第三部 第三章「ベルゲングリューンの光と闇」(8)
8
「ベルっ! しっかりして!! ベルっ!!」
頬に当たった温かい水滴の感触で、僕は目を開けた。
不思議と、気分は悪くない。
たしか、左腕の骨が折れているはずで、実際まったく動く感じはしないし、ものすごく痛いはずなんだけど、痛みはない。
痛覚がある、という認識があるだけだ。
「そんな風に取り乱していても、君はそんなにキレイなんだね、メル」
「えっ」
いつの間にか倒れていたらしい僕を抱え起こしているメルの、涙に濡れた頬にそっと手を当てて、僕は言った。
(ちょ……、何をやってるの! アウローラ!!)
僕が絶対言わないような、やらないようなキザったらしいことを僕自身がやりはじめたので、思わずアウローラにツッコんだ。
(あれ、アウローラ……?)
僕が問い返しても、アウローラから返事がない。
いつも感じる、身体の中に存在する気配のようなものが希薄になっている。
そんなことは、これまで一度もなかった。
「お、おい、大丈夫か……って、うわっ」
駆けつけてきたルッ君が、僕の顔を見て、なぜか頬を赤くして、顔をそらした。
かと思うと、ちら、ちら、と僕の顔を盗み見している。
「ルッ君、何してんの? 気持ち悪いんだけど」
「……あんた、その髪、どうしちゃったの……」
「髪?」
同じく駆けつけてきたユキが、僕の顔をまじまじと見つめながら言った。
よく見ると、他のみんなも驚いたような顔でこちらを見ている。
「うわ、なんだこれ……」
自分を見下ろしてみると、
「ベルくん……なのよね?」
「え、そうだけど……」
ミスティ先輩、顔が近いです。
「めちゃくちゃ美人な女の子に変身したようにしか見えないんだけど……」
「……もしかして、これがベルの正体だったりして……」
「ふむ……年頃の後輩にしては妙にさっぱりしていると思ったが、そういうことだったのか。私は貴様が女でも一向にかまわんぞ」
「な、何言ってんすか……」
「ま、まつおちゃん! 絶対ダメよ女の子になるなんて!! 今すぐ男の姿に戻ってぇッ!!」
「なってないから!」
ミスティ先輩、アリサ、ヒルダ先輩、ジョセフィーヌの言葉で心配になって、自分の身体をチェックする。
髪が伸びているのは確かだろうけど、特に胸が大きくなったとかということはない。
ちんちんがぶら下がっている感覚もしっかりとある。
よかった、ちゃんと男のままだった。
「……コホン。ベル、状況をゆっくり確認したいところだが……、我々には時間がない。
ヴェンツェルが僕に言った。
なぜかヴェンツェルまで少し顔が赤い。
そうだ。
そうだった。
たしか僕は、ドワーフの戦士、「100匹
……みんながまだ生きていることから考えて、僕が意識を失ったのはほんの一瞬だったようだけど。
召喚、召喚ねぇ……。
「あれは、やっぱナシだね」
「え?」
「僕たちで、倒せるよ」
「お、おい、ベル、気でも狂ったのか?! 相手は
ヴェンツェルたちが驚愕の顔を僕に向ける。
たしかに、僕も自分の言った言葉に驚いた。
……だけど、なぜか無根拠に、身体の奥底から無尽蔵に自信が湧いてくる。
まるで自分に何千年もの知識と経験の集積があるかのような、自信が。
「インリド、いる?」
「はっ、ベル様」
あれ、呼び間違えちゃったかな。
僕はイングリドのことを、アウローラがそうしたように、「インリド」と馴れ馴れしく愛称で呼んでしまった。
イングリドはそれを別段聞き咎める風もなく、すぐにこちらに駆け寄ってきた。
「君は
「そ、そうですが……、どうしてそれを……」
本当だ、どうして知っているんだろう。
いや、それどころじゃない。
「今すぐ、元の姿に戻ってくれ」
