第二十一章「若獅子祭」(9)


「本当に来やがったか……」


 川向いをにらんで、キムがつぶやいた。

 地平線に巻き上がる土煙と地響きのような馬蹄ひづめの音。

 砂塵舞う平原から、A、E、F組の騎影がゆらゆらと姿を見せ始める。


「来るってわかってても、やっぱビビっちゃうもんだね」

「……あのね、アンタはそういうこと、思ってても言わないでくれる?」


 あきれたように言うユキの表情も緊張が隠せない。

 A組が率いる鷹の兵団、推定400。

 E組が率いる近衛騎兵隊ソシアルナイツ、推定1000。

 F組が率いる傭兵団死神グリムリーパー、推定1000。

 

「そして、西側の森からはD組の戦乙女ヴァルキリー騎士団が迫ってきている、と」


 ゾフィアはともかく、僕たちC組生徒のほとんども、おそらく西部辺境警備隊の面々も、これだけの大軍が攻め寄せてくるのを経験するのは初めてのことだろう。

 大きな川を隔てた大地すら揺らして攻め寄せる敵軍の威容に、誰もが身体の震えを止められずにいた。

 覚悟の上とはいえ、改めて実感させられる。 

 戦場の兵士とは、こんな恐怖の中で戦うものなのだ。


「ど、どどど、どーすんだよ!! 無理じゃん! せっかくB組倒したのに、コレ、無理じゃん!!」


 あれだけ大活躍してカッコよかったルッ君が、鼻水を垂らしながら僕にしがみついてきた。

 

「……ルッ君がいてくれて、本当に助かるよ」

「なんでだよー」

「そんだけビビってるルッ君を見ていると、逆に落ち着く。おしっこちびらずにすむ」

「オ、オオ、オレはちびってないぞ!!」


 ルッ君の必死の弁明が逆効果になって、C組の女の子たちがささっとルッ君から離れた。


「全軍停止ッ!!」


 A組の男子生徒が叫ぶと、A組所属の鷹の兵団とE組所属のソシアルナイツの隊列が一斉に止まる。

 白馬にまたがり、年齢不相応の口ひげと同様に背筋をピンと立てたA組生徒の姿は、士官候補生というよりは将校のようだ。


「士官学校1年首席のクルサードよ」


 ユキが僕にささやいた。


「ジルベール公爵の懐刀ふところがたなか。あの大軍を率いて堂々としてやがる。たいしたもんだぜ」


 キムがつぶやく。


「……僕はそっちより、リョーマの方がヤバいと思うけどね」


 僕はA、E陣営と足並みを揃えている傭兵団、死神グリムリーパーを見て言った。

 筋骨隆々の体躯たいくを黒いフードで包み、髑髏どくろのように白いフェイスペイントをほどこした犯罪者集団は、リョーマが軽く手を振り上げただけで音もなく静止している。


「300年の和平があるヴァイリスの兵と違って、彼らはアヴァロニア各地の紛争やら何やらで今でも戦闘を続けている傭兵集団だ。練度が違う。そんな連中を使おうと思うこと自体がすごいけど、そんな荒くれ者の連中を大人しく付き従えているアイツは、ちょっと僕には底が知れないよ……」


