第十六章「鷹と小鳥」(5)


「まつおさんてめぇこの野郎!」

「『C組が優勝することになるでしょう』って言い切っちゃったよ!どうすんのこれ!」

「っていうかこいつ、大公閣下にまでケンカ売ってたぞ」


 少し寄り道してから教室に戻ると、待ち構えていたCクラスの生徒達の袋叩きにあった。

 でも、ボロクソに言いながらも、本気で怒っている生徒はいなかった。

 真ジルベールの本性を目の当たりにしたからだ。


 真ジルベールは気付いていなかっただろうが、あの時カフェテラスに座って真ジルベールを待っていたのは、僕だけではなかったのだ。


 周囲のテーブルはすべて、C組生徒が座っていた。

 若獅子祭で優勝するためにクラスが団結するためには、ヤツとの会話を聞いてもらうのが一番だと思ったからだ。

 だから僕は、真ジルベールの本性を引き出すように、あえて挑発した。


「まぁ、そういうわけだから。みんな、よろしくね」

「……」

「……」

「……」

「「「ふざけんなあああああ!!!」」」


 今度は本当に袋叩きにされた。


「まぁ、あんだけ派手にブチ切れたところを見られたんだ。アイツもそうそう、得意の嫌がらせはできないだろうけどな」

「どうかしら。大貴族っていうのは権謀術数渦巻く王宮で生き抜いてきた一族たちだから、油断はできないわよ」


 袋叩きにされている僕を見ながら、キムとアリサが話している。

 見てないで助けてよ。


「それにしても、腑に落ちん」


 偽ジルベールが口元に手をあてて、考え込むように言った。


「どうしたの?」


 メルが問いかけた。


「先程のヤツの物言いと、まつおさんの言から察するに、春香氏はジルベール大公が抹殺したということだと考えられる」

「えっ……、あれって、やっぱりそういうことなの?」

「うん、そうだよ」


 動揺するユキに、僕はきっぱりと答えた。

 偽ジルベールはうなずいて、言葉を続けた。


「私が気になったのは春香氏が殺されるタイミングだ。なぜ若獅子祭の後だったのか。その前に始末していれば、若獅子グン・シールの称号を得ることもたやすかったであろうに」

「さすが閣下」


 クラスのみんなからようやく解放された僕は、服に付いたホコリをぱんぱん、と払いながら偽ジルベールたちの方に近づいた。


「それについて、僕の結論を聞きたい?」

「拝聴しよう」


 偽ジルベールは楽しそうに笑って、手にしていた本を机に置いた。

 題名をみてみると、「女の騎士を女騎士と呼ぶのは騎士道にふさわしいのか」という題名だった。

 ……本の嗜好が変わった?


「その本、面白い?」

「まったくつまらん。……が、これはおそらく理解しておくべき概念だと思ってな。卿も読んでみた方が良い」

「わかった」


 なにげに僕は、偽ジルベールから読んでみろと言われた本は必ず読んでいる。

 といっても、偽ジルベールの本の感想はだいたい「つまらん」か「くだらん」かのどちらかなので、僕のところに回ってくる本は数冊程度なんだけど。


 それにしても、偽ジルベールは「つまらん」「くだらん」って言うような本でもいつも最後まで集中して読むところがすごい。


「それで、けいはどう思うのだ」

「ジルベール大公は、若獅子グン・シールより重要な何かに気付いたんだと思う」

「重要な何か? 卿にしてはずいぶん抽象的だな」


 偽ジルベールの問いに、僕は微笑みながら答えた。


「大公閣下はさ、若獅子グン・シールになれなかったから、王様になりそこねたんだってさ」


 ユリーシャ王女殿下から聞いた話を、偽ジルベールに聞かせる。

 国王候補なら持っていて当たり前の若獅子グン・シールの称号を獲得するどころか、開校以来初めてのAクラス敗北という失態が、対立候補との出世レースで大きく遅れを取るきっかけになったということは、想像にかたくない。


「ほう……」

「つまりそれは、彼にとって国王になることよりも優先すべきことだった」

「ふむ、若獅子祭の試合中に、大公はそのことに気付いたということか」

「そういうこと」

「そして、卿にはその心当たりがある」

「うん。といっても、まだ仮説の段階なんだけど……」


 僕は今まで集めた情報を思い返しながら、言った。


「たぶん、それは王笏おうしゃくかな。黄金のね」

「王笏? 国王が持つような杖のことか?」

「そう。そして大公は、まだそれを持っている。おそらく、肌身離さずにね」

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