「っ?! で、ですが……」
「……ごめんね。色々葛藤があると思うんだけど、今は君の力がどうしても必要なんだ」
「……そうですわね。かしこまりました」
イングリドはうなずいて、すっと目を閉じた。
その途端、シワだらけのゴブリンの白い皮膚がぱらぱらと剥がれ落ち、その内側から、透き通るような素肌が露出していく。
エルフの中では、かなり小柄な方。
エレインよりも背が低く、ユリーシャ王女殿下より少し背が高いぐらい。
古代エルフの女王というぐらいだから、もっと背が高くて高圧的な雰囲気を勝手にイメージしていたのだけれど、エメラルドグリーンのローブを身に纏ったそのエルフは、まるで少女のようだった。
薄暗い地底でも太陽のように輝く金色の髪。
ユリーシャ王女殿下の
野性的な魅力を感じるエレインの褐色の肌と対象的な、白磁のような白い肌。
エルフよりもさらに長く伸びた耳。
そして瞳は、エルフ特有の切れ長の目だが、大きくてまつ毛が長く、涼やかな目元にある3つのホクロが、妙に色気を感じさせる。
唇は紅をつけたように赤く、スレンダーな肢体は、だが豪華なローブの上からでもそれとわかるほどに、女性としての豊満さも持ち合わせている。
「ああ……この身体……。何千年ぶりかしら……」
絶世の美少女のようにも、傾国の美女のようにも見える姿で、イングリドはつぶやいた。
イングリドのその姿に、ゴブリンたちは交戦中にも関わらず、一斉に膝をついて拝礼していた。
「「ほう」」
ジルベールとギルサナスが。
「「……すっげ」」
キムと花京院が。
「……」
ルッ君が。
「……きれい……」
エレインが。
他の女性陣は、言葉にならないような息を漏らした。
「納得。これが世界一の美女の姿なんだ」
「ありがとうございます、ベル様。でも、そんな風に面と向かって言われると恥ずかしいですわ」
顔をほんの少し赤らめる古代エルフの女王の言葉に、僕は思わず苦笑する。
かつて世界征服を目論んでいた古代の女王が、本当に恥ずかしがっていたからだ。
「ボンゴルのおっさんかヤッサンかユキイ爺さん、いる?」
「全員ココにおりまっせ!! 親分! ……いや、姐さんか?」
ヤッサンとユキイ爺さん、ボンゴルのおっさんが駆け寄ってきた。
僕はメルに微笑んで、自分で身体を起こした。
左腕は動かないけど、驚くほど身体が軽い。
「ノーム王国にロープとか鎖とかって、ないのかな?」
「そら、キミ、工房に行きゃなんぼでもあるのと違うか」
「せやせや、なんぼでもあるで」
「何に使うロープや?」
ヤッサンとユキイ爺さんが答える中、ボンゴルのおっさんが尋ねる。
「あのドラゴンを動けなくするようなロープなんだけど」
「そらないわ」
「あるかいな、そんなもん」
「ないわな」
ノームたちが即答する。
「ボンゴルのおっさん、なんとかならない?」
「なんとかするのがワシら職人の仕事やけど、それにはいつも納期っちゅうもんがつきまとうで。時間はなんぼぐらいあんねん?」
「うーん、保って15分ぐらいかな」
「……相変わらずめちゃくちゃ言いよるな……。爺さん、前に城門を自動開閉にするっちゅう話あったやろ? あん時にワシが作ったった鎖は今どこにあるんや?」
「ああ、あれな、どこやったかいな……」
「キー坊、それアレとちゃうか、せっかくやから金色の鎖にするっちゅうて、メッキ職人のアホネンのところに……」
「誰がキー坊やねん」
「ええから、はよ持ってきてくれ!! ワシは急いで炉の準備せなあかんから!」
「よし、お願いね」
ノームたちがやいのやいの言いながら行動に移ってくれた。
「ベル、私たちはどうする?」
ヴェンツェルが尋ねる。
「うーん、まずは近づこうか」
「近づくだと?!
