンじゃない? アナタは、もういいモノ持ってるんだ・か・ら」

「さりげなく股間をダイレクトタッチしようとするな」


 僕はジョセフィーヌの手を払いのけた。


「たしかに、称号によって能力的な恩恵が得られるわけではないわね」

 

 銀縁の眼鏡に指を掛けながら、メルが言った。


「でも、特定の称号がなければ参加できない『依頼クエスト』があったり、名高い称号があれば謁見が許されたり、そういった待遇面での恩恵は決して小さくない」

「おお、なるほど……」


 メルの解説に納得してから、僕はふと考えた。


 「爆笑王」がなければ参加できない依頼なんてあるのだろうか。

 そんな依頼は、できれば引き受けたくないものだ。


「卿よ、これなんてどうだ?」


 突然、会話の輪の中に偽ジルベールが加わった。

 その手には、「称号辞典」のページが開かれている。

 ユキが図書館から借りてきたものよりはずっとコンパクトだ。


「なにこれ? 閣下の私物?」

「いかにも。私の愛読書の一つだ。これで私にふさわしい称号を探しているだけで休日が終わってしまう。小憎い奴だ」


 それはちょっと、どうなんだろう。

 そう思いつつ、僕は偽ジルベールが指した称号詳細を覗き込んだ。


「『 若獅子グン・シール』? おお、よくわかんないけど、カッコいい響きだね」

「であろう?」

「『若獅子』って、もしかしてアレじゃない?! 若獅子祭の……」


 ユキが声を上げる。


「若獅子祭? なにそれ」

「まっちゃんって何、若獅子祭も知らないの? ……っていうか、アンタの知ってることって何?」

「えっと、ルッ君のお姉さんから聞いた……」

「わー! わあああーっ!!」

 

 ルッ君が慌てて止めに入った。


「毎年、士官候補生の1年生が行う、学級対抗の模擬会戦のことよ」


 メルが説明してくれた。


「はぁ、ようするに新人戦だね。そんなものがあるのか」


 めんどくさい……と言いかけて、僕はやめた。

 メルの目がきらきらしている。


「模擬会戦とは言っても、やることは実戦と何も変わらないわ。実際に戦うのは実体ではなく召喚体だから、死人が出ることはまずないでしょうけれど」


 そこまで言ってから、メルは眼鏡のフレームに指をかける。


「大ケガぐらいは、普通にする」

「そうそう、さっすがメルね!」


 ユキがバシバシと背中を叩いて、メルの眼鏡が大きくズレた。


「この若獅子祭はねぇ、その名の通り、我が国にとっては祝祭のようなものなのよ! 諸侯や大貴族はもちろんのこと、あの大公閣下やエリオット国王陛下までがご覧になられる一大イベントなんだからっ!!」


 ユキが僕の顔面につばを飛ばしまくって熱弁をふるう。メルがこっそりハンカチを手渡してくれた。……いつも悪い。


「『 若獅子グン・シール』の称号は、その年優勝した学級の最優秀生徒に、国王陛下から直々に与えられるものらしい。ふむ、これは大変な栄誉であるな」


「最優秀って……」


 僕のテンションは一気に消沈した。ハンカチを返すついでにメルの顔を、次いで、楽し気に話す偽ジルベールをちらりと見る。


「仮に優勝したって、そんなのどうせ、二人のどっちかが持っていくに決まってるじゃないか」


「ふむ、さすがに分をわきまえているな」偽ジルベールが満足そうにうなずいた。「だから卿は卿なのだよ、まつおさん」


「別に……」メルは逆に、少し不満そうだった。「そんなの、わからないじゃない」


「アンタたち……、まるでわかってないわねぇ!」


 ユキが呆れたように大げさに肩をすくめる。


「あのねぇ、ヴァイリス王国に今の士官学校が創立して34年。A組が優勝しなかった年は一度しかないのよ。34年間でたったの一度!!」

「なんでお前が偉そうにしてるんだよ」


 花京院がツッコむのは意外と珍しい。ユキの知能指数と合っているのかもしれない。


「ほんと、ヤァねぇ。肩書きとか金持ちとか、そういうのをちらつかせるとすーぐに発情して尻が軽くなる女って」


 ジョセフィーヌは女性にはわりと辛辣である。例外的に、なぜかメルには優しい。

 

 でもまぁ……、ユキの言う通りかもしれない。

 真ジルベールのまぶしすぎる姿を頭に浮かべて、僕は思った。

 僕たち「冒険者志望組」と違って、彼ら「世襲組」は生まれた時から『道』が決まっている。上級貴族ばかりのA組ならなおさらだ。

 エリートとしての徹底した教育を幼少の頃から行っている彼らと僕らとでは、身分の差以上に大きな隔たりがあるのは、仕方のないことなのだろう。


 ゴーン、ゴーン……。


 そこで昼休み終了の鐘が鳴って、僕の称号獲得会議はお開きとなってしまった。

 はぁ、当分の間、僕は「爆笑王」と呼ばれ続けなくてはならないのか。

 そう思うと、暗鬱な気分だった。


 それにしても、34年間でたったの1度か……。

 その1度は、どんな模擬戦だったんだろう?

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