 リョーマと目が合うと、彼はまるで獲物を捉えるジャッカルのような目で僕を見て、ニヤリと笑った。


「よう、爆笑王! お前がどんな奇跡ミラクルを見せてくれるか楽しみでやってきたぜ」


 まだ川を隔てた、はるか後方にいるリョーマが、特に声を張り上げることなく言った。

 大軍に指示を出すための音声拡張魔法を部下に使わせているのだ。


 僕がどうしたものか考えていると、アリサが僕に同じ魔法を詠唱してくれた。 

 そうか、音声拡張魔法は神聖魔法の領分なんだ。

 教会の礼拝で使えると便利だもんな。


「あいかわず悪趣味だね、リョーマ。人を困らせて喜ぶのが大好きなんだな」

「ククク……! お前とやり合うのが楽しみでクソ貴族共と手を組んだんだ。あまりガッカリさせてくれるなよ?」

「そう言われてもなぁ……、やれることはほとんど限られるしなぁ」

「クク……、そのやれることってのは、川の水位が昨日よりずいぶん下がってることと関係があるのか?」

「っ……」


 なんて奴だ……。

 バレる奴にはバレるかもとは思ったけど、川をひと目見ただけで僕の意図を見破るとは……。

 級長会議の時から思ってたけど、こいつはただのケンカバカじゃない。

 僕は川を越えてくるグリムリーパーの兵数を頭の中で上方修正して、心の中で舌打ちをする。


架橋かきょう部隊、前へ!!」


 士官学校1年首席、A組のクルサードが叫ぶと、鷹の兵団から巨大な鋼鉄製の器具を持った兵士たちが川の前に集まった。


「お、おい……、なんだアレは……」

「アレは折りたたみ式の橋じゃ。あれのちっこいやつなら、前に南部の詰め所に配備しちょるのを見たことがあるけん」 


 キムの疑問にソリマチ隊長が答える。


「そ、そんなのヒキョーじゃねぇか! 金属の持ち込みは禁止だったんじゃ……」

「あの人たちはたぶん、アレが『武器』ってことで申請してあるんじゃない? ほら、正規兵なのに腰に差してる武器がまちまちだ。どうせB組生徒とかに手持ちの武器を差し出させたんじゃない?」


 ルッ君に僕が説明する。

 敗退クラスとその部隊の召喚体は腕輪の効力を失って消滅するけど、手持ちの装備品は申請時に個別に魔法をかけるので、若獅子祭が終わるか、耐久度を失うまで消えることはないらしい。


「ちょ、ちょっと、そんなのんびり構えてる場合?! あいつら橋を架けてくるんでしょ!?」

「おっと、そうだった!」


 僕は後ろに控えるC組陣営の方を向いて手をかざした。


馬防柵ばぼうさく用意!!! 柵は川に近づけすぎないように!!」

「若!! すでに準備はできちょうよ!!」


 ソリマチ隊長が言った。

 若って……。

 だんだんゾフィアのノリがみんなに伝染うつってきている気がする。


「でも、こげな手前で本当に大丈夫なんかいね?」

「うん。できるだけ敵軍が川を渡り切ったところで膠着こうちゃくさせたいんだ」


 後ろを振り返ると、丸太を組み合わせて作った馬防柵ばぼうさくの尖った先端が川向いの騎兵を向いて設置されている。

 木製の車輪が回る可動式になっているけれど、車輪は横に倒すことができて重しの代わりになる、移動式の馬防柵だ。

 僕の妄想を元にリップマン子爵が設計して、昨日、西部辺境警備隊の大工衆とC組生徒で一生懸命作った努力の結晶なのだ。


「槍兵部隊、馬防柵の前へ!! 騎兵隊の突撃に備えるんだ!!」

「おおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「き、来たぞおおお!!! ついにワシらの出番じゃぁああああ!!!」


 それまでよくわからない組立作業やバリスタの輸送、聖天馬騎士団との防戦一方の戦いで活躍の機会がほとんどなかったC組生徒と西部辺境警備隊の面々がときの声を上げる。


「あ、でも、馬防柵と槍兵が大勢構えているのを見たら、たぶん連中は馬から降りると思うから、そしたらテキトーに打ち負けたフリして後ろに下がってね。ただのハッタリだから」


 敵の大軍を前にしてC組陣営が盛大にズッコケた。


「大将そりゃねぇぜ……」

「ごめんね、でも、きっと後で出番があるから。たぶん嫌っていうほど」 

「それはそれで怖いんじゃけど……」


 今まさに敵軍が突撃せんとする中で、C組陣営からどっと笑いが起こる。

 不思議と、こんな時に軽口を叩きあっていると、どんな難局でも立ち向かえるような気がしてくる。


「全軍、突撃ィィィィ!!!!」

「ククク……、オレたちも突撃するぜ!!!!」


(なんだと……)


