第二十一章「若獅子祭」(8)


 ルッ君の帰還を、C組陣営が歓声で迎え入れた。


「わはは!お前すごい顔になってんぞ!!」

「う、うるせぇなぁ。あんまり見るなよ……」


 花京院とキムがルッ君と肩を組んで爆笑している。

 B組生徒たちにボコボコにされて、泣いて、死にものぐるいでガーディアンの攻撃をかわして旗を破壊して、全速力で帰ってきたものだから、ルッ君の左目は腫れ上がり、右目は泣きはらした跡があり、土埃つちぼこりと汗で髪はボサボサになり、鼻水が出ていた。


「何言ってるのよォ、名誉の負傷じゃないの。ルッ君、アナタ、今とってもイケメンよ?」


 そう言って、ジョセフィーヌがいやがるルッ君のほっぺに何度もキスをした。

 ルッ君はそんなみんなの歓待ぶりを喜びながらも、真剣なまなざしで僕らを見て、衝撃的な言葉を口にした。


「帰る時にさ、見えたんだ。……A、E、Fの連合部隊がここに攻めてくる」

「なんだと? 連中が露骨に手を組んだってことか?」

「たぶんね」


 キムの問いにルッ君が答えると、重苦しい空気がC組陣営を包んだ。


「敵の編成は?」


 僕は尋ねた。


「A組は鷹の兵団、でも数は400ぐらいだったと思う」

「鷹の兵団……、ジルベール大公の直属部隊ね」


 ユキがつぶやく。


「E組はヴァイリス王国近衛騎兵隊、ソシアルナイツ。こっちは全軍っぽかった」

「そっちもどっぷり、ジルベール伯爵家の息がかかった部隊だな」


 キムが補足。

 なんでみんなそんなに詳しいんだろう。


「F組だけ、よくわからなかった。傭兵なのかな? それぞれ装備が全然違ってるんだけど、歩兵中心の集団で……、魔法師でもないのに全員黒いフードを付けてたな。こっちも全軍だと思う」

「黒いフード……?」


 僕が尋ねる。


「そう。黒いフードで、顔をガイコツみたいに白く塗ってて……、あ、そうそう、よく海賊旗で骨をクロスさせた骸骨みたいなマークがあるだろ? あの骨の部分が大きな鎌になったような旗を持ってたな」

「グ……死神グリムリーパー……」


 ユキが、口にするだけでも不吉であるかのように、身震いしながらつぶやいた。


「グリムリーパー? 犯罪者だけで構成された傭兵集団か?」

「そうよ……。ダミシアン砂漠王国の囚人たちを集めた傭兵集団で、看守長が団長。規律なんておかまいなしで、勝利のためならなんでもする。どんな重罪人でも戦場で功績を上げれば減刑されるから、どんな汚れ仕事でも士気は異様に高い……」

