第二十一章「若獅子祭」(7)
7
「周りを見てきたけど、やっぱり他には誰もいなかったぜ」
ぼんやりとした視界の中で、生徒の足だけが見える。
元から立っていたのが二人。
近づいてきたのが一人。
どうやらルッ君はB組生徒たちに捕縛されて意識を失ってしまっていたらしい。
「ってことは、本当にコイツ一人なのか?」
「みたいだぜ。B組をナメてたんじゃないか?」
「ぐっ!!」
大柄な生徒の蹴りがみぞおちに入って、ルッ君がうめき声を上げる。
「いやぁ、弱かったよな、お前」
「オレたちに見つかってビビって切りかかって来たのはいいけどよ、大盾相手にナイフはねぇわ」
「まぁそう言ってやるなって。A、B以外のクラスは素人同然なんだから」
B組生徒の嘲笑に、ルッ君は肩を震わせた。
「こいつ、知ってるぜ。ベルゲングリューン伯の腰巾着の一人だろ」
「なんでそんな奴がのこのこ一人でやってきたんだ?」
「さぁな。捨て駒にされたんじゃねぇの?」
「っ……!!」
「ぎゃはははは! かわいそうになぁ? 仲間からも戦力外通告されたってわけか」
「うるせぇ……」
「おい、聞いたか? 『うるせぇ』ってよ? 図星ってことかぁ?」
そう言って顔を近づけた剣士風の生徒の顔に、ルッ君は
「ってめぇ、上等だこの野郎!!!」
剣士風の生徒がルッ君の顔面を殴ってその場に引き倒す。
「薄汚い平民風情が、貴族の顔に唾を吐くたぁ、どういう了見だ? ああ?!」
「薄汚い貴族の息子が何言ってやがる……」
「んだとてめぇっ!!!」
B組生徒三人組がよってたかってルッ君に暴行を加え始める。
(くっ……、これ以上見ていられない……っ!!)
僕はルッ君を単身で向かわせたことを激しく後悔した。
自分の采配ミスで、こんな屈辱と苦痛をルッ君に味あわせてしまった。
「なぁ、おい、これ見ろよ」
ルッ君のポケットからこぼれ落ちた物を拾い上げて、色白で痩せぎすの生徒が言った。
「っ!! それに触るな!!」
「おお、なかなか立派な懐中時計じゃないか。平民がこんなのを持ってるのは生意気だよな?」
ルッ君は必死にもがいているが、身体が思うように動かせない。
どうやら、縄で縛られているらしい。
「お、懐中時計の裏になんか刻んであるぞ……どれどれ……、『ルッ君へ まつおさん・フォン・ベルゲングリューン伯』」
「えっ?」
「なんだ、知らなかったのか?」
驚いて顔を上げるルッ君に、痩せぎすの生徒が懐中時計の裏面を見せた。
「そ、そんな……、あいつ、最初からオレにくれるつもりで……、オレ……結局できなかったのに……最初から信じて……」
途端に視界がじわっとぼやけて、三人のB組生徒がしばらく見えなくなった。
「ひゃははは、なんだコイツ、泣いてるぞ」
「お前を見捨てた伯爵様からいただいた懐中時計が、そんなに大事なのか?」
「なぁ、それちょっと貸せよ」
「っ……!?」
ニヤニヤと笑いながら大柄な生徒が懐中時計を地面に置くと、鋼鉄製の大盾を大きく振りかざした。
「やめろおおおおおおおお!!!!!」
「ふんっ!!!」
ルッ君の絶叫虚しく、鋼鉄製の大盾が懐中時計に直撃して、パリンと音を立てて部品が飛び散った。
「ふんっ! ククククク!! 貴族様に逆らうとどうなるかってのを、教え込んでやらねぇとな!! ふんっ!!」
「やめろおおおおおおおおお!!!!!!」
懐中時計は完全に粉砕し、ただの鉄くずと化した。
「……」
「ひゃはは、お前ひでぇことするなぁ、コイツ静かになっちまったじゃねぇか」
「完全に心が折れちまったのか? なぁ?」
ゴキッ!!!!