 A組のクルサードはともかく、リョーマが突撃を指示したことに僕は思わず目を見張った。

 僕の策を見抜いているはずなのに……。


(いや、考えている場合じゃない)


 もう1つの策は、リョーマにはわからないはずだ。

 ゾフィアが予定通りに到着すれば……。

 案の定、騎兵であるA組の鷹の兵団とE組のソシアルナイツは馬を下りて橋を渡る。

 F組の傭兵団、死神グリムリーパーは歩兵中心の部隊なので、先行して 渡河とかしつつあった。 

「ふん! 渡河したところを狙わんとは、所詮平民の素人集団よ!!」


 鷹の兵団の先陣を切ったクルサードが高らかに叫んだ。


「殿ッ!!」


 上空から聞こえる声に、僕は顔を上げる。

 西の森の木々の間から、戦乙女ヴァルキリー騎士団から奪った馬に騎乗したゾフィアが飛び込んできたのだ。


「ゾフィア、おかえり」

「約束通り、『援軍』を連れてきたぞ」


 ゾフィアが僕を見てニヤリと笑った。


「え、援軍って、どういうこと?」


 ユキが僕たちに問い終わる前に、西の森から大地を震わせる馬蹄ひづめの音が響き渡る。


「卑劣な手ばかりつかいおって……!!! 断じて許さんぞォォォォ!!!!!!」

戦乙女ヴァルキリー騎士団の誇りにかけて、最後の一兵となるまで剣を振るわん!!!!」

「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」


 森で満身創痍になりながら士気がまったく衰えないどころか、完全に逆上しきった戦乙女騎士団が、ゾフィアに誘われるように森から飛び出してきた。


(こ、怖っ……みんなめちゃくちゃ怒ってるよ……。どんだけ怒らせたんだ……)


 まるで挑発するかのように砦から一発ずつ砲撃して城を傷つけられ、警備に付かせた兵を片っ端からゲリラ戦法で片付けられ、本陣が手薄になったところで総大将の首を取られ、面目が丸つぶれになって森に入れば罠の山。

 投石や落石、倒木によって行く手を遮られて怒りとストレスが最高潮になったところで、ようやく森を抜けることができたのだ。

 森林工作部隊による工作とゾフィアによって誘引された場所……。

 そう、A、E、F組連合軍がまさに渡河しているその場所に……。


突撃とつげけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」


 金切り声でもない。

 男では決して発声し得ない力強い叫び声と共に、戦鬼と化した騎兵集団が、渡河した兵、あるいは渡河しつつある兵の側面に突撃する。


「なっ?! ま、待て!!! 我らは敵ではない!! 我々はジルベール大公の……ぐ、ぐええええぇっっ!!!!」


 突然側面攻撃を始めた戦乙女ヴァルキリー騎士団を、一年生首席のクルサードが慌てて制止しようとするが、その端正な顔に、突撃してきた馬の馬蹄ひづめが直撃する。


「ひ、ひだいっ、ひだいぃぃっ……!!」


 痛い、と言っているのだろうか。

 転倒したクルサードが顔を押さえながら、戦乙女ヴァルキリー騎士団員から後ずさっている。


「貴様、敵ではない、と言ったか?」


 自慢の口ひげごと顔を馬で踏んづけた騎士団員が、クルサードに槍斧ハルバードを向けた。


「しょ、しょうだ……、われわれはじるべーりゅ……」

「いや、敵だ」


 全身を震わせる激怒に目が充血している戦乙女ヴァルキリー騎士団員は冷然と言い放つと、転倒した姿勢のまま背を向けて逃げようとするクルサードの尻に槍斧ハルバードを突き刺した。