「そ」
僕は即答する。
自分でも、なんで今までそんなことに気付かなかったのかと思う。
「僕たちはさ、ビビって下がりすぎてたんだよ。どうせ尻尾もブレスもこの距離から届いちゃうんだからさ、もっと近づいたほうがいい」
「ふむ……、たしかに卿の言う通りだ。むしろ、射程範囲のギリギリで攻撃を受ける方が遠心力の関係で被害は大きい。少なくとも尻尾の攻撃は、距離が近いほうが威力は殺せるだろうな」
「そういうこと」
ジルベールの言葉に僕はうなずいた。
「でもよー、そうなると腕の攻撃も飛んでくるんじゃねぇの?」
「むしろそれを狙うのさ」
花京院の素朴な疑問に、僕は答える。
「あの巨体を四足で支えているんだ。腕を振り上げた時は体勢を崩すチャンスだ」
「おお、なるほど!」
「い、いや、崩すって簡単に言うけど、あんな巨大なドラゴンを相手に、私たちで本当にそんなことができるの?」
「なるほど!」
「私の土魔法で足場を崩して見せますわ。ベル様はきっと、そのために元の姿に戻るように仰ったのでしょうから」
「おおっ、なるほどなるほど!!」
「花京院、アンタちょっと黙ってなさい」
なるほどを連発する花京院がジョセフィーニに叱られた。
「次弾、来るぞ!!」
「ッ、アイスウォ……」
慌てて前に出て
「?! いいのか!?」
僕はそれには答えず、その場にいる全員に魔法伝達を送った。
『全員、大きく口を開けてから耳を塞ぐんだ!』
「すごい……、私が号令しなくても、ゴブリンまで……」
自分も耳を塞ぐ前に、イングリドがそうつぶやくのが聞こえた。
「オオオオォォォォォォォッ!!!」
次の瞬間に、
だが……。
「おおっ!! 咆哮が来たのに動けるぜ!!!」
「そうか! 口を開けることで鼓膜を塞いだのか!!」
花京院とヴェンツェルが叫んだ。
「これで
「フッ、いつもの君より頼もしく思えるな」
ギルサナスが言った。
自分でもそう思う。
続けざまに、
「ひぇぇぇっ、ギリギリ避けれた……」
ルッ君がうめいた。
「俺の後頭部、ハゲてない?」
「大丈夫だよ、キム。メッコリンしてない」
「……あのな、このタイミングで笑かすのは本当にやめろ。マジで死ぬから」
「ああ、そうだ。メッコリン先生で思い出した」
僕は自分のブーツに取り付けていた魔法石を取り外すと、それをルッ君に放り投げた。
「おわっ、な、なんだ?!」
「ルッ君、これからみんなで今みたいに咆哮やブレス、尻尾の攻撃に対応しながら前進していくんだけど、ルッ君はいいタイミングが来たら側面から
「と、取り付けるって、ど、どうやって……」
「やり方は任せるよ」
ええええ、みたいな顔をするルッ君をそのままにして、僕はみんなに隊の編成を指示した。
ルッ君ならなんとかしてくれることを、僕は知っている。
今はそれより、次に来るであろうテイルスイングに対応しなければならない。
「エレイン、ゾフィア、
「もってる」
「ミヤザワ殿のように引火して爆発しないかヒヤヒヤしたが、なんとか持っているぞ、殿」
「よかった」
僕は前進を続けながら、二人に言った。
「二人は、射程圏内に入ったら、
「わかった」
「了解だ」
「アリサ、ライフルのスタンバイをお願い。右目を狙って。外してもいいよ、安全第一」
「うん。……ねぇ、ベル」
「うん?」
「今のベル、ちょっとかっこいいかも」
「ありがと」
「アリサ様のああやってコツコツポイントを稼ぐの、ほんまずるいです」
テレサが言った。
ちょっとノームの言葉の影響を受けてないかな。
「テレサは三人の護衛をお願い。狙撃中に攻撃されそうになったら、中止して全員回避行動に入らせて」
「わかりました。……あの、お兄様」
「キム、次のテイルスイングは、まともに受け止めなくていい。力を流して、わざと吹き飛ばされながら、メルとギルサナスの盾に引き継いで、威力を殺すんだ」
「そ、そんな器用なこと、できっかな……」
「できる。君は『ご存知、世界最強タンク』なんだからね」
僕が言うと、キムが鼻をこすって、へっ、と笑った。
あ、すねたテレサの肩をゾフィアがぽんぽん叩いてる。
「ノーム部隊の盾持ちは、メルとギルサナスの後ろに配置して! 威力が弱まった尻尾の攻撃を、全力で受け止めてほしい!」
「おっしゃー、やったるでぇぇぇ!!!」
「まかしとかんかいー!!」
ノームたちが口々に叫んだ。
ノームたちは、基本ビビリで臆病なんだけど、こういう時はノリノリだ。
キムタンクで突撃した時もそうだった。
基本的にお祭り騒ぎが大好きなんだと思う。
「ベル、私たちはどうしますの?」
「あ、アーデルハイドが僕のことベルって呼んだ」
僕がそう言うと、アーデルハイドが顔をジェルディク産のリンゴのように真っ赤にした。
「そ、そんなことを言っている場合じゃないでしょう?!」
「魔法部隊は今は魔力を温存しておいて。ミヤザワくん、そろそろブッチャーを呼んでもらえる?」
「う、うん。……でも、呼んで来てくれるかなぁ」
「大丈夫。後でドラゴンステーキをたっぷり食べさせてあげるって言ったら、きっと……」
「ぐえ」
「はっや!!
