第二十章「若獅子祭前日」(3)


「ふざけているのか? 辺境で安穏あんのんと暮らしていた彼らが賢者だと……?」


 ヴェンツェルが僕に問いかける。


「君が思っているほど、彼らの生活はラクじゃないと思うよ。それがラクに見えるのだとしたら、それだけ彼らは賢者なんだよ」


「おめぇら、そこで何やっちょーとー!?」

「伯爵様が言ってた部品が見当たらねぇーんだわ」

「だったらとりあえず他の作業やっちょけー! 他が片付いたらそのうち見つかるけん!」


 西部辺境警備隊のやりとりを眺めて、ヴェンツェルがつぶやく。


「とても賢者と呼ぶほどの教養があるとは思えんが……」

「そう? 何百年も戦争に明け暮れていた人々の知識の集積と、何百年も戦乱の中で暮らしていた人々の知識の集積。本来融合するはずの文化、文明が、家柄やら地域格差やらで分離してしまっている」


 そんな会話をしながら切り株で煙管キセルをくゆらせているソリマチ隊長に近づくと、僕は背中に背負っていたカバンの中身を隊長の足元にばら撒いた。


「おっつぁん、これをみんなに配ってもらえる?」


 カバンから足元にこぼれ落ちた羊皮紙の一片を、ソリマチ隊長が拾い上げる。


「おー、これが例のヤツか。ほーほー、よくできとちょるのう!!」

「ふむ、なんだこれは……」


 ヴェンツェルが、他の羊皮紙を拾い上げた。


「な、なんだこれは……、何かの図面……? これを全部、君が書いたのか?」

「そうだよ。設計をお願いしたのはウチの領内整備をしてくれているリップマン子爵っていう人だけどね」

「リップマン子爵だと?! 工部省の天才ではないか!!」


 ヴェンツェルは食い入るように次々と図面を眺めた。


「これは……いや、しかし可能なのか……なるほど……」

 

 ヴェンツェルが思案しはじめて、その場でぶつぶつ言っている。

 ようやくヴェンツェルから解放された僕は、その間にみんなに細かい指示を出すことにした。


「キム、花京院はウチのクラスで腕っぷしが強そうな連中を集めて、森林に向かってもらえる? 持ち込んだ分では木材が足りないんだ。西部辺境警備隊のヤスダっていう歯が3本しかない人がいるから斧をもらって、片っ端から木を切り倒していってほしい」

「わかった」

「そういう単純な力仕事は任せろ! ……一応聞くんだけど、森林って木がいっぱいあるとこのことだよな?」


 花京院とキムが駆けて行った。


「ジョセフィーヌは加工班。切り倒したやつを加工して、図面通りのサイズにする仕事。繊細さと力仕事の両方が必要だから君にぴったりの仕事だ。城の手前を加工場にしてるから、西部辺境警備隊のすんごい怒りっぽいおばさんにやり方を教わってもらえる?」

「まっかせてぇん! バリバリ加工しちゃうわよ!」


 ジョセフィーヌが鼻歌を歌いながら爆走していった。

 ……なんであのスピードで鼻歌が歌えるんだ。


「ゾフィア、いる?」

「いつもお側に」

「……足音立てないで背後に立つのやめてくれる? びっくりするから」

「ふふ、御冗談を。殿はあの試合で私の奇襲を潰して見せたではないか……」


 そこまで言ってから、ゾフィアはハッと息を呑んだ。


「ま、まさか、大公の毒で……!!? クッ、なんということだ……ッ」

「あのー、ゾフィアさん? ゾフィアさん?」


 ジルベール大公に義憤ぎふんを募らせるゾフィアをなんとかなだめて、僕は尋ねた。


「この戦場にある木々って魔法樹なんだよね?」

「その通りだ。魔法によって生み出された木で、自然に生えた木ではない。植物もそうだな。厳密に言えば、この川沿い以外のすべてが魔法製、見事なものだ」


 ゾフィアが即答する。

 森のことならゾフィアに聞け、という感じだ。


「魔法樹と自然に生えた木の違いってなに?」

「基本性質は変わらん。生きているか死んでいるかの違いだな。魔法樹はそれ以上成長しないし、枯れることもない。木材としても利用できるが、あまり遠くに運ぶと消滅する。この辺りの魔法樹は、戦場の外まで持ち出したら消えるだろうな」

