第二十一章「若獅子祭」(10)

10


「ふふ……、あははははは!!」


 鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの登場を心底可笑おかしそうに、だが緊張で身震いしながらゾフィアが笑った。


「それで父上が観覧に……。殿はどうやら、父上によっぽど気に入られたようだぞ」

「そういうもんなの?」

「そういうものだ。鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルは我が国の象徴。いかに長きに渡る和平を保っているとはいえ、伊達だて酔狂すいきょうで他国に貸し出すようなものではない。殿の器量を見極めたいのだ」

「そういうのを伊達や酔狂っていうんじゃないのか……」


 僕はげんなりしながら言った。


「馬防柵と槍兵で守ったら、どのくらい保つと思う?」

「ふむ、良くて5秒、といったところだろうか」

「5秒……」

「全軍が強力な魔法鎧を装備している。……馬にもだ。魔法も矢もほとんど効かん。しかもキムラMK2殿のように大盾を装備しており、馬上槍ランスで突進してくる。その鉄壁の防御力によって、なまじの攻撃でひるむことはなく、圧倒的な突進力で敵軍を蹂躙じゅうりんする」

「むちゃくちゃじゃないか……」

「……MK2まで言わなくていいから」


 キムが小さい声でゾフィアに言った。


「我が帝国の技術を結集し、ジェルディク北東部の馬を品種改良したものを使う。ヴァイリスの馬より二回りは大きく、重装備での長期戦に耐えうる力を持っているが、唯一の弱点は機動力だ。歩兵よりちょっと早いぐらいの速度しか出せん」

「……急がないとね」


 僕は戦場を見渡した。

 戦乙女ヴァルキリー騎士団は名誉の玉砕を果たし、鷹の兵団と近衛騎士団ソシアルナイツは壊滅状態。残る傭兵団、死神グリムリーパーも偽ジルベール、花京院、ジョセフィーヌが率いる軍勢で制圧寸前だ。


 グリムリーパーの無秩序な戦闘スタイルは統制の取れた動きをする兵士にとっては脅威だが、花京院やジョセフィーヌはむしろそういう戦い方をこそ好む。

 そんな戦闘中に偽ジルベールの一撃離脱の側面攻撃が入るものだから、強引な渡河とかでグリムリーパー達は本来の力を発揮しきれていない。


「ルッ君、いる?」

「あいよ」


 C組生徒が苦戦しているグリムリーパーの背中の急所をナイフの一突きで仕留めると、ルッ君が駆け寄ってきた。

 見事な背後奇襲バックスタブだ。

 ルッ君は今回の若獅子祭で完全に一皮むけたな。

 他のみんなもそうだけど、冒険者ギルドで士官候補生クエストが受けられるようになったおかげで、ずいぶん練度が上がっている気がする。

 偽ジルベールは……、練度が上がっているというよりは、あれが本来の彼のポテンシャルなんだろうな。


「あの橋、敵軍が到着する前に外せると思う?」


 僕はA組が設置した仮設橋を指した。

 

