第二部 第一章「高く付いた指輪」(5)

※ご注意

今回、3、4、5、6話の四本立てで投稿しています。

ブックマークから見に来てくださった方は、前話を読み逃していないかご注意ください。




「アンタのほうが海賊団の頭領っぽく見えるんだけど……」


 そう言うと、バルトロメウと名乗った男はユキが手を置いていた僕の肩に手を乗せて、けらけらと笑った。

 年下の男しか興味ないというバルトロメウの言葉を思い出して、玉座ごと距離を取りたい気分だ。

  

「アハハ、僕はただの商家の跡取りさ。この船は元々、僕がエスパダの工芸品の貿易に使っていた武装商船だったんだけど、船室キャビンに籠もって彫刻活動をしていたら、あの腹違いの弟に奪い取られてしまってね」

「彫刻? 商家の跡取り? さっきは吟遊詩人って……」


 アイツの兄であるという以外、まったく意味がわからん。


「アハハ、わかった。そんな君のために、わかりやすく歌にしてあげよう」

「い、いや、いいです」

「遠慮はいらない。このように鎖で繋がれいてリュートが弾けないのが残念だけど、なぁに、アカペラでもじゅうぶんさ。大事なのはそう、情熱パッション!!」

「いや、いいですから……」


 僕の制止に構わず、バルトロメウは急にその場で歌い始めた。


「ラララ〜♪ 美の女神と芸術の女神から愛されし子、バルトロメウ〜♪ 不幸にもエスパダの豪商の子として生まれ〜、嫌々ながらに家督を継ぐも〜、芸術家としての宿命に抗えず〜、各地で歌を吟じ〜、たまに彫刻などもたしなむ〜♪」

「ただの放蕩ほうとう息子じゃねぇか!!」

「……殿、こいつ、斬ってもよいか?」


 イライラしはじめたゾフィアが物騒なことを言い始めた。


「おお、哀れなエメリコ〜、兄の才能と美に嫉妬せし腹違いの弟エメリコ〜♪ 真面目に商売に励むも親から家督に指名されず〜、才能と美に優れる兄が選ばれ心がすさみ〜、ゴロツキ共と付き合うようになり〜、兄の船を奪う〜♪」

「くっ!! バルトロメウ!! お前はひっこんでろ!!!」 


 逆上したエメリコが叫んだ。

 バルトロメウの歌を聞いていると、あんなに軽蔑していたエメリコのことがちょっとかわいそうになってきた。


「おお、哀れなエメリコ〜♪ 無謀にもの英雄、ベルゲングリューン伯の船を襲い〜、逆に船を奪われ〜、二隻の船を無様ぶざまに沈められる〜。ホントは僕の船なのに〜♪」

「沈めて悪かったよ……」


 バルトロメウの歌にげんなりしながら、僕は言った。

 なんというか、うさんくさい歌詞なのに、ちゃんと歌が上手いので、ついおとなしく聴いてしまう。


「しかし〜、我は疑問に思う〜♪ 用意周到な船の奪還に、驚異のリザーディアン軍団〜、伯はあえて、哀れな弟たちに襲撃させたとしか〜、お〜も〜え〜な〜い〜♪」


 こいつが歌うとエメリコと海賊たちがものすごく嫌そうにするのが、だんだん面白くなってきてしまった僕は、つい悪ノリして立ち上がった。 


「それは〜かんた〜ん〜♪」

「あんたまで歌うんかい!!」


 ユキが思わずツッコんだ。


「あいつらは〜、僕らがとても大切にしているものを奪った〜、とてもゆ〜る〜せ〜な〜い〜! ぶ〜ち〜こ〜ろ〜す〜♪」

「ああ、殿が……殿が変な男の影響を受けてしまった……」


 僕が歌い始めると、バルトロメウが嬉しそうに歌った。


「大切なもの〜、それはな〜に〜♪」

「それは、とても〜とても大切な指輪〜♪ 僕たちのクラン〜水晶の龍の〜メンバーの証〜。僕の大事なメルの〜、とてもとても大事なゆ〜び〜わ〜♪」

「どうして〜メルは指輪を奪われたの〜♪」


 僕たちのアホみたいな歌を、なぜか海賊たちも、リザーディアンも、ユキもゾフィアもおとなしく聴いている。

 聴き惚れているというよりは、唖然あぜんとしていると言ったほうが近いと思うんだけど。


「まっちゃん、意外と歌えるのね……」

「ああ。二人とも内容はどうかと思うのだが……、なぜか不思議と聴き入ってしまう……」


 ユキとゾフィアがささやき合っている。

 あ、向こうの船でキムが船長さんと腹を抱えて爆笑している。


「メルの〜おばあちゃんが〜♪ エスパダからわざわざヴァイリスまでパレードを見に来てくれて〜、その帰りに見送った後〜、メルは海賊の噂を街の人から聞いて〜、不安に思って自分も船に乗り込んだ〜♪」

「おお〜、賢く勇敢なメル〜♪」

「彼女は海賊ごときには遅れを取らないけど〜♪ おばあちゃんがいるから〜、おとなしく拘束された〜♪ 海賊の一味が美しくて超かっこいい指輪に気付いて〜奪い取る直前〜、メルは僕たちに一部始終を伝える〜♪」