「なるほどね」

「普通は貴族の家の庭などに使われるのだが、これほど多くの魔法樹によって作られた森林は初めて見る。士官学校の魔法講師たちの技術と情熱の結晶だな」

「つまり、破壊しても自然環境には影響ない?」

「ん? 魔法で作られたものだから影響はないが……殿?」


 嫌な予感がしたのか、ゾフィアが怪訝そうに僕の顔を覗き込む。

 そういえばさっきはスルーしたけど、殿ってなんだ。

 君の殿はジェルディク皇帝じゃないのか。

 せめて、「あなた」か「殿」かどっちかにしてほしいと思ったけど、たぶん合戦時はその方が気分が盛り上がるのかなと思って黙っておくことにした。 


「わかった、ありがとう」

「し、士官学校の魔法講師たちの技術と情熱の結晶だぞ! 私は伝えたからな!?」


 僕は不良息子を買い物に行かせて本当に大丈夫か不安な母親みたいな顔のゾフィアに感謝して、城の前で待機していたミヤザワくんのところに行った。


「ミヤザワくん、いたいた」

「忙しそうだね、まつおさん」

「まぁね。それで、お願いがあってさ」

「うん。なんでも言って」


 その言質を取った僕は、にやり、と笑った。


「……言ったね?」

「えっ、な、なに……?」


 僕は自陣の旗が保管されているお城の背後を指差した。


「お城の後ろに川が流れてるでしょ」

「うん」

「その後ろにも、こっち側と同じように森林が広がっている」

「うん」

「この後ろ側の森林を、全部火球魔法ファイアーボールで焼き払って欲しいんだ」

「ええええええええっ!!!」

「ここの植物は全部魔法製だから大丈夫なんだってさ。破壊されないって」

「それは僕にもわかるけど……、でも、ここまで作った魔法講師の先生方の苦労を考えると……」

「かわいい教え子の魔法で燃やされるなら先生方も本望でしょ。たのんだよ」


 あとは……。

 一応お城の中も見ておくか。


 僕は頭上高くそびえる自陣の城を見上げた。

 ユキの話だと急造とのことだったけど、防護魔法プロテクションがかけられたブロックで積み上げられたお城はまるで難攻不落の様相だ。

 たしかに、そこらの攻城兵器では傷一つ付けるのは難しいだろう。


「そこで、砦、か……」


 城の周囲を囲むように、砦が立っている。

 砦の最上階には砲台があり、その全てがお城に向けられている。

 砲台の射程圏内に城があり、複数の砦からの砲撃によって城を落とせるように設計されているらしい。

 他の陣地もこういう配置になっているのだろう。

 城を攻めてる際は、まず周囲の砦を制圧して、その砲台を使って城を落としにかかるわけだ。


 ちょっと中も覗いてみよう。


「うっわ……、でっけ……」


 僕より先に中にいたルッ君が、ソレを見上げていてうめいていた。

 城に入って最初に目に飛び込んでくる、巨大な鋼鉄の像。

 鉄巨人とでもいうべきその身体の大きさが、城内のほとんどのスペースを埋め尽くしている。

 旗を守る最後の砦、ガーディアンだ。


「なんだっけ、全物理攻撃と全魔法属性に耐性があるんだっけか」


 僕は以前ユキから聞いた話を思い出した。


「むちゃくちゃだな……」 

「ここまで来ると、城っていうより、コイツの格納庫だね」

「これさ、ホントに動くのか?」

 

 ルッ君が尋ねる。


「まだ動かないよ。明日の試合開始の時に渡される指輪で制御できるんだってさ」

「いや、でも、動かせるって言ってもさぁ。旗を守るぐらいしかできないじゃん」

「これを動かそうとして城ごとぶち壊しちゃったクラスが過去にあったらしいよ」

「うはは、救いようのないアホだな」


 ……ルッ君に「救いようのないアホ」と言われた先輩方がかわいそうでならない。


 城内は両側に階段があるだけの簡素な作りだった。

 左右のどちらから階段を上っても、頂上にある旗にたどり着くようになっている。

 あの旗を奪われるか破壊されれば、僕らの負けというわけだ。 


「これさ、ルッ君の速さだったら、階段をぱーって走って旗を奪ったりできる?」

「いやぁ、無理じゃないかなぁ」


 ルッ君が言った。


「階段の距離がありすぎるもん。コイツがどんだけ動けるのかはわかんないけど、その後旗を破壊するか自陣に持ち帰るかしなきゃいけないんでしょ? あの旗、思っていたより頑丈に作られているから、運ぶのも壊すのも骨が折れそうだぞ」

「……ちょっと試してみない? 他のチームの城も同じ構造だと思うから、攻略の参考になる」

「オッケー!」


 ルッ君はそう言うと、助走もせずに全速力で階段を駆け登った。


「おお、さすがに早いな……」


 でも……。


「98、99、100、101……」

「はぁ、はぁ、つ、着いた……。どう?」

「103秒」

「無理だな」

「無理だね」


 石段の幅が予想以上に高くて、登るのは結構大変らしい。

 

「仮にガーディアンがこのぐらいの速さで動くとして」


 僕が身振り手振りで、階段をゆっくり降りているルッ君に自分がイメージしているガーディアンのスピードを表現する。


「まぁ、大きさから言って、たぶんそんな感じだろうな。振り上げるまでは遅くて、振り下ろすのはめちゃくちゃ早そう」

「こんな感じかな?」

「そうそう。こえー!! 想像できちゃったよ今。絶対そんな感じだよ」

「何秒で旗にたどり着けば、旗を確実に壊せると思う?」

「10秒」

「無理じゃん」

「だからそう言ってるだろ?」


 ルッ君が階段を降りながら言った。


「この手のハイレベルな魔法生物は、魔法制御だから正確なんだよ。ほとんど必中の攻撃を仕掛けてくるから、狙われたら終わり。それでも初発ならなんとかかわせるかもしれないけど……」

「初発をかわせたら、何秒ならいけると思う?」

「25秒」

「なるほど……」

「やっぱり砦を抑えるしかないんじゃないか……?」

「そうかもねぇ」


 階段を降りきったルッ君に、僕が答える。


「うおっ、めっちゃカッコいいじゃんそれ! それで時間測ってたの?」


 僕が持っている懐中時計をルッ君が食い入るように見つめる。


「こないだバイト代で買ったんだ」

「いいなぁ……、オレも配達のバイトやってんだけど、すぐ使っちゃうんだよなぁ」

「何に使ってるの?」

「え、えーと……、本、かな」

「エロ本?」

「ち、ちげーし!! じ、自己啓発本だよ!! こうしたら女にモテるみたいなやつだよ!!」

「ルッ君……」


 ……エロ本の方がマシじゃないか……。


「その懐中時計、預けとくよ」

「え?」


 僕は懐中時計をルッ君にぽん、と投げた。


「25秒で旗まで辿り着く方法を思いついたら、その時計はルッ君にあげる」

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