「うーん、難しいんじゃないか」


 ルッ君は言った。


「どう見ても大規模な攻城戦とかに使うためのやつだろ。一度設置したら簡単には外せないと思う」

「……いや、そうでもないぞ」


 グリムリーパーの斧を大盾で受け止め、そのまま押し出して川に突き落としてから、キムが言った。

 こういう場所でのキムはなかなかエグい。


「ほら、見てみろ。折りたたみの接合部分がちぎれかけてる。さっきの鉄砲水でだいぶダメージを受けたんだろうな」

「なるほど、外すんじゃなくて破壊ね。それでいこう! グリムリーパーと交戦していない全員で橋を壊すぞ!!」


 交戦部隊が巧みに戦線を川沿いから陸地へと後退させ、その間に橋の破壊を始める。


「でも、いいのか? 川の水は増水してる。 橋を壊したら向こうに攻めることはできんぞ?」

「だってさ、キム……」


 キムの問いに答えようとしたら、ヴェンツェルから通信が入った。


『ベル、間もなく鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルがやってくるぞ』

『うん、こっちでも視認できた』


 急がなくてはならないのに、僕は思わず、その威容をしばらく呆けたように見てしまった。

 白馬にまたがり、黄金の甲冑に身の丈ほどの両手剣グレートソードを背負う真ジルベール。

 その後方から、舞い散る砂塵にゆらゆらと揺れて姿を現した、漆黒の重装騎兵隊。


「だってさ、キム……」


 僕はキムの問いに答え直しながら、川向いを指差した。


「……あんなのに、勝てると思う?」

「……無理だな」

「でっか……! でっか……!!」

「な、なんじゃありゃぁぁ!?」


 C組生徒のみんなと橋の破壊を追えたルッ君やソリマチ隊長たちが、川向いを見てうめいた。

 以前交戦したデュラハンの馬ぐらい巨大な黒馬と兵士。

 A、E、Fの連合軍のほうが4倍の大軍だったはずなのに、600の鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルが轟かせる大地の揺れは体感で10倍ぐらいに激しく感じた。


「ねぇ……ユキ」

「なぁに……」


 隣にいるユキに、僕が尋ねる。


「若獅子祭って、いつもこんな感じなの……?」

「そんなわけないでしょ……、見たことないわよ、あんなの……」

「だよね……」

「あんたのせいで、私のスクールライフはめちゃくちゃよ……」

「ははは」

「責任とんなさいよね……」


 ゆっくりと迫り来る鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの迫力に、ユキのツッコミにいつもの精彩がない。


「橋を落とせてよかった……、これでなんとか、時間が稼げるね」

「……時間が稼げるのはいいが、まつおさん、勝算はあるのか?」

「ある」

「あるの?!」


 ルッ君が問い返した。


「ある」


 僕はにっこりと笑って即答した。


「100%勝てる」

「そうこなくっちゃね!」


 交戦で負傷した兵を治療しながら、アリサがにっこり笑う。


「さすが若じゃ!! ワシらは最後までお供するけんな!!」

「そげじゃそげじゃ!! こんな面白い祭りは初めてじゃけんな!!」


 ソリマチ隊長と西部警備隊の面々がそれに続いた。


(どうやら、なんとかなりそうかな)


 万が一にも攻城戦に特化した部隊を隠していたら、という不安はあった。

 ……だが、それはなかった。

 どんなに精強な部隊であれ、後詰めに鈍重な重装騎兵を選択した時点で、奴らの負けだ。

 彼らは決して、僕の「秘策」を避けることはできないからだ。

 両手斧などを得物えものにしているグリムリーパーも同様だ。


 僕の秘策を回避して、本陣を攻めるような機動力を持った兵たちは、もうこの戦場には存在しない。


「殿、様子がおかしい」


 半ば勝利を確信した僕に、ゾフィアがささやいた。


「様子?」

「……馬蹄ひづめの音を聞いてみてくれ。他の騎兵と音が違うとは思わんか?」


 いまさら何を言って……、と一瞬考えて、僕はその思考を取り払った。

 ほとんど勝利が確定しているはずなのに、ゾフィアがそんな顔をしているとなぜか不安になる。

 そう、ゾフィアの聴覚を絶対にあなどっちゃいけないということを、僕は身を以て経験している。


「違うって……、たしかにちょっと違う感じはするけど、これって重装騎兵だからじゃないの? ザク、ザクって……」

「重装騎兵なればこそだ。こんな乾いた音がするのはおかしい。もっともった音が聞こえるはずだ」


 なぜだろう。

 あれだけ勝利を確信していたはずなのに、心拍数がバクバクと上がっていくのを感じる。

 入学時の実地訓練でゴブリンを追い詰めた時に、全てが上手く行き過ぎて逆に不安になった時の感覚を100倍ぐらいに濃縮したような感覚……。

 体が警告している。

 あの時は矢傷1つで済んだけど、今回はそれだけでは済まないと……。


「ゾフィア、ごめん、あの距離だとまだ視認できないけど、視認してからでは全てが遅い予感がする。間違っていてもいいから、君の考えを聞かせてくれ」

「私の考えでは、馬蹄ひづめに何かを着けている」

「何か?」


 ゾフィアは口元に指を当てて、自分の考えを整理するようにしてから、言った。


「そうだな……、たとえば寒冷地を行軍する時に使うような滑り止めスパイクを履かせているとか……」

「!!!!!!!!!!!」


 僕は顔から血の気が一気に引いていくのを感じた。

 100%勝てるだって?