骨がきしむような嫌な音が突然、響いた。
「な、なんだコイツ!! 自分の肩を自分で外し……」
無言で左肩の関節を外したルッ君はするするとロープを解くと、うろたえた剣士風の生徒の股ぐらをくぐって背後に回り、生徒がベルトに差していたナイフを抜いて脇腹の急所に三回突き立てると、隣で慌てて魔法詠唱を始めた痩せぎすの生徒の喉元にそのナイフを投げつけて絶命させた。
「て、てめぇっ!!!!」
大盾を構え直した大柄な生徒は、そのまま突進して盾を突き出した。
敵を大きくよろめかせることができる盾持ちの強力
ルッ君はその体当たりをかわすことなく身体を倒し、その場で足払いを放った。
「おわっ!!!」
見事に足を刈られた大柄な生徒は、派手な音を立てて地面に転倒する。
身の危険を感じた生徒が必死にもがいて起き上がろうとするが、大柄の身体をびっしり包んだ
「そうしているとひっくり返ったダンゴムシみたいだな、デカブツ」
ルッ君は大柄な生徒が取り落した大盾を拾い上げると、ゆっくりと彼に近づいていく。
「ひっ、ひぃっ、た、助けて……助けてくれ……」
「オレもやめてくれって言ったよな? けっこう大きな声で言ったつもりだったんだが、もしかして聞こえてなかったか?」
「俺が悪かった……悪かったから……!!」
「薄汚い平民のルクス様に逆らったらどうなるか、貴族のぼっちゃんに教えてやらないとな!」
悲鳴を上げる大柄な生徒の顔に、ルッ君が鋼鉄製の大盾を振り下ろした。
「はぁ……はぁ……。くっそ……、めちゃくちゃ痛ぇ……」
左肩を押さえながら、ルッ君がうめいた。
……どうやら左腕がほとんど使い物にならないらしい。
三人と戦う時も右腕だけで交戦していた。
ルッ君は自分が縛られていたロープを拾い上げると、ナイフの取っ手部分にくくりつける。
「試したことはないんだけどな……、っていうか、試しようがなかったしな……」
ロープの結び目の固さを確認しながら、ルッ君がつぶやいた。
「何度も練習したから、理論上はいけるはずなんだ。成功イメージさえしっかり持っていれば……」
B組城前には他に誰もいない。
B組生徒は前線を聖天馬騎士団に任せ、城の守備は下級貴族の中でも下っ端の三人組に任せ、自分たちは社交も兼ねてほとんどA組陣営に合流していたのだろう。
「すーっ……、はーっ……!!!」
ルッ君は深呼吸して、単身、B組城内に突入した。
城内に入った途端、鋼鉄の巨人「ガーディアン」の単眼が赤く光り、侵入者であるルッ君を捕捉した。
「侵入者ヲ検知。自動排除モードニ移行……」
(1……2……3……あれっ)
練習の時のルッ君は全速力で階段を駆け上ったんだけど、ルッ君はガーディアンを見たまま動かない。
もしかして、実際に起動したガーディアンを見て動けないでいるのだろうか。
ガーディアンはそんなルッ君を見下ろすと、いきなり右腕を振り下ろした。
「うっわ!! はやっ!!」
ガーディアンの攻撃速度は、僕たち予測を立てていた「ゆっくり振り上げて、素早く振り下ろす」どころではなかった。
まるで熟練の
パンチが当たった城の床が、防護魔法がかかっているはずなのに粉々に破砕した。
回避が終わったルッ君が息をつく間もなく、ワンツーパンチの要領で左腕から第二撃が飛んでくる。
「そっちが来るのを待ってたぜ!! 左手が使えないからなっ!!」
ルッ君はガーディアンの左腕をぎりぎりのところでスウェーして回避すると、その腕に先程ロープを結びつけたナイフを投げつけた。
ナイフの重みが加わったロープがくるくるとガーディアンの左腕に巻き付き、腕を引き戻すガーディアンのすさまじい力に引っ張られて、ルッ君の身体が大きく宙に投げ出される。
「おわわわわっ!!! っと!!!!!」
投げ出された身体をうまく姿勢制御して、叩きつけられる寸前だった城壁を蹴り、ロープを握ったまま、振り子の要領で一気に階段の最上段に着地した。
(す、すごいよ!! ルッ君!!!!!)
「12秒ってとこかな……、へへ。懐中時計は壊れちゃったけどな……」
最上段ではためくB組陣営の旗を手に取りながら、ルッ君がつぶやく。
「オレはやったぜ。まつおさん」
ルッ君はそう言って、B組の旗をへし折った。
「はぁ……」
遠見の魔法を解除して、僕はため息をついた。
まるで劇場で大作の活劇を1本見終わった時のような疲労感が身を包む。
「ルッ君って、バカだよなぁ……」
僕はぽつりと、つぶやいた。
あの懐中時計は、僕が装備品と一緒に携行品として申請したものだ。
つまり、僕と一緒に「召喚体」として、この戦場にいる。
僕たちがここで死んでも実体がなくならないのと同様に、懐中時計もなくならない……。
「ルッ君って、バカだよなぁ……」
「あなた……泣いているの……?」
メルが心配したようにこちらを見た。
「ちょっと、なんか、ね。笑かしてくれるかなーと思ってたんだけど、なんか、ね、ちょっとルッ君がカッコよくて、感動してしまって……」
「そう……」
「ちょ、ちょっと……、なんでメルまで泣いてるんだよ」
「な、なんでだろ……、あなたのその顔を見てると、なんか私まで泣けてきちゃった」
「あはは、へんなの……」
「ふふ……ほんとね」
メルが
「やったぞおおおおおお!!!!」
「うおおおっ!!! ワシらは耐えきったんじゃ!!!!」
大きな歓声が聞こえてくる。
城の外に出ると、 西部辺境警備隊とCクラスのみんながお互いに抱き合って敢闘を称え合っていた。
半壊した
空は、抜けるような青空。
聖天馬騎士団の姿はもう、この戦場にはいない。
B組の第34回若獅子祭の敗退が決定した。
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