第三部 第三章「ベルゲングリューンの光と闇」(4)
4
(グッ?!)
音もなく近づいたゾフィアが、ゴブリンの
ボンゴルさん特製の暗視ゴーグルの効果はテキメンで、真っ暗闇のトンネルの中で、あろうことか遮光ゴーグルを付けているゴブリン部隊は、まったくこちらを視認することができないまま、屍の山を築いていた。
「殿……、いつの間に無音歩行を習得したのだ?」
「無音歩行?」
戦闘を終えて集まったところで僕に尋ねたゾフィアの言葉に、ユキとルッ君が顔を上げた。
緑色の視界ごしの三人は皆、目に双眼鏡のようなゴーグルが付いているので、ちょっと異様な光景だ。
「殿はさきほどから、私たちのように忍び足で歩いておらんのに、まったく足音を立てていない。森の中であれば私でも可能な技術なのだが……レオ殿から学んだのか?」
「あ、聞こえてない? やった、成功だ」
僕は自分の靴を見ながら言った。
ファッションコーディネーター、アウローラの許可のもと、僕の魔法金属製の黒いブーツには小さな魔法石が取り付けられている。
「前にね、ボンゴルのおっさんが言ってたんだよ。音ってのは波みたいなものなんだって。だから、その波の正反対の波の音を合わせたら、何も聞こえなくなるんだって」
「へぇ……」
防衛戦の時、ノームがトンネルの壁に無数に空いた穴と増幅装置を使って、僕たちの歌を大音響で流していたけど、もともとあの穴は、作業員への連絡用の他に、そうやってトンネル工事の音を消すために作ったものらしい。
だから、ノームのトンネル掘削は、地鳴りはしても、騒音はそれほどなのだとか。
「それでさ、こないだ交代で授業を受けに行った時に、反転属性の授業があったでしょ」
「ああ、オールバックくんの
ルッ君が言った。
僕も死ぬほど眠かったから、気持ちはわかる。
「僕はあの授業だけ真面目に聞いたフリをして、授業が終わった時に、メッコリン先生に、音の反転もできますかって聞いたらさ、先生がすごい喜んで、色々話してくれて」
「そりゃ、あんたたちの普段の授業態度だったら、先生も大喜びでしょうね……」
ユキが言った。
「半分ぐらい何言ってるのかわかんなかったんだけど、『実例が見たいです』とか適当なことを言って、先生に、僕の足音の反対の音を出す風魔法の魔法石を作ってもらったんだ」
「先生……」
ユキが真っ暗なトンネルの虚空を見上げながらつぶやいた。
暗視ゴーグルを付けていてわからないけど、先生に黙祷を捧げているように見えた。
「つまり、僕は音を出さないようにしているんじゃなくて、音を出すことで聞こえなくしているんだ」
「え、すごくない? 売れるんじゃ」
「そう思う。メッコリン先生って本気を出したら、きっと大金持ちになれると思うんだよね」
「ふむ、教官殿には教官殿なりの志がおありなのだろうか」
「あの先生のことだから、自分は平民出身だし、あまり騒がれず、ひっそりのんびり、穏やかな老後生活を送りたいとか、若いのに思ってそう」
「あー、思ってそう!」
ユキの言葉に、僕は思わず噴き出した。
「……それにしても、なんか、暑くない?」
ノーム王国に向けて進軍している途中で、ユキが言った。
僕たちの役割は、後続の本隊が侵攻する前に、ゴブリンたちの主要拠点を無力化するのが仕事だ。
ノーム王国に近づくほどに、弓兵用のバリケードや
警報装置といってもゴブリンのお手製だから、鐘を鳴らすだけの簡単なもので、罠も古代迷宮の下層にあるような即死級のものはないんだけど、配置がとても工夫されていて、ゴブリンという魔物の知能が決して低くはないということがよくわかる。
罠解除のエキスパートであるルッ君のおかげで、ずいぶんテンポよく進むことができたんだけど……。
たしかに、暑い。
ノーム王国まであと少しというところまで来ると、ちょっと尋常じゃない暑さになってきた。
……それに、王国に近くなればなるほど、警備が厳重になるどころか、ほとんどゴブリンの姿が見当たらない。
「ユキ。暑いからって、ルッ君の前で胸元をぱたぱたさせるの、やめてくれない?」
「おい! 『ゴリラにエサを与えるな』みたいな言い方すんな!」
「だってエロゴリラじゃん」
「ふむ、どちらかと言うとチンパンジーではないか? 子供の頃、父上に連れられた動物園で見たことがある。テレサを死ぬほど怖がって小便を漏らしていた」
「ひ、ひでぇ……ゾフィアまで……」
暗視ゴーグルを付けているだけでもちょっと変態っぽいから、ルッ君がいつもの三割増しに変態っぽく見える。
「だが、殿、この暑さは少し異常だと思わないか?」
「うん。それにこの匂い……、つい最近、嗅いだことがあるような……」
なんだっけ。
卵が腐ったような匂い。
ここ最近、卵を腐らせたことはない。
料理はいつもアサヒが作ってくれているし。
ああ、アサヒの卵料理が食べたいな。
ゴリラの話じゃないけど、すっかり餌付けされてしまった気がする。
(いや、そうじゃなくて)
ああ、ミヤザワくんだ。
ミヤザワくんの火薬袋が大活躍したから、材料の買い付けをしたんだった。
黒色火薬を作るためには、木炭をすりつぶして、
「そうだ、硫黄だ!!!」
僕はヴェンツェルに
『ヴェンツェル、硫黄ってどうやってできるんだっけ』
『ん? 硫黄鉱物として普通に存在しているし、単体でも自然硫黄として産出される。ヴァイリスでは数が少なく、ジェルディク帝国の方がよく採れるのだが……』
『へぇ……なんでも知ってるなぁ』
『なんでもは知らないが……、どうしたんだ?』
『いや、トンネルの奥がすごく暑くて……、それに硫黄の匂いがするんだ』
『な、なんだと?!』
『うわっ!?』
突然ヴェンツェルが
『ど、どうしたの?』
『ベル、今すぐにそこを離れるんだ!!』
『な、なんで?』
『火山性ガスが発生している可能性がある!! そこにいては危険だ!!』
『火山?! ヴァイリスにそんなものあったっけ』
『とにかく、今すぐにそこを離れろ! 匂いがするうちはまだいいが、高濃度になれば無臭だ。あっと言う間に全員即死するぞ!』
『うーん……』
僕は少し考える。
火山性ガス。
地震。
ゴブリンの大群。
ノーム王国。
「……ちょっと、みんな撤退してもらえる?」
「えっ?」
「殿、どういうことだ?」
僕は火山性ガスが発生している可能性を伝えた。
「その口ぶり……。もしや殿は、ここに残るつもりなのではあるまいな?!」
「うん。ちょっと考えていることがあってさ。それを確認したら戻るよ」
「ちょっと、まっちゃん!! それ、その後死ぬ奴が言うセリフだから!」
「それに、そんなヤバいガスが出てるんじゃ、どのみちゴブリンたちもさ……」
ルッ君の言うことはもっともだ。
だけど、その前にどうしても確認しておきたい。
「大丈夫、アウローラの服のおかげで、毒の耐性はそこそこあるから。ポイズンジャイアントの毒ガスを直撃するぐらいじゃなきゃ、なんとか……」
そこまで言って、僕は思いついてしまった。
「……代わりに、ジョセフィーヌを連れてきてもらえる?」
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