「ぴぎゅあああああああ!!」

「思い上がるなよ、小僧、ヴァイリス兵のすべてが上級貴族どもの犬ではない……」

「じ、じるべーりゅ……、じりゅべーりゅ……っ」

「我らは誇り高き戦乙女ヴァルキリー騎士団! 貴様らごとき俗物に御し得ると思うな!!」


 将校のような威厳に満ちていたクルサードは、もはやそんな姿を見る影もないまま、戦乙女ヴァルキリー騎士団員の槍斧ハルバードで串刺しにされた。


「こ、怖ぇぇぇ……お、おまえ、あの人達をどんだけ怒らせたんだよ……」

「僕が聞きたいよ……」


 ルッ君の問いに、僕が小声で答える。


「女の怒りは怖いのよ……。アンタたちもよく覚えておきなさいよ」


 ユキが小声で僕たちに言った。

 ルッ君はわかるけど、なんで僕にも言うんだ。


「こ、後続の兵は馬を降りるな!! 側面の敵を攻撃しろ!!」

「まだ渡河は終わらんのか!!」

「ぎゃはははははは!!! やっぱりテメェは最高だぜ爆笑王!! めちゃくちゃ笑わせてくれるじゃねぇかよ!!!!」


 戦乙女ヴァルキリー騎士団の登場で、戦場は一気に大混乱に包まれた。

 突然の騎兵集団の登場に、渡河中の鷹の兵団とソシアルナイツが慌てて騎乗したので、架橋部隊が設置した大型の仮設橋が敵兵士たちでぎゅうぎゅう詰めになる。


『ヴェンツェル!!!』

『ふふふ……、わかっているとも、ベルゲングリューン伯! 水門はすでに破った。下がっていろよ?』

『さすがヴェンツェル、愛してる』


 僕はC組陣営の面々に魔法伝達テレパシーを送った。


『全軍後退!! 巻き添えにならないように!!』


 その瞬間。

 すべての森の音、兵たちの叫び声や悲鳴、剣戟の音、馬のいななき。

 それらの音を一切かき消すような、ゴオオオオオオオオ、という轟音と共に、すさまじい勢いの濁流だくりゅうが鉄砲水となって静かな川に流れ込んだ。



「う、うわあああああああああっ!!!!」

「み、水攻めだあああっ!!に、逃げろっ!!!!」

「バ、バカ、押すな!押すなあああ!!」

「だ、ダメだ、馬が邪魔で橋から動けんっ……!!!」

「バカヤロウ!!! 騎馬部隊、後退しろ!!!」

「馬は後ろに下がれねぇんだよ!! おめぇらが前に行け!!」

戦乙女ヴァルキリー騎士団、停戦しろ!! 正気か?!おまえらも流されるんだぞ!!」

「正気か、だと? そんなもの、最初から持ち合わせておらぬわーっっ!!!!」


 橋の前後で立ち往生していた兵士たちを、荒れ狂う奔流ほんりゅうが飲み込んでいく。


「わはははは!!! やりおった!! ワシらの若がやりおったぞ!!!!」

「やっぱアンタはただ者じゃないって思うちょったわ!!!」


 鷹の兵団、ソシアルナイツ、戦乙女ヴァルキリー騎士団の大半と一部のグリムリーパーの軍勢が一瞬で壊滅した。


「D組を落とさなかったのは、戦乙女ヴァルキリー騎士団を使いたかったから?」

「うん。連中は貴族の言うことを聞かない貴重な部隊だから。有効活用しないとね」


 メルの質問に僕は答えた。


「馬防柵と槍兵を川から離して設置したのも、彼女たちを川沿いに誘引するため?」


 いつの間にか隣にいたアリサが尋ねる。


「それは理由の1つだね。他にもいくつか理由がある」


 僕はアリサたちに説明した。

 河沿いに馬防柵と槍兵を配置すると、半数以上の敵兵が橋の手前に残った状態で膠着こうちゃくしてしまう。

 それでは川を氾濫はんらんさせても、大した被害は見込めない。

 馬防柵と槍兵の存在を見せて騎兵を馬から降ろさせ、半数が上陸するぐらいで戦乙女ヴァルキリー騎士団に側面攻撃をさせ、慌てて騎乗した後方部隊が橋を渡るタイミングで水攻めを行えば、馬に乗った後続部隊は後退することができず、全軍が壊滅的なダメージを受ける。


