第三部 第三章「ベルゲングリューンの光と闇」(1)
1
「お、親方、なにしてはるんでっか……」
ゴブリン襲来にノームたちが色めき立っている中、切り株をくり抜いたようなテーブルの上に図面を広げているボンゴルさんに、弟子が話しかけた。
「何って、見たらわかるやろ!! 兄ちゃんに言われたブツの設計をしとるんや!!」
「いやいや、なんもこれからゴブリンが攻めてくるっちゅう時にそんなことせんでも……」
「アホか!! どうせワシらがジタバタしてもしゃあないやろ! 荒事は兄ちゃんらに任せといたらええ!! ワシらの戦場はここじゃ!!」
「おお……、ボンゴルさんしびぃな……、男だぜ……」
「……あんた、だんだんアサヒちゃんのノリが
ボンゴルさんの職人としての生き様に感嘆していると、呆れたようなユキの言葉が飛んできた。
「そりゃ、ずっと一緒に寝食を共にしているんだもの。影響ぐらい受けちゃうわよねぇ」
「……ミスティ先輩?」
ちびミスティ先輩がジトっとした目でこちらを見てきた。
「イヴァ、ただいま」
「ただいま」
「お、エレインにメル、おかえり!」
ちびエレインとちびメルが、木箱を重たそうに抱えながら工房にやってきた。
「なにそれ?」
「こっちは黒色火薬。ミヤザワくんがコツコツ作ってたのをわけてもらったの」
「こっちは矢、いっぱい入ってる」
メルとエレインが答えてくれた。
「おお、なるほど、
焙烙火矢は、導火線に引火させて火薬を爆発させる火矢のことだ。
といっても、そんなものは多くの人が教科書でしか見たことがないだろう。
現代魔法の発展で、
だが……。
「今回、魔法の連発が厳しいみたいだから、こういうのも役に立つかなって」
「おおー、ナイスだ二人とも!!」
「エレインのアイディアなのよ?」
なぜかちびメルが得意そうに言った。
「ほう、エルフが火矢を使うとは驚きだ」
合流したちびオールバックくんが言った。
後ろにはちびアーデルハイドもいる。
二人とも、魔力が回復したらしい。
「どうして驚きなんですの?」
「森を愛するエルフは、木を焼く火を嫌うと聞いたことがあったのでな」
「それ、めいしん」
エレインがにこにこしながら言った。
「水も多すぎると植物、くさる。すべて、使う人しだい」
「……ですってよ、オルバック」
「そ、それでは、エルフが木の実しか食べなくて、動物の肉を食べるのを嫌うというのは……」
オールバックくんが尋ねると、エレインがくすくす笑った。
「トーマスくんちのお肉、すごくおいしい。すき」
「……エレインは魔法学院の食堂で普通に食べているじゃありませんの……って、ああ、貴方はたしかお弁当でしたわね。すごく大きい箱に入った……」
「母がどうしても持っていけと言うのでな……」
オールバックくんが少し恥ずかしそうに言った。
「しかし、エレインのおかげでまた一つ、新しい知見を得ることができた。こうしてベルのクランに入れてもらって交流を広げていなければ、私は先入観と偏見だけの人生を送っていたかも知れんな」
「魔法学院の先生でいるよね、そういうおばさん」
僕は「ヴァイリスは現代魔法発祥の地なんざます!」みたいな先生のことを思い出した。
今でも元気に退屈な授業をやっているんだろうか。
授業中に「ウン・コー」って言ったせいで発動してしまった
「それにしても、ベル、これから防衛戦をするんだろう?」
「そうだよ」
オールバックくんに僕は答えた。
すでに、ジルベールやゾフィア、花京院、ジョセフィーヌ、ルッ君はノームたちの武器庫から自分が使えそうな武具を見繕って、出撃に備えている。
「キムがいない今の状況だと、かなりの消耗戦になるのではないか?