 思い上がりもはなはだしい。

 さっきの自分のにやけ顔をぶん殴ってやりたい。


『全軍後退!!!! 交戦中の部隊も川から離れるんだ!!!』


 魔法伝達テレパシーで一斉送信する。


『馬防柵を前に出して、槍兵も前に!! もう構えておいて!! 緊急事態だ! 急いでくれ!!』


 不可解な指示にどよめきが起こるが、僕の豹変ぶりで深刻さを悟ったC組陣営が迅速に対応をしはじめる。


『キムは盾持ち全員を引き連れて、槍兵の背後で完全防御体勢!! ミヤザワくんと弓兵部隊はグリムリーパーの残存部隊を足止め!! 閣下、花京院、ジョセフィーヌ、ゾフィアはミヤザワくんたちの方まで抜けてきた部隊を掃討!!』


 そこまで言って、僕は深呼吸をする。


『こんな指示は絶対出したくなかったんだけど、僕が無能なせいで必要になったから出す。みんなにしてもらいたいことは『時間稼ぎ』だ。1秒でも長い時間、鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの突撃を止めてくれ。必ず勝てる方法があるけど、このままだと時間が足りない。どうか僕に力を貸してくれ!!!』


 指示を出し終わる頃には、鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルは川沿い手前まで押し寄せていた。

 装甲馬が大地を蹴り、大きく前足を上げて勇ましいいななきを上げる。

 ……突撃体勢だ。

 まるで、前方にある川の激流など目に入らぬかのように……。


「魔導師隊!!」


 戦闘に立つ真ジルベールが右手を上げると、後方にいたA組生徒数名が両手杖を振りかざす。


広域凍結魔法エリアフローズン!!

「えっ!? 広域凍結魔法エリアフローズンだって?!」


 ミヤザワくんが絶句する。


「大魔法クラスの魔法だよ!? いくらA組は英才教育を受けてるからって、使えるはずが……」

「連中の杖を持つ手を見て。指輪が光ってる。ジルベール公爵から宝具アーティファクトを持たされているんだわ」


 メルの言葉に、ミヤザワくんは信じられないという風に頭を振った。


「だ、だからって……、駆け出しの僕たちが無理やりそんなのを発動したら、ヘタをしたら死……」


 ミヤザワくんが言い終わらないうちに、一人、また一人とA組生徒が倒れていく。

 だが、魔法術式はすでに完成し、増水で荒れ狂う川の流れがピタリと止まると、その色がみるみる白みがかかっていく。


「はわわわ……、か、川が……凍っちょる……」


 うろたえるC組陣営の様子を見て真ジルベールは満面の笑みを浮かべると、大きく右手を振り上げた。


「全軍突撃!!!」

「……」


 真ジルベールの号令に、鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの兵はピクリとも動かない。


「貴様の言葉では、兵は動かぬ」


 巨大な黒馬にまたがる巨体。

 漆黒の甲冑から覗く真っ白な顎髭あごひげだけでも歴戦の老将とわかるその男が、真ジルベールに言った。


「何……? どういうことだ、ルドルフ将軍」

「私が号令せねば、兵は動かんと言っておる」

「私を苛立たせたいのか? だったら早く部下にそう命じろ!!」

 

 額に青筋を立てて真ジルベールが叫んだ。

 その不毛なやり取り、1時間ぐらい続けてくれると助かるんだけど。


「時間がない! メル、ユキ、一緒についてきて!!」

「わかったわ!」

「わかった!」


 そんな僕の期待虚しく、僕らが鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルから背を向けるのとほぼ同時に。


突撃アングリフ!!」


 ルドルフと呼ばれた老将軍の厳かな声が、戦場に響き渡った。

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