第十五章「王女殿下のクエスト」(1)
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「両手両足って全部で4つあるだろ?」
「うん」
「そのうち、どこか1つを離してもバランスが取れるようにするんだ。それで、3点で身体を支持している状態を常に意識すると……」
「おおおっ、すごい! ラクに登れる、登れるよ!」
僕はベルゲングリューン領の森でルッ君から木登りを教わっていた。
「なんか、学校の講習より上達早くない?」
「ルッ君の教え方が上手いんだよ」
もしかしたら、ルッ君は教官みたいな仕事が向いているんじゃないだろうか。
「まつおさんは色んなことに巻き込まれるから、さっと木登りができるようになっておくといいかもな」
「なるほど、ルッ君はお姉ちゃんから隠れる時はこうやって……」
「姉貴のことはゆーな!」
なるほど、木の上からだと周囲の状況がよく見える。
納屋の近くでユータが走り回って、ヨマが何か言ってる。
ニーナはこのあいだ親御さんと一緒に連れてきたハンナっていう女の子と絵本か何かを一緒に読んでるな。
中庭に新しくできたばかりのガーデンテーブルでは、ゾフィアとアンナリーザが談笑しながらコーヒーを飲んでいる。
屋敷の方でうろうろしているずんぐりしたおっさんは……、リップマンさんか。
何かを探しているようだけど……、あ、こっちに気付いた。
「ベルゲングリューン伯〜!」
木の上にいる僕を見つけると、ヴァイリス王国工部省の官僚でウチの領内整備・開発を宰相閣下から任命されているリップマン子爵がドタドタと走りながらこっちにやってきた。
クマのぬいぐるみみたいだ。
「リップマンさん、どうしたの?」
「はぁ、はぁ、さ、探したっぺよ……」
領内の打ち合わせを続けるうちにお互い気が合って、「リップマンさん」と呼ぶようになったある日、彼は突然「ぷっはぁぁぁ!!」と叫んで、「〜だっぺ」みたいな、今の話し言葉になった。
王宮では他の貴族たちにバカにされるので、今までずっと無理をして地方の言葉は使わないようにしていたらしい。
最初に会った時の印象は寡黙な職人って感じだったけど、話し方が変わってからは、むしろ陽気にしゃべるきさくなおじさんだった。
「噴水さ作ることにしたっけ、その許可をベルゲングリューン伯からもらいてぇなと思ったんだわ」
「『作ることにしたっけ』って、なんでそんなことになったの? 宰相閣下のご指示かな」
「いんや、さっきあんたの奥方様から言われたんだわ」
ズルッ!!
僕は木から落ちた。
「いてててて……」
僕は大きなたんこぶにアリサの
「僕は君と会うたびに頭にたんこぶを作ってる気がする」
「最初のはあなたが悪いのだ。わざと負けたフリをするから」
ゾフィアがすねたような顔で言った。
「わざとじゃないんだけど……っていうか、あなたって呼び方、ナニ……」
「メルやアンナリーザもそう呼んでおるのだ、問題なかろう?」
い、いや、メルたちとはなんかニュアンスが違う感じが……。
「そ、それで、噴水って? なんかリップマンさんが、『すんげぇ技術なんだっぺよ!』って興奮して言ってたんだけど」
「うむ。私はこう見えて、
「そ、そんな本格的な……」
「この領土は実にあなたらしい、温かみがあって居心地が良い空間だが、その武勇と家格に見合った優雅さと荘厳さが足りぬのだ」
「武勇とか家格とか優雅さとか荘厳さとか、すべて僕からもっともかけ離れたワードだと思うんだけど」
「あら、噴水は私も賛成よ。空気が涼やかになるし、水の音を聞くだけでも
ジェルディク帝国の文化に詳しいアリサがゾフィアに同調した。
「聞けば、家のことはほとんどリップマン殿に任せきりだという。であれば、これからは家のことは私達とリップマン殿で考えておくから、あなたは……」
「私達ってなんですか……」