「おいおいおいおい、学校行事になんて連中を連れて来やがるんだ……」


 クラスのみんなに動揺が広がらないよう、キムとユキが小声で話し合っている。


「ふふ……、爆走王リョーマらしい人選だなぁ。きっと手強いだろうな」

「ちょっと、のんびり言ってる場合じゃないでしょ! どうすんのよ!? 3クラスの連合軍がこっちに向かってくるのよ?!」

「いや、Dクラスもだろ。大将の首を取られた戦乙女ヴァルキリー騎士団がブチ切れて迫ってきているところだろうよ」

「ま、まさに四面楚歌しめんそか……」


 容易に予想される暗鬱な未来に、キムとユキの表情がどんどん曇っていく、


「それより、A組の後詰め600が気になるなぁ。そっちはわからなかった?」


 僕が尋ねると、ルッ君は首を振った。


「まったくわからなかった。……ただ……」

「ただ……?」

「たぶん、騎兵だと思う」

「どうして、そう思ったの?」

「帰りにA組の砦をちょっと覗いてみたんだけど、けっこうな量の干し草が積んであったんだ。たぶん、馬の餌なんじゃないかなと思って」

「お手柄だよルッ君!!」


 僕はルッ君の肩をバシバシと叩いた。


「いでででででで!! そっちの肩は今ダメなんだって……」

「ああ、ごめんごめん、アリサに治療してもらって……」

「……あのね、回復魔法ヒール骨接ほねつぎか何かと一緒にしないでもらえる?」

「あはん、骨接ぎならワタシにお・ま・か・せ」

「い、いや、大丈夫だから! ほっとけばそのうち治るから! ジョ、ジョセフィーヌ、待て、待てって!! こらっ、服を脱がすな!! ぎゃあああああああ!!!」


 ルッ君の阿鼻叫喚が聞こえなかったことにして、僕は遠見の魔法を行使した。

 まもなくA、E、F連合軍と戦乙女ヴァルキリー騎士団がこちらに向かってくる。

 早くゾフィアと偽ジルベールの合流を急がなければ。




『ゾフィア!! ケガしているじゃないか!』


 壁に身体をもたせかけたゾフィアの左腕から鮮血が流れ、ぽたぽたと森の草木にしたたり落ちている。

 戦乙女ヴァルキリー騎士団の大軍と遭遇してしまったのだろうか。


「ふふ……。心配してくれるのだな、殿……」

『当たり前だろ。動ける? 今すぐ救援に……』

「不要だ」

『ああ、君ならそう言うだろうけど、僕は救援に向かうからね』

「ふふ、幸福で舞い上がってしまいそうな気分だが、そうではないのだ。この傷は私が自分で付けたものだ」

『えっ?』


  ゾフィアは腕から滴る血液を、草木にわざとこぼしながら歩いている。


「こうしていれば、あの戦乙女騎士団イノシシ共でも痕跡に気付いて追ってこよう。誘引としては十分であろう」

『そんな手を使うつもりなら、血糊ちのりでも持たせておくんだった』

「ふふ、そうだな。もはや私の身体は殿のものであるのだから、私の一存で勝手に傷を付けるのはたしかに浅慮であった」

『あ、あのなぁ』


 上機嫌なゾフィアの様子に、それ以上何も言えなくなってしまった。


「もうすぐ合流できると思うが、そちらの状況はどうだろうか」

『まずまず、手筈てはず通りってとこかな。でも、場が整うまで15分は欲しい』

「ふむ。思ったより長いな」

『西部辺境警備隊の森林工作班が近くにいる。合図の仕方は伝えた通り。言ってみて』


 こちらからだと通信傍受のリスクがあるので、ゾフィアに言わせる。


「指笛をニ回、一拍あけた後1回」

『正解。投石や倒木で誘引させるから、引き継いだら本陣に戻ってきてくれる?』

「わかった。殿との再会が楽しみだ」

『僕もだよ』


 僕は映像を偽ジルベールに切り替えた。


『閣下、調子はどう?』


 偽ジルベールは槍斧ハルバードと長剣にこびりついた血脂を川で洗っている。

 その足元には、複数人の戦乙女ヴァルキリー騎士団のむくろが、召喚体として消滅するのを待っていた。


「Dは完全に士気を失っている。戦乙女ヴァルキリー騎士団も全軍森に向かっておるから城を落としてしまうのは簡単だが……、本当に落とさずとも良いのだな?」

『うん。彼女たちには重要な役割がある。それより、こちらに来る部隊にちょっと厄介な連中がいるんだ。合流をお願いできない?』

「……ほう。卿ほどの策士にそう言わしめる連中が来るというのか。面白い」

『僕は策士じゃないと思うけど、でも策士が一番嫌がるタイプの連中が来そうなんだ』

「興味深い話だ。卿が考える『策士が嫌がるタイプ』とは、どういうタイプなのだ?」

『そうだね……、たとえば策士が落とし穴を仕掛けたとして、それを見抜いて回避する賢い敵は怖くないと思うんだ。なぜなら、策士は回避された場合のことも考えるからね』

「なるほどな」

『一番イヤなのは、落とし穴にハマって甚大な被害を被ってもお構いなしに突撃してくる敵。それも、それこそが自分たちの強さなのだと正しく理解している敵なんじゃないかな。ウチで言うと、花京院やジョセフィーヌがそうだね』

「ククク……、卿が書く本はその辺の軍学者の本より読み応えがありそうだ」

『買いかぶりすぎだよ。そんなわけで、花京院とジョセフィーヌの集団が来て僕がボコボコにされる前に助けにきてくれる?』

「承知した。10分で間に合うか?」

『15分で考えてる』

「それならば、槍斧ハルバードを研いでから向かうとしよう」


 偽ジルベールとの会話を終える。


 B組が離脱し、戦場に残っているのはA、C、D、E、F組。

 そのうち、A、D、E、F組の全てが、C組陣営に攻め寄せようとしている……。


 若獅子祭で最大の危機が、僕たちに迫ろうとしていた。

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