僕が言い終わらないうちにブッチャーがミヤザワくんの足元に現れた。
「でもよ、ドラゴンステーキなんてあげてもいいのかよ……共食いになるんじゃ……おわっ!!」
余計なことを言った花京院に、ブッチャーがおもむろに
「ブッチャーは幻獣だから、厳密にはドラゴンじゃない。だから共食いにはあたらないのであーる!」
「ぐえ」
僕が言うと、そうだとばかりにブッチャーが軽く吠えた。
「僕は左腕がこんなだから、盾が使えない。申し訳ないけどミスティ先輩とヒルダ先輩は、僕の護衛を頼みます」
「任せて」
「元からそのつもりだが、一つ聞いてもいいか?」
ヒルダ先輩が言った。
「先程ルクスに、貴様のブーツにつけていた魔法石を手渡したが、あれはどういうことなのだ? あれは足音を消すためのものなのだろう?」
「逆位相ですよ」
「逆位相?」
僕はうなずいた。
「あれは、メッコリン先生に作ってもらった、僕が立てる足音と反対の波の音を発生させることで、足音を打ち消す魔法石なんです」
「それはさっき聞いたが……、それをなぜ
「
「つまり、ヴェンツェルの歌みてぇなもんか……いでぇっ!!!」
ヴェンツェルに
僕も何度か食らったことがあるけど、予想以上に痛い。
花京院は軽装で、もろに直撃してるから、そうとう痛かったに違いない。
「なるほど、咆哮の音波を打ち消すことで、威力を無効化させるということだな」
「ええ。うまくいくかどうかはわからないですけど、やってみる価値はあるかなって」
「んもう、まつおちゃんってば! 次から次によくそんなことを思いつくわねん!」
ジョセフィーヌが膝をくねくねさせた。
「ジョセフィーヌと花京院は、当分遊撃。みんなの防衛を重視しながら、攻撃が通りそうなところを探ってみて。指とか、あのたぷたぷしたお腹とかいいかもね」
「了解よん!」
「オッケー!」
「あと、ユキ。
「その顔で、いつもの感じで話しかけられるの、ちょっと慣れないわね」
僕の顔をまじまじと見てそう言ってから、ユキが答える。
「まっちゃんが言ってるのは
「そうそう。……いや、よく知らないけど、たぶんそう」
武術家が対人戦にめっぽう強いのは、その攻撃の性質にある。
人体の3分の2は水分でできているので、外側の打撃ではなく、内部に浸透する打撃を食らうと、常人はとても立っていられないのだ。
若獅子祭の時の
だけど、内部に浸透する打撃なら、もしかしたら……。
「あんたが元帥閣下からパクったみたいな技は使えないけど、代わりにコレならできるわよ」
そう言ってユキは、軽くシュッとストレートを空打ちした。
シュルルルルッ!!!