「安心して、メルも呼ぶから」
アリサがくすくすと笑った。
もしかして、アリサはひざまづかされたことをまだ根に持っているんじゃないだろうか。
だからこうして、僕が困っている顔を見て楽しんでいるに違いない。
「ベルゲングリューン伯〜!」
リップマン子爵が、今度は街道側から走ってこっちにやってきた。
今日はあの人、走ってばっかりな気がする。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「今度はどうしたの、リップマンさん」
「閣下が、宰相閣下がお越しなられているだよ!」
「ああ、宰相閣下」
「ああってそんな、お友達が来たみたいに……」
宰相閣下の来訪に驚かない僕にアリサが驚いた。
「いや、釣りにいらしたんじゃないのかなって」
「ふふ、その通りだ。ベルゲングリューン伯」
突然の訪問にアリサたちが慌てて立ち上がろうとするのを手で制して、アルフォンス・フォン・アイヒベルガー閣下がゾフィアの方を向いた。
「ゾフィア少佐、久しぶりだね。私が外相だった頃だから、10年ぶりぐらいかな?」
「ハッ! その節は父が大変お世話になりました」
ゾフィアが帝国式の敬礼で宰相閣下に答える。
「小さな女の子だったのに、素敵なレディにご成長されましたな。学生生活は満喫しておりますかな?」
「ハッ! ベルゲングリューン伯と
「ね、ねんごろって」
「ハッハッハ!! それはなにより」
アルフォンス宰相閣下が僕の肩をバシバシと叩きながら笑った。
「か、閣下、ゾフィア殿はヴァイリスの言葉がまだ不自由なので、表現がやや不正確というか、私はやましいことは決して何も……」
「メルがいなくてよかったわね」
アリサが小声で言った。
メルがアルフォンス・フォン・アイヒベルガー宰相閣下の顔面にブバッッ!!と盛大にコーヒーをぶちまける光景を想像したらしい。
「ところで……この後君としばらく釣りにでも興じようかと思ったのだが、どうだね?」
「もちろん喜んで」
僕がそう答えると、アルフォンス宰相閣下は芝居がかった動作でしまった、という顔をした。
「おっと、私としたことがうっかり、釣り道具を馬車に置いてきてしまったようだ。すまないが、年寄りをいたわると思って、取ってきてもらえないかね」
「? かしこまりました」
宰相閣下の様子に違和感を覚えながらも、僕は即答して席を立った。
「ありがとう。その間、麗しいレディたちのお相手をさせていただこう。よろしいかな?」
宰相閣下が手慣れた様子で僕が座っていた椅子に腰掛けるのを確認してから、僕は街道に向かった。
(なんか、物語で暗殺される場面みたいだな……)
僕は自分の想像にゾッとした。
そうして考えてみると、なんとなく森の中に人が潜伏しているような気配がする。
……それも相当数いて、そのうちの一人が相手でも、きっと僕には太刀打ちできないだろうという、なぜか確信めいたものを感じた。
そういえば、さっき「ハッハッハ!!」って言いながら僕の肩をバシバシ叩いてた宰相閣下の目は、ぜんぜん笑っていなかった気がする。
……むしろ「お前なにしてくれとるんじゃボケェ」みたいな目だった気がする。
僕はここで消されるのか……。
そこでふと思い出して、僕は森の奥の大樹を見上げた。
ルッ君が大樹の枝にまたがっている。
『ルッ君、ルッ君! 森の中に誰かいるかそこから確認できる?』
僕が
(ま、まさか、すでに暗殺されて……?!)
『ルッ君、ルッ君!! 死ぬな! 死なないでくれ!!』
「ンゴッ!!? い、いでっ!! うわわわわわっ!!!」
僕の
『あ、起こしちゃったね。ごめん。アリサに治療してもらってね。悪気はないんだ。ははは』
……こういう時は、一方的にしか送れないのって便利かもしれない。
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