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでくれる? ちゃんと守るわよ。たぶん」
ユキがオールバックくんに苦笑しながら言った。
鉄壁の属性防御を誇り「バルテレミーの盾」と言われる
たしかに、今のまま戦えば、全員無傷では済まされないだろう。
かといって、隠れる場所もない中でぞろぞろと撤退すれば、犠牲者はもっと増える可能性が高い。
「広い場所ならエレインの風魔法で、相手の弓なんて怖くないんだけどなぁ……。トンネル内で狙いを付けられたら、まず外れないっていうのが怖いよね。なんとか目をそらすような……あ!!!!!」
そこまで言った瞬間、僕の頭に、天啓のようにあるアイディアが浮かんだ。
「ボンゴルのおっさん!!!」
僕はいくつかの図面とにらめっこしているボンゴルさんに声をかけた。
「……」
だが、ボンゴルさんは黒いあごひげをもしゃもしゃと触りながら、図面から目を離さない。
「兄さん、無理ですわ……」
ボンゴルさんの隣に座っている弟子が、僕に声をかけた。
「こうなった親方には、何言うても聞こえませんねん。悪口だけはなぜか聞こえてて、あとでしばかれるんですけど……」
「ああ、たまにいるよね、そういう人……」
「え、な、なに?」
僕に目を向けられて、ちびミヤザワくんがキョトン、とした顔でこちらを見た。
「なにか御用でっか? ワシで代わりになるかはわかりませんけど」
「あ、えっとね、ボンゴルのおっさんが頭に乗せてるゴーグルってさ、同じのが他にもいくつかあったりするのかなって」
「ああ、これでっか? これならぎょうさんありまっせ! 親方の自信作なんで、違うデザインのをようけー作っとるんですわ」
「それ、あるだけ持ってきて!! 今すぐ!!!」
「いよいよだな」
ゴーグルを付けたヴェンツェルが僕のそばで言った。
トンネルの奥から、ゴブリンたちの足音やギャーギャーという声が聞こえてくる。
「……ヴェンツェル、それ、くそ似合わないね」
「し、しかたないだろう? 眼鏡の上からつけてるんだから……」
たぶん眼鏡を外しても似合わないと思う。
悪ふざけしている子供にしか見えない。
美少女感が台無しだ。
「ぐえ」
「ブッチャーはめちゃくちゃ似合うなぁ」
「ぐえぐえ」
僕が言うと、ブッチャーが得意気に返事をした。
「なぁ、オレも似合うだろ?」
「……花京院は似合いすぎだね。ジョセフィーヌも」
「こんなカワイイゴーグルを作っちゃうなんて、あのノームのオジサマ、なかなかやるじゃなーい」
花京院とジョセフィーヌに言った。
ゴーグルを付けたモヒカン頭で半裸マッチョの花京院がニヤニヤ笑っていると、人類の文明が滅亡寸前の世紀末に村を荒らし回っている悪党にしか見えない。
ジョセフィーヌだけド派手なピンクのゴーグルを付けていて、まるでカーニバルか何かのようだった。
「ギルサナスはやばいな。顔の情報量が多すぎる」
「い、いや、こればかりは仕方がないだろう?」
ギルサナスは右半面を覆い隠した暗黒騎士の仮面の上からゴーグルを付けているので、美しい金髪と合わさってもう何が何やらわからない。
「……ところで、具体的な作戦を聞いていないのだが」
ヒルダ先輩が後ろから声を掛けてきた。
……なんでこの人は、ゴーグルをかけてもクールビューティー感が損なわれないのだろう。
「作戦は、『ケガしないように戦う』です」
僕がきっぱりと答えると、みんながポカーン、とこちらを見た。
「い、いやいや、絶対ケガはするだろ!!」
ルッ君が全力でツッコんだ。
ビビリ性だし、今もけっこうビビってると思うんだけど、ケガをすることだけは今からしっかり覚悟しているところがルッ君らしい。
「気をつけていれば、誰もケガせずに済むと思う」
僕は答えた。
そう、このゴーグルを掛けた段階で、おそらく、僕たちの勝利は揺るがない。
あとは、「気をつける」だけだ。
ブッチャーに騎乗したミヤザワくんを先頭に、その両サイドを盾持ちのギルサナスとメルが固め、ギルサナスの後方にはノーム製の
トンネルの両端をふさぐように、僕とミヤザワ・ブッチャーと同じ前衛ラインの左右を固めているのが花京院とジョセフィーヌ。
中央に僕が立ち、僕の左隣にヒルダ先輩、右隣はミスティ先輩が守ってくれている。
最後尾にはエレイン、オールバックくん、アーデルハイド、ヴェンツェル、アリサが後衛として配置についていて、それをテレサとユキが守ってくれている。
「テレサ、大丈夫そう?」
僕がちびテレサに尋ねると、いつも自信満々の彼女が少し不安そうにしている。
「お兄様。後衛の皆さんに飛んでくるゴブリンの矢が一本や二本であれば、私の鞭で防いでみせますけど……、一斉射撃となると……」
「うん、それで問題ないと思う。頼りにしてる」
「お兄様ったら……。お姉様、今の聞きました?」