「わっはっは! 若はほんに策士じゃのう!!」

「策士っていうか……やることがえげつないわよ……。あんた、魔王の子孫とかなんじゃないの」


 ユキがひどいことを言った。


「さぁ、今度こそオレたちの出番だ。そうだよな? まつおさん」


 キムの問いに、僕はにっこりと笑った。

 そうだ。

 ここからが僕たちの本当の戦いだ。

 僕は深く深呼吸をすると、みんなの前で大きく手を振りかざして、指先を川の軍勢に向けた。


『全軍、突撃!!!!!』

「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 魔法伝達を意識しなかったのに、魂で叫んだ声が全軍に行き渡って、大きな咆哮が上がった。 


『広域の戦の咆哮ウォークライだと?! 君はそんなことまでできるのか……』


 ヴェンツェルが何事かつぶやいているようだったが、兵たちのときの声でかき消えた。

 ……士気の違いとは、これほどに戦力に影響を与えるのか。

 水攻めで壊滅的になった王国の精鋭たちは、士気が最高潮に高まったC組生徒と西部辺境警備隊の突撃の前になすすべもないまま、その軍勢を溶かしていく。 


 だが、そんな中に、異様な動きをしている連中がいた。

 グリムリーパーだ。

 川の激流に飲み込まれていく味方や友軍の兵を踏みつけて、次々と川を渡っていく。

 犯罪者だけで構成された傭兵団に、甚大な犠牲を気にする者はいない。

 ただ己の罪科の軽減しか興味のない彼らは、言葉通り、他の人間を「踏み台」にして、次々と上陸を果たしていた。


「へっへっへ、よそ見してちゃいけないぜ?」

「くっ、くそっ!!!」


 突然上陸した黒フードの傭兵に驚いたC組生徒が慌てて槍を突き立てるが、男はその槍を丸太のように太い腕と脇の間に挟み込むと、左足で前蹴りを放って転倒させ、背中にぶらさげた巨大な両手斧を振りかざして生徒の眉間に叩き落とす。


「おら、死ねやぁっ!!!!」

「フンッ!!」


 両手斧でC組生徒の頭がスイカのように割れる寸前に、一人の騎兵が馬上から槍斧ハルバードを突き出し、両手斧の柄と刃の接合部に引っ掛けて斬撃を食い止めた。


「ふむ……、少々品性に欠けるが、なかなかの手練てだれのようだ」

「閣下!!」


 偽ジルベールの登場に、僕は思わず声を上げた。

 ……最近ちょっとかっこよすぎないか?


「花京院!ジョセフィーヌ!! グリムリーパーによるウチの被害が大きくなりそうだ!! 使えそうな手勢を連れて閣下と合流してもらえる?」

「よっしゃあああ!! 任せろっ!!!!」

「キャー!!ムキムキマッチョだらけよー!!! ゾクゾクしちゃう!!!」


 花京院とジョセフィーヌが号令をかけると、すぐにC組と西部辺境警備隊から有志の力自慢たちが集まった。

 個性的すぎる二人だが、あのコンビはあれでなかなか人気があるんだ。


『緊急事態だ。ベル』


 突然、ヴェンツェルから魔法伝達テレパシーによる通信が届いた。


『ベル?』

『き、君の名前は緊急時に呼びにくい。これからはそう呼ばせてもらう』


 ベルゲングリューン伯だからベルか、なるほど。


『別にいいけど……それで?』

『A組の後詰ごづめが動いた。ジルベール公爵が率いている。おそらく600。全軍だろう』

『いよいよ来たか……』

『問題は兵団だ。いいか、よく聞いてくれ』


 ヴェンツェルは自分を落ち着かせるように深呼吸してから、僕に言った。


『敵の軍勢は、鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルだ』

『シュタ……なんだって?』


 思わず聞き返す僕に、ヴェンツェルが改めて言った。


鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュル。大陸最強と言われるジェルディク帝国の重装騎兵部隊だ』

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