第三十一章「作戦名:ベルゲングリューンの井戸」(3)


「はーい、こちらが最後尾でーす!! ソロ冒険者の方は優先してお通ししていまーす!!」

「なにこれ……」


 古代迷宮入り口前の、ロープとくいで作られたブースに長蛇の列を作っている冒険者たちを見て、ミスティ先輩が呆然としていた。


「次の冒険者の方、どうぞー!!」

「ねーちゃん、ありがとよ!」

「へへ、中は上級冒険者たちがウヨウヨしてっからよ、オレたちが普段行けねぇような階層のお宝にありつけるかもしれねぇぜ」

「冒険者さん、お宝もいいですけど、迷宮内で困っている冒険者を助けたり、救護活動を行った方は別途報奨金が出ますからねー!!」

「おおっ、そういうのもアリなのか……」

「とりあえず、アニキ、行ってみようぜ……」

「お気をつけてー!! よい旅をー!!」


 素足のまぶしいベージュのショートパンツに短めのブーツ。

 ラフに胸元を開けた白い麻のシャツの上に、同じくベージュのジャケットを羽織り、ヒョウ柄のハットリボンに赤い羽根のささった麦わら帽子をかぶるという、探険隊風のファッションがめちゃくちゃ似合うお姉さんが、どうみてもゴロツキにしか見えないような冒険者の一団を上手に誘導している。


「カナちゃんっていうんだっけ。キャストに立候補してくれた子。声もハキハキしていてよく通るし、かわいいし。ああいう子が増えたらきっと、うちのベルゲングリューンランドも人気が出るだろうなぁ」 

「あのね、ベルくん……、古代迷宮をなんだと思ってるの?」


 露天で買った果物のスムージーを飲みながらキャストのお姉さんの有能ぶりに感心していると、ミスティ先輩がそんなことを言ってきた。


「そんなこと言いながら、ミスティ先輩もさっきからウキウキしてるじゃないですか」 

「そ、そりゃあ……だって、こんな光景見せられたら……」


 古代迷宮に並ぶものすごい列の冒険者たち。

 最後尾は現在二時間待ちらしい。

 それだけ待たされているのに彼らが文句一つ言わないのは、この熱気と活況のおかげだろう。

 

 大道芸人が魔法を一切使わない華麗な芸を披露し、ちょっとルッ君には見せられないような、露出度のすごいセクシーなお姉様方がエキゾチックなダンスを踊り、イケメンの吟遊詩人の周りを女の子からおばあさんまで、さまざまな年齢層の女性が取り囲んでいる。


「ラララ〜……、囚われの爆笑王はリザーディアンたちの前で水晶の龍へと姿を変え〜……」

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

「きゃっ!! き、きたないわね!!」


 吟遊詩人が歌い出した歌詞の内容に、僕は思わずスムージーを噴き出した。


「な、なんで吟遊詩人がそんなことまで知っとるのだ……」

「そんなの……。あの人の仕業に決まってるじゃない」

「おのれメアリー……僕の人生だけでなく、スムージーまで奪うつもりか……」


 僕がそう言った途端、急に視界が真っ暗になった。


「だぁ〜れだ!」


 僕の目の上に置かれた、もこもことした巨大な、おそらくは手。

 こんな巨大な手の持ち主に知り合いはいないけど、今話題にしたから声の主はわかる。


「メアリーでしょ」

「ぶっぶー、はっずれー!!」


 そう言って、大きな着ぐるみが僕の前にピョン、と飛び込んできた。

 その姿は、見覚えがあるどころではない。

 それは、本人の許可なくモデルにされ、僕の服装そのままに、鼻水を垂らして、アホみたいな顔をした不愉快極まるキャラクター。


「正解は、爆笑伯爵ベルゲンくん、でしたー!!」

「……」


 お腹をおさえて、けたけたけた、と笑うしぐさをするベルゲンくん。


 なんてイラっとする動きをするんだろう。

 ……中にメアリーがいるってわかってなかったら、問答無用でドロップキックをかましているところだ。


 実際、子どもたちが大喜びで、「わー、うんこ伯爵だー!!」とか言いながら、ぼこぼこ後ろから蹴りまくっているのを、さっきからベルゲンくんが後ろ蹴りで反撃をかましている。


