第二十七章「クラン戦」(16)

16


『ベル、城門が開いた!!』

『なんだって!?』


 アリサの回復魔法ヒールでなんとか傷が癒えて一息付く間もなく、ヴェンツェルからの急報が魔法伝達テレパシーで入った。


『城内の冒険者部隊が大軍で押し寄せて来るぞ!!』

『万事休すからの万事休すだなぁ……、そっちの合流はできそう?』

『今、アーデルハイドがやっているところだ』


 ヴェンツェルがそう返答した瞬間。


氷嵐魔法アイスストーム!!」


 アーデルハイドのよく通る声が戦場に響き渡ると、虚空に浮かぶ無数の魔法陣から吹雪の嵐が巻き起こり、業火に包まれた通路一帯を包み込んだ。


『うわ、すっご……、大魔法の複数展開術式?! ……君ってそんなことまでできたの? てっきり、展開できるのは火球魔法ファイアーボールぐらいなのかと』

『ふふ、切り札を残していたのはオルバックだけはありませんわよ』


 魔法伝達テレパシーによる僕の問いに、アーデルハイドは得意げに答えた。


『……もっとも、今の私の力では、1つ1つの魔法の威力は半分以下、といったところなのですけれど。こういう状況では役に立ちますわね』

『ありがとう、助かったよ!』


 油が燃焼し尽くして、火勢がようやく衰えつつあった通路を広範囲の氷魔法で無理やり鎮火したため、水蒸気による霧が一気に立ち込めはじめた。


(この霧は……、かなりありがたい)


 こちらからも城門から出てきた冒険者部隊の顔が見える。

 なぜだか、全員必死の形相だ。

 こちらがここまでやるとは思っていなかったのだろうか……。


「イスカンダル、行こうか」

「がる!」

「アリサ、後ろに乗って」

「うん」


 僕はイスカンダルに乗ってアリサに手を伸ばした。

 爽やかな柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。


「霧にまぎれて、ゆっくりと移動するからね。なるべく物音を立てないように行くよ」

「がる!」


 イスカンダルは身体を低くしながら、高台の下を迂回するように移動する。


「……本当にベルゲングリューン伯が単騎で来ているのか?」

「ああ、斥候スカウトから報告が来ていた。まだこの辺にいるはずだ!! 奴らの本隊が来る前に探せ!!」


 もくもくと立ち込める霧の中を、敵軍が扇形に散開して索敵をしている。

 一方の、合流を急ぐ味方部隊の行軍の音も聞こえてきている。


(うーん……よし、決めた!)


『ヴェンツェル、やっぱ、合流はやめよう』

『なんだって!?』

『今は霧のおかげでなんとか潜伏できているけど、合流するとなると経路は限られる。先に見つかる可能性が高いし、合流しても二人増えるだけだ。あまり意味がない』

『そ、それはそうだが……、どうするんだ?』

『このまま、城門に突入する』

『はぁぁっ?!』


 ヴェンツェルの頓狂とんきょうな声が頭に響いた。


『城内がどんな状況かもわからないんだぞ!? 無謀すぎるだろう!』

『ヤバそうだったらすぐ引き返すよ。その時は背後から挟撃できるでしょ』

『い、いや、しかし、霧だっていつ晴れるか……』

『だからこそ、今しかないんだ。今なら手薄になった城内に潜入できる』

『そんなむちゃくちゃな……』

『そんなむちゃくちゃなことをするって、相手も思わないでしょ?』


 僕がそう言うと、ヴェンツェルは大きくため息をついた。

 わざわざ魔法伝達テレパシーでため息をつかなくても……。


『わかった。もう何も言わない。……ただ、理由だけ聞かせてくれ。なぜ味方の合流を待たず、城内に入る必要があるんだ?』

『兵数が中途半端なんだよ』

『うん?』

『奴らは僕の首を狙っている。だったら、少数精鋭部隊を送り込めばいい。それこそ、金星ゴールドスター冒険者の中には、ルッ君やゾフィアみたいな、暗殺や一対一の戦闘に特化した職業クラスのエキスパートが何人もいるだろう』

『……それで?』

『だが、霧の中だからはっきりは見えないけど、連中はてんでバラバラの混成部隊で、数もやたら多い。かといって、僕たちの陣営と交戦するつもりにしては少ない』

『……』

『さっきアリサを狙った後詰ごづめ部隊の生き残りと違って、まともな作戦が機能していない可能性が高い』

『……つまり、君は城内で何かがあったと考えているのか?』


 さすがヴェンツェル。

 理解が早い。

 

『ちらっと見えた連中の表情が、妙に必死だったんだよ。ちょっと確認しておく必要があるんじゃないかと思ってね』

『わかった。……だが、くれぐれも気をつけてくれ』

『ああ。置き土産に、高台から敵のいる方角の上空に火球魔法ファイアーボールをこっそり撃っておくから、みんなに一暴れしてもらって。連中は散開してるから、霧に乗じて突撃すれば一網打尽にできる』