足首から腰、腰から背中、背中から肩、肩から肘、肘から拳の先まで、螺旋を描くように送り込まれた力が、風を切る音と共に拳から放たれ、拳の先がぶるるっ、と揺れた。
あと、おっぱいも。
「コークスクリュー! アサヒの技じゃん!」
「この間教えてもらったの。あの子ほどうまくは使えないんだけど……」
「それ、スキを見つけたらアイツの土手っ腹に打ってみてよ。もしかしたら内臓に効くかも」
「わかった」
そこまで言って、僕は一人だけあまり元気がなさそうにしているメンバーに気がついた。
「ミヤザワくん、どうしたの?」
「う、ううん。……ただ、僕だけみんなの役に立ちそうにないなって」
そっか。
ミヤザワくんは炎魔法しか使えないんだった。
「あれ、でもミヤザワくん、こないだ新しい魔法を覚えたって言ってなかったっけ」
「う、うん」
「どんな魔法なの?」
僕がそう言うと、ミヤザワくんは気まずそうにしながら、言った。
「え、えっと……、
「ああ、なるほど……」
また炎魔法だった。
心から同情しようとした一方で、頭の中で別のことが浮かんできて、僕はその浮かんだことをそのまま口にしてみた。
「ミヤザワくんはさ、真面目すぎるんだよね」
「え?」
「ほら、整理整頓とかすごいでしょ。穏やかだし、優しい人なんだけど、内面は『もっと〜すべき』『もっと〜ねばならない』みたいな思いがけっこう強い人」
「……うん。そうかも」
ミヤザワくんがうなずいた。
「だから、氷の魔法をイメージする時も、『氷属性というのはこういうもので、こうでなくてはならない……』とか、一生懸命考えすぎているから、もしかしたらうまくいかないんじゃないかと思うんだよね」
「考えすぎている……」
「でも、たとえばさ、アリサに
「……あのな、みんながお前みたいにアリサから珈琲を淹れてもらえると思うなよ?」
ルッ君が横から何か言ってるけど、ミヤザワくんは真剣に聞いていた。
「ミヤザワくんは炎のイメージが得意でしょ? だから、炎のイメージから入ればいいんじゃないかな。『炎の正反対』とか、『炎を打ち消す存在』とかね」
「……炎を打ち消す存在……。炎の正反対……」
「ぐえぐえ」
「ッ!! ブレス、もう一回来るぞ!!!」
「っ、しまった!! 連続で吐けるのか!!!」
これまで
今からでは回避行動は間に合わない。
僕の目配せに応じて、オールバックくんが急いで
「ぐえぐえっ!!」
「ブッチャー?!」
なんとブッチャーが重たそうな身体でのしのしと僕たちの前に来たかと思うと、大きく口を開いてブレスを吐いた。
「コォォォォォォォォッ!!!!」
いつも見てきたブッチャーの灼熱の炎のブレスではなく、真っ白な吹雪の息。
極寒の地の凍てつくような吹雪が、
「す、すごい……、
「飼い主とえらい違いだな!」
「ぐさっ」
花京院の無邪気な一言に、ミヤザワくんがよろめいた。
今、立ち直りつつあったミヤザワくんから、ぐさって音が聞こえた気がする。
「とうっ!!」
「ぐわっ!!! じょ、冗談だろ!? うわわっ!!」
無神経な花京院にジョセフィーヌがドロップキックをかまして、吹っ飛んだ花京院のモヒカンの髪がブッチャーのブレスに当たって凍りついた。
「みんながアンタみたいに冗談で生きてると思ったら大間違いなのよん」
「ジョセフィーヌのファッションも冗談みたいだけど」
「とうっ!!」
「うわああっ!!!」
余計なことを言ったルッ君もジョセフィーヌのドロップキックを食らった。
「……あなたたち、少しは真面目にできませんの?
あきれたようにアーデルハイドが言ったけど、もうすっかりこのノリに慣れてしまっているようで、以前ほど言葉にトゲを感じない。
「えらいぞブッチャー。後でお肉いっぱい食べさせてあげるからね」
「ぐえ」
ブッチャーが得意げに吠えた。
「よし、みんな、このまま前進するよ」
「わかった!」
「テイルスイング、来る!!!」
来たか!!
ヴェンツェルが叫んだ瞬間、僕たちは打ち合わせ通りに動いた。
「さぁ、来やがれ!!!」
キムが大盾を構える。
いつものような直立不動ではなく、ゾフィアが捨て身の攻撃をする時のような前傾姿勢だ。
バシィィィィィィンッ!!!