「おお、囚われのメル〜、彼女はいずこに〜♪」


 リザーディアンから鎖を外されながら、バルトロメウが歌う。


「僕の召喚魔法で〜、おあばちゃんと二人〜、そのまま身柄確保〜♪ ギュンターさんの武装商船団で〜、おばあちゃんと二人〜、今度こそエスパダのご自宅に送り届け〜♪」

「おお〜、ギュンターさんが誰だか知らないけど〜、伯はか〜し〜こ〜い〜♪」


 両手が自由になったバルトロメウが指をパチン、と鳴らすと、彼の手元に突然美しいリュートが出現した。

 表面板に美しい薔薇バラの浮かし彫りが入ったそれを、バルトロメウが女性のように細い指でかき鳴らした。


 詳しくは知らないけど、エスパダの伝統音楽である、タンゴやフラメンコのような、美しくて激しい旋律だ。


「なんだ、この〜、身体の奥底から湧き上がる感覚は〜♪」

「それが情熱パッションさぁ〜ベルゲングリューン伯〜!! さぁ、歌って〜♪」


 そうか、これが情熱パッションなのか!

 僕は情熱パッションに任せて歌った。


「ラララ〜♪ 美しいメルは僕だけのもの〜♪ 海賊どもなんかには渡さない〜♪ でも、その指輪は海賊どもの汚い手で奪われた〜♪」

「ああ、哀れで愚かなエメリコ〜♪ この世で一番怒らせてはいけない人を〜お〜こ〜ら〜せ〜た〜♪」

「僕はすぐに学校をサボり〜、貧乏学生のフリをして〜船員のバイトをして情報収集〜♪ 海賊団の特徴を集めた〜。そして特定〜♪ 自分たちを貴族や金持ち商人しか狙わない義賊とほざく〜、恥知らずのチンピラども〜♪」


 僕の言葉に、しばらく呆気あっけに取られていたエメリコの顔が紅潮する。


「貴族や商人を特定するには〜、内部で手引きする協力者が必要〜、そこの青あざができているネズミ野郎〜♪」

「お、お前が殴ったんだろうが!!」


 ネズミ野郎が憎々しげに叫んだ。


「お前は〜、メルの指輪を奪い取った張本人〜、あれぐらいで済むと思うな〜♪」


 僕はバルトロメウと肩を組んで、ネズミ野郎に向かって歌った。


「「ぶ〜ち〜こ〜ろ〜す〜♪」」


 僕とバルトロメウのハーモニーに、ネズミ野郎の顔色が真っ青になった。


「ネズミ野郎だけ〜、いろんな船を転々としていた〜、アタリをつけた僕は〜、ボロ船ごと買い取って〜、鉄仮面卿に情報を流させ〜、船長にネズミ野郎を採用させた〜♪」

「ガハハ!! ボロ船で悪かったな!! 新入りオーナー!!」


 船長がパイプをくゆらせながら笑った。

 このじいさんも、海賊たちに囲まれている中で大したもんだ。


「ボロ船を買っても〜、この船を奪えば元が取れると思ったけど〜、バルトロメウのものだったなんて〜、アテがはずれた〜♪」

「いいよ〜、あ〜げ〜る〜♪」

「そんな〜、わるい〜よ〜♪」

「いいよ〜、あ〜げ〜る〜♪」

「本当にいいの〜♪」 

「あ〜げ〜る〜♪ 奪われたのは僕の失態〜、奪い返したのは君の功績だ〜か〜ら〜♪」

「う〜れ〜し〜い〜♪」

「だから僕も仲間にい〜れ〜て〜♪」

「い〜い〜よ〜♪」

「アンタたち、いいかげん普通にしゃべんなさいよ!!」


 ユキがツッコんで、僕たちのセッションはあえなく終了した。


「殿は本当に多芸多才なのだな……。最初は戸惑ったが、感心したぞ」

「……急に恥ずかしくなってきたから、やめて」


 僕はゾフィアにお願いした。


「そういうわけだ、イベリコ。君んところのネズミが悪さしたおかげで、君はこうして僕の怒りを買い、海賊団の船長としての地位も船も、何もかもをここで失うわけだ」

「エメリコだ!! そんな指輪のことは私は知らない!! どうせコイツが勝手にやって、自分の懐に入れたんだろう!! お前、そうなんだろ!?」 

「へ、へい……、おかしらが客からの略奪を禁止するから、実入りが少ないもんで……つい……」

「ふっ、ふざけんじゃねぇぞ、この野郎!!」


 エメリコがネズミ野郎の青あざができた辺りを思いっきりぶん殴り、倒れたネズミ野郎の背中を何度も踏んづけた。


「お前がくだらん欲をかいたせいで、俺らが今どんな目に遭ってるかわかってんのか?! ああ?!」

「へ、へぇ、す、すんません、すんません!!」


「見苦しい真似はやめたまえ」


 僕はそうやってこちらに向けてアピールしているだろうエメリコに、冷たく言い放った。


「君が本件を預かり知ろうと知らなかろうと、僕は君と君達を一切許すつもりはない」

「い、いや、だから、私達は何も……」

「見苦しいんだよ。お前」

「っ……」


 僕はハッキリと告げる。


「部下の責任を取るのがお前じゃないなら、お前はなんで船長をやっている? 『部下がしでかしたことは自分が責任を取る、だから部下の命だけは』っていうのが、お前の本来あるべき姿なんじゃないのか?」

「ぐっ……」

「つくづくリーダーに向いていない男だな。親御さんが君に家督を譲らなかった理由がよくわかったよ」

「う、うるさいうるさいっ、うるさぁいっ!!!」


 エメリコは腰からサーベルを引き抜いて、僕の方を差した。


「一騎打ちを申し込む!! 男同士、正々堂々と一対一で勝負を決めようじゃないか!」

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