「ああ、聞いたぞ、よかったな」
ゾフィアが妹に答える。
「ゾフィアはあれなのか? ベルの側室になるのが決定事項だと思って、あんなに余裕をかましているのか?」
「……先輩も妻になるのが決定事項だと思ってません?」
ヒルダ先輩の問いに、ミスティ先輩が答える。
なんだかんだ、この二人は妙に気が合ってきているような気がする。
「先輩、ゾフィアはすっごくいい子なんですよ。この間なんて、うちの教会の子どもたちのために、ジェルディクからわざわざ野菜をいっぱい持ってきてくれたんですから」
「父上が余らせていたのでな、たまたまだぞ」
アリサに言われて、ゾフィアが恥ずかしそうに言った。
「ふむ、教会で預かっている孤児たちは、貴様が面倒を見ているのか?」
「そんな立派なものじゃないですよ。両親の手伝いをしているだけです」
「フフ、短い付き合いだが、貴様の性格はだいぶ分かってきた。それが謙遜であることぐらいはわかるぞ」
ヒルダ先輩が満足そうにうんうんと頷きながら言う。
「今度、私も手伝いに行こう。ミスティもどうだ?」
「いいですね。でも、だったら、みんなも行かない?」
ミスティ先輩の呼びかけに、アーデルハイド、オールバックくんまでもが快諾した。
ギルサナスもだ。
みんないい奴ばっかだなぁ。
ちなみに、僕やメル、ユキはたまに手伝いに行っていたりする。
「来たな」「来た」「あ、来る」
聴覚に優れるゾフィアと、魔物感知能力のあるアリサ、隠密スキルの高いルッ君が同時に声を発した。
「いい? 僕が合図をするまで攻撃しちゃだめだよ」
「ぐえ」
みんなは黙って了解し、ブッチャーだけが声を出して返事をした。
「グギャッ!! シィィィィィィ!!!!」
「シィィィィィィィ!!!」
トンネルから姿を現したゴブリンたちは、僕たちの姿を確認して、歯をむき出しにして威嚇してくる。
「多いとは思ったけど……、むちゃくちゃ多いな」
「やっぱりオレ、ここで死んじゃうかも」
僕が言うと、ルッ君がしょんぼりした声で言った。
「死ぬかどうかはともかく、乱戦は避けられんだろうな」
ゾフィアがつぶやく。
「いや、乱戦にはならない」
僕はきっぱりと言った。
ゴブリンたちが素早く隊列を整えはじめる。
やはり知能が高い。
最前列の弓兵がしゃがみながら弓を構え、その後ろが中腰になって弓を水平にして構え、さらにその後ろが直立したまま、弓を縦に構えている。
その一斉射撃が終わった後で、後ろに控えたゴブリンの大群が一気に突撃をしてくるのだろう。
「乱戦ではなく……」
ゴブリンたちが弓を構え、その弦を引っ張り始めたその瞬間に、僕は左腕をかざした。
「今から始まるのは、一方的な殺戮だ」
パシャッ――!!!
「グギャッ?!?!」
僕の左腕に出現した水晶龍の盾からまばゆい光が放たれ、ゴブリンたちの視界を一気に奪った。
盾を覆う水晶の形状が変化し、トンネル内の灯りを乱反射によってすさまじい明るさにまで増幅させた光が、ゴブリンたちの網膜を焼いたのだ。
一方の僕たちは、ボンゴルのおっさん特製の自動遮光ゴーグルによって視界が暗くなって視界が確保されている。
悲鳴を上げて両手で目を押さえているゴブリン。
つがえた矢を中途半端な状態で放ってしまうゴブリン。
うっかり前にいるゴブリンに矢を撃ってしまったゴブリン。
ゴブリンの大群が混乱しているのが丸わかりだ。
「よし、全員攻撃開始!!!」
僕の号令と共に、まずエレインの
その数秒後に、先頭のゴブリンに刺さった矢がバン!!、と小爆発を起こし、密集していた他のゴブリンたちにも甚大なダメージを与え、そこに飛来したファイアーボール群が次々と命中し、ゴブリンたちの隊列が一気に崩れる。
「行っくわよぉぉぉ!!!」
「うおおおおおおおお!!!!!」
それを機と見たジョセフィーヌと花京院が突撃して、ゴブリンたちの隊列に切り込んでいく。
「ジョセフィーヌ、花京院、深追いはしなくていいからね!! 奴らはそのうち、弓をあきらめて、数に物を言わせて突進してくるはず!」
「りょーかい!! 前回のはノーカンとして、まつおちゃんの指揮で戦うの、久しぶりで楽しいワァ!!」
「なぜかやる気がわいてくるんだよなぁ!!」
前回のトンネル戦でのフラストレーションがよっぽどたまっていたのか、ジョセフィーヌと花京院の暴れっぷりがものすごい。
特にジョセフィーヌがやばい。
「毒耐性◎」という新たに獲得した耐性がそうさせるのか、斧を風車のように振り回してゴブリンたちをみるみるうちに切り刻んでいく。
だが、ゴブリンたちもなかなか戦い方が上手い。
「グギャッ!! グギャアア!!」
後退しながら隊列を再編成して弓兵部隊を建て直し、時間をかけて狙いをつけたりせず、花京院とジョセフィーヌの足元に矢が落ちるようにして足止めを図っている。
(でもねー)
「ダメなんだよねぇー!」
パシャッ――!!!