「ぐえっ!!」

「うごっ!!」


 飛びかかった子供のみぞおちにベルゲンくんのかかとがヒットして、次々にごろごろと転がっているのにかまわず、ベルゲンくんがすたすたと歩いていた。


「ちょ、ちょっと……、子どもたちをしばいちゃダメでしょ……」

「ベルゲンくんはね、こう思うんだ。働いていて逆らえない大人が一方的に蹴られているより、蹴ったら蹴り返されるんだっていう世間の厳しさを教えてあげたほうが、きっと教育にいいんじゃないかなって」 

「いやいやいや!! ものすごく偏った思想を僕が言いそうな感じでベルゲンくんに言わせんなよ!!」


 僕が全力でツッコミを入れると、ベルゲンくんが僕の肩をぽんぽん、と叩いた。


「大丈夫大丈夫! ヴァイリスのチビっ子たちはこんなことで泣いたりしないもんねー!  たとえ貴族のお子さんでも、親御さんはスキャンダル握られてるから怒鳴り込んできたりしないぞー! きみたちを守る者は誰もいないのだー!! わははは!」

「……だから、僕が言いそうな感じで不穏なことを言わないでくれる?」

「ぷっ……あははは!! 本当に君が言いそうな感じよね」


 隣でミスティ先輩が爆笑している。

 黒髪のショートカットが、太陽を浴びてきらきら光っていて、今日もとても美しい。


「大丈夫よ、ベルくん。子どもたちがすっごく喜んでる」


 言われてみれば、たしかにベルゲンくんに吹っ飛ばされながらも、げらげら笑って、子どもたちがりずにベルゲンくんに飛びかかっている。


「おい、このベルゲンくんつええぞ!! もっとほかのやつをあつめてこようぜ!!」

「わ、わかった! おれ、となりのクラスのケンカつええやつらを呼んでくる!」


「なんか仲間を呼びに行ってますけど……、先輩、本当に大丈夫なんですかね?」

「だ、大丈夫なんじゃないかしら……、たぶん」


 ミスティ先輩の語尾は、聞き取れないぐらい小さな声だった。


「……メアリーさん、それって、自分で作ったんですか?」


 ミスティ先輩の問いに、ベルゲンくんが大げさに手を振った。


「まさかまさかぁ!! これは我がイグニア新聞の予算で、裁縫職人さんに発注してもらった一点物なんですよぉー!!」

「予算の決裁をもらう前に僕に許可を取れ!」


 まったく、なんちゅう新聞社だ。


「まぁまぁ! 今日は私が着ますけど、次からはちゃんと着ぐるみアクターさんを雇って、ベルゲングリューンランドのマスコットキャラとして今後は活躍してもらいますので!」

「なんで決定事項みたいに言うの……。誰がアクターさんのお給料払うの……」

「そこはほら、鉄仮面卿の経費として申請させてもらおうかと……えへへ」


 アホ面のベルゲンくんの着ぐるみ姿のまま、メアリーがぽりぽりと頭をかいた。


「い、いやいや、新聞社の予算なんでしょ?! 鉄仮面卿の会計と混ぜちゃダメでしょ!! そんな怪しいお金の流れ作らないでくれる?!」

「まぁでも、イグニア新聞って、事実上ベルゲングリューン伯のフロント企業みたいなもんですから!」

「そんな事実はない! 恐ろしいことを言わないでくれる!?」

「……フロント企業って、ナニ?」


 ミスティ先輩がきょとん、とした顔で僕に尋ねた。

 ……知らなくていいです。


「説明しよう! フロント企業とは、南の王国エスパダなどで活動しているマフィアなどが設立したり、協力者が経営して、マフィアに資金提供している企業のことを……ぐぇぇっ!」