 僕はそれだけ言って、通信を切った。




 城門側は敵にとっても完全に予想の範疇外だったらしく、僕とアリサを乗せたイスカンダルは容易く城門の前まで来ることができた。

 高台からは、血眼になって捜索している冒険者部隊の姿がうっすらと見えている。


「そーっと、そーっと……」


 僕は余計な物音を立てないように小鳥遊を鞘ごと抜いて、柄頭つかがしらを天高く掲げた。


「ウン・コー」

「……こんな時にふざけないでくれる?」


 アリサがぼそっと呟いた。

 よく考えたら、アリサは「ウン・コー」の素晴らしさを知らなかったんだった。


「ち、ちがうよ、これは大真面目なんだ……。声が小さすぎたかな……」

「大真面目だったらなおさら常識をうたが……」

「ウン・コー!」


 僕が少しだけ大きめに声を出すと、柄頭つかがしらから火球魔法ファイアーボールがほとばしり、冒険者軍団の方角に天高く上っていった。


「よし、これで味方陣営に敵の位置を知らせることができた」

「しんっじらんない……」


 アリサがつぶやいた。


「しんっじらんない」


 二回も。


「……なんか、驚きの『信じらんない』とは違ったニュアンスに聞こえるんだけど……」

「違ったニュアンスで言ったのよ……。あなた、魔法をバカにしてるでしょ?」

「魔法学院の先生にそれ、さんざん言われたなぁ」

「……あのね、ミヤザワくんは、一生懸命詠唱して火球魔法ファイアーボールを撃ってるのよ? 彼はいい人だから何も気にしないでしょうけど……、あなた、そんなふざけた詠唱で同じ魔法を使って、なんとも思わないの?」

「だ、だって……仕方ないだろ……、こうしなきゃまともに出ないんだから……」

「ぷっ……あははははっ!!」

「しー、しーっ!! 普通の声で笑わないで!」


 僕はあわてて自分の口元に人差し指を押し当てるジェスチャーをした。


 前に魔法学院の朝礼で、学長先生に「先人に対する配慮が足りませんでした」って謝った気がするけど、とりあえず今の僕にとっては「ウン・コー」が絶対安定なんだから、こうするしかない。

 

突撃アングリフッッ!!! 雑兵どもを蹴散らし、一刻も早く殿と合流するのだッッ!!」

「うおおおおおおおおっ!!!」

「いっくわよぉぉん!!!!」

「ユリシール殿、水路に落ちないでくださいね! とても引き上げられないので!」

「わ、わかっておる!!」


 ゾフィアの勇ましい進軍命令に合わせて、味方陣営から大きな喊声かんせいが巻き起こる。


金星ゴールドスター冒険者軍団を雑兵って……」

「ふふ、ゾフィアらしいわね」

「まったく。君もそうだけど、頼り甲斐がありすぎる仲間たちだね」


 僕はアリサに微笑んだ。


 これで、こちらの部隊は大丈夫だろう。

 あとは城内だ。

 僕とアリサはイスカンダルから降りて、妙に静まり返った城内へと足を踏み入れた。



 キンッ!!

 キンッ!! ガキンッ!!!


(……なんだ? 誰かが交戦してる……?)


 剣戟を交わすような金属音が、静まり返った城内にこだましている。

 城門の中に入った途端、むせかえるような血の匂いに、僕は思わず後ろを向いて深呼吸をした。


「すぅーっ」

「……どうしたの?」

「血の匂いで気持ち悪くなりそうだったから、アリサのいい匂いで消毒」

「……ばか」


 まんざらでもなさそうにアリサが言った。

 でも、どう言っても変態っぽくなっちゃうけど、冗談抜きで、若獅子祭や今回の戦いでも、殺伐とした戦場でアリサをはじめ、ジョセフィーヌ含む他の女の子たちから立ち込める香水の爽やかな香りで、ずいぶんと気分が救われた気がする。

 戦場で匂いって重要かもしれない。

 今度、ジョセフィーヌあたりに僕に合った香水を選んでもらおうかな。


「ちょっと、もしかしたら城内は悲惨なことになってるかも。覚悟してね」

「大丈夫よ。……神官プリーストは皆、そういう光景に慣れているの」


 ああ、きっとそうなんだろうな。

 僕は周囲を警戒しながら、足音を立てずにゆっくりと、断続的な金属音が聞こえる大広間へと接近する。


(うっわ、なんだこりゃ……)


 大広間に近づくにつれ、おびただしい数の冒険者の死体が、折り重なるようにして横たわっている。

 どの装備もとても豪華絢爛ごうかけんらんで、それぞれが一廉ひとかど以上の冒険者であることを示していた。


(いや……。そうでもないぞ……)


 冒険者の亡骸にまじって、豪華絢爛とは言えない、質素な格好をした連中の亡骸もある。

 黒いフードを身に纏い、大きな斧を握った屈強な男たち。

 最初は骸骨なのかと思ってギョッとしたが、そう見せているだけで、それは白いペインティングだった。

 この姿には見覚えがある。

 まったく……、「死神」が死んだら、まぎらわしくてしょうがないな。


「よぉ、遅かったじゃねぇか」

「……まったくだ。待ちくたびれたぞ」


 大広間にいた二人が、僕を見て、まるで士官学校で待ち合わせでもしていたかのように、のんびりとした口調で言った。


 キンッ!! ガキンッ!!!


 二人は、互いを斬りつけ合っていた。

 一方は暗黒剣の斬撃を受けて衣服をべっとりと赤く染め、一方はカランビットナイフで手首を巻き取られて鮮血を噴き出している。


「な、何やってるの……!? リョーマ! ギルサナス!」

「何って……、決まってんだろ?」


 リョーマが不敵に笑いながら、言った。


「殺し合いだよ」

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