「それじゃダメなんですぅー」
「グギャアアアアア!!」
水晶龍の盾の二度目の閃光で、再びゴブリンたちの動きが止まる。
「メル、ギルサナス、中央に寄ってくれる? たぶん、連中は次に僕を集中して狙ってくる」
「わかったわ」
「了解だ」
案の定、ゴブリンたちは視界が完全に戻るのも待たず、仲間たちが花京院とジョセフィーヌに次々と掃討されていくのにも構わず、一心不乱に僕を狙って一斉射撃を行ってきた。
だが、事前にそれが予測できていれば、メルとギルサナスという一流の片手剣使いの敵ではない。
カンッ、キンッ、と高い金属音を立てて、ゴブリンたちの矢がメルとギルサナスの盾によって弾かれていく。
「うおっ」
そのうちの二本がこちらに飛んできたけど、一本を水晶龍の盾で僕が弾き、もう一本をヒルダ先輩の特殊警棒が弾き落とした。
「ありがと、ヒルダ先輩」
「……」
ヒルダ先輩は答えない。
「……ありがと、ヒルダ」
「うむ」
今度は返事がきた。
「ミヤザワくん、私がいいって言うまで、頭を下げててくれる?」
「あ、はいっ!」
ミスティ先輩に言われて、ミヤザワくんが頭を下げる。
その瞬間、ミヤザワくんの頭の上をシュルルルルルルッ!!とすさまじい風切音を立てて、ミスティ先輩の
いや、それどころではなかった。
「「「「「ギュアアアアッ!!!」」」」」
「……相変わらず、エグいよね。先輩の斧」
「うふふ、また二人っきりで試合しようね? ベルくん」
ミスティ先輩が上機嫌で僕にウィンクした。
弓の指揮官を失い、後衛部隊に被害が及んだところで、ゴブリン弓兵たちは自分たちの弓を投げ捨て、腰のショートソードを一斉に抜き始めた。
(よし、きたきた!)
「花京院、ジョセフィーヌ、戻ってきて!! 中央は開けておいて!!」
「あいよ!!」
「ああん、もう終わりなのぉ?!」
花京院とジョセフィーヌはゴブリンたちの方を向いたまま、すばやく後退を開始する。
「ん、何してるんだ、あれ……」
その時、それまで完全に僕の想定内だったゴブリンたちが、急に妙な動きを始めて、僕は思わずつぶやいた。
後ろに控える突撃部隊が中央に集まり始めて、弓を捨てたゴブリン弓兵たちはまるで
「なっ?!
後ろにいるヴェンツェルから驚きの声が漏れる。
「なにそれ? ホーシノジン?」
「鋒矢の陣だ。本来は歩兵と騎兵の混成部隊が行う、中央突破の戦法だ。矢印の三角の部分が歩兵、棒の部分が騎兵」
「ん……えっと、よくわかんない」
そう言った僕の目の前に、突然映像が表示される。
「うわっ」
「これ、ヴェンツェルがやってるの?」
「そうだ」
「……こんなこともできるんだ。器用だなぁ……」
僕が感心している間に、映像がどんどん変化していく。
∧ ←歩兵
| ←騎兵
なんだか丸っこくて、女の子が書くような、かわいらしい文字だった。
これをヴェンツェルが一生懸命リアルタイムに魔法で書き込んでくれているのだと思うと、ちょっと面白い。
「この『∧』の部分の歩兵が突撃して、タイミングよく左右に開き、『|』の部分の騎兵が一気に中央を突破する戦法だ。側面攻撃に致命的な弱点があるが、このような狭い場所では非常に有効だろうな」
「この通りに動いてくるってこと?」
「その可能性が高い」
なるほど。
「助かったよ、ヴェンツェル。それを知らなければ被害が大きかったかもしれない」
さすが軍師。
それにしても、この図、めちゃくちゃかわいいな。
保存とかできないのかな。
(おっと、それどころじゃなかった)
「後衛のみんな、急いで中央に密集してくれる?」
僕はエレインやアーデルハイド、オールバックくん、ヴェンツェルに向かって語りかける。
「ゴブリンの前衛部隊が攻めてくると思うけど、僕が合図をするまで攻撃しないで、魔力を温存しておいて! エレインは
「わかった!」
「かしこまりましたわ!」
「了解だ!」
「了解!」
次に、中衛の配置変更だ。
「ジルベールとユキは前に出て、合流した花京院、ジョセフィーヌと前衛部隊がやってきたら交戦して! ただし、中央は空けて両翼の位置を維持!!」
「了解だ、我が主君よ」
「我が主君って何……。あ、私も了解よ!」
ジルベールとユキがすばやく配置を変える。
「ミスティ先輩はミヤザワくんとブッチャーの隣に。メルとギルサナスはミヤザワくんたちの前に! 二人は攻撃より防衛を意識。ただし、ミヤザワくんたちとミスティ先輩の射角に入らないように!」
「了解。ミヤザワくん、ブッチャー、よろしくね」
「あ、は、はい!」
「ぐえぐえ!」
「了解だ」
「ベルのことは守らなくていいの?」
メルが尋ねる。
「僕は大丈夫。何かあったらヒルダ先輩が身を
「フフ、女に身を挺して守らせる鬼畜っぷり。嫌いではない、嫌いではないぞ……。貴様はどうしてそんなに私の性癖がわかるのだ?」
僕は冗談で言ったのに、ヒルダ先輩が嬉しそうに言った。
「わかったわ。気を付けてね。ヒルダ先輩も」
メルがくすくす笑いながら言った。
こんな状況で笑っていられるみんなが、今はとても頼もしい。
「ゾフィアは後方部隊と合流。弓に持ち替えて、エレインから
「了解だ、殿!」
よし、これで準備完了だ。
「なぁ……、オレは?」
「えっ」
ルッ君が不安そうに僕に尋ねてきた。
すっかり忘れてた。
「あー!! お前、今、『えっ』って言ったな! オレのこと忘れてたんだろ!!」
「い、いや、ルッ君はほら、適当というか、いい感じに……」
「またそれかよ!! オレにもなんかカッコいい指示を出してくれよぉ!!」
(……うーん)
いや、ルッ君はものすごく頼りになる存在なんだけど、こういう合戦向きではなくて、奇襲とか陽動作戦とか、そういうのに向いているんだよね。
花京院やジョセフィーヌのように、一人で複数相手に戦うのに向いているわけではないし、メルやジルベール、ギルサナスのような攻防一体の戦いができるわけでもない。
かといって、一対一の戦いに特化したヒルダ先輩のような戦いができるわけでもないし、ミスティ先輩のような中距離最強の反則技があるわけでもない。
特性としてはゾフィアやユキに近いけれど、ゾフィアのような白兵戦能力はないし、ユキのような圧倒的な瞬間火力もない。
ましてや、隠れる場所も何もなく、暗がりもないトンネルの中で、正面切って戦わせるわけには……。
「あ!」
僕はルッ君の腰を持って持ち上げてみた。
「うわわっ!! な、なんだよ!」
やっぱり、めちゃくちゃ軽い。
もともと小柄なルッ君は、小型化すると羽のように軽かった。
「ルッ君さ、ミヤザワくんの後ろに乗ってくれない?」
「へ? それって、つまりブッチャーに乗るってこと?!」
「そうそう! ミヤザワくんの後ろから火薬袋をゴブリンに投げつけてくれたら、ミヤザワくんは魔法に集中できる!」
「い、いや、でもさ……、オレが乗って大丈夫かな?」
ルッ君がミヤザワくんに尋ねると、ミヤザワくんはブッチャーに語りかけた。
「ブッチャー、いいよね?」
「ぐえぇ〜」
「だ、大丈夫みたいだよ」
「ほんとかよ……、なんかめちゃくちゃ嫌そうな顔してるんだけど……」
ルッ君はそう言いながらも、おそるおそるブッチャーにまたがった。
「ぐえ」
「お、おおお……、すごい。オレ、今、竜に乗ってるんだ……」
ブッチャーの巨体は、ルッ君が乗ってもビクともしなかった。
「突撃、来るぞ!!」
その時、ヴェンツェルの鋭い声が響き渡った。
「全員迎撃準備!!! ここが正念場だよ!!」
僕は叫んだ。
対ゴブリン戦最大の防衛戦が、今まさに始まろうとしていた。
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