何千年も生きた巨木のような太さの尻尾が大盾に接触した瞬間、キムは力を抜き、尻尾の威力を殺しながら、押されるままに後ろに後退していく。
「キム、うまい!! メル、ギルサナス、続いて!!」
「わかったわ!」
「任せろ!」
後ろに吹き飛ぶキムを支えるように、メルとギルサナスが盾でテイルスイングの余勢を受け止める。
そして同様に、インパクトの瞬間に力を抜いて、衝撃を弱めながら後ろに後退する。
「ノーム部隊!! 全力で止めて!!」
「よっしゃー!! ワシらの強さは全種族最弱!! でも装備は最強やでー!!!」
「全身魔法金属の防御力の高さ、思い知らせたる!!!」
ノームたちはすでに、攻撃はあきらめ、武器は装備していない。
中には完全に割り切って、両手にそれぞれ大盾を持っている奴までいた。
そんなノームたちが決死の覚悟で前進し、こちらに迫る
ガギィィィィィィィン――ッ!!!
「うおおおっ!! ヤッサン、見たか!! 止めよった!! あいつら止めよったで!!!」
「キー坊……いやいやこれしかし君……ノーム史に残る瞬間なんちゃうか……」
「誰がキー坊やねん。……ワシらが生き残っとったらな……」
「いや、生き残る。親分のあの顔を見てみい。あれは、ワシらを全員生き残らせる奴の顔や」
ヤッサン、ユキイ爺さん、ボンゴルさんが、荷台をガラガラ引きながらこちらにやってきている。
そこには、巨大な鎖がぎっしりと積まれていた。
(いや、そのことは後だ!)
勢いが止まった尻尾を見て、肩を組むようにして僕を守ってくれていたミスティ先輩とヒルダ先輩から身体を離した。
「ベル?」
「ベルくん?」
……こんな時になんなんだと自分でも思うけど、二人の美しすぎるお姉さま方に囲まれて、天国かと思ってた。
このまま死んでもいいんじゃないかと思うぐらい、いい匂いがして頭がクラクラして、もう一回意識を失いそうになった。
だから、死ぬほど名残惜しいんだけど、そうも言っていられない。
「ノームちゃんたち、ちょっとごめんね!」
「わわっ、なんやなんや!! 親分?!」
左腕が使えないので、僕は右手で最後尾のノームの肩を掴んで、隣のノームの肩に足を乗せた。
僕の体重を支えきれずにノームたちがよろめくけど、ぎっしり密集しているので、落ちる心配はない。
そのまま、なんとかノームたちの群れの中で立ち上がった僕は、そのまま助走をつけて、ノームたちの肩を足場にしながら
「いたたっ! わ、親分!? なにしとるんや!!」
「ごめんよ! ちょっとごめんよ!」
僕は走りながら意識を集中する。
左腕は使えず、鞘の向きを調整できないので、あらかじめ右手は
剣の切れ味や筋力も重要だ。
だが、一番重要なのは、『力の速度』と『力の方向』だ。
だったら、力の速度と方向で補うしかない。
そして、今の僕には、その正しい力の方向が『視えて』いる。
……鈍い僕でも、なんとなくわかってきた。
今の僕は、僕だけど、僕じゃない。
どういうわけかはわからないけれど、ちょっとだけ、アウローラの知識や知恵、経験が混じっているんだ。
「すぅ……」
呼吸を落ち着けて、僕は意識を集中させる。
「
「いった!!!!! なんやなんやっ!!」
僕はノームたちの上で足を踏みしめて、全力で跳躍する。
ノームさんたち、本当にごめん。
「殿ッ?! なっ……跳んだ?!」
自分でも驚くほど跳躍した僕は、テイルスイングの一撃から今まさに戻ろうとしている尻尾をめがけて、小鳥遊を振り抜いた。
今の僕には、手に取るようにわかる。
あらかじめ、自分が斬りつける場所に自分の中でまっすぐに線を引き……、あとは渾身の力で振り抜くのみ。
『大事なのは魔法と同じ。イメージをすることだ』
なんとなく、アウローラの声が聞こえたような気がした。
イメージ。
ノームが鍛えた、あらゆる魔法金属ですら両断するような、一筋の鋭い刃。
そう、打撃でもなければ斬撃でもない。
切断。
そのイメージが限界までくっきりと浮かび上がったところで、僕は大きく目を見開いて、小鳥遊を一気に振り下ろした。
「
シュパァァァァァァァァァ――ッ!!!!!
「グオオオオオオァァァァァァァァッッ!!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます