第三部 第三章「ベルゲングリューンの光と闇」(6)


「これ、親分がやったんかい」

「そだよ。僕とゴブリンたち」


 僕たちが塗り固めた壁をじっと眺めているボンゴルのおっさんに、僕は答えた。

 

「ほぉー、ウチの若い職人連中よりええ仕事しとるやんけ!」

「バッチリだった?」

「おう、仕事に関してはバッチリや。せやけど、今後、湯水が出た時のために、水ガラスが注入できるようにしといたほうがええかもしれんな」

「湯水? 湯水が出るの?」

「出るで。火山帯っちゅうんは、地中の浅いところにマグマ溜まりっちゅう、溶岩の集まる場所ができるんや。雨水やら雪やらが土の中に染み込んで地下水になったやつが、そのマグマ溜まりでごっつぅ熱ぅなって、ブシャーって噴き出てくるんや。……おっとろしい話やで」

「へぇ……」

「まぁ、ワシらは掘削のプロやから、普段はそういうのが出ぇへんよう、うまいこと掘るんやけどな」

 ボンゴルのおっさんが誇らしげに胸を張ったけど、僕は彼が言ったことの真逆のことに興味を持った。


「えっと、ということは、湯水が出るように掘ることもできるの?」

「そりゃできるけど……、親分、なに考えとるんや」


 怪訝な顔をするボンゴルさんに、僕は説明する。


「えっとね、こないだ行った時は忙しくて寄れなかったんだけど、エスパダには温泉っていうのがあるらしくて、天然のお風呂に入れるんだけど。そういうのって、うまいことできないのかなって」

「……親分、あのな、ワシの話聞いてへんかったんか? マグマやで?! 1,000℃以上あるんやで? 入った瞬間死んでまうで?」

「い、いや、だからこう、地上まで上手に汲み上げたら、場所によってはちょうどいい温度にならないかなって」

「汲み上げるって……そないなことどうやるんや?」

「えっとね、ちょっと今回の件が片付いたら、おっさんに会わせたい人がいるからさ、三人で話をしよう」


 僕の頭に浮かんだのはもちろん、古代迷宮から無尽蔵に湧く水を見事汲み上げに成功させたリップマン子爵だ。


 アヴァロニアの各国からエスパダまで温泉に行く人がいるんだ。

 ベルゲングリューン市に温泉地ができたら、きっといい観光名所になるんじゃないだろうか。 


 そうしたら、お風呂に入ったついでに、ベルゲングリューンランドに行ってみるかーとか、ベルゲングリューンランドの帰りに温泉に寄っていくかー、という風に、いい感じのシナジー効果が……。


 ついでに、有名冒険者にお金を払って「冒険の帰りには、いつもここの温泉を使ってます」とか言ってもらって、いつも僕の恥ずかしいネタで荒稼ぎをしているメアリーんとこの新聞社に宣伝させれば……。


「……貴方、そんなところに突っ立って、何の妄想をしていますの?」

「えっ」

「口の端からヨダレが垂れていますわよ……」


 ハッと我に返ると、ドン引きしたアーデルハイドがこちらをじっとりした目で見ていた。

 他のみんなもこっちに合流したようだ。


 どうやら全員、元の姿に戻ったらしい。

 ……と思ったら、ジルベールだけ小さいままだ。


「閣下……、何してんの?」

「ふむ。この身体になってみて、思ったのだ。普段この身体で過ごしたほうが、良い鍛錬になるのではないかとな……」

「そうかもしれないけど……、アデールに怒られるんじゃない?」

「マキシマム」


 ジルベールが秒で元の姿に戻った。

 意外と尻に敷かれているらしい。


「あーっ!! キミ、キミ!! なんで勝手にワシらの干し肉がっつり食うとんねん!! 怒るでしかしぃ!!」


 後ろでキムが、分厚い黒縁メガネのノーム、ヤッサンに怒られていた。


「別にいいだろー、こんぐらい」

「アホ言うたらあかんでキミ! キミのその一口でワシらの何日分の食料やおもてんねん!! どつき回すで!!」

「……あのな、俺の肉をガッツ食いしたお前らが、どの口でそんなこと言ってんだ?」

「そ、そないな昔の話をネチネチと……、しょうもないやっちゃな!!」


 ……あそこは放っておこう。

 肉の恨みは怖い。


「……ベル、ここまでの状況を一度整理したいのだが……」


 封鎖した壁やその他の場所を検分していたヴェンツェルが、ノンフレームのメガネを押し上げながらこちらにやってきた。

 どうやら、ローブ姿の白いゴブリンも同行していたらしい。


「まず、にわかに信じがたいのだが……、このゴブリン、いや、こちらの方は……」

古代ハイエルフの女王、イングリド様だよ」

「『様』はおやめください。ベル様」


 そっちも言っているじゃないか。


「イングリド様……イングリドは、古代エルフの女王様で、大昔に、魔王討伐でアヴァロニア各国が疲弊しきっていた混乱に乗じて、アヴァロニア全土をエルフ種で支配しようとしたんだって」

「……お恥ずかしい話ながら」


 ローブ姿の白いゴブリンが、流暢りゅうちょうなヴァイリス語でそう言いながら頭を下げた。

 彼女の権力はゴブリンたちにとって絶大だったらしく、彼女が僕にひざまずいた瞬間、ゴブリンたちも一斉に平服し、それ以降、僕たちに敵対行動を見せることは一切なくなった。


「で、手始めに、当時、魔王とも人間とも亜人たちとも中立を保っていたアウローラを配下にしようとしたら鼻で笑われて、攻め込んだらゴブリンにされたんだって」

「……大変お恥ずかしい話ながら」

「うっわ……」


 アウローラのあまりにもな仕打ちに、横で聞いていたユキがドン引きしていた。


「おとぎ話でしか聞いたことがないけど、古代ハイエルフってもんのすごい美男美女なんでしょ? それをゴブリンに変えちゃったの……」

「美女しかおりません」

「え?」


 白いゴブリン……イングリドの言葉に、ユキが思わず問い返した。


古代ハイエルフ種は千年を生きるエルフと違い、万年を生きる存在ですが、過去の戦で全滅し、ゴブリンとなった私しか現存しませんので、美女しかいないのです」

「聞いた? 今しれっと、自分のことを美女って言ったわよ」

「ヒルダ様みたいな方ですね」

「……聞こえているぞ、ミスティ、テレサ」

「わ、私は何も言ってないじゃないですか!」

「あー、ミスティ様、ずるいです!!」


 ミスティ先輩とテレサが、ヒルダ先輩とわーわー言い合っている。


「でもね、アウローラの話によると、本当らしいよ」

「本当って?」

「何が本当なの?」


 アウローラに関心の深いメルとアリサが聞いてくる。


「美人ってことがさ。『世界で私の次に美しい女だった』って言ってる」

「へぇ……」

「すごい……」

「くすくすっ……」

「……イングリド?」


 イングリドが笑い始めたので、僕は小首を傾げた。

 イングリドはまるで貴婦人のように、人差し指で口元を隠すようにして笑っている。

 それをゴブリンの姿でやっているから、ちょっと異様である。 


「私が女王だった頃、アヴァロニアの民は皆、私を『世界で最も美しい存在』として、女神のごとく尊んでおりました。アウローラ様はお美しい方ですし、偉大な魔女としておそれられておりましたし、今でも敬服申し上げているのですが、私以上に美しい存在というのは、いささか言い過ぎではないかと」

「……」

「……」


『……ああ、当時の私がなぜこの女をゴブリンに変えたのか、だんだん思い出してきた』

(アウローラさん……落ち着いてもらえると……)


 せっかくいい感じに解決しそうなところでアウローラにヘソを曲げられても困るので、僕は少し話題の方向性を変えてみることにした。


「イングリドはアウローラのことを今でも敬服しているって言ったけど、どうして? ゴブリンに変えられちゃった当事者なんでしょ?」

 僕がそう言うと、イングリドはゴブリンの顔のまま、静かにうなずいた。


「……ええ。当時はずいぶんお恨み申し上げたものです。ゴブリンの軍団を築き上げて復讐しようと思った時期もありました。……愚かですわね。ゴブリンを何万、いや、何億体集めようと、混沌と破壊の魔女にかなうべくもありませんのに。アリが巨人に対抗するようなものです」


『自らをアリに例えるのは殊勝な心がけだが……、私が巨人というのはどうなのだ? もう少しかわいい存在にはならないのか』

(アウローラごめん、ちょっと黙っててくれる?)


「ですが、万年を生きる同胞は死に絶え、知己ちきのエルフたちを時の流れで失い、私は真の孤独を知ったのです。そして、同じく無限のときを生きるアウローラ様の孤独を……」


 アウローラは何も言わなかった。

 代わりに、違うことを言った。


「元の姿に戻してやってもいいって言ってる」

「……ベル様は本当に、あの偉大なお方を身に宿しながら、人格を保っておられるのですね。恐ろしい御方」


 イングリドはそう言ってから、静かに笑った。


「ゴブリンたちは、死んでも別の個体として生まれ変わります。永遠に私と共にいてくれるということが、どれほど私の孤独を癒やしてくれたか、言葉で言い表すことはできません」

「でも、そこまでの意思疎通はできないのではないか? 蜂矢ほうしの陣を敷いた時には驚かされたが……」


 ヴェンツェルがそう言うと、イングリドは答えた。


「おっしゃる通り、彼らは人間や亜人のように会話はできませんが……、でも、犬や猫だって、ずっと一緒にいると家族のようになるのではありませんか」

「なるほどね」


 実にわかりやすい例えだった。


「ですので、私はこれからも、このままの姿で結構です。お気持ちだけ感謝いたしますと、アウローラ様にお伝えくださいまし」


「フッ、相変わらず頑迷なことよな、インリド。下級の魔物にまでその身を落とせば、少しは頭が柔らかくもなるかと思ったが……」


 突然、僕の身体の自由が利かなくなり、アウローラが勝手に僕の口から言葉を発した。


「ああ……、その呼び方。とってもお懐かしゅうございますわ。アウローラ様」


 イングリドはゴブリンの姿のまま、アウローラにひざまずく。


「この先、この者たちと共存を考えるのであれば、その姿で不自由なこともあろう。という考え方が、お前には不足しているのだ」


 アウローラはそう言うと、指を伸ばし、白いゴブリン姿のイングリドの下顎したあごをくい、と持ち上げると、なんと口づけをした。


「うわっ!!」

「「「「「「ええええーっ!!!」」」」」」


 その瞬間に身体の自由が戻ったのを感じる。

 唇に触れる、ざらっとしたゴブリンの唇の感触に、僕は思わず身体を離した。


 なんちゅータイミングで元に戻すんだ……。

 アウローラめ……、絶対わざとだ。


 まさか自分の一生の中で、ゴブリンとチューしちゃう日が来るとは思いもしなかった。


「コ、コホン。……アウローラから伝言。今ので、いつでも元の姿に戻ったり、またゴブリンになったりできるようになってるってさ」

「……」

「あの、イングリドさん、話聞いてます?」


「ベル様は、大胆な御方なんですのね……」

「い、いや、話を聞いて? ……なんで顔が赤くなってるの!?」


 白いゴブリンの頬が桜色に変わっていく光景に、僕はだんだん頭がくらくらしてきた。


「お兄様って、本当に節操がないんですのね……」

「いやいやいや!! 今の流れを見てなかったの?!」


 僕は全力でテレサにツッコんだ。

 アリサ、メル、ユキ、ミスティ先輩とヒルダ先輩は他の男性陣たちと必死に笑いをこらえている。


 ちなみに、ゾフィアは、


「アウローラ殿……なんと大らかな采配だ……。私も見習わねば……」


 と、腕を組んでしきりに感心していた。

 何を見習うんだ。



「わっ、な、なんだ!?」


 その時、突然、ノーム王国が激しく揺れ始めて、ルッ君が声を上げた。


「なんだなんだ、地震か?!」

「えぇーっ、こんなところで生き埋めなんてヤぁよぉワタシぃ!」

「しーっ!」


 僕は花京院とジョセフィーヌを静かにさせる。


 地震にしては、様子がおかしい。

 まず、揺れが一向におさまらない。

 それどころか、どんどん大きくなっていく。


 それに、揺れが起こる度に、大地がきしむような轟音が、ドシン、ドシンと鳴り響いていて、その音がどんどん近づいてくる。


「気をつけて!! 何か来るよ!!」

「な、何かって、何が……」


 誰にもわかるはずのないルッ君の問いには答えず、僕は周囲を見渡した。

 

 おそらく誰にでもわかるのは、たぶん今まで遭ったものの中でも、とびきりにヤバいのが来るんじゃないかということだけだ。


「ユキイ爺さん!」

「ここにおるで!!」


 後方でおそるおそるゴブリンたちと交流を図ろうとしていたユキイ爺さんがこちらに手を振った。


「戦闘に向かないノームは全員避難させて!! 戦えるノームは武装して待機! 何が来るかわからないけど、たぶんゴブリンどころじゃない!!」

「な、なんやて!? わ、わかった!!」

「総員戦闘配備!! 襲撃に備えよ!!」


 イングリドが鋭い声でゴブリンたちに号令すると、ゴブリンたちが一斉に整列を開始した。


「ベル様、先程も言いましたが、我らゴブリンは生まれ変わる身。遠慮なく尖兵としてお使いください」

「ありがとう。……でも、ゴブリンだって痛かったり苦しかったりはするんでしょ?」

「……ふふ、意外です」

「え?」

「いえ、最初にお話をした貴方からは、もっと冷徹で、論理的なお考えをする方のように感じましたので」

「はは、そうだね。僕は冷たい人間なんだ」


 僕は白いゴブリンに答える。


「イングリド。僕たちと共存したいと思っている?」

「……もし可能なのであれば。同胞たちと共に」

「ならば、僕たちはもう仲間。仲間が痛がるところは、できれば見たくない」

「ベル様……」

「フッ、そういう男なのだ。我が主君は」

「そうだね」


 ジルベールが槍斧ハルバードを構えながらイングリドに言って、隣にいたギルサナスがうなずいた。

 ジルベールの槍斧ハルバードはノームが人間用に作ったものを工房から見つけてきたらしく、魔法金属のぼうっとした光を放っている。


「仲間でなければ、たとえ人間がどうなろうと知ったことではない。だが、仲間であれば、この男はどんな種族であっても守ろうとするだろう。それがゴブリンの一兵卒であったとしてもな」

「買いかぶりすぎだよ、閣下」

「そうか?」

「あとでたっぷりお礼をしてくれそうな人なら助けるさ」

「フッ」


 僕も左手の水晶龍の盾を発出させ、小鳥遊たかなしつかに手をかけて、轟音のする方を向いた。


 それに続くように、ギルサナスとメルが盾を構えて僕の前方に。

 元の体を取り戻したギルサナスの武器は暗黒剣に戻っている。

 

 首をコキコキと鳴らして、僕の肩に手をぽん、と置いてから、キムが僕の正面で大盾を構える。

 ……それだけならすごくカッコいいんだけど、キムの顔はヤッサンにやられた引っかき傷だらけだった。

 

 ユキとルッ君、花京院とジョセフィーヌは目で合図して、それぞれが側面に回る。


 僕のすぐ側にいるのは左にミスティ先輩、右にヒルダ先輩。

 後ろにアリサがいて、螺旋銃ライフルに手慣れた動作で弾をこめていた。

 そのアリサの護衛に、リザーディアンの尻尾の鱗で作られた強力無比な鞭を構えたテレサが配置している。


 ゾフィアは弓を構え、合流したばかりのエレインと後方に控えていた。


 その射角に入らないようにしながら、ミヤザワくんと、アサヒが上から台車ごと下ろしてくれたお肉をキムの分まで平らげて眠そうなブッチャーと、ヴェンツェル、アーデルハイド、オールバックくんが魔力増幅のための集中コンセントレイトをしている。


「そういえば、エタンは?」


 合流予定だったエタンがいないことに気づいて、僕は尋ねる。


「こないだのキムと同じ状態で、小型化したら装備が重くて、一歩も動けないって」

「ああ……たしかに。エタンは重装騎士アーマーナイトだもんなぁ」


 アリサの返答に、僕は思わず納得した。

 

「それで、トーマスは?」

「……」

「アリサ?」


 返事がなかったので、僕は後ろにいるアリサを振り返った。

 アリサは口元を押さえて笑うのを必死にこらえていた。


「入れなかったの……」

「え?」

「なぜかトーマスだけ、あんまり小さくならなくて……、お腹が穴にふさがって、身動きがとれなく……ぷっ……」

「ト、トーマス……」


 僕は最近さらにウエストが増量した感のある友人の姿を思い浮かべた。

 

「あいつ、肉の食い過ぎなんだよ」

「キムが言うなよ……」

「あ、あんたら……、いっつもこんな感じで余裕かましとるんか?」


 僕たちのくだらない会話に、全身甲冑のノームが声をかけてきた。

 小さい身体だけど、全身が魔法金属製なのがひと目で分かる。


 ……これでゴブリンが怖いんだもんな。


 僕も小さい身体になって初めて、ゴブリンたちの本当に強さや怖さを知ったのだ。

 世の中、実際に体験してみないとわからないことってたくさんあるんだな。


「ちょっと余裕かましてるぐらいが、いい感じに戦えるんだよ。僕はね」

「我らは必ずしもそうではないのだが……、ベルのノリにすっかり感化されてしまってな」

「……ヒルダ先輩は少し感化されすぎなのでは?」

「ミスティ……、貴様は何かと私に食って掛かるが、私は知っているのだぞ」

「な、何のことですか」

「エスパダから帰還した折、貴様が宝具アーティファクトを見つけたと言ってベルを連れ出して、二人っきりで三日も寝食を共にしたということをな……」

「あっ」


 メルが何もしてないのにメガネを床に落とした。


「ミスティ様……私、聞いてません」

「私も初耳」


 テレサとアリサの冷ややかな言葉がミスティ先輩の背中に突き刺さる。


「し、寝食は共にしていません! い、いや、食は共にしましたけど、テントは別です!」

「あ、当たり前ですっ!」

「ヒルダ先輩、どうしてわかったんですか……。綿密に計画したし、ベルくんにも口止めしたのに……」

「ふん、我が生徒会の情報網を甘く見ないことだ」


「どんな宝具アーティファクトだったんだ?」

 

 ミスティ先輩たちがぎゃーぎゃー言っている間に、ギルサナスが僕に聞いてきた。


拳闘士ボクサー用のナックル。アサヒにいいんじゃないかって」


 僕はギルサナスに言った。


「ああ見えて、ミスティ先輩っていつもみんなのことを考えているんだよね。そういうところ好きだなー」

「見つかったのか?」


 ギルサナスの問いに、僕は首を振った。


「ダメだった。でも、また行くよ」

「……また行くですって?」

「なんでそこだけ話聞いてるの……」


 僕がアリサにそう言うのと、すさまじい音と共に僕たちがせっかく塗り固めた壁に巨大な穴が空いたのは、ほぼ同時だった。


 グオオオオオオオォォォォォォォンッ!!!!!


「――ッッ?!」


 鼓膜をつんざくような咆哮と、そのすさまじい衝撃波に、僕たちは思わず膝を付いて動けなくなった。


 バンッ!! バンッ!! バンッ!!


 ノームが作り上げた堅牢な城壁を、とてつもなく巨大な何かが何度も反対側から叩きつけ、その度に城壁に致命的な亀裂が入っていく。


 バァァァァァァァァンッッ!!!


「あ……あ……あ……」


 城壁に巨大な穴を作って姿を現したソレを見上げたミヤザワくんが、声にならない悲鳴を上げた。


 悲鳴を上げていない僕達も、同じ思いだ。


「な、なんですの……あれ……」


 アーデルハイドが、震える声で、なんとかそれだけ言った。


「……みんな、ごめん。僕達の人生は、これで終わりかもしれない」

「ベル……?」


 心配そうにこちらを見るメルに、僕はなんとかにっこり笑ってみせた。

 こんな絶望的な状況で僕にできることは、そのぐらいしかなかった。


 溶岩のように赤い皮膚にびっしりと鱗がついたトカゲのような姿はあまりにも巨大で、ノーム王国の天井に頭がつきそうだ。


 それに、こいつがトカゲでないことぐらい、ひと目でわかる。

 背中から大きく広がった、あまりにも大きな翼。

 そして、その威容を示すかのような、ねじり曲がった巨大な角。


「ド、ドラゴン……なのか……?」

「ああ……。それもとびきりの大型だ」


 キムの言葉に、いつの間にか後衛からこちらまで来ていたヴェンツェルが呆然とつぶやいた。


「……やばいのか? 強いのは見ればわかるが……」


 キムの言葉に、ヴェンツェルがなるべく平静を保とうとしながら、答える。


金星ゴールドスター冒険者のパーティでも生き残った者がいれば幸運な類だろう」

「マジかよ……」


 キムがかすれるような声でうめいた。


「……ベルの言葉ではないが、私達の人生はここで終わる可能性が高い」


 ヴェンツェルが覚悟を決めるように、静かに言った。


「あれは……、火竜ファイアードレイクの成竜だ……」

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