「ベルゲンくんにフロント企業の説明をさすな!!!」


 思わずベルゲンくんにドロップキックを入れてしまった。

 ……自分がモデルになっているアホ面に、自分で靴跡をつけてしまった。


「おおー、すげぇ!! ベルゲンくんじゃん!! めっちゃ良く出来てる!!」


 よろよろと立ち上がるベルゲンくんを見て、花京院が駆け寄ってきた。


「あ、まつおちゃーんだー!! アナタってホント最高よね!! こんな素敵なカーニバルを企画しちゃうなんてぇ!!」


 ジョセフィーヌもウキウキしながらやってきた。


「んもう! こんなお祭りになってるなら、ワタシも着飾って来るんだったワァ」

「もしかして、ピンクの羽飾りを頭に差して踊ったりすんの?」

「そうよぉー! マッチョのオネエ軍団を集めて、パレードしながら古代迷宮の魔物モンスターたちをバッサバッサと……」

「……む、むちゃくちゃ強そう」


 周りを見てみると、いつものみんなも結構集まってきていた。

 大食い対決会場でキムが、早食い対決会場でルッ君が奮戦している。


 お、あそこで腕を組んで歩いてるカップルは……、ジルベールとアデールだ。

 ああやって見ると、学生っていうより完全に大人って感じだな。

 仲良さそうに話しながら、あ、大食い対決を見に行った。


 キムが一瞬顔を上げた。

 ジルベールが「健闘を祈る」みたいな感じで親指を立てると、キムがフッ、不敵に笑って「任せろ」と親指を立て返し、さっきよりも猛然とした勢いで超特盛りの丼に取り掛かった。


 次にジルベールとアデールが、隣の早食い会場を見に行った。

 ルッ君が顔を上げて、ジルベールを、次いでアデールを、それから腕を組んでいる二人を見て……、うつむいた。


 ああああ、ルッ君の手が、手が止まってしまったぁー!!


(……ここから眺めているだけで一生楽しめるなぁ)


 その近くでは、メル、アリサ、テレサが、アクセサリー屋さんでゾフィアに似合いそうな髪飾りを選んでいる。

 赤い宝石に金細工の髪飾りと、銀細工に白い花飾りがついた髪飾りのどちらにするかで悩んでいるようだ。


 ……ゾフィアのアイスブルーの髪に似合うのは……。


(白、絶対白でしょ)


 女性陣はなぜか迷っている。

 な、なんでだ……、どう考えてもゾフィアには白の方が似合うのに!


 ああっ、テレサが赤を勧めた!!


『白! 銀細工に白い花の髪飾りの方がゾフィアに似合う! なんなら僕が出すから!』


 僕が我慢しきれずに四人に魔法伝達テレパシーを送ると、びっくりしたようにこちらを振り向いて、アリサがにっこり笑いながら親指を立てて「OK!」というジェスチャーを返してきた。

 

「と、殿ぉぉぉ!!!! 私は!! 感激だー!!!」

 

 ゾフィアの絶叫が聞こえて、周囲の客が一斉にこちらを向いたので、めっちゃ恥ずかしかった。


 他には……。

 あっ……。


「な、なんということだ……」


 僕はその光景を見て、がっくりと膝を付いた。


「ちょ、ちょっと、ベルくん、どうしたの?」

「先輩……あ、あれを見てください……」

「ん? ユキとエレインじゃない。 あ、みんなもいるー! 宰相閣下との打ち合わせが終わったら、あとで私も一緒にお買い物してこよっと。 ……で、どうかしたの?」

「エレインが……エレインが……」


 氷のような涼やかな目と、艶めかしい褐色の肌。

 通り掛かる男性の視線がみんな釘付けになっているけれど、その物静かな雰囲気とエルフ特有の人間離れした美しさで、近付いて声を掛けようなんていう人はいない。


 でも、僕たちは彼女が、実はヴァイリス語が苦手だから無口で、人間の感情表現に慣れていないから無表情なだけで、実際はとても純粋で、朗らかで、優しい女の子だということを知っている。


 そんな天使のようなエレインが……。

 

「ベルゲン焼きを……食べている……」


 まきまきうんこのマークをかたどったマヨネーズのかかったイカ焼きを、エレインがハフハフしながら、幸せそうに、美味しそうに頬張っている。


「あれ、見た目と名前がアレだけど、本当に美味しいらしいわよ……」

「……僕は絶対に食べないぞ……」


 僕がそう言うと、ミスティ先輩がおかしそうに笑った。


「気にしすぎよ。美味しいんだからいいじゃない」

「あのね先輩、肉のトーマスが、黒毛丘バッファローのバラ肉をごはんの上に山盛りでのっけて『黒バラのミスティ丼』とか言って売り始めたら、どう思います?」

「……店ごと潰すわ」


 ミスティ先輩が低い声で言った。


「おまえ本当に天才なんだな……、食ってみてぇもんな、『黒バラのミスティ丼』」


 花京院が空気を読まず乗っかったので、ミスティ先輩のひじ打ちをみぞおちに食らって悶絶した。


「だったらワタシは、ハーブや薬膳がたっくさん入った、お腹にやさしい汁物にしようかしら。ジョセフィーヌ汁」

「……もう少し違う名前にしない?」


 ものすごく身体に良さそうだけど、そんな名前の食べ物は絶対食べたくない。

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